〜第十三話 取調室にて〜
ドーモ、政岡三郎です。話の投稿がちょくちょく遅れてしまうの、ほんとどうにかしなきゃな……。そんな感じで、ちょっとだけ投稿が遅れましたが、二之譚第十三話、始まります。取調室にて、澤城は賢二にとある事故の話を語る___。
「お前さん………なんで葛西君枝に接触しようとする?」
澤城のその一言に、賢二はびくりとする。
(まさか………本当に、葛西刑事とグルなんじゃ……)
自分と澤城の他に誰もいない、取調室という密室。
澤城が葛西とグルであるのなら、これからどんな暴力的な口封じが行われても、不思議ではない。
「………い……言いません……」
喉の奥から必死に抵抗の言葉を絞り出す賢二。
「言いませんって……おいおい、葛西に言いたいことがあって警察署へ来たんだろう?お前さんの目的がわからなけりゃあ、こっちも葛西に取り次ぎようがないぞ?」
澤城の言葉に、賢二はできる限り鋭い目線を返しながら言う。
「あ、あなたが本当に信用してもいい人間なのか、僕には分からない……あなたはもしかすれば、葛西刑事とグルかもしれない」
賢二の返答に、澤城は片方の眉を上げる。
数秒の沈黙が流れたのち、澤城はポリポリと頭を掻く。
「………あ~…………お前さん、何か誤解しているようだが…………俺は別に、葛西とグルでもなんでもない」
というか……と、澤城は続ける。
「むしろ………その逆かもしれん」
澤城の言ったその一言に、賢二は思わず「え……?」と声を漏らす。
「…………どういう……ことですか?」
賢二が恐る恐る訊ねる。
「……もう三年と七ヶ月程前になるか」
澤城は意味深な前置きをすると、こんな話をする。
「県内のとある山道で、一台の車が転落事故を起こした。被害者は市内のエステサロンに勤める二十代の女性だった」
唐突に澤城が始めた話に、賢二は疑問符を浮かべる。
いったいこの人はなんの話をしている……?
「……あの………いったい、なんの話を……?」
「まぁ聞け。……それでだ、当時現場となった山道は雨が降っていて、辺りも既に暗かった」
澤城は更に続ける。
「この事から俺は、雨と暗がりで視界が悪かったことによる事故の可能性と、単純に路面が濡れていたことによるスリップ事故の二つの可能性を考えた。まぁ、いずれにしろパッと見では事故だと思ったわけだ」
だが……と、澤城は一拍置いたのち、こう言う。
「遺体の状況を見た瞬間、俺は一発でその考えを改めた」
澤城は背もたれにもたれ掛かり、賢二から視線を外す。
しかし、虚空を見つめるその視線は、先程よりも鋭い。
「………無かったんだよ…………両手が」
澤城のその一言に、賢二は思わず息を飲む。
「確かに遺体は所々損傷が激しかったし、よほど凄惨な事故であれば体の一部が欠損することも有り得る。……だが、事故現場をくまなく探しても両手は見つからなかった。加えて、両手の切断面はそれはきれいなものだった。まるで、牛刀か何かを使って切断されたかのようにな」
澤城は再び賢二に視線を向け、どういうことか解るか?と、言外に訊ねる。
「………"持ち去られた"んだよ。事故現場から……遺体の両手だけが」
澤城の言葉に、賢二はごくりと生唾を飲み込む。
「被疑者はすぐに割れた。被害者の大学時代の先輩で、彼女と三年間交際していた元恋人。だが、別れてからそいつはストーカー化して、未練がましく彼女につきまとっていたらしい」
「……それじゃあ………その人が?」
恐る恐る訊ねる賢二。
「……俺達一課は、捜査令状を携えてその男のアパートへと向かった。……だか、俺達がアパートについた時、男は既にそこで死んでいた」
「えっ……?」
予想外の展開に目を丸くする賢二。
「男の死体の傍には大量の空のアルコール飲料缶があった。司法解剖の結果でも、死因は急性アルコール中毒と断定された。更に男の部屋からは、両手を持ち去るのに使ったと思われる血のついた牛刀も見つかった」
「……」
澤城の話を聞くうちに、賢二は彼の言葉にほんの僅かに、事件を追う刑事特有の"熱"のようなものを感じ取る。
この話が葛西刑事とどう関係するのかはまだ分からないが、澤城の刑事特有の熱の籠った話を聞いているうちに賢二は、澤城は信用できるかもしれないと思い始めていた。
「結局事件は、男女関係の縺れから恋人を事故に見せかけて殺し、その死体を牛刀で損壊した猟奇的な犯人が、殺人をおかしたストレスからアルコールを大量に摂取したことによって中毒死したものとして、幕を閉じた」
だが……と、澤城は不満そうに続ける。
「死体の両手を切り落とすようなやつが、殺人のストレスで酒に溺れて中毒死だと?ふざけるな。第一、持ち去られたはずの被害者の両手は結局見つかっていない。それに───」
澤城は苛立たしげに机をドンッと叩く。
「男の死体には頸動脈に僅かだが、確かに注射の痕があったんだ!あの男は間違いなく、頸動脈に直接アルコールを注射されて死んだんだよ!だってのに、捜査本部は状況証拠だけで被疑者を自殺と決めつけて、被疑者死亡で書類送検しやがった……!」
吐き捨てるようにそう言うと、澤城は苛立ちを鎮めようとするかのように、机を指でトントンと叩きながら押し黙る。
そんな様子の澤城に、賢二はおっかなびっくり訊ねる。
「あの…………それと葛西刑事に、なんの関係が?」
賢二にそう訊かれ、澤城はばつが悪そうに頭を掻きながら答える。
「……確かに、話が長くなりすぎちまったな。それじゃあ、結論から言おう」
そう言うと澤城は声をひそめてこう告げる。
「少なくとも被害者女性の遺体損壊と被疑者の男の死亡に関して、俺は葛西が"クロ"だと思っている」
澤城のその言葉に、賢二は一瞬ぽかんとしたのち、今までで一番大きなリアクションをとる。
「クロって………葛西刑事が、犯人ってことですか!?」
「シッ!声のボリューム落とせ。この件を追ってるのは署内で俺だけだ」
言われて賢二は、口元に手を当てる。
「す、すみません……。でも、どうしてそう思うんですか?」
賢二の疑問に、澤城が答える。
「似たような死体欠損部分消失事件が、三ヶ月前にあったからだよ。もっとも、そっちはあろうことか"事故"で片付けられちまったがな……」
「…………似たような…………事件?」
最初こそピンとこなかった賢二だが、やがて───。
「───ッッ!!」
賢二は気付く。
死体欠損部分消失───事故───三ヶ月前───。
「あ………あゆちゃん………」
一気に青ざめる賢二。
「……?どうした、あんちゃん?」
急に様子が変わった賢二を見て、不思議に思う澤城。
「…………井下………井下愛弓さんの……事故のことですか……?」
賢二の言葉に、今度は澤城が目を丸くする。
「お前さん………まさか……」
澤城の言葉の続きを、賢二は答える。
「彼女の………幼馴染みです」
賢二が愛弓との関係を明かすと、澤城は少しの沈黙ののち、再びぽりぽりと頭を掻きながら呟く。
「…………なるほどな………そういうことか」
澤城はポケットからタバコの箱を取り出すと、そこからタバコを一本取り出して口にくわえ、ライターで火をつける。
少しだけタバコを吸って煙を吐き出すと、澤城はおもむろに話を続ける。
「……三年前に殺された女性と、三ヶ月前に電車に轢かれた井下愛弓……この二人はどちらも、ストーカーに悩まされているという共通点があり、生活安全課の葛西は特に親身に、この二人の相談に乗っていた」
恥ずかしい話だが……と前置きして、澤城は続ける。
「警察ってのは基本的に、民事不介入……どんなに市民が困っていても、それが刑事にあたるか民事にあたるか微妙なラインの場合、滅多に介入しない。だが……」
澤城は携帯灰皿を取り出し、タバコの灰をそこへ落とす。
「葛西は、『ストーカー案件は立派な生活安全課の仕事だ』と言い、積極的に亡くなった二人に関わっていた。良く言えば仕事熱心とも取れるが……俺から見れば、葛西のそれは"行き過ぎていた"」
澤城はタバコをもう一吸いすると、誰もいない虚空を睨む。
その眼はまるで、ここにはいない葛西刑事を鋭く見据えているかのようだ。
「思えば最初の事件でストーカーの男が犯人に挙がった時も、二件目の井下愛弓の死が自殺と断定された時も、いつも葛西の証言がそこにはあった。仕事の一環と称して死んだ二人の内情を知りつくしていたあいつの証言は、本部の捜査方針を決定付ける説得力があった」
確かに、被害者とプライベートな関係ではなく、あくまで仕事の上で接点を持ち、彼女らの内情を知っていた刑事の証言となれば、事件の捜査方針を決定付けるだけの力があるかもしれない。
「……ところで、お前さんいつ葛西が怪しいと睨んだ?」
澤城の質問に、賢二は俯きながら答える。
「………つい、さっきです。あゆちゃ………井下さんの自宅で、彼女のお母さんから葛西刑事のことを聞いて……」
「井下愛弓のお袋さんが、葛西が怪しいと言ったのか?」
「いえ、そういうわけではないんですが……」
その先を答えようとしてふと、賢二は逡巡する。
そもそも葛西刑事を怪しいと思ったのは、直也という少年から"かさいけいじ"という人物が愛弓の死に関わっていると聞いたからで……。
更に言えば、彼が"かさいけいじ"を怪しいと思ったのも、テケテケという下半身の無い幽霊になった愛弓の口からその名を聞いたという、常識的に考えると信じがたいもので───。
───あれ……?
そこまで回想した瞬間、ふと賢二は考える。
テケテケとなった愛弓の霊は、『とりかえして』と言っていた……らしい。
愛弓は葛西刑事に、成仏できないほど重要な何かを奪われたのだ。
その"何か"とは───。
『………無かったんだよ…………両手が』
『………"持ち去られた"んだよ。事故現場から……遺体の両手だけが』
「───ッッ!!」
まるで電撃にうたれたように、賢二は立ち上がる。
全ての合点がいった。
愛弓は何を奪われて、成仏できなかったのか───。
「ど、どうした、あんちゃん?」
「───脚だ……」
「あ?」
賢二の顔が、再び青ざめる。
「…………脚を、奪われたんだ…………葛西刑事に…………三年前の被害者が、両手を奪われたみたいに……!!」
少しでも気を抜いてしまえば、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
愛弓は葛西というシリアルキラーに、自らの下半身を奪われたのだ。
だから彼女は、下半身の無い幽霊になって……。
「…………取り返さないと」
ぼそりと呟く賢二。
愛弓の下半身は今、刑事という身分を悪用して人間の体の一部を集める、狂ったシリアルキラーのもとにあるのだ。
賢二は、葛西が夜な夜な愛弓の下半身を眺めて悦に入っているところを想像するだけで、恐怖と嫌悪感……そして、煮えたぎるような"怒り"が沸くのを感じた。
「…………絶対に取り戻す………どんな手を使ってでも……絶対に……!!」
取調室で、賢二は固く心に誓った。
──第十四話へ続く──
二之譚第十三話、いかがでしたでしょうか?今は見てくれている人誰もいないからいいけど、ほんと投稿遅れ気をつけなきゃな……。そんな感じで、ここからは登場人物紹介其の二十二です。
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・澤城拓海
・誕生日:5月1日(52歳)
・身長:183cm ・体重:80kg
・県警の刑事課のベテラン刑事。県警随一の腕利きで、鋭い洞察力や事件を追う執念が高く評価されている反面、捜査方針で上層部と度々揉めることがある問題児。過去には警視庁の四課(マル暴)にいたこともあり、荒事もお手の物。




