〜第九話 慙悔〜
ドーモ、政岡三郎です。二之譚第九話、始まります。雨の中、踏切の前で立ち竦む賢二。そんな賢二に直也は___。
「まさかマジでここに来るとは……」
下り線の電車に乗って河西賢二がやってきた場所を見て、健悟は怪訝な面持ちで言う。
その場所は、テケテケこと井下愛弓が事故に遭った踏み切りだった。
「なんでまたこの場所に……?」
「刑事ドラマで言うとこの、犯人は現場に戻ってくる、的な?」
健悟と月男が賢二の行動を考察していると、ちょうどそのタイミングで空からぽつり、ぽつりと雨が降ってくる。
「また雨だよ……この時期はマジで多いよなぁ」
次第に雨足が強くなる空を見上げ、健悟がそう呟く。
「………月男、おめぇ傘持ってるか」
「抜かりなく」
直也の問いにそう答えた月男は、ランドセルの中から三人分の折り畳み傘を取り出す。
「おっ!俺らの分も?サンキュー月男。ホームルームが終わると同時に直也がダッシュするもんだから、慌てて学校に傘置いてきちゃってさ」
そう言って月男から折り畳み傘を受け取る健悟。
直也も月男から傘を受け取ると、代わりに自身が背負っていたランドセルを月男に渡す。
「持ってろ」
ランドセルを月男に渡した直也は、傘を差すとおもむろに賢二のもとまで歩いていく。
「な、直也!?」
直也のまさかの行動に驚く健悟を尻目に、直也は差した傘を後ろから賢二に差し出す。
突然差し出された傘に、賢二は驚いたように振り返る。
「風邪引くぜ、あんちゃん」
目が合った賢二に、直也は開口一番そう告げる。
「あ、ああ………ありがとう。……君は?」
「ただの通りすがりだよ」
賢二にそう答え、直也は差し出した傘に自分も入るように、賢二の隣に並ぶ。
「……待ち合わせかい?」
直也がそう訊くと、賢二は少しだけ戸惑いながら答える。
「………うん。まぁ………そんなところ、かな?」
「…………女?」
直也が続けてそう訊ねると、途端に賢二はどこか哀しそうな表情になる。
「…………うん。……とても…………とても、大切な人なんだ」
踏み切りを見つめながら、賢二はそう言う。
「……女との待ち合わせの割には、哀しそうに見えるけどな?」
核心に触れるようなその言葉に、賢二は意表を突かれたように直也を見る。
ほんの少しだけ言うべきかどうか迷ったのち、賢二はどこか観念したように語り出す。
「…………もう………この世にはいないんだ…………僕が待っている人は」
賢二の声が、込み上げる感情を抑え込むように、少しだけ震える。
「幽霊の噂、知ってる?この場所に現れるっていう」
努めて明るく話そうとする賢二だが、感情を誤魔化そうとすればするほど、心の奥底から込み上げる正反対の感情が、少しずつ、少しずつ大きくなっていく。
「馬鹿みたいだよね?死んだ人の幽霊が現れるなんて………死んだ人はもう、会うことも、話すことも………触れることさえ、できないのに……。そんなものを信じる方も、どうかしてる……」
紡がれる言葉は、賢二がこの三ヶ月間、ずっと向き合うことのできなかった"現実"そのもの。
重く冷たい鉛のような"現実"が、賢二の奥底から込み上げる感情の正体をつまびらかにしていく。
「…………一番どうかしているのは───」
込み上げた感情が一筋の雫となって、賢二の目元から頬を伝う。
「───それを分かってて会いに来た………僕自身だ……!!」
"哀しみ"を自覚した瞬間、のし掛かる現実の重みに堪えきれず、賢二は膝からくずおれる。
嗚咽で呼吸は乱れ、目からは堰をきったように涙が溢れ出す。
「分かっているんだよ……!!こんなところで待ってたって………もう彼女がいないことぐらい………会えないことぐらい……分かってるよぉ………!!でも………だけど………!!」
井下愛弓が亡くなってから、三ヶ月間溜め込んだ思いの丈を絞り出すように感情を吐露する賢二。
「それでも…………会いたいんだよぉ………!!彼女に会って………今までのこと、謝って………それで───」
賢二は唇を噛み締め、静かに最後の一言を絞り出す。
「───好きだって…………伝えたかったんだよぉ…………」
そう呟き、賢二は項垂れる。
直也は屈み込み、静かに賢二の背中を擦り、一言。
「…………辛いな」
そう声をかける。
その時、偶然近くを通りがかった通行人が、面白がってスマートフォンで写真を撮る。
「ちょっ!あの……!!見せ物じゃないんで!!」
「ナニオラー!!スッゾラー!!キェエエエエエエイ!!」
金髪ヤンキーといった見た目の健悟と、奇声を発しながら激しく左右に反復横跳びをして威嚇する月男の二人は、小学生ながらに独特の圧があるらしく、通行人は慌ててその場を退散する。
直也は賢二の背中を擦りながら、健悟と月男に向かってニヤリと笑いながら傘を持っている手の親指を立ててみせる。
それからしばらくの間、賢二は三人に寄り添われながら、泣き続けた。
暫くして落ち着きを取り戻した賢二は、立ち上がって三人に詫びる。
「ごめん……突然、驚かせちゃったよね?」
目元を擦りながらそう言う賢二に、直也は優しい口調で告げる。
「気にすんな。愛した女が居なくなれば、誰だって冷静じゃいられねえよ。……それでよ、突然だが俺達は、あんたに聞きたいことがあってここに来たんだ」
直也は真っ直ぐ賢二の目を見て訊ねる。
「"かさいけいじ"って男に、心当たりはねえか?」
直也の問いに、賢二は少しだけ戸惑う。
「かさいけいじって……えっと、僕は……」
「分かってる。あんたは河西賢二だよな?あんたには悪いが、訳あってあんたの学校に通ってる俺らの知り合いに、あんたの話は聞いてんだ」
直也は更に続ける。
「俺らが探してるのは、かさいけいじ。あんたと似た名前の男だ。その男は……」
直也はそこで一旦言葉を区切る。
一度健悟と月男の二人に視線を送ったのち、静かに目を伏せてから、意を決して言葉を紡ぐ。
「………その男は、あんたの想い人───井下愛弓の死に、なにかしらの形で関わってんだ」
直也が口にした衝撃的な一言に、賢二は目を見開く。
「何を………何を言っているんだい!?だって………あゆちゃんは自殺だって、警察が……!!」
困惑する賢二に、直也は静かに告げる。
「井下愛弓の死が自殺かどうかは分からねえ。だが少なくとも、かさいけいじって野郎は井下愛弓から何かを奪ったんだ。俺達は、その奪われた"何か"を取り返してえんだ」
賢二を真っ直ぐに見ながら、直也は告げる。
直也の真っ直ぐな眼を見て、賢二は彼の言うことがたちの悪い冗談や戯れ言ではないと理解する。
「…………説明して……くれないか?そのかさいけいじが、なぜあゆちゃんの死に関わってるのか………なぜ、君達がその事を調べているのか」
賢二にそう訊かれ、直也は再び健悟、月男の二人と顔を見合せてから、これまでの経緯をできるだけ丁寧に説明する。
学校の友人がテケテケに呪われてしまったこと。そのテケテケの正体は井下愛弓の霊だと判明したこと。彼女が消える間際に"かさいけいじ"という名前と"とりかえして"という言葉を言い残したこと……。
普通であれば、およそ信じるに値しないような話を、直也達は真摯に伝えた。
「───ってわけだ。まぁ、俺らの話を信じるだけの根拠も義理も無ぇだろうが……こればかりは俺らも、信じてくれとしか言えねぇ……」
ひとしきり直也達の話を聞いた賢二は、ゆっくりと口を開く。
「…………うん。正直、にわかには信じがたい」
けど……と、賢二は続ける。
「その話が本当なら…………あゆちゃんが恨んでいるのはきっと、僕だ……」
言いながら、賢二は再び目頭が熱くなる。
「彼女が亡くなる前……僕は彼女に、さんざん酷い態度をとってしまったんだ。だから、彼女は僕を恨んで……!!」
自身がしでかしてしまったことに頭を抱える賢二に、健悟が慌てて言う。
「い、いやいやいや!それは違いますって!きっと、河西さんと似た名前の、かさいけいじってやつが……」
「僕と一文字しか名前の違わない人がいたって?そんな偶然あるわけないじゃないか!」
声を荒げる賢二。
「かさいけいじって聞こえたのはきっと、聞き間違いだよ………彼女が恨んでいるのは、河西賢二………僕だ……」
「違ぇよ」
項垂れかけた賢二に、直也が言う。
「俺は井下愛弓のことをよく知ってるってわけじゃねぇ。だが、これだけは言える」
賢二を真っ直ぐ見ながら、直也は言う。
「自分のことを、こんなにも想い続けてくれる男を……恨む女がいるもんかよ」
曇りのない直也の言葉が、賢二の胸を打つ。
「よく思い出せ。井下愛弓の周りに、あんた以外の……かさいけいじってやつが、確かにいたはずなんだ」
直也に改めて言われ、賢二は少し考え込む。
「…………そう言えば……」
賢二は思い出した。愛弓がストーカーされていたという話を。
「そうだ……ストーカーだ!あゆちゃんは、ストーカーにつきまとわれていたんだ!」
何故今までその話を忘れていたのか。
思えばストーカーなど、何かあれば真っ先に疑うべき存在だ。
「あ~~……やっぱそれかぁ~……」
賢二の言葉に、健悟は頬を掻きながらそう呟く。
「その情報は一応、僕たちも知ってるんだよね。それこそ最初は、おたくがそのストーカーなんじゃないかって疑ってたくらいだし」
「お、おい月男!」
無神経な月男の言葉を諌める健悟。
「だが少なくとも、あんたに会ってはっきりした。あんたは違えってな」
月男の言葉を補足するように、直也が言う。
ふと気がつけば、四人が話し込んでいる内に雨も先程よりは小雨になっていた。
「ま、そいつが分かっただけでも、一歩前進と思うしかねえな」
直也は雨足が弱まった空を見上げてから、健悟と月男に向き直る。
「とりあえず、そのストーカー野郎が誰か特定するしかねえ。おめえら、明日また仕切り直すぞ」
健悟と月男は軽く敬礼しながら「りょーかい」と答える。
「あんたも、もしなんか分かったら教えてくれねえか?今はとにかく、情報をくれるツテが欲しいんだ」
直也の言葉に、賢二は少し考えてから答える。
「僕としても、あゆちゃんの死の真相は知りたいからそれは構わないけど……もしもそのストーカーを見つけても、君達だけで無茶はしないって、約束してくれるかい?」
優しくなだめるようにそう言う賢二。
まるで直也の行動を見透かしたような言葉に、直也はギクリとして目を逸らす。
「………あ~~………まぁ、善処するわ」
苦笑いしながら答える直也。
「あ……そう言えば、まだ君達の名前を聞いてなかったね。もし良ければ、教えてもらえるかな?」
思い出したようにそう訊ねる賢二に、直也はニッと笑いながら答えた。
「俺は直也。あんたと同じ、恋する思春期男子。んで、こいつらは健悟と月男。ただのお節介な親友だよ」
──第十話へ続く──
二之譚第九話、いかがでしたでしょうか?今回は登場人物紹介は一旦お休みで、この物語の裏設定などを語っていきます。
一之譚でも度々出てきたと思いますが、直也の数ある趣味の一つに『オリジナル技の開発』があります。
これは格闘技の試合を見たり、喧嘩の師である田中一男の動きからインスピレーションを受けたりして思いついた技を一男との組手(一男曰く戦いごっこだが、そう言うと直也は怒る)で試し、その技の名前を健悟と月男の二人と一緒に考えるのです。
この設定は、主人公の直也を小学生にした理由の一つです。自分のオリジナル一男のに名前をつけて実践するのは、いかにも小学生らしいと思いました。
他にも主人公を小学生にした理由は幾つかありますが、それはまた次回語りましょう。




