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直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
二之譚 執着ノ轍

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〜第八話 追憶 四〜

 ドーモ、政岡三郎です。直也之草子二之譚第八話、始まります。河西賢二の追憶、今回でラストです。

 ───あの日以来、賢二は愛弓を避けるようになった。


 駅で鉢合わせないよう、あえて学校の最寄り駅の一つ手前の駅から歩いて登校し、昼休み等は彼女と会わないように人気のない体育館裏などで時間を潰し、万が一廊下ですれ違うことがあっても、視線を逸らして歩き去る。


 そんな日々が何日も過ぎて、気づけばもう3月。明日、愛弓は卒業する。


『賢ちゃん』


 夕暮れ時、学校から帰宅途中の駅のホームで、賢二は愛弓に声を掛けられた。


 愛弓の本来乗る電車とは真逆の上り線のホームにいるので、賢二は完全に油断していた。


『………こっちは上り線だよ。下り線、もう電車来るよ?』


 顔を背けながら、賢二はそう告げる。


 事実、愛弓が乗るはずの下り線の電車は、もう駅のホームの目と鼻の先だった。


『……うん、分かってる』


『それなら、早く行きなよ。田舎なんだから、電車一本逃したら次まで結構待つよ?』


『それでも、ちゃんと話したいの』


 真っ直ぐ賢二を見ながら、愛弓は告げる。


 そうこうしている内に、下り線の電車が反対のホームに到着する。


 今からだともう、反対のホームまで走っても、ギリギリ扉が閉まってしまうだろう。


『……』


 観念したように、賢二は愛弓に向き直る。


『……ごめんなさい!』


 愛弓はそう言って頭を下げる。


『……私が賢ちゃんに隠し事したから、賢ちゃんを怒らせちゃったんだよね……』


 違う。


 そうじゃない。


『私ね?隠し事しようと思ったわけじゃなくて………ただ、賢ちゃんに心配させたくなかっただけなの……』


 分かってる。


 あゆちゃんは、いつだって誰かの事を思って、不安を抱え込もうとする。


 そういう子だ。


『私がストーカーされてることを知ったら、賢ちゃんきっと、すごく心配すると思って………賢ちゃん、優しいから……』


 優しくなんてない。


 本当に優しかったら、大切な人が大変な時にこんなことで腹を立てたりはしない。


 賢二自身、分かっているのだ。


 自分がつまらないことで腹を立てているという事を。


 本当に謝るべきは、自分の方なのだ。


 それでも───。



 ───お前みたいなナヨナヨした腑抜けが、愛弓と釣り合うわけがないんだ。調子に乗るなよ?───



 素直に謝りたくても、あの時のサッカー部主将の言葉が頭を過り、どうしても素直に謝れないのだ。


『……』


 賢二が何も言えずにいると、愛弓が続けて話す。


『あ、でもね?ストーカーのことは、ほんとに心配しなくて大丈夫だから!今ね?とっても頼りになる人に、助けてもらってるんだ』


 とっても頼りになる人に、助けてもらってる。


 賢二を心配させまいとして言った愛弓の言葉が、賢二の心を抉る。


(あゆちゃん……)


 やはり、サッカー部の主将と………そう思った瞬間、賢二の中にほの暗い感情が沸き上がる。


『その人、ほんとにいい人でね?ストーカーのこと以外でも、色々と相談に乗ってくれてるんだ。その人のことはまだ誰にも話してないんだけど、賢ちゃんには特別に教えてあげる♪』


 やめろ。


 聞きたくない。


『実はその人ね?賢ちゃんと───』



『やめろっ!!』



 賢二は思わず声を張り上げる。


 賢二が突然声を張り上げたことで、愛弓はびくりと肩を震わせる。


『………良かったね、井下先輩。人気のサッカー部主将と、仲良くなれて』


 当て付けのような最低の言葉が、賢二の口から漏れる。


『えっ?サッカー部って…………なんのこと?』


 なんのことか解らず、困惑した様子の愛弓。


『とぼけなくていいよ。ストーカーのこと、僕には話せなくてもその人には相談できたんだよね』


 そう言うと賢二は、自嘲ぎみに笑う。


 ちょうどそのタイミングで、上り方面への電車がホームに入ってくる。


『そりゃあそうだよね。あの人はサッカー部のエースで人気者もあって、頼りがいがあるしね。僕なんかとは、大違いだ』


 そう言って電車に乗り込む賢二。


『け、賢ちゃん待って!何か、誤解して───』


『ごめん』


 咄嗟に呼び止めようと手を伸ばす愛弓に、賢二は振り返らずに言う。


『…………今は、そっとしておいてほしい』


 賢二がそう告げた瞬間、電車の扉がゆっくりと閉まる。


 上り線のホームに愛弓だけを残して、賢二を乗せた電車は走り去った。







 走る電車の扉に背を預け、賢二は低い天井を仰ぎ見るように上を向く。


『…………なにやってるんだ……僕は……』


 正直、今までの人生で自分を好きになったことはないが、今この時は過去一で自分のことが嫌いになりそうだと、賢二は思った。


(あんなことを言いたかったわけじゃ、なかったのに……)


 そう思いながら片手で顔を覆ったその時、賢二のスマートフォンにメッセンジャーアプリからの通知が届く。


 画面を見ると、もう何度無視したかも分からない愛弓からのメッセージだった。



[───明日の卒業式の後で、伝えたいことがあります。もう一度、チャンスをください。]



 卒業式の後……。


 そうだ。


 明日、愛弓は卒業して、学校を去ってしまう。


 そうなればもう、愛弓と会う機会が無くなってしまう。


 つまらない意地を張っている暇など、無かったのだ。


『……』


 賢二は一度深呼吸をすると、愛弓のメッセージに返信を送る。


[───さっきはごめん。それに、今までのことも。僕も、逃げずに井下先輩と向き合いたい。卒業式が終わったら、天文部の部室で会おう。そこで待ってます。]


 自分で打ち込んだ文面を見て、賢二は少しだけ悩んだ後、少しだけ文面を変える。


[───さっきはごめん。それに、今までのことも。僕も、逃げずにあゆちゃんと向き合いたい。卒業式が終わったら、天文部の部室で会おう。そこで待ってます。]


 訂正した、ごく僅かな違い。


 本当に些細な違いだが、その些細な違いこそが、賢二にとっての精一杯の勇気だった。


 もう、逃げたりしない。


 明日、いつもの部室で───。


『───絶対に、伝えよう』


 賢二がそう決意した、その日の夜。




 愛弓は見るも無惨な形でこの世を去った。






________________________


──

────

────────





 初めにそれを聞いたとき、僕はよく理解できなかった。


 卒業式を始める前に校長先生が、あゆちゃんが電車に轢かれて亡くなったと、全校生徒に伝えた。


 悲痛な面持ちで事故の概要を伝える校長の言葉に、全校生徒が一様にどよめき、困惑していた。


 校長が、あゆちゃんがいかに学校行事に真面目に取り組む生徒だったかを語っている時、あゆちゃんと仲の良かった人達やチア部の後輩の女の子達たちが、堰をきったように泣き出したのを、今でも覚えている。


 僕はその様子を、まるで他人事のように見ていた。


 あゆちゃんの葬式は、三月中に行われた。


 僕は最後にあゆちゃんの顔が見たかったけど、電車に轢かれたあゆちゃんの体はぐちゃぐちゃで、生きていた頃の原型を留めていないと、あゆちゃんの親族の方に告げられた。


 ぐちゃぐちゃになって、原型を留めていない。


 親族の方が絞り出すように言ったその言葉は、今でも耳に残っている。


 思えば、最後に駅のホームであゆちゃんと話した時も、僕は彼女の顔をまともに見ていなかった。


 僕は結局、最後にあゆちゃんの顔を見ることすらできなかった。


 お坊さんがお経を唱えている間、あゆちゃんの家族や親族の方のすすり泣く声が聴こえたけど、その時も僕は、不思議と涙が出なかった。


 それから僕は、頭の中で常にあゆちゃんの笑顔を思い浮かべながら過ごした。


 ストーカーの話を聞いて以来何ヶ月か、まともに彼女の顔を見ていなかったから、そうしていないと彼女の顔を忘れてしまいそうで怖かった。


 彼女の顔を思い浮かべるようになって二ヶ月半、受験生だというのに授業の内容はまったくと言っていいほど覚えておらず、天文部に顔を出した記憶も、人と話した記憶もない。


 それどころか、あゆちゃんの葬式が終わってからの二ヶ月間、自分が何をして過ごしていたかも定かではない。


 進級して教室が変わったことは辛うじて記憶にあるが、覚えているのはそれだけだ。


 無気力に日々を過ごす中で、僕はある一つのことが気になっていた。


 あゆちゃんは、何故死ななければならなかったのだろう。


 葬式で聞いた話では、警察はあゆちゃんの死を自殺と断定したそうだ。


 そんな筈はない。


 そもそも、事故の現場から遺体の下半身が無くなったというのにこれを自殺で済ませるなんて、馬鹿げている。


(───本当に、そうだろうか?)


 事故の時、あゆちゃんの体は電車の車輪に巻き込まれて、無惨な形になっていたそうだ。


 そんな状態で下半身部分が見つからなかったなど、本当に解るのだろうか?ただ単に遺体の状態が悲惨すぎて、事故現場から集めた肉片が体のどの部分か判別がつかなかったというだけの話ではないのか?


 もしかしたら、僕がそうだと認めたくないだけで、あゆちゃんは本当に自殺だったのではないだろうか?だとしたら、自殺の理由は……?


(───僕?)


 僕のせいなのか?


 駅のホームで最後に会話したあの時、僕が彼女に酷い態度をとったから………それが、彼女を傷付けたのか?


 そんなことを考えているうちに、気が付けば二ヶ月半経っていた。


 そんな時、ある噂が僕の耳に入ってきた。


 日々を無気力に過ごしていた僕がその噂話を聞き漏らさなかったのは、その話の中にあゆちゃんの名前が出てきたからだ。


 曰く、あゆちゃんが電車に轢かれて亡くなった踏み切りで、[テケテケ]とかいう下半身の無い女子高生の幽霊が目撃されているとか……。


 最近でも、小学生の女の子がその幽霊に襲われたらしい。


 下半身が無いと聞いて、僕は真っ先にあゆちゃんだと思った。


 葬式の折りに聞いた話で、電車に轢かれたあゆちゃんの体は下半身の部分だけ、いくら探しても見当たらなかったと聞いたからだ。


 あゆちゃんが、そこにいるのか?


 その噂を聞いて、僕は放課後、直ぐ様噂の場所……あゆちゃんが命を落とした踏み切りへ向かった。


 その場所は、学校の最寄り駅から下り線に乗って二駅目の場所。


 ここは、あゆちゃんの家の最寄り駅だ。あゆちゃんは、自宅近所の踏み切りで事故に遭ったのだ。


 事故現場の踏み切りは綺麗に清掃され、警報器の下に供えられた沢山の花だけが、ここであゆちゃんが事故に遭ったことを物語っている。


 踏み切りの前に立って、僕は改めて考える。


(…………僕は………何をしにここへ……?)


 あゆちゃんが死んだこの場所で幽霊が現れるという噂を聞いて、居ても立ってもいられずにここまで来たけれど、ここへ来たところでどうなるというのか……。


 まさか本当に、彼女の霊が現れるとでも?


(…………馬鹿馬鹿しい)


 馬鹿馬鹿しい。そう心の中で思いつつも、僕の足は日が落ちて暗くなるまで、この場所を離れようとはしなかった。


 次の日も、僕は下り線の電車に乗ってこの場所までやって来た。


 前日の夜に両親から、こんな遅くまでどこに行っていたのかと、高3にもなって説教されたにも関わらず、僕はまたあゆちゃんが死んだ踏み切りで立ち尽くしていた。


 その日は途中から雨が降ってきたけれど、僕は自分の体が濡れるのも構わずに、ただ何もせず、暗くなるまで立ち尽くした。


 二日連続で夜遅くに、しかもその日はずぶ濡れになって帰ったから、両親に酷く心配された。



 そして今日。


 僕は性懲りもなくまた、あゆちゃんが死んだ踏み切りに向かっている。


 事故現場へと向かう下り線の電車に揺られながら、僕はなんでこんなことをしているのか、自問自答する。


 幽霊なんて、信じてはいない。


 信じては───。


 嘘だ。


 本当は願っているんだ。


 彼女が僕の前に現れてくれることを。


 幽霊でも、なんでもいい。


 祟られようが、呪い殺されようが、構わない。


 ただ、彼女に……あゆちゃんに会いたい。


 彼女に会って、謝りたい。


 酷い態度をとったことを。


 彼女に会って、聞きたい。


 何故死んでしまったのかを。


 彼女に会って、伝えたい。


 僕の、嘘偽りの無い想いを───。


 電車を降りて改札を出て200メートル程歩けば、そこが彼女の事故現場だ。


 今日も僕は、彼女が現れることを願って、この場所で立ち尽くす。


 駅からさほど離れていないが、この辺りは人気(ひとけ)が少ない。


 そのお陰か、今日で三日連続で立ち尽くしているが、まだ不振がられて通報などはされていない。


 お陰で、何時間でも彼女を待てる。


 待っている内に、また雨が降ってきた。


 昨日と同じで傘を持ってきていないので、今日もまたずぶ濡れになるのだろう。


 そう思っていたら、ふと、誰かが僕の後ろから傘を差し出す。


 振り返るとそこにいたのは、彼女ではなく、小学生くらいの少年だった。




──第九話へ続く──

 直也之草子二之譚第八話、いかがでしたでしょうか?では登場人物紹介其の十九です。今回はまだ名前しか出ていない人です。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


田中一男(たなかかずお)


・誕生日:4月2日(32歳)


・身長:177cm ・体重:ヒ・ミ・ツ☆


・月男の父親にして、直也の喧嘩の師匠。月男同様に日頃から無表情。けれど、月男の場合はその中性的な顔立ちからミステリアスと捉えられる事が多いが、一男の場合はミステリアスというよりただの阿呆面。月男以上に突飛な行動が多い。そのくせどういうわけか喧嘩がめっぽう強く、高校の時は日本全国のヤンキー達のカリスマ的存在として君臨していた。仕事は建築士兼作家で、作家としては本格ミステリからライトノベル、官能小説から果ては漫画作品まで、書くジャンルは多岐に渡る。その方面でも結構有名人。

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