〜第二話 喧嘩〜
どうも皆様、政岡三郎です。直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜 第二話です。今回のお話で、田村直也という少年がどういう人間か、更に知っていただければ幸いです。どうぞお楽しみください。
田舎のコンビニによくある無駄に広い駐車場で、直也と白鳥は向かい合う。
「鴇島ぁ、鶫屋ぁ~。このガキシメたら焼肉奢るって約束、忘れんなよなぁ?」
「任せてください、白鳥先輩!」
「白鳥先輩、お願いします!」
遠巻きに答える鴇島と鶫屋。
「ってぇわけだ。悪いな、小僧」
そう言うと白鳥は、右拳を左の掌に打ち付けて、関節をポキポキと鳴らす。
直也はボリボリと頭を掻き、溜め息を一つ吐く。
「……安く見られたモンだぜ。どうせあれだろ?焼肉っつっても、激安チェーン店のタレで味を誤魔化した、安っすい肉なんだろ?」
そう言って直也は拳を構える。右拳を顎の近く、左腕をL字に曲げて鳩尾の辺りを守る、格闘技で言うところのフィリー・シェル……通称L字ガードだ。
「この俺を相手にすんなら、最低でも銀座の寿々苑クラスの値段でなきゃ、釣り合わねえぜ?」
「ほざけガキが!!」
白鳥が殴りかかる。
直也は頭を後ろに引くスウェーの動作で白鳥のパンチを躱し、そのまま後ろに下がって距離を取る。
「クソッ!」
白鳥は次に左拳を振り上げ殴りかかるが、直也は同じようにスウェーの動作からの後方移動で拳を躱し距離を取る。
白鳥は更に、大振りな上段回し蹴りを繰り出し、直也はそれをウィービングでUの字に足を潜るように躱す。
「ちょこまかと鬱陶しいガキだぜ……猿かお前は?」
「そういうあんたは白鳥っつうより、その一個前の醜いアヒルの子だな。動きが大味すぎて見るに堪えねぇぜ?」
白鳥の挑発とも取れる言動に、直也は涼しい顔で返す。
「言ってくれるぜ、このガキ!」
立て続けに殴りかかる白鳥に対し、直也は後ろに下がって白鳥の攻撃を避け続ける。
「白鳥先輩、その調子っす!!」
「おらどうしたぁ!!腰が引けてんぞ田村ぁ!?」
鴇島と鶫屋が野次を飛ばす。
「お、おいおい、防戦一方じゃんか……マジで大丈夫かよ、直也ぁ……」
離れたところから心配そうにそう口にする健悟に、月男が言う。
「たぶん大丈夫だよ、直也だし」
極めて根拠に乏しい月男の言葉であったが、事実として直也はただ考え無しに後ろへ下がっているわけではなかった。
直也が攻撃を避けながら後ろに下がっているのは、以前自宅の居間で煎餅を貪りながら寝っ転がってテレビを観ている時に思い付いた[必殺技]を試すためであった。
その[必殺技]を試すのに必要なのは、直也のもう5メートル後ろに停まっている、軽トラックの荷台。
攻撃を避けながら後ろに下がる直也と軽トラックの荷台の距離は、もうあと4メートル……3メートル……2メートル……1メートル……。
「派手に決めるぜ……!!」
軽トラックの荷台に背中がぶつかる直前、直也は跳び上がりトラックの荷台の縁に足を掛け、更に高く跳躍する。
攻撃に夢中になっていた白鳥の頭上を飛び越し、体操競技のウルトラCよろしく空中で体を捻り、白鳥の後頭部に両足で蹴りを入れる。
《ミサイルキック》。
相手よりも高い位置からジャンプして放つドロップキックの一種だが、この技はそれを更に改良した、直也のオリジナル技、《ウルトラC式ミサイルキック》だ。
「がっ!?」
後頭部に一撃貰った白鳥の体は前のめりに傾き、軽トラックの荷台の縁に頭をぶつけた後、崩れるように地面に倒れ込み、仰向けになり頭を押さえて身悶える。
「終わりだ!」
直也は倒れた状態から下半身を反らせて両腕のバネで飛び起きる。
そして再び、軽トラックの荷台の縁に足を掛け跳び上がり、頭を押さえて地面に倒れ込んでいる白鳥の鳩尾目掛けて空中で拳を振りかぶる。
「墜ちな!!」
高い位置から落下してきた直也の右拳が、白鳥の鳩尾に突き刺さる。
直也はこの技を、旧暦の11月をもじって《霜突き》と呼んでいる。とどのつまりは、重力落下の勢いに委せたただのゲンコツだ。
「ゴフッ!?」
余談だが、直也は拳の握り方に癖があり、親指を人差し指の第一関節の辺りで握っているため、人差し指の第二関節が突き出た特殊な拳になっている。
これは空手で言うところの"一本拳"と呼ばれる技だが(人によっては中指の第二関節を使う)、直也は拳を握る際の独自の癖から、偶発的にこの状態になっていた。
文字通り"突き刺さる"ような直也の右拳を鳩尾に貰い、肺の酸素が一気に吐き出され、白鳥はあっさりとKO負けを喫する。
「う、嘘だろ……白鳥先輩……!?」
白鳥のまさかの敗北に、動揺を見せる鴇島と鶫屋。
「……っと。ちっとばかしやり過ぎちまったか?お~い、生きてるか?」
直也はそう言って、大の字に倒れる白鳥の顔をぺちぺちと叩く。
一応反応があったのを確認した直也は、立ち上がって両手をポケットに突っ込む。
「ま、一応大丈夫みてぇだな?……おい」
直也は肩越しに振り返り、鴇島と鶫屋を見る。
二人はびくりと肩を震わせ、生唾を飲む。
「問題ねえとは思うが、一応お前らで病院に連れてってやれよ?俺らはもう行くぜ」
そう言い残し、直也は離れたところから見ていた健悟と月男の方に歩み寄り、「行くぞ」と短く声をかける。
直也達が立ち去って、しばらく鴇島と鶫屋は呆然としていたが、やがていそいそと白鳥を二人で担ぎ、駐車場を後にした。
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「しっかしお前、ほんと喧嘩強いよなぁ~」
感心しているような、呆れているような口調で、健悟が呟く。
三人は通りを歩きながら、先程の直也と高校生の喧嘩について話していた。
「へへ、まぁそれほどでも……あるけどな♪」
高校生を撃破して、すっかり天狗になっている様子の直也。
「まぁ真面目な話、あの白鳥ってやつはいうほど大したことはなかったぜ。そこいらの高校生と比べても、ガタイが抜きん出て良かったってわけでもなかったし、何か格闘技をやってるって感じの動きでもなかった。大方、そこいらの一般人相手にイキり散らかしてるだけの、カンチガイ喧嘩自慢君だったんじゃねぇの?」
「言ってもあの人、見た目180㎝近くあったよ?」
月男がそう言うと、すかさず直也が返す。
「179くらいだろ、ありゃあ。そんくらいの身長のやつ、格闘技の世界じゃゴマンといるぜ」
そう言った途端、直也は思い出したように気落ちする。
「はぁぁ……俺の勇姿を、かのこにも見せたかったぜ……。今頃何してんだろうなぁ、マイ・スイートハニーは……」
そう言うと直也は、懐に仕舞っていた一枚の紙を取り出す。
「ん?なんだその紙?」
直也が持っている紙に気付いた健悟が訊ねる。
「かのこが残した書き置き。下駄箱の中にあったやつ。ほら見ろよこれ!」
そう言って直也は、鹿乃子が残した書き置きを二人に見せびらかす。
書き置きにはこう書かれていた。
『なおくんへ。用事があって、今日はすぐ帰らないといけないから先に帰ります。居残りテスト、おつかれさま。 鹿乃子』
書き置きの最後には、可愛らしいうさぎのイラストと花マルが描かれていた。
「居残りテストおつかれさまだって!かわいいうさちゃんのイラストと、花マルまで描いてくれて…………はぁあ、かのこ♥♥♥」
直也はうっとりとした顔で、書き置きにスリスリと頬擦りする。
「………お前さぁ……そういうの、マジで外でやんない方がいいよ?」
健悟がげんなりした様子で直也に言う。
「もう手遅れじゃない?この町の人には、直也が柚澄原に対して異常に気持ち悪いのはとうに周知の事実だよ」
月男のそんな言葉も、今の直也には届いていない様子だ。
「ぃよっし!!かのこの愛情たっぷりの書き置きを見てたら元気が湧いてきたぜ!おめぇら、今日は遊ぶぞ!」
そう言うと直也は、意気揚々と先頭を歩く。
直也はいつも、こんな調子であった。
そして、こんな調子の直也に振り回されるのが、健悟と月男の日常であった。
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「痛みはどんな感じかな?」
直也達の住む町から電車で小一時間程離れた都市部の病院で、医者が患者の鹿乃子に訊ねる。
「えっと……まだ、たまに痛みます」
二の腕から先が無い右腕をさすりながら、鹿乃子は正直に答える。
鹿乃子が右腕を失ったのは小学二年生の夏の頃だが、その時から彼女は幻肢痛に悩まされていた。
夜眠りについている時、ふと右腕を失った時の恐怖の記憶を夢に見て、それと同時に無いはずの右腕が激しく痛み出して、その痛みで目を覚ますのだ。
幻肢痛で起きた夜は一晩中眠れないこともざらで、よく体調を崩していた。
そのため、月に一度両親と病院を訪ねて、診察を受けて薬を処方してもらうのが月例であった。
「そっか……。それは、どれくらい痛むかな?夜、眠れない程かい?」
「はい……痛い時はお薬を飲んだ後も、すごく痛みます」
「どれくらい、痛いのが続くかな?」
「……朝まで、ずっとです」
鹿乃子がそう答えると、医者は少し考え込む。
「そっか……、余程酷いようなら、もう少し強いお薬を出した方がいいかもしれないね。……それじゃあ、痛む頻度はどれくらいかな?」
「一ヶ月に一度か二度くらいです。前よりも少なくなりました」
鹿乃子の言葉に、医者は微笑む。
「それは良い兆候だね。幻肢痛は、日常生活でのストレスも症状の原因となるものだから、充実した毎日は送れているということなのかな?何か日常生活で心の安らぎになるものがある、とか……」
医者の言葉に鹿乃子は、ちょっと過剰な程に自分のことを想ってくれる一人の少年の顔を思い浮かべ、ぽっと頬を染める。
「………はい」
顔を赤らめる鹿乃子の様子に医者は何かを察し、優しく微笑む。
「それじゃあ、お薬はいつも通りに出しておくね。それと念のため、痛み止めをいつもより少し強い物にしようか。あまり短い間に何度も服用すると、軽い頭痛の症状が起きるかもしれないから、注意してね?」
「はい……」
そうして今日もつつがなく診察は終わり、鹿乃子は待合スペースで待つ両親のもとに戻る。
「おかえり、鹿乃ちゃん。先生はなんだって?」
鹿乃子の父親の伊折が訊ねる。
「痛み止めのお薬を、もう少し効き目の強い物にするって。他はいつも通り」
そう言って鹿乃子は母親と父親の間に座る。
「そう……副作用は大丈夫?」
母親の桜子が少し心配そうに訊ねると、鹿乃子は笑って「大丈夫」と返す。
「あんまり短い間になんども飲むと軽い頭痛になるかもって言ってたけど、ちょっとずつ飲めば平気だって言ってたよ」
鹿乃子の言葉に、桜子は「そう……」と呟く。
「それならいいけど……。お薬飲む時は、気を付けなきゃね?……でも」
桜子は最近の鹿乃子の様子を思い返しながら、ほっと胸を撫で下ろす。
「かのちゃん、最近は前よりも痛みで夜起きちゃうことが少なくなったよね。お母さん、ちょっと安心した」
桜子の言葉で、鹿乃子は医者との会話を思い出す。
「幻肢痛って、日頃のストレスとかも影響するんだって。きっと毎日が充実してるから良くなったんだって、先生が言ってた」
鹿乃子がそう言うと、桜子は微笑みながら言う。
「そうなの……それじゃあ、かのちゃんの毎日を充実させてくれている『王子さま』にもお礼しなくちゃね?」
桜子が言った『王子さま』という言葉に、鹿乃子は一瞬で顔を赤くする。
「ち、違うよ!?なおくんはまだ、そんなんじゃ…!!」
慌てて否定する鹿乃子の言葉尻を捕らえるように、桜子はいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。
「あれ~?お母さん、まだ一言も王子さまが直也くんのことって言ってないんだけどな~?」
桜子にそう言われ、鹿乃子は顔を耳まで赤くしながら俯く。
「ぅぅ………お母さんのいぢわる……」
「うふふ、ごめんごめん。でも、本当によかったわ。直也くんと出会ってから、かのちゃんがまた明るい笑顔を見せるようになってくれて」
そう言うと桜子は、少しだけどこか遠くを見るような表情を見せる。
もうすぐ三年も前のことになるあの夏……当時鹿乃子が通っていた小学校の遠足バスが事故に遭い、その結果、柚澄原家から大切なものが喪われた。
喪われたものは、鹿乃子にとっても、両親にとっても、かけがえのない大切な存在であった。
両親にとっては、鹿乃子の存在まで喪うことにならなかったのが唯一の救いであったが、その時の事故で鹿乃子は右腕と、一時期は心からの笑顔をも失っていた。
事故の記憶から立ち直るために引っ越した先の町で直也に出会った鹿乃子は、少しずつ笑顔を取り戻していったのだ。
鹿乃子にとっても、直也はもう[特別な存在]だった。
「う、ううん、しかしなぁ………直也君は、その………些か、鹿乃子に対するスキンシップが過ぎやしないかい?」
伊折のそんな言葉に、鹿乃子は内心で確かにそうかもと思い、少し困ったような笑みを浮かべる。
「気にしなくていいわよ、かのちゃん。お父さんはね?直也くんにやきもちを焼いてるのよ」
「なっ……!?いや、そうじゃなくて僕はただ、客観的な意見を……!」
桜子の言葉に対して慌てた様子で反論する伊折を見て、桜子と鹿乃子は「ふふっ」と笑う。
「まったくもう、強がりなんだから……。それじゃあお母さんは受付で処方箋を貰ってくるから、かのちゃんはお父さんと先に車に戻ってて」
「はーい」
鹿乃子が返事をすると、桜子は受付に向かって歩いていく。
「それじゃあお父さん、行こ?」
「あ、ああ……」
鹿乃子に促され、伊折も鹿乃子と一緒に出口に向かう。
歩きながら鹿乃子は、先程の桜子の言葉を思い出していた。
『それじゃあ、鹿乃子の毎日を充実させてくれている王子さまにもお礼しなくちゃね?』
(……王子さま……かぁ……)
心の中で直也の姿を思い浮かべた鹿乃子の顔には、自然と笑みが溢れていた。
(ふふ。なおくん、今頃何してるかなぁ?)
──第三話へ続く──
直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜 第二話いかがでしたでしょうか?ここからはキャラクター設定解説其の一です。
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・田村直也
・誕生日:4月8日(11歳)
・身長:144cm(爆速成長中) ・体重37kg
・この物語の主人公。小学二年生の冬に、町に引っ越してきた鹿乃子に一目惚れし、以来ことあるごとに彼女にアタックしている。健悟と月男とは、幼稚園からの幼馴染。喧嘩と運動全般が得意で、将来の目標は海外の総合格闘技界最大の団体、Unlimited Strong Fighters(通称USF)で、ヘビー級の最強のチャンピオンになってアメリカン・ドリームを掴むこと。夢は鹿乃子のお婿さん。やや(?)俗物的なところがあり、将来はロサンゼルスの高層マンションの最上階で、鹿乃子にこれ以上無いリッチな生活をさせてあげたいと思っている。