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直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
二之譚 執着ノ轍

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〜第一話 噂〜

 ドーモ、政岡三郎です。直也之草子二之譚、始まります。髪鬼騒動を乗り越えた直也に、新たな事件が待ち受ける___。

 直也の住む町から、電車で都市部方面へ向かう途中の三つ目の駅。


 この駅に近い踏切で、女子高生が電車と接触し亡くなったのが、三ヶ月前の夜のこと。


 事故だったのか……或いは、自殺だったのか……。


 警察の調べでは、女子高生は卒業式を間近に控えていて、県内の有名大学への進学が決まっていたらしい。


 電車の運転士の証言では、この辺りは夜になると視界が悪いが、少なくとも女子高生は突然飛び出してきたように見えたとのこと。


 警察はこの一件を、生活環境の変化を間近に控え、精神が不安定になった女子高生による自殺であると結論付けた。


 しかし、この事件の最も不可解なことは、自殺したと思われる女子高生の"下半身が無くなった"ことだ。


 女子高生は電車の車輪に轢かれ、体が真っ二つになっていたのだが……どういうわけか、事故現場から彼女の下半身だけが無くなったのだ。


 警察は辺りを捜索したが、結局下半身は見つからず、警察も自殺で片付いた死体の捜索をいつまでも続ける訳にはいかず、下半身の捜索は早々に打ち切られた。


 それから一ヶ月後のことだった。


 女子高生が亡くなったその踏切で、[テケテケ]が出ると噂になったのは。






________________________






 里田(さとだ)(なぎさ)柚澄原(ゆずみはら)鹿乃子(かのこ)のクラスメイトであり、友人の一人だ。


 彼女は再来年の中学受験に向けて、住んでいる町から3駅離れた町にある学習塾に通っている。


 今日も塾での勉強を終え、今は帰りの道中だ。


 時季はすっかり梅雨入りし、空からしとしとと雨が降り注ぐ。今日で二日連続の雨だ。


 雨の日は晴れの日とは違った趣があるが、それは時として心を陰鬱にさせる。


 取り分け、こんな場所なら尚更だ。


 今渚がいる場所は、三ヶ月前に人身事故で女子高生が亡くなった踏切の前だ。


 いつもは駅の東口から学習塾まで事故現場を通らずにたどり着けるルートがあるのだが、今日は生憎その道が工事をしていて通れなかった。


 そのため、行きは仕方なく遠回りをしたのだが、問題は帰りだ。


 行きと同様に大きく迂回すれば、事故現場を通らずに駅まで行けるが、正直迂回するよりも事故現場を通って駅の西口を目指す方が、時間はかからない。


 事故現場には二ヶ月程前から、死んだ女子高生の霊が[テケテケ]という怨霊となって現れるという噂が立っている。


 しかし、渚は現実主義者(リアリスト)で、幽霊や占い、都市伝説といった"迷信"は一切信じない委員長として、学校では通っていた。


 そんな自分が、下らない噂話を気にしてあえて遠回りするなど、許せなかったのだ。


「……」


 傘の下から事故現場となった踏切を見渡す渚。


 流石に事故の痕跡は綺麗に拭き取られ、警報器柱下に供えられた花がなければ、パッと見では事故現場と分からない。


(来てみたはいいものの………うう、やっぱり怖いなぁ……)


 恐る恐る踏切を渡る渚。


 強がっていても、やはり小学生。幽霊云々は関係無しに、人が亡くなった現場と言われれば否応にも怖いものだ。


 ゆっくり、一歩ずつ踏切を歩いていく。


 さっさと渡ってしまえば良いものを、人が亡くなった場所を歩くという妙な緊張感から、自然と足取りは重くなっていた。


 幸か不幸か、田舎町なので都会のようにそうそう短いスパンで電車が通ることもない。


 そうこうして、どうにか半分踏切を渡った。


 あと半分、踏切の中央を越えて反対側まで行けば、後は駅の西口まで一直線だ。


 何も難しいことは無い。







 ───そう、思っていた。






 ピチャッ。


 雨音に混じって、水溜まりを叩くような音が、渚の背後から聴こえる。


 渚はびくりと肩を震わせて立ち止まる。


 立ち止まってしまう。


 これを気のせいと割り切ってさっさと先へ行ってしまえば、そのまま何事もなく済んだであろう。


 ピチャッ。


 ピチャッ。


 水溜まりを叩く音が、少しずつ近付いてくる。


 けれど、渚は動けない。脚が震えて云うことを聞かない。


 現実主義者(リアリスト)などと言って強がり、やれ幽霊だ都市伝説だと騒ぎ立てる同級生達に呆れていたけれど、本当は"この手のモノ"に人一倍怯えていたのは自分だったのだと、渚は今になって理解する。




 ピチャンッ。




 一際大きな水音が、渚のすぐ後で停止する。


 もう雨音も聴こえない。今の渚の耳には、周りの環境音など届かない。


 それほどまでに、渚の意識は背後の"存在"に向いていた。


 渚はゆっくりと、ゆっくりと振り返る。


 背後に感じる気配が気のせいであると確かめたいのか、或いは何か目に見えない力に強制されているのか……渚自身、判別はつかなかった。


 視界の端からゆっくりと、背後に広がる光景が露になっていく。


 渚が完全に振り返った時、そこには何も無く、ただ自分が通り過ぎてきた踏切の光景が広がるのみであった。


(……なんだ)


 やっぱり気のせいだったんだ。そう思って渚はほっと胸を撫で下ろし、次いで今まで不安を感じていた自らを自嘲するように笑───








     カ


           エ

                 シ



                       テ 』






 ナニカが渚の背後から抱き付き、渚の肩越しにそう呟く。


 雨の住宅街に、少女の悲鳴がこだました。






________________________






「…………渚ちゃん、目を覚ましてから思うように脚が動かないんだって……」


 公園のベンチの端に腰掛け、鹿乃子は悲しそうに言う。


「テケテケを見たって言ってんだろ?う~ん、あの里田がなぁ……」


 鹿乃子の傍に佇み、意外そうに唸る健悟。


「意外でもないよ?里ちゃん、ああ見えて結構怖がりだからね」


 鹿乃子と同じベンチに距離をあけて体育座りしている月男がそう呟く。


「ドクターはなんと申してるの?」


 月男がそのまま話の続きを促すが、鹿乃子は首を横に振る。


「わかんない………それ以上、あんまり詳しいお話は聞けなかったから……」


 でも、と鹿乃子は続ける。


「……渚ちゃんのお母さん、心配しないでねって言ってたけど……すごくやつれた顔してた。たぶん、渚ちゃんがあんなことになってから、全然寝てないんだと思う……」


 鹿乃子がそう言った後、場が重い空気に包まれ、しばらくの間沈黙が続く。


「…………渚ちゃん、治るよね?」


 消え入りそうな声で不安そうにぽつりと呟く鹿乃子。


「また、いつもみたいに………ちゃんと歩けるようになるよね……?」


 鹿乃子は俯きながら、右手でスカートの裾をぎゅっと握り締める。



「大丈夫だ」



 そう答えたのは、鹿乃子が座るベンチの傍の樹に寄りかかって話を聞いていた直也だった。


 それまでずっと黙って鹿乃子の話を聞いていた直也は、樹に預けていた背中を離してポケットから手を出すと、鹿乃子の正面に立ち視線を合わせるようにしゃがみこむ。


「俺がなんとかする。だから、心配すんな」


 そう言うと直也は、鹿乃子を安心させるようにニッと笑う。


「……なんとかするって……どうするの?」


 けれどそれを見た鹿乃子は、一層不安になる。


「……ま、なんとかはなんとかだ。大丈夫、ぜってー里田の脚は治してやるから……」


「大丈夫じゃないよ!」


 鹿乃子が珍しく声を荒げて立ち上がる。


 その珍しい様子に、直也、健悟、月男の三人は思わずびくりとする。


「お、おいおい、どうしたかのこ?……ああ、そっか。俺が、適当な気休め言ってるように聞こえたから……」


「違うよ!」


 なおも強い口調の鹿乃子に、直也は再びびくりと肩を震わせる。


「だってなおくん、また無茶なことしようとしてる!なおくんの眼を見ればわかるもん!」


 そう言うと鹿乃子は、泣きそうな顔で静かに俯く。


「…………わかるもん……」


 鹿乃子は、直也が適当な慰めを言っているなどとは微塵も思っていない。


 むしろその逆。直也が渚のために無茶なことをしようとしているのが分かるからこそ、鹿乃子は不安なのだ。


 現に直也達は一ヶ月程前にも、行方知れずになった鴇島と鶫屋という中学生二人を探すため、丸一晩家に帰らなかったことがあった。


「……渚ちゃんがあんなことになっちゃって………なおくんまで何かあったら、わたしはどうすればいいの……?」


「かのこ……」


 今にも涙が溢れそうな鹿乃子を見て、直也は胸が締め付けられる。


 そんな鹿乃子を安心させようと、直也は努めて優しく、鹿乃子に語りかける。


「分かってる。もうこの前みてぇな無茶な真似はしねぇ。これ以上かのこを不安にさせたりしねえし、それでいてバッチリ里田の脚も治してやるから。な?」


 そう告げて、直也は鹿乃子に背を向ける。


「そんじゃ、ちょっくら行ってくるぜ」


「あ、おい!待てって直也ぁ~」


「あっしもお供しやすぜぃ」


 歩いていく直也の背中を、健悟と月男が追いかける。


「ま、待ってなおくん!わたしも一緒に……!」


「駄目だ」


 直也についていこうとした鹿乃子に、直也はきっぱりと言う。


「……かのこは、里田ン家に見舞いに行って、勇気づけてやってくれ。心細い時にダチが傍に居てくれたら、あいつも心強いと思うからよ」


 振り返って明るく笑いながら鹿乃子にそう言うと、直也は健悟と月男を引き連れて駅へと向かった。






________________________






「───で、結局どうするの?大将」


 電車に揺られながら直也にプランを訊ねる月男。


 電車の中は空いていて、直也達以外の乗客は、離れた所の優先席に老人が一人座っているだけだ。


「……まずはその"テケテケ"とかいう悪霊を見つける。ンで───」


 そう言うと直也は、脇に置いてある大通連の入ったギターケースを片手でポンと叩く。


「───場合によっちゃあ、叩っ斬る」


「叩っ斬るって……大丈夫かよ、直也。この前もそれ使って、フラフラになってたじゃんか……」


 心配そうな目で、直也とギターケースを交互に見る健悟。


「あの時は、ちょっと疲れただけだ。今回はそうなる前に終わらせる」


 そう答える直也に、すかさず月男が言う。


「でもさ?また悪霊なんかと()りあったら、今度も禊祓しなきゃならなくなるよ?髪鬼と()った時におりつさんって人に怒られたって、直也言ってたじゃない。また怒られちゃうよ?」


 月男の指摘を、直也は鼻で笑う。


「そんときゃ、俺と里田の二人で偶然テケテケに遭遇したっつえばいい。どのみちテケテケをどうにかした後で、禊祓しに里田を連れて行く予定だったんだ。それが一人から二人に増えたところで、大した手間じゃねえだろうよ」


 直也がそう言った時、丁度電車が目的の駅に着き、三人は立ち上がる。


 無人ではないものの、いかにも田舎町らしい古ぼけた改札を通り、三人が駅の東口へ出るのと時を同じくして、空からポツリ、ポツリと雨粒が降り注ぐ。


 元から天気は優れなかったが、それでも天気予報で見た今日の降水確率はそこまで高くはなかったはずだった。


「チッ、降ってきやがったか……」


 猛暑を迎える前の恵みの水も、こういう場面ではどうにも不吉だ。


「どうするよ?そこのコンビニで、傘買ってくか?」


 健悟が訊ねる。


「俺はいらねえ。雨の度にコンビニの()っけぇビニール傘買ってる程、小遣いに余裕無()ェし。それにどのみち、いざ()りあうって時になりゃあ、邪魔になるしよ」


 そう言うと直也は、着ていた半袖パーカーのフードを目深に被り、歩き出す。


「あ、直也ー。僕ちょっとコンビニで買うものあるから、先行っててー?」


 後ろから聞こえてきた月男の声に、直也は短く「おう」と言って先へ行く。


「あっ、健悟はちょっと手伝ってー?」


「ん?おお、いいけど………傘買うんか?」


 健悟の言葉に、月男は首を横に振る。


「違うよー」


「は?え、じゃあ………こんなタイミングでわざわざ、何買うんだよ?」


 健悟の問いに月男はこう答える。


「サブウエポン。万が一に備えてね」



──第二話へ続く──

 直也之草子二之譚第一話、いかがでしたでしょうか?一之譚が終わり、物語も新たな局面を迎えました。それでは、登場人物紹介其の十三いきましょう。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――


里田(さとだ)(なぎさ)


・誕生日:12月9日(10歳)


・身長:143cm 体重:35kg


・鹿乃子のクラスメイトであり友人。生真面目な性格であり成績の良い優等生、更には眼鏡をかけた古典的な委員長タイプであり、実際クラスの委員長。そのため、隣のクラスの問題児である直也とはそりが合わない(直也の方は特段仲が悪いつもりはない)。幽霊や妖怪など、非科学的な存在は信じない現実主義者(リアリスト)を自称しているが、それは裏を返せばそういったものへの苦手意識の現れであり、彼女をよく知る人間にとっては、彼女が怖がりであることは周知の事実である。

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