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第7話 藤川雅はくじけない

 特訓を始めて1週間。雅の打撃フォーム改造は難航を極めた。

 長年の癖が染み付いてしまっていて、ちょっとやそっとの修正ではどうにもならない。いっそのこと雅の記憶を消してゼロから指導したほうが早いのではないかと思うぐらいだった。


 それでも藤川雅という女の子はくじけない。


 試行錯誤を重ねても結果が伴わなければ普通なら気持ちは切れてくるもの。しかし雅はひたむきにバットを振り続けた。

 こんなに努力を惜しまない少女を前にして、僕のほうが諦めるわけにはいかない。なんとしても雅の打撃を開花させるため必死で打開策を考える。


「もう腕が棒っす……。雄大くん、ちょっと休憩入れましょう」


「それもそうだな……、もう2時間近くやってるしな……」


「もうそろそろ暗くなってくるっすね。ボールが見えるうちになんとかきっかけを掴みたいっすけど……」


 さすがの雅も疲労が溜まってきて気持ちが下り坂だ。


 有能な監督だったなら、ここで雅のために気の利いたことのひとつやふたつサラッと言うのだろう。でもあいにく僕にはそんなユーモアは無い。自分の無能さが悔しい。


 買い置きのスポーツドリンクを取り出して、ベンチに座って僕らは休憩をすることにした。


 まだ春先だというのに、雅は真夏であるかのように汗だくだ。パステルカラーのタオルで汗という汗を拭い、待ってましたと言わんばかりにペットボトルのスポーツドリンクを喉へ流し込む。ある程度飲んでから雅はちょっと恥ずかしそうな表情を見せる。

 まるでスポーツドリンクのCMのような透明感のある雅の仕草に、僕は思わず見惚れてしまっていた。


「……何をジロジロと見てるんすか。雄大くんも自分のドリンク買ってるじゃないすか、あげないっすよ」


「いや別に貰うつもりはないから!」


「そうっすか?てっきり人の飲みかけが好きなのかと」


「雅の中での僕はどんな変態にされてるんだよ!」


「あははは冗談っすよ」


 雅はもう一口スポーツドリンクを飲んで、ふぅと息をついた。


「……雄大くんは心配してくれてるんすよね、私のこと」


 雅の表情は物憂げなものに変わる。僕は雅が泣き出してしまうのではないかと一瞬身構えてしまった。


 ポジティブ思考でいつもハイテンションな彼女も人間だ。時にはこういう顔をすることだってあるだろう。


「……よくよく考えたらおかしな話っすよね。こっちから監督をやってくれってお願いしてるのに、何故か私を覚醒させないと監督なんてやらせないぞって話になってて」


「そういえば確かにそうだな。……まあ、仮にこんな特訓を経ずに監督になったとしても、あの頑固者のエースに認められるために結局同じようなことをしていたと思うけど」


「ふふっ、翼ちゃんのこと良くわかってるじゃないすか、さすが監督っすね」


「あんなわかりやすいお山の大将エースなんて天然記念物級よ。……でも、あれはあれでエースっぽくて良いと思う」


 僕は自分のスポーツドリンクのキャップをひねり、ひとくち飲んだ。

 知らず知らずのうちに僕自身も結構な汗をかいていたのか、いつもよりスポーツドリンクの味が濃くなっているような気がする。


「……別に、無理にこんな話を受けてくれなくても良かったんすよ?勧誘した私が言える事じゃないっすけど、どう考えてもこんなの理不尽じゃないっすか。私の気まぐれで雄大くんを振り回してしまって……」


 いつになく弱々しい声で雅はそう言う。


 一見藤川雅という子は無茶苦茶なように見えて、実は根が真面目だというのはこの1週間でなんとなく分かってきた。

 その真面目な性格ゆえに、なんだかんだで僕を巻き込んでしまったことに結構負い目を感じているのだろう。


「確かに理不尽に振り回されてはいるけど、これはこれで僕なりに雅には感謝してるんだ」


「……そんな社交辞令はいらないっす。嫌なら嫌って言ってくれた方がまだマシっすよ」


「社交辞令なんかじゃないよ。雅は野球バカなのに野球を諦めるしかなかった僕を見出してくれたんだもん。雅にはありがとうって言っても言い切れない」


「そんなこと……」


「それにさ――」


 僕はボトルのキャップを締めてベンチに置くと、おもむろに立ち上がって隣に座る雅を見た。


「こんなに雅が頑張ってるのを見てたら、絶対に形にしてあげたいなって思ったんだ」


 雅は少し目を見開く。あまりこんなことを言われ慣れてないのか、ちょっと恥ずかしそうにも見える。


「ほ、褒めても何も出ないっすからね!ゆ、有能な監督はすぐにそうやって人をたぶらかすんすから!騙されないっすよ!」


 やっぱりそうだ。

 人一倍努力していることを褒められたことが雅にはあまりないのだろう。結果が伴って来なかったから尚更だ。

 でも僕は素直に頑張ることができる雅のことを買っている。でなければこんなにも熱心に特訓に付き合うことなんて出来ない。他人を本気にさせる魅力みたいなものがこの子にはある。


「騙してないって。それに僕は有能なんかじゃないよ。――有能な監督ってのは無意識のうちに色々解決しちゃうもんさ。長嶋茂雄とか見てみろよ。松井秀喜をあんな大打者にしちゃってさ」


「いやいや、松井秀喜は長嶋監督うんぬん以前にそもそも怪物っすから!愛称が『ゴジラ』っすよ?甲子園でランナーなしで敬遠されちゃうんすよ?」


 さすが雅。結構この子はプロ野球選手に詳しいから話が弾む。


「うーん、確かにそうだな。例えが悪かった」


「しかも松井秀喜は本来は右打者ってのが恐ろしいっすよね。草野球で打ちすぎるから兄に左打ちにさせられたとか、エピソードがもう怪物のそれっす」


「本当だよな。もし右打者のままだったらより凄い打者になっていたのかもしれないし、逆に左打者になったおかげで大成したのかもしれない。ふとしたきっかけで運命が変わってしまうんだから、野球ってわからないも―――」


 その時、自分で言った言葉に何か引っかかりを感じた。

 同時に、数学の問題で唯一の解法を見つけた時みたいな、脳内が目まぐるしく動くような感覚に襲われた。

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