第50話(第1部最終話) 夏の匂いがした
「ああああ!めっっっっちゃ悔しいっす!!!」
「まあ、いい当たりだったけど仕方がないな。これからの雅の努力次第でもっと良くなるだろうさ」
雅が珍しく悔しさをあらわにした。
試合後、日進女子のグラウンドをあとにした僕らは、道具の片付けをしに部室へ帰った。ある程度片付けが済むと、他の部員はさっさと帰ってしまった。
今は僕と雅で残り仕事をしながら反省会を開いているところだ。
「にしたって悔しいっす!あと10cmっすよ10cm!昔の広島市民球場なら入ってたっす!」
「ははは、そりゃ違いない」
代打へ送った雅の活躍は見事だった。
雨とセットポジションで精度の落ちた広幡のフォークを捉え、オーバーフェンスまであと10cmという走者一掃のツーベースヒットを放ったのだ。
ノーヒットノーラン直前だった試合は、結果的に2-2の引き分けで幕を閉じた。
雅が悔しがっているのはその『あと10cm』というところ。入っていればサヨナラホームランだっただけに、悔しいところがあるのだろう。
……ちなみに、雅の次に打席に入った杏里は三球三振だった。打撃の方に雨ブーストはないらしい。
「でも雅のおかげで負け試合が引き分けになったし、夏の大会の前にみんなに諦めない勇気を与えてくれたし、本当にいい事づくしだよ」
「えっへん。もっと褒めてくださいっす。なんならもっと私を甘やかしてホームランにならなかったこの悔しさを埋めてくださいっす」
「調子に乗るな」
ちょっとおだてると調子に乗る雅だけど、このいつもの雅が戻って来てくれて本当に良かった。
あのとき何もせずただ彼女を代打に送っていたら、また僕は後悔に後悔を上塗りすることになっていたかもしれない。それを気づかせてくれた雅には感謝をしておくべきだろう。
「……まあ、でも、本当にありがとう」
僕は感謝の意を込めて、なんの気もなく雅の頭を撫でてしまった。
普段から雅は犬っぽいので撫でたくなる衝動に駆られるのだけど、ずっと我慢していた。それだけに、この一手は不用意すぎた。
『女の子の頭を撫でる』行為、それはある程度信頼関係が無ければ許されないことだ。距離感を誤ればそれは社会的死が近づくことになりかねない。
……まずい、雅のことだ、下手をしたらセクハラとか言われてしまうかも。
「あっ……、あの、雄大くん……」
「ご、ごめん!つ、つい撫でてしまったんだ!悪気はない!すまん!」
僕は慌てて膝をついて頭を下げる。
人生で一番かっこ悪い土下座かもしれない。
「……わ、私は別にいいっすけど、こ、こういうのを他の女の子に軽率にやっちゃダメっすからね!」
幸いにも最悪の事態は避けられた。雅の優しさに感謝。
「すまない……、以後二度としないから許してくれ」
「そ、そこまでは言ってないっす。他の女の子に軽率にやっちゃダメと言ったっす」
「わかった。気をつける」
平謝りを続けているが、雅は納得いっていない様子。
「……全然わかってないっす」
僕はそう言われてしまい土下座を継続する。
「……どうしたらわかってもらえる?」
「じゃあ、とりあえず立ち上がってくださいっす」
雅に言われるがまま、僕は土下座状態を解除して立ち上がる。
「……それで、どうしたらいい?」
「そうっすね、こうしたら許してあげるっす」
そう言うと雅は僕の右手を取って自分の頭に乗せた。
……これはつまり、もっと撫でろということか?
「……ほら、黙ってないで早くしてくださいっす」
雅は少し顔を紅くして僕を急かす。
まあ、今日ぐらいはいいか。周りに誰もいないし。雅も頑張ってくれたことだし。
そう自分自身を諭した僕は、もう一度雅の頭を優しく撫でた。
撫でたときにふと香ってきた雅の匂いから、夏の訪れ感じたのは気のせいではない。
第1部〈了〉
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