第5話 ポンコツキャプテン
僕と雅にとって試練の2週間が始まった。
この僅かな期間のうちに、野球がド下手な雅をなんとしても試合で使えるように仕上げなければならない。
どうやったら翼を始めとしたチームメイトに納得してもらえる形で雅を鍛えるか、僕は頭を抱えていた。
「なんか翼ちゃんに凄い条件をつけられちゃったっぽいっすけど、大丈夫っすか?」
「他人事みたいに言うな!2週間しかないのに大丈夫なわけ無いだろう!」
女子野球部に割り当てられているサラサラとした白土が自慢のグラウンドの上で、練習用ユニフォーム姿の僕と雅がぐだを巻いていた。
まずは、雅の現状を把握する必要がある。
翼の提示した条件は、とにかく雅を試合で活躍出来るようにすれば良いというもの。レギュラーに名を連ねろとか、エースの座を奪えとか、そういうものではない。
つまり、途中交代で出場するような選手で構わないということだ。それならば走攻守まんべんなく鍛える必要はない。これならチームの誰にも負けないという『一芸』を磨くことが出来ればいい。
「とりあえず藤川さんの現状をヒアリングしよう。利き手とポジションは?」
「左投げ左打ちっす。こんな身長なもんでポジションは必然的に外野手っす。……あと、私のことは雅でいいっすよ」
野球のポジションというのは競技の性質上、左投げであると守備の際に不利になることが多い。
特に内野手は一塁への送球がプレーの多くを占めるため、送球のタイムロスが大きい左投げの選手が一塁手以外につくことはまずあり得ない。
さらに雅は小柄であるがゆえ、ボールをキャッチ出来る範囲が狭くなる。そうなれば一塁手の選択肢もあり得ない。
残るは投手か外野手になるのだが、野球センスと体格が何よりも重要視される投手のポジションを雅がこなせるようなら、そもそもこんな話にはならない。
「……わかった。雅、ほかに自分のアピールポイントはあるか?プレースタイル以外でもなんでもいい。視力がいいとか運がいいとか」
「うーん、そうっすねえ……。学校のテストとかマラソン大会とか、長丁場になると最初だけめっちゃ調子いいっすね」
「……それは長所なのか?ペース配分が下手なだけなんじゃ……」
「物は言いようっす。最初の集中力は凄いってことっすから」
「……まあいいか。そういうポジティブな思考も雅の長所だろうし」
「えへへ、褒めてもらえて嬉しいっす」
雅は嬉しそうにデレッとしている。
無論、僕は褒めたつもりなどない。褒めれば褒めるほど伸びるタイプだと雅は自称しているが、伸ばすポイントがなければ褒めても意味がないのが悲しいところ。
とにかく時間がない。手っ取り早く雅を活かせるポイントを見つけられないかと、僕は彼女に体育の授業で行われるような普通の体力テストを課した。
ハンドボール投げや50m走、反復横飛びや長座体前屈などを次々に雅はこなしていく。
驚いたことに、ポンコツプレーヤーと言われている雅だが、意外にも基礎的な体力は備わっていて、体力テストの項目をあっさりと終わらせてしまった。しかも、その結果というのも決して悪いものではない。運動神経でいったら、雅は並の女子高生よりもまあまあ上のレベルにいる。
「……なんで基礎体力も運動神経もまあまああるのに野球が下手なんだよ」
「それは私が聞きたいっす。自分でも決して運動神経が悪いとは思ってないんすけど、何故か野球はド下手なんすよね」
おそらくは致命的に野球のセンスが無いのだと僕は察した。
自分同様、雅も野球が好きなのに野球というものに選ばれなかった存在なのかもしれないなと思うと、少し可哀想な気持ちになる。
それでもなんとかして雅の長所を見つけ出さなければならない。手当たり次第に雅の使えそうな野球能力をテストしていく。
まずは走塁。
プロ野球選手でも走塁のスペシャリストというのはどちらかというと小兵の選手が多い。それならば小柄で身軽そうな雅には『代走の切り札』となるのが一番活躍できる可能性がありそうである。
僕は期待を込めて雅に盗塁のタイムアタックをさせてみた。
「よーい……、どん!」
かけ声とともに、一塁ベースから少しリードを取っていた雅が全力疾走で二塁へと向かう。
体力テストの50m走では『割と足の速い部類』にカテゴライズされる雅ではあったが、この盗塁タイムアタックになると不思議なことにそのスピードは凡人と化してしまう。
「うーん……、これじゃあ代走の切り札としてはちょっと物足りないな……」
「運動会の徒競走ならそこそこイケるんすけどねー、どうも盗塁になるとなんだか上手く走れないんすよね」
僕にはその原因がなんとなくわかる。
スタート時の姿勢が高くて身体が起きていることと、二塁へのスライディング時に走りの勢いを殺してしまっていることの二つ。
この二つを改善できれば代走要因としての使いみちもあるだろうが、2週間という限られた期間で直すのは難しい。しかも、直したとしても得られるのは並の選手より少し早い程度のもの。翼が納得してくれるかは怪しい。
「仕方がない、走塁は保留だ。次は守備、ノックするぞ」
「はいっす!」
雅は左利き用のグラブを手に取り、芝の生い茂った外野へと駆けて行った。
こういうプレーとは関係ない部分だけを見れば雅にも野球選手という雰囲気があるのだが、それがどうしてプレーに出てこないのか不思議で仕方がない。
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