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第45話 カロリーメイトの胸の内

「はあ!?申告敬遠だとぉ!? 本当にそんなこと監督あいつが言ってたのかよ!」


 マウンドから翼の驚きの声が響く。

 おそらく守備のタイムのために集まった野手たちも同じ気持ちであろう。


「申告敬遠は本当。これが一番傷が浅くて済むと言っていた」


 伝令の爽は淡々と作戦を述べる。

 一方でベンチから出られない僕は、翼や他の選手たちが逆上するかもしれないとヒヤヒヤしていた。


「クソっ、あの野郎め。えげつねえ作戦を言い渡しやがって。……もしオレがその指示を無視したらどうするつもりなんだよ」


「その時は杏里に交代だと言っていた。彼女はもう肩を作っていていつでもいける状態」


 翼はベンチにいる僕と杏里を睨みつける。


 監督としてここでブレるわけにはいかない。

 ワンヒットで2点は覚悟しなければいけない場面だ。ましてや橋目は翼との相性がすこぶる良い。シングルヒットで収まるとは到底思えない。


 ここで2点、3点と追加されてしまえばほぼ試合は決定的だ。広幡から3点以上取れるビジョンが今の僕には無い。


 トチ狂っているとは思うが、ここはなんとか受け入れてほしい。


「……悔しいけど仕方ねえ。ここは敬遠だ」


「そうしてくれると助かる」


「……ったく、伝令におまえを寄越して来るのもいけ好かねえ。雅だったらまだ説得の余地があるのに」


「それもゆうだ……、ゆう子の戦略」


 こんな猛反対を食らうような指示を表情ひとつ変えずに伝達する爽に助けられた。


 いや、正確には僕にしかわからないレベルでどこか恐怖とか躊躇いみたいな感情があったのだが、それでも爽は仕事を完遂してくれた。


 翼の言うとおり、これが爽ではなく雅だったならばこうはいかない。

 いかにこのむごい作戦を情を交えず伝えられるか。それを考えたとき、爽しか適任がいなかった。


 今、一番チームで辛い思いをしているのは間違いなく爽だ。


「というわけで、次の2番打者と全力勝負。……私からは以上」


 爽はそう言うと、マウンドからの帰り際に球審へ敬遠を申告しに行った。


 我ながら卑劣なやり口だったかもしれない。

 伝令なんていう面倒なルールさえなければ真っ先に僕がマウンドに行ってやるべきなのに、文句ひとつ言わず爽は実行してくれるのだ。彼女合わせる顔がない。


「……心配しないで。私は大丈夫」


『……ごめん、本当にごめん』


 僕がそう伝えると、爽は少しだけ微笑んだ気がする。


 どんな嫌われ役を担っても、自分には味方がいて居場所がある。そう言いたげな表情だった。


 ◆


 痛恨の1点を自ら献上してスコアは0-2、なおもワンナウト満塁。

 橋目との勝負は避けたものの、まだまだ気は抜けない。


『……頼むぞみんな、ここが踏ん張り所だ』


 満塁ということで盗塁をケアする必要がない場面。

 翼はこういうとき必ずワインドアップモーションに戻す。


 大きなテイクバックからありったけの力を振り絞って投げたボールは、ストライクゾーンど真ん中へ向かって突っ走った。


 長い間のあいた直後の初球は甘く入りやすいという通説があるが、まさにその例に漏れないボールだ。


 もちろん打者にとってはチャンスボール。手を出さないわけがない。

 しかし、生半可なスイングでは翼のパワーピッチを打ち返すのは難しい。


 バットに当たったボールはフラフラっとセンター前へ浅いポップフライとなって飛んでいく。完全に球威で押し込んだ翼の勝ちだ。


「――センター!」


「あいよっ!任せてっ!」


 内野4.5人シフトにより、2塁ベース真後ろを守っていたセンターの華音が必死に追う。

 シフトを敷いていなければ余裕で捕球出来るフライだが、ちょっとぎりぎりかもしれない。


 華音は捕球体勢に入るのは無理と踏んだのか、ボールの落下点目掛けてグローブを突き出して飛び込んだ。


 ボールは、果敢にダイビングキャッチに挑んだ華音のグローブに収まった。


「――アウトッ!」


 3塁ランナーはポテンヒットになると見越していたのか、タッチアップの構えはしておらず釘付け。


 ――仮にタッチアップをしていたとしてもカバーに入った野々香の凄まじいバックホームが来るだろうから、ある意味その判断は正解だ。


 これで2アウト。気合いを入れ直そうとナインが声を掛け合う。


 しかし、ナイスプレーを見せた華音はグラウンドにうずくまったままだ。


「……おい華音、大丈夫か!?」


 翼がタイムをかけると、みんな華音の周りに集まる。


「いてててて……、ちょっとやっちゃったみたい」


 どうやら先程のダイビングキャッチのときに、手首を痛めてしまったらしい。


 すぐさま華音はベンチに下がり、明大寺先生から手当を受ける。


 さすが養護教諭。こんな時に備えて救急セットとかアイシングの道具とか完璧に揃えてある。先生が顧問で本当に良かった。


「――針崎さんは交代させましょう。ここで無理をしたら夏の大会に間に合わなくなってしまいますから」


 先生曰く華音の症状は軽そうではあるが、大事をとってここは交代するよう奨められた。

 保健の先生にそう言われてしまっては、僕も反論の余地はない。


『そうですね。――じゃあ爽、華音に代わってセンターに入ってくれ。準備は出来ているか?』


「……もちろん」


 爽はいつでも出られるように準備万端だった。


 外野だけでなく内野も守ることもあり得るだろうと踏んで、どうやら内野手用のグローブも用意していたようだ。なんとも頼もしい守備固めだ。元広島、巨人の木村拓也を思い出す。


 そういうわけて内野4.5人シフトは継続。


 思わぬトラブルに動揺するかと思っていたが、爽の守備にはみんな信頼を置いているのか、気持ちの面では大丈夫そうだ。


「……翼、打たせて行こう」


 爽が守備位置につく前にマウンドで翼に声をかける。


「へっ、申告敬遠しろって伝令に来たやつがよく言うぜ」


「伝令は伝令。でも今の私は守備についたひとりのプレーヤー。全力で守るのみ。……だから全力で打ち取って」


 口下手な爽なりに翼へとエールを送る。


 爽は爽でこの状況を作り出してしまった負い目があるのだろう。

 それを解消するなら、翼の全力投球とバックの全力守備で抑えるしかない。


 爽は、強い眼差しで翼を見つめる。


「……わかったわかった。そんなに睨むなよ。別に申告敬遠のことは怒ってねえから安心しろ。どう考えても監督あいつが悪い」


「なら良かった」


「そんじゃあ後ろは頼むぜ。ここが正念場だ」


 爽はコクリと頷いて自分のポジションにつく。



 ツーアウト満塁、雨は小康状態を保ったまま日進女子の3番打者を迎える。

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