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第37話 インサイド・インサイト

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「それじゃあいくよ、手加減なんてしないから全力でかかっておいで」


 広幡はノーワインドアップモーションで投球動作に入る。


 そのフォームには見覚えがある。


 巨人、レッドソックスで活躍した上原浩治のフォームにそっくりだ。

 試合中も似ているとは思っていたけど、いざ対面すると本物みたいだ。モノマネというよりもリスペクトを感じる。


 スラッとした広幡の長い右腕からボールが放たれる。そのボールは右打席に立つ僕のインコースやや高めに飛び込んできた。


 やっぱり広幡はインコースを攻めてきた。


 常識的に考えて、内角・真ん中・外角とコースを分けたときに一番センター返しされにくいのは内角だ。身体に近ければ近いほどセンターには打ちにくい。


 僕だって本職はピッチャーだから、同じような条件で投手として勝負するならインコースを攻める。僕みたいなへなちょこボールでも、内角に放ればセンター返しはされにくいからだ。


 もちろん僕がそれを想定していない訳がない。

 内角を捌く基本は利き腕の肘をたたむこと。その基本通り右肘をたたんでスイングする。


 しかし、僕の振ったバットはボールには当たらなかった。

 完全に空振り。


「いいスイングしているね。でも空振りは空振りだよ。これでカウント0-1ね」


 広幡はマウンド上で挑発的に笑う。

 難しいコースに投げて来るのは想定出来たが、自信満々でスイングしたのにバットにかすりもしないなんて思いもしなかった。


「ゆう子ちゃん!めちゃくちゃボールの下を振ってるっすよ!」


 傍目で見ている雅にそう言われて空振りした理由がわかった。


 広幡の投げたボールはストレート。ただ、そんじょそこらのストレートではない。非常に伸びるストレートだ。

 普段からバカ速い翼の球を見ているので球速こそそれほど速くは感じないが、広幡のストレートは伸びが尋常ではない。


 同じようなのを見たことがある。


 元阪神タイガースの藤川球児が放るボールは浮き上がってくるように見えるおかげで『火の玉ストレート』の異名を持つ。まだ推察の域を出ないが、広幡のストレートもこの類だろう。


 リリース時の初速とキャッチャーの捕球寸前の終速との差が小さく、滞空時間が短いためボールが打者の思い描く軌道より落ちてこない。だからボールの下を振ってしまう。


 空振りしてしまったがこれはこれで収穫だ。打席に立つことが出来たから広幡のストレートの実態がわかった。外から見ているだけではこの伸び過ぎるストレートは体感出来ない。


「2球目いくよ。今度は当てられるといいね」


 広幡はモーションを起こす。

 驚くことに彼女は、先程とほぼ同じコースにストレートを投げ込んできた。このズバ抜けた制球力も広幡が中学時代から注目されている理由だろう。


 僕はあえてそれを見逃した。

 それも、出来るだけ広幡がイラッとするように堂々と。


「へぇ……、今度は振らないんだ。しかもなんかストレートはお呼びじゃないって感じだね」


 カウントは0-2、普通に考えて不利だし絶望的だ。


 でもこれでいい。

 僕は広幡からストレート以外のボールを引き出したいのだ。挑発的にストレートを見送るのも作戦の内。

 彼女が次に持ち球のスライダーあたりを放ってくれれば、敵の偵察としては万々歳だ。


「仕方がないなあ。本当は投げたくないんだけど、ゆう子ちゃんが可愛いからオマケしちゃうよ」


 広幡が放った3球目は、僕の身体にぶつかりそうなコースでやってきた。

 もちろんぶつかりはしない。ホームベース手前で急激にストライクゾーンへと曲がり込んでくる。


 内角ボールゾーンからストライクへ入ってくる球。

 いわゆる、『フロントドア』だ。


 しかもそのフロントドアはさっきまでのストレート2球とほぼ同じコースへ曲がって来るのだからたまげたものだ。

 並の高校生のコントロールではない。


 しかし僕もただただ打席に突っ立っているわけではない。これを打たねば負けなのだ。右肘をたたんでバットを出す。


 カキンと金属音が響くと、僕の打球はフワッと二塁塁上を超えてちょうどセンター前に落ちた。

 普通の試合だったらポテンヒットでラッキーなんて思いそうな当たりだ。


「うっそ……!本当にセンター返ししちゃうんだ!」


 広幡はさっきまでの余裕がどこかに吹き飛んでしまい、僕に打たれたことに相当驚いている。


 僕はパワーこそないけれど、狙ったところに打つことだけは自信がある。センター返しするのは出来るだろうと思っていたけど、外野まで飛ぶか不安だったのでポテンヒットになってくれて良かった。


 これで僕の勝ちだ。


「いやー、参っちゃったなー。あれをセンター前に持っていくとかゆう子ちゃんはただ者じゃないよ。それで選手じゃないとか嘘でしょ?うちのパパのチームに入ってもやっていけそうだよ?」


 僕は声を出せないのでとにかく苦笑いをする。


 選手じゃないのは嘘じゃないんだよな。だって監督だもん。

 ただ、間違いなく男子のチームに入っても通用はしない。実際のところ入部試験に落ちてるし。


「まあ、負けちゃったから仕方がないや。ゆう子ちゃん、また今度勝負しようよ」


 僕はコクリと頷いた。

 広幡のデータが手に入るならば何度対戦したっていい。これはお世辞ではなく本心。


 ……出来れば次回は女装したくないけど。


『さあ、帰ろうか』


 一件落着ということで学校に帰ることにしよう。忘れないうちに広幡のモノマネ投球もしておきたいし、それ以上にこの女装を早く解きたい。


「……そうっすね、早く帰って練習するっす」


 偵察としてはとびきりの結果になったはずなのに、何故か雅の表情は明るくはなかった。

 この間のモノマネ投球をしたあともこんな顔をしていた気がする。


 ……一体どうしたんだろう。

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