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第36話 縛りプレイ

「ねえ、君だよ君、そこのピンクジャージの子」


 日進女子の2軍エース、広幡朋は僕に用があるらしい。


 スラッとしたモデル体型で、試合後なのにセミロングの髪がまとまっている。結構な手の入れようだと思う。

 野球をやっていなければ、そのへんのファッション雑誌で読者モデルなんかをやっていそうなそんな雰囲気だ。


 一方で広幡に呼び止められた僕は冷や汗が止まらなかった。


 まさか女装がバレてしまったのではないかと頭をよぎる。

 もしバレてしまっていたらそれはもう社会的な死を意味する。場合によってはシャバで生きていくことは無理かもしれない。


「ゆ、ゆう子ちゃんに何か用っすか?」


 僕は声を出すことが禁じられているので代わりに雅が返答する。

 心なしか雅も少し焦っているように見えた。


「私はこのピンクの子に話しかけているんだけど?」


「それは失礼したっす。でも、ゆう子ちゃんは超恥ずかしがりやなので私が代わりにお答えするっすよ」


「ふーん、恥ずかしがりやさんなんだ。ますます可愛いね君」


 広幡は僕の全身を舐め回すようにジロジロと見てくる。

 ライオンに捕食される前のウサギってこんな感じなのかもしれない。


「それで、一体要件は何なんすか?」


「なんの事はないよ?その『ゆう子ちゃん』と遊びに行きたいなと思って声をかけたんだ。可愛いから試合中目についちゃってね」


 これは所謂『ナンパ』というやつだろう。……ちょっとレアなケースではあるけど間違いない。


 広幡が可愛い女の子に手当たり次第声をかけては遊んでいるのだ。なんとも女子校の上位カーストの戯れっぽい。


「なんかウチの学校にはあんまりいない珍しいタイプだなーと思って気になっちゃってね。……どう?私とこれから遊びに行かない?」


 そりゃあ日進女子は女子校だから女装男子こんなやついないだろうな。いたらそれはそれで別のラブコメが始まってしまう。


「……申し訳ないっすけど、私達はこれから学校に戻るっすから、お遊びは勘弁願うっすよ」


「君じゃなくてゆう子ちゃんに訊いているんだけどなあ」


「もちろんゆう子ちゃんも帰るっすよね」


 僕は声を出せないので雅の問いに対してただコクリと頷いた。広幡と遊びに行く理由はもちろん無いし、遊んでしまったらほぼ間違いなく女装がバレる。そうなれば最悪のシナリオ一直線だ。


「そっかぁ……。じゃあ私と勝負して勝ったら遊んでくれない?」


「勝負っすか?」


「そう。ゆう子ちゃんと私との1打席勝負。私が抑えて勝ったらゆう子ちゃんと一緒に遊びに行く、ヒットを打たれて負けたら引き下がる。どう?シンプルでしょ?」


「そんなのやるわけ無いじゃないっすか。そもそもゆう子ちゃんは選手でもないんすから。……ねえゆう子ちゃん」


 そう雅に言われて僕は流れに任せて引き下がろうとした。


 でもこれはよく考えてみたら広幡のボールを間近で見ることが出来るまたとないチャンスでもある。

 ボールを観察さえできれば、僕のモノマネ投法の完成度も上がる。この機会を逃してしまうのは監督としてちょっと惜しい。


「……ゆう子ちゃん?どうしたんすか?」


『この勝負、受けてみる』


 スケッチブックにそう走り書きすると、雅たち3人娘は驚きをみせる。反対に広幡は凄く嬉しそう。


「マジで言ってるんすかゆう子ちゃん!勝てる見込みあるんすか!?」


『頑張る』


 雅は驚きを通り越して呆れる。

 もし僕が負けてしまったらその時はその時だ。ダッシュで逃げよう。


「そうこなくっちゃ。じゃあ、早速グラウンドで対戦しようよ」


 広幡に連れられ、先程まで試合が行われていたグラウンドへ招かれた。


 うちのグラウンドもなかなかだとは思うが、やはり日進女子のグラウンドはその上をいく。プロ野球の2軍戦が開催されていてもおかしくない。


「さっきも言った通り1打席勝負ね。そしてちょっと特殊なルールもつけるよ」


「特殊なルールっすか?」


「さすがに普通にやったら私が勝っちゃうから、今回私は同じコースにしか投げないっていうハンデを負うよ」


 いくら広幡朋とはいえそのハンデは打者に有利すぎる。

 例え球種が変わっても同じコースに何球も放られたら、普通の打者なら当てられる。さすがにナメられ過ぎている。


『それは不公平だ。なら僕もハンデを負う』


 ササッとスケッチブックにそう書いた。


 書いてから思ったけど、思いっきり一人称を『僕』と書いてしまっていた。……まあいいか、杏里もボクっ娘だしキャラクターとしては無くはないだろう。


「別に配慮しなくてもいいのにー。そもそも選手でも無いんでしょ?無理しなくていいんだよ?」


『構わない。僕はセンター返し以外なら負けでいい』


 あまりにも挑発的に堂々とセンター返し宣言(筆談だけど)をしたものだから、広幡も少しムッと来た様子。

 これでいい。変に手を抜かれた球を放られるくらいならば、負けてもいいから本気の投球を引き出せたほうがいい。


「ふーん。まあいっか、私の勝率が上がるだけだし。後で『やっぱり無し!』っていうのはやめてよね」


『もちろん』


 勝負の準備は整った。


 広幡は同じコースにしか投げない縛り、僕はセンター返し以外は認められない縛り。

 圧倒的不利に見えなくもないが僕にはちょっとだけ勝算がある。


 中学時代から今まで毎日のようにノックを打ってきたものだから、狙い通りのところにボールを打ち返すことには自信がある。投げ込まれるコースが一定ならばもっと容易い。


 インコースだろうがアウトコースだろうが綺麗にセンター返ししてやろうじゃないか。


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