第3話 副キャプテン翼
「というわけで新しい監督を連れてきたっす」
翌日、雅に引っ張られて半ば強引に連れてこられたのは、女子野球部の部室だった。
中には1人の女子部員がいる。
「ど、どうも………、こんにちは……」
物々しい雰囲気にどうも落ち着かない。とりあえず挨拶はしておかねばと言う気持ちで声を出す。
僕がビビっている理由は明確も明確。目の前にいる野球部の副キャプテンである竜美翼が、女子選手とは思えないくらいのコワモテなのだ。
驚くべきことに彼女は僕(170cm)よりより背が高く、その鍛えられた身体には相当な能力が備わっているように見える。ちょっと長い髪はシンプルにポニーテールで纏められていて、いかにもアスリートという身なりだ。
聞けばこのチームのエースピッチャーであるとの事で、中学時代は軟式野球の投手としてバリバリやっていたのだとか。そのおかげで威圧感というものも半端ではない。
監督をやるならばまずはチームの大黒柱である翼に会って欲しいということで雅はこの場を用意してくれた。しかし、竜美翼の圧によって僕は既に押し潰されそうになってしまっている。
無理もない。連れてこられたのがベテランの監督でなければ、新進気鋭の熱血顧問でもなく、ただの男子生徒なのだから。
翼は疑念を込めた眼差しを僕に浴びていた。
ここには三人しかいないはずなのに、彼女の威圧感のおかげで随分と部屋が窮屈に感じられる。
「このヘナヘナしたのが監督だって?しかもうちの生徒って……。雅、お前マジでコイツを監督にしようって言ってんのか?」
「マジマジのマジっすよ翼ちゃん。私としてはこれ以上の人材はいないと思うっす」
僕という人間の全てに疑問符をつける翼と、開けてみてのお楽しみだぞという福袋を売る初売りのときの店員のような雅。
「雅がそんなに言うならそうなのかもしれないけどなぁ……。パッと見その辺の男子生徒じゃないかよ」
「ふっふっふ、この人を見くびっちゃダメっす」
「信じらんねえなぁ。あの入部試験の学科がパーフェクトだったんだろ?」
「そうなんすよ!普通に考えてあれで満点を獲るとか人間じゃないっす」
僕のことをそっちのけで雅と翼の会話は弾む。
まるで品定めされている豊洲市場のマグロのように、僕は二人から舐め回すような視線を浴び続けている。
女子高生二人からジロジロと見られるのはそういうのが好きな人からしたらご褒美なのだろうが、残念ながら僕としては全く気持ちよくない。もちろん別にこれからそういう趣味を持つ気もない。
ただ、僕が監督になることを翼は真っ向から拒否してくると予想していたので、意外にも対話ぐらいはしてやろうという姿勢を見せて来たのには少し驚いた。
「オレはコイツとサシで話したい事がある。雅、ちょっと席を外してくれないか?」
「もちろんOKっすよ。翼ちゃんが納得するまで戸崎さんと話してくださいっす」
「よーし、じゃあ戸崎雄大とやら、オレと腹を割って話そうじゃねえか」
翼は自身の指をポキポキ鳴らしながら言う。その姿はのび太をボコボコにする直前のジャイアンさながらである。
「えっ、僕、竜美さんと一対一になるの……?殺されちゃわない……?」
「大丈夫っすよ戸崎さん、翼ちゃんはうちのエースっすから、大切な右腕から拳を放つなんてことはしないっす」
「裏を返せばそれは右拳以外は何が飛んできてもおかしくないってことじゃないか!」
さらに雅は余計な情報を付け加える。
「ちなみに翼ちゃんは冬場にめちゃくちゃ走り込みをしたのでかなり下半身が強化されていることをお知らせしておくっすね」
「おい!それはあれか!?パワーアップした蹴り攻撃が飛んで来るやつか!?」
「それは話してみてのお楽しみっす。――じゃあ私は一旦席を外すっすから、話が終わったら呼んでほしいっす」
「お、おい、待ってくれ!行かないでくれー!!!」
僕の叫び虚しく、雅はとびきりの笑顔で部室から立ち去っていった。
部屋に残された僕と翼。密室で男女二人きりという場面ではあるが、ロマンティックなこともエロティックなことも起こる気配がない。あるのはただバイオレンスの香りだけである。
「……なあ、あんた本当にうちの監督をやる気があるのか?」
少しの沈黙が流れたあと、翼は重い口を開けた。
「やる気は……あります」
僕は恐る恐る回答する。
本当は雅に弱味を握られた形であるので、監督を「やらされる」というのが正解である。しかしここで「やる気は無い」などとのたまってしまえば、このコワモテのエースピッチャーから鋭い蹴り、もしくは県内最速レベルの硬球が飛んで来るだろう。
つまり、「やる気がある」以外の回答はここでは許されない。
「そうか……。雅があれだけ推してくるからよっぽどの野郎なんだろうな」
「そ、それは、あ、ありがとうございます……」
「別に褒めちゃいねえよ、調子に乗んな」
「ひっ……!ごめんなさいっ!」
ビビりな僕は翼の一挙手一投足についつい怯えてしまう。
傍から見たらどちらが監督なのかよくわからない。
そんな怯えた僕に構わず、翼は続ける。
「でもうちの監督をやるならひとつ条件がある。……いや、条件と言うよりは、オレらチームメイトの願いみたいなものかな」
翼は、僕が唯一の頼みの綱であるかのように真面目なトーンで話す。
「願い……、ですか?」
「ああ。ちょっと難しいかもしれないが……」
翼は急に椅子から立ち上がったと思えば、すぐさま床に膝をつけて僕へ頭を下げた。
「頼む!雅を、――うちのキャプテンを、どんな形でもいいから試合に出せるように鍛えてやってくれ!」
「えっと……、キャプテン……?試合に出す……??鍛え上げる……???」
あまりに情報量の多い翼の土下座に、僕の脳内は大渋滞した。
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