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第23話 カレン・ジェシカ・アンジェリカ

 練習試合は快勝だった。


 野々香の捕殺によるダブルプレーをきっかけにチームに勢いがつき、6回終了時点で7-0と大量リード。

 7回表の先頭打者に代えて、満を持して『代打 藤川雅』をコールすると、初実戦ながら雅は緊張することなく打席へ向かった。


 指示はひとつ、『ファーストストライクを叩け』だけ。

 雅の短期的集中力を活かすならば、結局早いカウントから打ちに行くのが一番良い。


 雅はその初球、アウトコースやや高めに入ってきた中途半端なボールを見逃すことなく、あっさりとライトスタンドへ放り込んだ。

 まさか逆方向にも強い打球を打てるとは思わなかった。これは嬉しい誤算だ。


 雅の代打ソロホームランでスコアは8-0。ヒットで出塁した時に備えて爽に代走の準備をさせていたけれど、全く必要なかった。


 その裏、ライトの守備に爽が入り無難に役割をこなしてゲームセット。

 球数が心配された翼だが、終わってみれば7回121球で完封という素晴らしい成績だった。


 初陣としてはこれ以上ない結果だろう。


 ◆


 試合をすれば良い部分と悪い部分が見えてくる。

 今回の試合で僕が早急に策を講じなければならないと感じたのは『投手陣の整備』だ。


 現状、うちの投手陣と呼べるのは翼ただひとり。


 彼女の能力は申し分ない。コントロールや立ち上がりの悪さを差し引いても、その豪速球は魅力的だ。


 ただ、投手が翼だけでは正直キツい。

 翼みたいな怪物エースがいたとしても、投手が1人だけでは夏の大会を制覇することは不可能に等しい。


 仮に地区大会を5試合、全国大会を5試合として、そのすべてを翼が120球完投したとしよう。

 その合計は単純計算で1200球。それを地方大会から全国大会までの1ヶ月強で投げきるのだ、普通に考えて肩肘がぶっ壊れる。

 しかも連投したり、天候によって試合が順延したりと不確定要素が多く、コンディションを整えることだって容易ではない。


 そんな酷な条件を1人のエースだけで戦わせるのは監督としてどうかと僕は思う。


「翼ちゃん以外の投手っすか?うーん、ちょっと厳しい気がするっすね……」


「野手陣で誰か投手の素質がありそうなやつはいないのか?例えば針崎とか新居とか……」


 試合の翌日の練習終了後、とりあえず僕は雅に相談を持ちかけた。

 雅を起点に相談を始めるとチームへ展開する手間が省けるし、何より彼女はなんだかんだで僕の話を聞いてくれるありがたい存在だ。そして話していて楽しい。


 ちなみに針崎とはレフトを守る針崎はりさき華音かのんのこと。愛称は『のんちゃん』。

 新居はサードを守る新居あらい響子きょうこ、こちらは何故か『アライさん』と皆からさん付けで呼ばれている。


「のんちゃんもアライさんも投手をやったことはあるんすけど、正直高校野球で通用するレベルかと言われると……」


「今から急造ってわけにもいかないよなあ。ただでさえ人がいないのに」


「じゃあ、サーヤに投げさせてみるのはどうっすか?あの子ならセンス抜群すから、それなりに投げてくれそうっす」


「確かに投げてはくれそうなんだけど、いかんせんスタミナが致命的でな……」


 爽の野球センスは天才的で、今やチームの誰もがそれを認める。しかし彼女の唯一にして最大のウィークポイントがスタミナである。


 これについては体力づくりの練習メニューと、彼女特有のカロリーメイトに頼り切った食事を改善することで少しずつ良くなって来てはいる。それでも翼に次ぐ2番手投手として目処が立つのはまだ先になるだろう。


「それなら光栄学院の秘密兵器である私が――」


 雅がドヤ顔で言い放つ前に僕は言葉を割り込ませる。


「……なあ雅、秘密っていうのは秘密にされるから秘密なんだぜ?」


「ああっ!ひどいっす!どうせ私には投手のセンスなんて無いって最初から決め付けてるっす!」


「だってそうだろう?雅がピッチャー出来るんだったら万年補欠なんてやってなかっただろう?」


「雄大くんが正論でいじめてくるっす……。これは監督からのパワハラっす……、訴えるっす……」


 へそを曲げる雅。そんな彼女をよそに僕は頭を抱える。


 他の部活の野球経験者とか、上級生に当たってみたりも考えたけど望みは薄そうだ。

 この学校は野球以外にもスポーツが盛んなので、戦力になりそうな優秀な人はもれなく他の部活でも戦力になっている。


 僕はため息を大きくつきながら、雅と共に帰り路をトボトボと歩く。


 どこかに落ちてねえかなあ……、投手。


「投手が道端に落ちてるわけないじゃないっすか。こればっかりは地道に勧誘を続けて人材発掘するしかないっす」


「だよなぁ……、そんなに簡単に投手が見つかるわけないよぁ……」


 もう一度僕はがっくりとうなだれた。


 うだうだ言っていてもしょうがない。ここは雅の言うとおり勧誘に力を入れてみよう。



 そう気を取り直して自分の頬をパンパンと叩くと、不思議と視界がスッキリした。

 顔を叩くと脳内物質が出て集中力が出るみたいな話を聞いたことがあるが、実際に効果があるものなんだなと僕は1人で納得していた。


 すると、気持ちが前向きになったのか視界がスッキリしたのか原因はわからないが、僕ら2人の歩く通学路の遠く向こうに人影が見えた。

 しかもその姿はどう見ても行き倒れだ。どこかを目指していたのだろうが完全に力尽きて地べたに伸び切っている。


「……雅、向こうになんか人が倒れていないか?」


「奇遇っすね、私にもそう見えるっす」


 僕は雅と顔を見合わせる。かわいい。


 しかしまあ、こんな普通の通学路で行き倒れとか何事なんだ一体。少なくとも倒れている人間がまともなやつには見えない。


「助けたほうがいいのかな……?かなり怪しい気がするんだけど……」


「そりゃあ、見つけてしまったからには助けるしかないっす」


 仕方がなく僕と雅は倒れている人のもとへ駆け寄った。


 その人はうちの高校の女子の制服を着ていて、何故か旅行用の大きなキャリーケースと一緒に仰向けに倒れていた。


「あ……、杏里あんりじゃないっすか!」


 行き倒れ女の顔を見るなり、雅が驚きの声を上げる。

 どうやら雅にはこの女子生徒と面識があるようだ。


「なんだよ、雅の知り合いか?」


「ええ、まあそんな感じっす。……それにしてもなんで?」


「まあいいや、とにかくこんな道端に倒れっぱなしなのはよろしくない。適当な場所に移動しよう」


 そうして僕は行き倒れ女の肩を持って近くの公園のベンチまで運んだ。


 この時の僕はまだ、『投手を道端で拾ってしまった』ということに気づいていないのだった。

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