第17話 セクハラとパワハラのセパ交流戦
「よーしみんな揃ったかー?今日の練習はちょいとハードなことをやるぞ」
チーム全員をグラウンドに集めてそう言うと、皆の表情は嫌いな食べ物を目の前にしたかのようなものに変わる。
まだ春先なのに太平洋高気圧がフライング気味に活発なおかげで今日は真夏日だ。こんな暑い日にハードな練習をするとなれば嫌がるのも無理はない。
「今日はボールもバットもグローブも使わない。やるのは地獄のロードワーク15kmだ!」
わざとらしく大声でそう宣言すると、予想通り皆からは総スカンを食らう羽目になった。
「クソ」「うわーこんな暑い日に」
「最悪……」「人の心がないわ」
「実質パワハラね」 「ある種のセクハラでもある」
「セパ交流戦っすね!」「監督解任よ解任……」
「う、うるさいな!ちゃんと理由があってやるんだからな!」
僕がこんなキツい練習をやらせる表向きの理由、それは夏の大会の試合は暑い日に行われることが多いため、こういう気温の高いときに体力勝負で負けないよう鍛えておこうというもの。
――もちろん裏向きの理由は、爽に友達を作るきっかけを与えることだ。
爽は能力こそ高いが普段から身体を鍛えているわけではないし、食事も基本的にカロリーメイトで済ませてしまうので基礎体力が低い。例えるならば燃料タンクの小さなスポーツカーのようなもの。
だからこの地獄のロードワークを通して体力面で不安があることを見せつけ、それをきっかけに皆と爽との壁を取っ払いたいというのが僕の考えた作戦だ。
100%上手く行く自信は無いが、少し根回しをしているから大丈夫だろう。
「それじゃあ準備の出来たやつからスタートしてくれ」
こんなキツイ練習なんて早く終わらせてしまいたいのか、皆すぐさま走り始めた。
全員が出走したのを見て、僕も彼女たちを応援もとい観察するため走り出す。
――もちろん、自転車で。
とりあえず先頭集団の様子を見よう。ペダルに力を込めて漕いでいると、すぐにトップを走る連中が見えてきた。
ハナを切っているのはやっぱり翼。競馬で言ったら綺麗な単騎逃げだ。
冬の間も黙々と走り込みをしてきただけあって、足取りには全く不安要素を感じない。さすがエース。
それから少し距離をおいて2位集団、その先頭――いわゆる番手についているのが雅だった。
……そういえば雅、野球はド下手だけど運動神経は悪くないんだよな。不思議なもんだ。
「ああっ!ずるいっす!雄大くんばっかり自転車なんて!」
「文句言わずに走れ走れ。ほら、前を走る翼が見えなくなるぞ?」
「翼ちゃんは規格外っすから無理っす。私みたいな平凡野球部員はこのペースがちょうどいいっす」
いや、運動神経良いのに野球がド下手で何故か利き手と逆の右打席では神がかり的才能を発揮する雅のほうがよっぽど規格外だと思うが。
……まあいい。軽口を叩く余裕があるぐらいだ。雅をはじめとするこの2位集団は難なくクリアしてくれるだろう。
問題はその後ろ。
2位集団から少し後ろに下位集団がいて、更にその後ろに『ポツン』状態の爽がいた。
……2016年日本ダービーの時の横山典弘かお前は。
「おい、大丈夫か?もう息切れしてるじゃないか」
「……大丈夫。15kmなら、なんとか……、なる」
まだスタートから3km程度ながら爽の走りのフォームはヨレヨレで、既にスタミナが切れているように見える。
体力面が弱点だとは思っていたが、これほどまでとは思わなかった。
「一応聞いておくけど、それは爽の全力なんだよな?わざと倒れようなんてことはしてないよな?」
「……してない」
余裕がないから話しかけるなと言わんばかりの表情でそう言われてしまったので、以後僕は閉口することにした。
この作戦の唯一の不安要素として、爽が明らかに手を抜いてわざと倒れてしまうということがあった。
それによってわざとらしいことをする奴だと思われてしまえば、今よりも余計に人間関係が構築しにくくなる。
でも、爽には悪いがこれなら大丈夫そうだ。間違っても下位集団に爽が追いつくことはないだろう。
とりあえず僕は爽に給水用のスポーツドリンクを渡して、マイペースでいいからゆっくり走れと指示しておく。体力が消耗するだけならばいいが、怪我をされてしまっては意味がない。
あまり監督がジロジロ見ている中でロードワークをするのは選手としてやりにくいに違いない(少なくとも僕だったら絶対に嫌だ)ので、僕はみんなから離れたり物陰に隠れたりして様子を伺うことにした。
監督という肩書がなかったら本当に不審者だ。我ながらキモいことをしている。
万一職質された時のために身分証明を用意したり、顧問の明大寺先生に電話が繋がるようにしたり対策をとってはいる。
そこまで用意周到だと逆に不審じゃない?と思われそうだがそんなことは知らん。