第14話 カロリーメイト・ガール
翌日の昼休み、僕は自分のクラスの窓側うしろにいる矢作爽に声をかけた。
ずば抜けた運動神経を持った助っ人戦士と聞いているが、やっぱりどう見てもその姿は文学少女だ。長い髪がサラサラとしていて、アスリート感は全く無い。バットとグローブよりも文庫本のほうが似合うと思う。
「あのさ、矢作さん。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「――お昼ごはんを食べたい」
「じゃあ食べながらでもいい」
「……わかった」
予想していたとおり、彼女はかなり物静かで口数が少ない。それゆえ助っ人を請け負ってくれる凄腕エージェントのように見えてしまう。
一言交わした程度だが、彼女の手にかかれば人の一人や二人などあっさり存在を消してしまえるのではないかという、そんな冷たい会話だった。
爽は机のフックにかかっている自らのバッグから可愛らしいパステルカラーの巾着袋を取り出す。おそらくはその袋の中にお弁当でも入っているのだろう。
僕はその昼食の内容に驚いて思わず二度見してしまった。
「……矢作さん?お昼ごはんって……、それ?」
「そう。これ」
爽が巾着袋から取り出したのは黄色い紙箱と黄色いスチール缶、そしてゼリー飲料の入った黄色いパウチ。
なんだかデジャヴだなとか呑気な事を思っていた。
爽の取り出したこれらは全部、大塚製薬のカロリーメイトだ。
ショートブレッドで400キロカロリー、ドリンクとゼリーで各200キロカロリーの合計800キロカロリー。マクドナルドのハンバーガーとポテトM、コカコーラMのセットと大体同じくらい。
結構なカロリーとその他栄養素がこの中に詰まっていると思うと、科学の力というのは恐ろしい。
「私のお昼ごはん、何か変……?」
「い、いや……、さすがにここまで徹底したカロリーメイト食ってのは僕も見たことがなくてさ……、ちょっとびっくりしちゃったよ」
「そう」
爽は無機質な返事をすると、表情ひとつ変えずにカロリーメイトを開封して口へと運んでいく。
それはまるで食事というより、工場で製品がコンベアに乗って運ばれていくような搬送作業にも見えた。
「……それで、話」
「あ、ああ……。実は僕、女子野球部で監督をやっているんだけど、矢作さんに入部してほしいから勧誘しに来たんだ」
とりあえず率直に爽へ入部してほしい旨を伝えてみる。
雅の噂通りであれば、おそらく『次の試合だけ』とか、『夏の大会まで』といった一時的な入部という運びになるだろう。
「構わない」
「ちなみに期限は?何月までなら戦力になってくれるんだ?」
「いつまでも」
「いつまでも……?それは3年の夏の大会まで良いってことかい?」
「そう」
ん?聞いていた話と違うぞ?
凄腕エージェントみたいな単発契約じゃないのか?
「ええっと……、それは嬉しいんだけど、噂だと矢作さんは一時的な助っ人専門だって聞いたんだけど……?」
「そんなこと、言ったこと無い」
爽はその乏しい表情のレパートリーの中から、少しだけ不愉快そうに見えなくもない微妙な顔をした。よく見ておかないとその変化には気が付かない。
「そ、そうなのか。じゃあなんでそんな噂が立ってるんだ……?」
「わからない」
まあ、わかっていたら噂が立つ理由ぐらい知ってるか。
噂の立ちどころに関しては今考えてもしょうがない。
ただ、火のないところに煙が立たないのも事実。凄腕エージェントみたいな感じなのであれば、もしかしたらブラックジャックみたいに法外な報酬を請求してきたりすることがあるのかもしれない。
「ち、ちなみに、何か僕らに対する要求みたいなものはあるかい?『試合には絶対に出せ』とか『1日あたりいくらよこせ』とか……?」
「そんなのはない。普通でいい」
その普通がよくわからないから困る。こちら側が普通にしていろと言うのならば、尚更噂の立つ理由がよく分からない。
「あっ、そうだ、カロリーメイトならたくさんあるんだけ――」
「それは欲しい。くれるなら一生ついていく」
いやそれは欲しいんかい。僕は肩透かしを食らったかのように軽くズッコケた。
まあいい、大量のカロリーメイトたちも食べてもらえるアテが見つかったのだからこれでWIN-WINだろう。
ちなみに雅や翼に欲しいかどうか聞いてみたのだが、翼は『喉の乾いた練習後にパサパサのカロリーメイト食わせるとか地獄かよ』と一蹴。
雅に至っては『いいっすか雄大くん、世の中で水分を奪って喜ばれるのは洗濯乾燥機と阪神園芸くらいのもんっす。それ以外は悪っす』とボロクソに言われてしまった。
万が一、いや億が一大塚製薬のCMのオファーが来たならば真っ先にこいつらを候補から抹消しておかなくては。
ちなみに阪神園芸というのは甲子園球場のグラウンド整備をしてくれる業者さんのこと。
その技術は世界一とまで言われ、びしょびしょになって試合なんて到底出来なさそうなグラウンドを、まるで魔法でも使ったかのような完璧なコンディションにしてくれるのだ。
日本が、いや阪神甲子園球場が世界に誇るテクノロジーである。
とりあえず爽が野球部の戦力として入部してくれそうなので、現状の問題である『雅を代打に出したあとの守備固め』については目処が立った。
彼女の能力は申し分無いと聞いている。守備固めとしての採用だけれども、上手く行けばレギュラーだって狙えるかもしれない。そうすれば部内でも競争が起こり、一層のチーム力アップが図れるはず。
矢作爽がすんなりとチームに溶け込んでくれたらいいなと僕はぼんやり考えて午後の授業を過ごした。
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