第13話 カロリーメイト②
「うーん、私の守備固めっすか……。難しい問題っすね」
練習後、雅と話す機会があったので守備固めについて相談してみた。
「雅が代打の切り札になるのはいいけど、大半の場合その後の守備につかなきゃいけない。でもそうなるとだな……」
「私が守りにつくしか無いっす。うちのベンチには私しかいないっすからね」
「ちなみに守備はあれから進捗あるのか?」
「無いっす!――自分で言うのもなんすけど、私の守備のせいでタイムリーエラーとか往々にしてあり得ると思うっす!」
雅は何故か得意げな顔をする。
いや、守備がザルなことをドヤ顔で語られても困る。
「……だからせめてまともな守備が出来るやつをひとりベンチに入れたい」
「無理に決まってるじゃないっすか。うちにはこれ以上部員がいないんすよ?」
「それをどうしようかと雅に相談に来たんだよ」
雅は腕を組んでうーんと悩む素振りを見せる。こういう時の雅は本当にまともな考え事をしているのかは謎だ。
「そうだ!雄大くんが女装してベンチに入ればいいっすよ!それならワンチャンありそうな気もするっす!」
「……それはどう考えても無理だろ」
「えー、雄大くんなら女装がぴったり似合う気がするんすけどねえ」
雅よ、問題はそこではない。
仮に僕が誰が見ても女の子にしか見えない超絶美少女に変貌を遂げたとしても女子の試合に出るのは規定違反だ。
僕についているものを取ったりしたら話は変わるかもしれないが、それはそれでややこしい事になるので女子高校野球連盟が黙っていないだろう。
まあそもそも僕は女装なんてやらないし、超絶美少女にもなり得ない。皆に拝み倒されて大金積まれても頼まれても絶対にやらない。
これは僕の確固たる意思だ。絶対に絶対に女装なんかしないからな。
「やっぱり新たに部員を探すしかないか……。雅、何かアテがあったりしないか?」
僕はダメ元でボソッと呟いてみた。そもそも部員のアテがあったらこんなことを話したりはしない。無駄な会議ほど議題の展望が見えていないとはよく言ったものだ。
「新戦力のアテっすか……?うーん、いないこともないっすけど……」
「やっぱりそう簡単には見つから………、って、いるのかよっ!」
予想外の返答に思わずきれいなノリツッコミをしてしまった。土曜のお昼にテレビでやっている新喜劇を毎週観ている僕じゃなかったら、ここまでお手本のようなノリツッコミは出来なかっただろう。
「と言っても一時的にしか助っ人をしてくれない事で有名な人なんすけど、その人でいいなら」
「一時的に……?なんだそれ、助っ人専門なのか?」
「そうっす、付属中学の同級生で、野球だけじゃなくサッカーとかバスケとかいろんな団体競技で無難に助っ人をこなしてくれるんすけど、なんやかんやで一時的にしか手伝ってくれないっていう有名人っす」
「……まるで雇われの凄腕スナイパーみたいだな。ゴルゴ13かよ……」
雅が言うにはその人は相当な運動神経とセンスの持ち主なんだとか。しかも、所属したチームではどんなポジションも無難にこなして欠員の穴埋めをしてくれるらしい。
一時的にしか手伝ってくれない理由が気になるが、これ以上の人材はないだろう。勧誘のチャンスだ。
「兎にも角にもとりあえず当たってみよう。雅、その人を探してくれ」
「探すも何も、確か雄大くんと同じクラスだったはずっすよ。――矢作爽って知りませんか?」
「矢作……?そんなやついたか……?」
僕は自分のクラスの教室を一生懸命脳内でイメージする。
苗字が矢作ということは『や行』なので出席番号はかなり後ろの方だ。教室内では窓側列の後ろに陣取っていると推測できる。
窓側……、後ろのほう……、運動神経良さそうな女子……。駄目だ、全く心当たりがない。
唯一僕の記憶の中にある『うちのクラスの窓側うしろの席の女子』というのは、いつも授業中に眠気と戦って船を漕いでいる線の細い子だ。
見るからにか弱そうで、とても運動神経が良くて助っ人をバリバリこなすようには思えない。
眼鏡をかけていて、物静かそうで、髪が長くて、色白で透明感のある『文学少女』という表現がぴったりな子だ。
「――その子っす!その子が矢作爽っすよ!」
「ええっ!?全然そんな風には見えないんだけど!?」
「人は見た目によらないっすからね。ほら、私だってこう見えてキャプテンっすもん」
「……確かに」
雅の渾身の自虐ネタだ。不意にそんな事を言われたものだから、その例えに思わず納得してしまった。間違いなく藤川雅はギャップの塊だ。
「あっ!雄大くん、今めちゃくちゃ納得したっすね!?ひどいっす!私の事を野球が下手でベンチでただうるさいだけのキャラとして見ていただなんて!」
「ご、ごめんごめん。雅はみんなに慕われる立派なキャプテンだよ……」
「えへへへ……、もっと言ってくださいっす……」
案外雅はちょろかった。
僕の口が滑って失言してしまっても雅なら上手く誤魔化せそうだ。
「とりあえず今日はもう遅いし、明日彼女に声をかけてみるよ。上手く行けば本当に入部してくれるかもだし」
「そうだといいんすけどねえ。まあ、雄大くんの頑張り次第っす」
矢作爽が一時的にしか助っ人をしてくれない理由はよくわからないが、それを知るためにもとにかくアタックあるのみだ。何かわかればそこから対策を取ることだってできる。
PDCAサイクルの『P』が足りない分は『D』と『A』で補えばいい。
「……それにしてもその大塚製薬の箱は何なんすか?」
雅は僕が先程明大寺先生からもらった箱を指差して言う。
「ああ、それは明大寺先生からもらったカロリーメイトだ。なんか通販で注文数量を間違えたらしい」
「明大寺先生っぽいミスっすね。んで、そのカロリーメイトは雄大くんが食べるんすか?」
「食べきれるわけ無いだろ、144箱あるんだぞ。しかも全部チョコレート味だし」
「約2ヶ月遅れのバレンタインデーっすね!すっかり顧問にも愛されちゃって、もう完璧な監督じゃないっすか」
いくらなんでもカロリーメイト144箱のバレンタインデーは愛が重すぎる。大塚製薬の営業さんでもそんな無茶苦茶な売り込みはしない。
「それ、褒めてるつもりか……?」
「もちろんっす。『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』っすよ。褒めるのは大事っす」
「山本五十六もまさか雅に引用されるとは思って無いだろうな」
まったく……、どちらがこのチームの大将なんだか。
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