第97話:魔王よ【異世界Part】
前回のあらすじ!
クロスカウンターとガスボンベ。
というわけで、今僕は丘の麓へ来ていた。
丘へ続く道は畑と牧場を隔てる道と繋がっていた。一体何処へ続いているかと思ってはいたが、まさか今回の目的地とだったとは。正に灯台下暗しだ。
ほぅ……と息を吐いて丘を登る。
途中から見える村の景色は壮観だった。とある大佐は人をゴミと例えていたが、個人的には何処が活気付いているかが一目でわかるのは好ポイントだった。
お……?
頂上は思ったより高いところにあった。そのおかげもあって村を一望できるのはやはり足を運ぶ価値があるものだが、それよりも気になるものが三つ。
なんだろう、これ。
石碑が三つと連なるように建っていた。広場から見ていたときは気付かなかったが、村を〝確実に〟一望できる位置に建っている。
……あ、もしかして。
もう少し顔を寄せてみて、心の予想が確信に変わる。
よく見たら慰霊碑で、犠牲者を慰める碑文が掘られていた。きっとグラさんはこれを知ってほしかったのだろう。
ただ、それとは別に並ぶ二つのそれが、僕の目をより引いた。
『魔族の安寧を願いし ノヴァ・ブレイヴクラウン 此処に眠る』
『真なる人魔の懸け橋 ライギヌス・エルグランド 此処に眠る』
明らかに個人の墓石だった。前者は慰霊地に欠かせないが、後者二つはどうしてわざわざ此処に設置したのだろう。
一度気になったら止まらない。悶々と思考を巡らせていると──、
「おや少年。墓石の前で考え事かい?」
聞き慣れぬ声に話しかけられたので振り返れば──、見知らぬ男性がいつの間にか僕の斜め後ろに立っていた。
村で見慣れた、スキンヘッドに生えた左右一本ずつの角──、男性は魔族だった。
随分と背の高い男性は肩掛けマントに足元まで届く黒紫色のローブを身に纏っていた。色合いといい魔法使いを彷彿とさせる着こなしで、右手には長杖を握っている。年齢はリグレイさんと同じか少し上くらいだろうか。
取り敢えず、村の人ではないことだけは、断言できる。
にしても、この人何時から居たのだろう? 気配が全然しなかった。
「それはこういうことさ」
そう返事して男性は長杖で地面を突くと、パッ──と姿を消してしまった。
間もなく再びパッ──と姿を現す。
「私も姿を消す術を身につけているのだ」
凄ぉい。
ところで、おじさんは何方様? お参りの方?
「私はしがない魔導士さ」
魔導士だった。
魔導士と魔法使いで、一体何が違うのか。僕には見当も付かない。
まぁ、いっか。
「毎年この時期になったら此処に来ているんだ。当日は非常に混む分、遠くから眺めているがね」
口ぶりからして何度も前日入りしているようだ。熱心な参拝者だこと。
じゃあ、このお墓の二人のことも知ってるんだね。
もちろんだとも、と僕の隣に並んだおじさんは、ノヴァさんの墓石に視線を向ける。
「この者こそが、人魔戦争を引き起こし、勇者リリに倒された魔王その人なのさ」
真に~?
「真の話さ。当時の魔界──つまるところの地下世界は環境苦に悩まされていたんだ」
環境苦って……地上の声を待ってらんない出来事ってやつ?
よく存じているな、とおじさんは感心して続ける。
「魔界は構造上、空気及び魔素の循環がよろしくなくてね、魔素溜まりが多く発生していた。資金のある限りあらゆる対策を講じてきたがどれも根本的解決には至らなかった」
魔素が多いと、どうなるの?
「平たく言えば〝毒〟が生じる。過剰魔素を取り込んでしまい制御できなくなるんだ」
過剰魔素?
「呼吸と同じようなものさ。生物は吸気と呼気を繰り返して体内の空気を循環させるが、魔素が多すぎると魔力変換が追い付かなくなって、制御できなくなってしまう。それによって様々な後遺症を起こし、最悪〝死〟に至る」
おおう……。確かにそれは悠長に待ってらんないね。
「それが居住区域にまで発生するのだから、地上に移住できないか等話し合いを求める猶予はないに等しかった。母も亡くなってしまったことだしね」
なんですと?
哀しい歴史に混じって、とんでもない爆弾を落とされたような……?
「当時の魔王は孤児院出身でね、独りで孤児院を切り盛りする育て親のシスターを深く慕っていたんだ。魔王に君臨してからも時間を作っては会いに行ってた。そんな彼女が突如院内に湧いた魔素溜まりに侵され逝ってしまったどころか、当時住んでいた子どもたちも全員死亡。魔王の心は壊れ、地上侵略にかじを切った」
それは……やってらんないね……。
「とは言え、突然の侵攻なんて地上の人々からすれば迷惑極まりない。魔王は寸前まで話し合いの場を設けてもらう方向性だっただとか、侵略後の治安が安定して後釜が育ち次第ケジメとして首を刎ねてもらう気でいたとか考えてたが、事情を知らぬ地上の人々からすれば知ったことではないよ」
………………。
「すまないね、暗い話をしてしまった」
絶句する僕に気付いたおじさんが気まずそうに頬を掻く。
僕は手を伸ばすが、結局引っ込める。こんなに言葉に詰まったのは今迄で初めてだ。
僕は今、戦争の当事者を前にしている、戦争の渦中に生きた魔族の話を聞いている。何気なく話を振っておいて無責任だが、これほどまでに苦しい史実を聞くとは想像さえしてなかった。
正直、どう言葉を返すべきか分からない。全ての言葉が不適切な気さえする。
それでも僕は、おじさんの無力と後悔を思い出してる顔は見てられなかった。
おじさん。
「うん? なんだい?」
だとしても僕は、魔王さまを責める気にはなれないよ。
王様だろうが総理だろうが、人である以上無敵じゃないんだから、打ちのめされたら道を間違えるし、自棄にだってなるよ。
だからどうか、これ以上悪く言うのは止めてあげてよ。
僕の言葉が知ったかぶりなのは重々承知している。おじさんを不快にさせてしまっても仕方がないとも思っている。
でも、こればかりは言わなければならないと直感が告げていた。
「…………そうだな」
おじさんは深く息を吐いて、言った。
「もう過ぎてしまったことなのに、つい自虐的になってしまった。自分で選択した道だというに、未だに後悔してしまう」
でも──、と人魔で賑わう広場を見下ろすおじさんの眼はいつになく優しかった。
「彼が作ってくれたこの景色を見ると、過去の過ちもキッカケになれたと思えるよ」
彼って──?
あれ……?
視線を戻すと、彼は居なくなっていた。
目を離した一瞬で何処に行ってしまったのだろう? 姿を消す必要だってなかろうに。
あちこち首を動かすも一向に見当たらない。代わりに来た道へ顔を向けると──、
シオンの花束を持ったリコちゃんのお父さんが立っていた。
「────」
どうしてそう思ったのかは分からない。
けれど、吸い込まれそうになる彼の藍色の瞳を見つめているうちに、僕の中の直感は確信へと変わる。
「勇者リリさん?」
思わず口を衝いて出た言葉に、リコちゃんのお父さんは口を開いた。
「うん。そういえば名乗り損ねてたね」
やっと名前公開。
明日は12時~13時投稿です。
よろしくどうぞお願いします。




