第87話:マユゲドリよ【異世界Part】
前回のあらすじ!
龍と海鼠とニワカ雨。
「んー?」
水龍のシュウウさんが〝驟雨さん〟だと知った直後──。
にわか雨から避難した僕等は、新たに驟雨さんを加えて漁網を直していると、不意にオボロさんが手元に置いていた木の実を持って唸りだした。
そこへカルムさんが口を挟み、驟雨さんが茶々を入れる。
「手ぇ止めんなよジジイ。またオッサンにぶっ飛ばされるぞ」
「まさか雨宿りした傍から「仕事道具を野ざらしにするなー‼‼‼」って追い出されるなんて誰が想像するかって話だよね。ところで天下の火龍は相当あのスキンヘッドさんを恐れているようで?」
「痛手自体はねぇけどよ、鼓膜破れそうなんだよ」
「痛手あるじゃん」
「うるせぇよ」
マッチョッチョが一日三回咆哮えたら鼓膜は諦めろ、ってよく言うしね。鼓膜が惜しかったらはやいとこ直しちゃお。
「もうヤダこの村。異常を常識と捉えてる」
それはそうと、オボロさんは木の実がどうかしたの?
「言い返せよそこは」
「ん? あぁ、竹太郎よ。この木の実、何処から拾ってきた?」
ナマコが注目を浴びてるときに落っこちてきたやつだけど……それがどうかしたの?
「いやなに。この木の実は西の大陸独自のものでの。ここらに落ちとるわけがないのだ」
それはほら……渡り鳥が運んできたんじゃないの。確かに飛んでたし。
「ちなみにその鳥、どんなやつじゃった?」
あそこにいるよ。
と、僕が指差した先の軒下には、一羽のマユゲドリが人に紛れて雨宿りしていた。
「マユゲー」
僕等の視線に気付き、正面を向いてきたマユゲドリは名前通り、眉毛みたいな一本線に足が生えた鳥だった。
そして、特色はなんといっても。
「なんだ手羽先野郎、眼くれやがって──、こいつの側面何処だ?」
上位存在のくせに難癖をつけるカルムさんが気付いた通り、どの角度から見ても目で追ってくる(ように錯覚する)モナリザ像よろしく、どの角度から眺めても側面を視認できないところだった。
「なんだこいつ、何処から見ても正面になるぞ」
カルムさんの声に驟雨さんが「どれどれ?」と、彼の反対側から少し角度をずらしてマユゲドリの側面を確認する。
「……おぉホントだ。地上にはこんな生き物が棲んでるんだねぇ」
「棲んでるんだねぇで済ましていいのかこの奇天烈生物」
「たとえ理解が及ばずとも〝そんなこともあるんだなぁ〟といい加減に受け入れるのが日々を楽に生きるコツなのだよ火龍くん。なのにあの爺共は過去が何だと一々蒸し返しやがってだからこそ一度水に流して歩み寄ろうと……」
「どしたどしたどした。話聞くぞ?」
奇襲野郎の火龍さんがまともに思える程の闇深い事情を抱えているっぽい驟雨さんを一旦放っておいて、未だ唸っているオボロさんに向き直る。
「しかしマユゲドリか。だったら尚更おかしいのう……」
どういうこと?
「マユマユゲは渡り鳥ではないのじゃよ。しかも生息域からは基本出ない」
でも、実際そこに居るよ。
「そこが不思議なんじゃよ。つーか、よく名前知っとるのお前さん」
家の図鑑に載ってたの。
「図鑑とはなんじゃ」
世界中の生き物の生態系が詳しく載ってる本だよ。他にも乗り物の種類だとか。
「そんなのがあるのか。今度山に持ってきて貸してくれ」
ヤダよ。
「なんでだよ」
重いもん。
「だったら用事済ませたら直接借りに行くわい。住所教えてちょ」
それなら一緒に行こうよ。どうせ今日は暇だし。それと借りれるかは家主に訊いてからね。
「是非もなし」
「おいお前等」
「なんじゃいカルム」
「この鳥公、試しにエサやってみたらよ、面白い食い方しやがるぜ」
真に~?
なんだその返し、と小言を呈するカルムさんが居た先を見やると、ちょうど驟雨さんが小鳥の木の実をマユゲドリに恵んでいるところだった。
「ほれ鳥くん。私の木の実もくれてやろう」
「マユゲー」
随分と上から目線な給餌ながらも、マユゲドリ特に怒りもせず木の実の前に立つと、
──パッ。
木の実は忽然と姿を消してしまったのだった。
「おい驟雨、木の実どっかいってしもうたぞ」
「まぁ見てなって」
そうカルムさんがもったいぶるものだから、素直に待っていると、
「げふっ」
なんと、マユゲドリがゲップをしたではないか。
それ即ち、木の実は確かにマユゲドリの砂嚢に収まったということだ。
生き物は皆、口に物を運んで食事をするもの。人間だったら口に入れたら咀嚼するように、鳥ならば一度嘴に咥えてから丸呑みし、砂嚢に入れた小石等ですり潰すのが鳥の食事方法だ。
ならばこのマユゲドリは、嘴を使わずして一体どうして木の実を食べたのか。
僕は真相を確かめるべくマッチョッチョのもとへ出向き、交渉の末に譲ってもらった売り物にならない傷ものの魚をマユゲドリの前に置いてみた。
「まぐ、まぐ、ま」
魚は咀嚼音を立てて、頭部、腹部、尾部と三回に分けて消えてしまった。
これを見る限り、小さいのなら一口。大きいものは三口で食べ切るようだ。
「魚も食べたな」
「食欲旺盛だね」
「胃袋何処にあるんじゃこいつ」
若人二人が感心を示す中、一人疑問を抱くオボロさんの言う通り、マユゲドリの身体に変化は見られない。明らかに身体付きと食べた量が一致していないのだ。
けれど、これ以上真面目に考えるのは愚か極まりない気がする。結局嘴は見当たらないし、他にも気になる箇所はあれど、ここいらで打ち止めるべきだろう。
だって、それがマユゲドリなのだから。
「だってもクソもあるかいな。そんな匙を投げた〆方しおってからに」
わぁ。
マユゲドリが喋ったよ。
「喋ったってええやろが。野菜だって踊るのだから別に鳥が喋れたっておかしないし、地元以外飛んどったって構へんやろ」
それもそうか。
「なれば、お前さんが出てきとるのは、木蓮によるものか?」
どういうこと、オボロさん?
「七龍の木龍はな、他の生き物を通じて移動するんじゃよ。それならマユゲドリが国を渡ってきたのにも納得がいく」
「考えてみれば、マユゲドリの棲み処と食べさせた木の実、木の爺さまの地元だものね。それなら辻褄も合うわけだ」
なるへそー。
と言ってるけど──、実際のところどうなんでしょう?
「何言うとりますのんアンタら」
全然違かった。
「地元居ったとき、わいはずっと疑問やったんや……──、」
更に語り出した。
「──なんで鳥なら鳥らしく……いや、マユゲドリらしく地元で一生を過ごさなあかんねん。わいかて渡り鳥みたく他の国に飛んでいきたい思うたらアカンのか? そんなんずっと頭にあった……──、」
「その頭何処だよ」
「谷間んとこじゃね。ほら、あの半球みたいな翼が連結している辺り」
「火龍と月の爺さま、しっ」
「──だからわいはコッソリ鍛錬積んで体力付けて、群れが寝静まった頃合いを見て、棲んでた国の外に飛んでみたねん。世界はこんなに広いんや、わいはこんな自由に飛べるんやって、ものごっつう気持ち良かったわぁ……──、」
その気持ちは分からなくもなかった。
この異世界に来たときと、進学先の亜如市へ出たときの、視界が一気に拓けた感覚と言ったら!
「──まぁ、最終的に群れから追放されたけどな」
あらまぁ。
それまたどうして?
「三度目の外出から帰ったところで勝手に外行っとるのバレとってぇな。わいが挑戦を楽しんどるのが気に喰わんと〝マユゲドリの逸脱者〟言うて長に勘当されたわ」
真に~?
「真や真。嘘言うてもしゃあないやん」
でも、嘘と思いたい理不尽話だよ。
「まぁ言うなれば、挑戦を真っ向から否定されたって話じゃからな」
「伝統が大事だってのは分かるけどね。だからって挑戦を束縛したらそれは現状維持の奴隷だよ。一か八かでも試みなきゃ発展も何もあったもんじゃないってのに」
「でも、そいつらと縁切れたなら理不尽じゃなくね?」
なんてこと言うんだい。
「だってよ。てめぇの迷惑掛からねぇ自由に難癖付けてくるような奴等とつるむなんざイライラするばかりで無意義だろ。オレなら全員の羽へし折ってから喜んで出て行くね」
「話が分かるなアンタ。へし折りはしなかったが、去り際に「おかげで自由に飛べるぜひゃっほぅーーーー‼‼‼‼‼‼」ってはしゃいでやったわい……──、」
ハイテンション自立。
「──言うても、一羽暮らしも最初はごっつ苦労してなぁ。一から当てもなく食い扶持探さなアカンかったからそこばかりは群れの生活に救われとったねん。せやから、自立するなら食い扶持作ってからでも遅ないで」
夢の為に上京するなら貯金作っとけってことだね。
対して、マユゲドリの為になる忠告にピンと来ていない火龍が一匹。
「なんで一羽暮らしに手間取ってたんだコイツ」
「集団からの独立は大概苦労するものだよ火龍くん。物心つく前から一人だったっぽい君には想像し難いだろうが」
「さて……──、わいはそろそろお暇させてもらうで。雨も上がったしなぁ」
あ、ホントだ。
話し込んでいるうちに、驟雨さんによる(?)にわか雨はすっかり止んでいた。
「しかし、どうするねんなぁ」
今度はどしたの?
「携帯食の木の実はすっかり食べてしもうてな。次は何処で確保……──せや」
マユゲドリは周囲を一瞥すると(そうしたように見えた)、獲った魚の仕分け作業を再開させた漁師さんの元へと近付いたと思えば。
仕分け途中の魚を一匹鷲掴んで、ロケットの如き瞬間的加速で飛び去っていったとさ。
しかも、小憎らしい即興ソングを口ずさみながら。
「わいはトリ~♪ 人の常識知らんトリィ~♪」
「「「返せーーーーーーーーッ‼‼‼‼‼‼‼」」」
マッチョッチョの爆音砲を意に介さず飛んでいくマユゲドリに、漁師さんたちは小石等を投げまくっていた。
逃げられた。
深夜テンションでした。
明日は9時投稿です。よろしくお願いします。




