第86話:水よ【異世界Part】
前回のあらすじ!
港に老若龍。
「なぁ。オレ、どうしてぶっ飛ばされたん?」
港に干した上着がはためいた頃──。
マッチョッチョに咆えられ海に落ち、三人仲良くズボン一丁で漁網を直していたら、不意に馬鹿さんが誰にともなく質問した。
「馬鹿じゃなくてカルムだよ馬鹿」
ごめんね、カルムさん。
で、ぶっ飛ばされたの何が不思議体験だったの?
名称を訂正して続きを促すと、カルムさんは塞いだ穴に漏れが無いかを確認しつつ、言葉を繋げる。
「いや──先ず、オレとジジイは龍じゃん」
龍だねぇ。
「あのオッサン、なんで声張っただけで、オレたちぶっ飛ばせたわけ?」
それはアラールのマッチョッチョだからさ。
「ここまで蔑ろにされた返答初めて聞いたわ」
マッチョッチョの声は、破壊力があるんだよ。
「言い直してもらっといて理解できないのはオレの所為か?」
マッチョッチョの咆哮で広場が滅茶苦茶になるなんて日常茶飯事だし、狼型のモンスターなんか耳血流して泡拭いてたよ。
「なんならあやつの声、偶に山頂まで届いたりするからの」
「そんな人間居てたまるかってよ。こちとら龍ぞ? 何が悲しくて張り上げただけの声にぶっ飛ばされなきゃいけねんだよ?」
「それは彼の声に魔力が乗っておらんからだ」
「どうゆうことだジジイ」
「元々の丈夫な体に合わせ魔法耐性も高い儂等は、魔法で攻撃されたなら虫に刺された程度の痛手すら負わん。なのに諸喰らったということは、そもそも魔法ですらない」
つまるところ?
「熱いのは平気だけど、冷たいのは駄目な感じじゃよ」
ああ、なるほど。マッチョッチョは知ってか知らずか、オボロさん等が防御出来ない要素をピンポイントで突いたってわけね。
「それはそれでイカレてるだろあのスキンヘッド」
地声で龍を吹き飛ばす男。
「字面がパワーワードなんよ」
まぁでも、アラールのマッチョッチョだしねぇ。
「違いない」
「へっへっへ」
「おい、お前等‼」
ぎゃあ。
アラールのマッチョッチョを肴に盛り上がっていると、マッチョッチョ本人が地響き鳴らして現れた。
僕等は即座に土下座した。僕は形式上ではあるが、恐らく二人は「とりあえず合わせたろ」程度な気がする。
すまねぇだアラールさん。大人しく作業するから咆哮だけはご勘弁を。
「流石に麓でズボンまで干す羽目になるのは嫌じゃぞ」
「オレはどっちでもいいけどな。人里に一々合わせるのも面倒だし」
「「裏切り者!」」
「勝手に怒られると先走んなぁぁ‼‼‼‼‼‼」
結局放たれた咆哮に、僕等はゴロゴロと後ろでんぐり返しを決める。けれど、今度は手加減してくれたのか海に落ちることはなかった。
「お前等が直してる網で最後だと伝えに来たんだ! それはそうと、あの角あんた等の知り合いか?」
「角ぉ?」
カルムさんが振り返った先を見てみると──、二本の藍色の角が海面から顔を出して港に迫ってきていた。鮫の背ビレみたいに音もなく水を切るその様は今にも「でーでん……」と聞こえてきそうだ。
「でーでん……」
言ってるよ。
聞き間違えじゃなければ、確かに角の主が「でーでん……」と返してきたよ。
故に確信する。
この角の主には知性がある。ならば身構えなくたって大丈夫だ。何より龍組が平然としているのが危険性はないことの証明になる。
だからマッチョッチョ。念の為で銛を構えるのは止めてね。
「被害が出てからじゃ遅いんじゃーーー‼‼‼‼‼‼」
正論だけれど。
「だがよオッサン。ガキの言う通り、あの角は大丈夫だぜ」
「大丈夫だぁ?」
「竹太郎とカルムが言っとる通りじゃアラールよ。なにせあれは──」
「儂等の待ち人ならぬ〝待ち龍〟じゃし」
オボロさんがそう言うと同時、角が海面下に沈んだかと思えば、
ザバァア……──と海面が大きく盛り上がり、
水飛沫が落ち着くと、中からフタバスズキリュウ(異世界風)が現れたのだった。
スズキさんは伸ばしきった首をゆっくり下げて、飛沫を諸に被った僕等を見下ろす。
「やぁやぁ、お久しぶりだね御二方。前回の会合で会ってから実に十年ぶりかな?」
「よぉシュウウ。具体的には十年と二龍週だな」
スズキさんはシュウウさんと言う名前らしい。それと声色からして多分若い女性だ。
「相変わらずの記憶力ですこと。ところで……そちらの子は?」
木下竹太郎です。どうぞよろしく。
「初めましてタロウ少年。私は水龍のシュウウだ。以後宜しく。カルムもお久──」
と、シュウウさんが首を動かした瞬間──、カルムさんは灼熱の炎球を彼女めがけて吐き放ったのだ。
が、シュウウさんはそれを涼しい顔で、口から放った極細圧縮水レーザーで相殺し、港が一時的に気化煙に包まれる。
突然の暴挙に周囲が呆然としている中、カルムさんは満足気に攻撃の構えを解いた。
「久しいな姉弟。腕は鈍ってないようだな」
「やぁ火龍くん。まさか君が二番乗りとは。出会い頭に力を試してくるのは相変わらずだね」
二人は姉弟なんだね。
「そうだぞ」
「違うよ」
どっちなの?
「二人は幼子の頃、覚えたての力を制御する鍛錬を共に積んでた姉弟弟子じゃよ。ソースは教えた儂」
なるへそー。
「にしてもシュウウよ。お前さんが遅刻とは珍しいの。カルムより遅いなんて晴れるかと思ったぞ」
「どういうことだジジイおい」
「ちょっくら土産を捕ってきたからですよ月の爺さま。少しお待ちを」
シュウウさんは再度海面下に沈み直すと、今度は服に身を包んだ、カルムさんと同様龍人姿で地上に上がってきた。
しかも和服だった。左胸に紋所を施した藍色の上着に袴スタイルで、昭和俳優を彷彿とさせる肩掛けがこれまた恰好いい。
きっとシュウウさんの地元には、和服が流通しているんだろうな。
「これがその土産です。是非受け取っとくれよ」
そう言うとシュウウさんは、右手に持った魚籠から黒いやつを取り出して見せた。
「なんじゃそれは」
「ナマコだよ」
「これは食えるのか? 海はまず泳がんし、捌き方知らんぞ儂」
「違う違う。これはこうするのさ」
と、シュウウさんが手本にナマコをムニムニ揉むと、
ピニョン──とナマコの口から白いのが飛び出し、やるせなく垂れたのだった。
「何が飛び出したぞ」
「内臓だよ」
「内臓」
「危険を感じると吐き出すんだ。後で再生するから気にせんでいいよ。こうなったら後は……──」
シュウウさんは勢いよく踵を返すと共に、ナマコを大海原めがけて投げ捨てたとさ。
「ここまでがテンプレさ」
テンプレなんて若者略称、龍の口から聞きたくなかった。
「生命の冒涜甚だしいな」
「そう言わずに爺さまもやってみそ。余分に持ってきたから、火龍と少年もどうぞ」
そうシュウウさんが勧めてくるので、僕らはナマコを受け取り、各々ムニムニ握ってみた。
──パニョン。
──ピニョン。
──プニョン。
──ぽいっ。
──ばしゃーん……。
ふふっ……。
「投げた飛距離競うのも面白いんじゃねぇか?」
「いいなそれ。カルムにしては名案だ」
「にしては余計だジジイ。多めに捕ってきたんだろ?」
「あ、待ってカルム。ナマコは──」
「あったあった。ほれ」
と、シュウウさんが止めるも制止叶わずカルムさんは勝手に魚籠を開けて、人数分のナマコを投げ配ると──、
「ペッ!」
──ばちゃっ。
──びちゃっ。
──ぶちゃっ。
──べちゃっ。
キャッチするや否や、顔面に内臓を吐きつけられた。
「ナマコー!」
ナマコたちは僕等の手から抜け出して地面に落ちると、ぷんすか皮膚の丸棘を尖らせて、海へ転がり帰っていったとさ。
シュウウさんが顔を拭い、言葉途中だった続きを紡ぐ。
「一日一匹以上投げようとすると、内臓を吐きつけてくるんだ」
「先に言えよ馬鹿野郎」
「私の説明に手を止めなかったお馬鹿さんが居たものでね。……あーあ、魚籠のナマコまで逃げてら」
ならこの小鳥の木の実を代わりに競おうよ。何個か余分に拾ってきたよ。
「おお、気が利くねタロウ少年。では一つ頂くよ」
どうぞどうぞ。
それでは、せーのっ。
三龍に配り終えて、一斉に利き腕を振りかぶったときである。
──どざぁ‼‼‼‼‼‼
「いやはや、なかなか降らないから大丈夫と油断したよ」
「降るならそろそろな気がしたんじゃよ全く」
「おいコラしれっと一人先駆けて雨宿りしてんじゃねぇぞジジイ!」
バケツがひっくり返ったかのような突然のにわか雨に、飛距離を競うどころじゃなくなりましたとさ。
……ああ、なるほど。
シュウウさんのシュウウって、にわか雨の〝驟雨〟なんだね。
と、一人で静かに納得しながら、驟雨さんカルムさんに続き、オボロさん漁師さんが雨宿っている軒下に駆け込んだのだった。
ナマコって愉しいよね。
明日は12時代投稿です。よろしくお願いします。




