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第85話:月火よ【異世界Part】

前回のあらすじ!

井戸と藁の生態。

 あ、オボロさん。


 井戸と藁山による衝撃映像に気まずくなり、港へ逃げてきたところ。

 ここまで来れば大丈夫だろうと一息吐こうとした折、ふと漁師さんたちの野ざらしの作業場に目を向けると、仙人服を身に包んだ老龍頭が漁網を弄る姿があった。

 彼、オボロさんは現世でいう月曜日に当たる〝月龍日〟の由来になった〝月龍の朧〟だ。普段は東の山の頂に居るというのに麓──、まして村まで下りてくるなんてかなり珍しい。


 おーい、オボロさん。と声を投げると、オボロさんは顔を上げ、ゆっくり振り向いてきた。


「ん? ……おお、竹太郎か。二龍月ぶりかの?」


 大体それくらいだね。

 ところで、何やってるの?


「見ての通り、網を直しとるんじゃ。暇を持て余していたところに漁師がこれをやっているのを見つけての。試しにやらせてもらったら無心でやってしまえるんじゃ」


 オボロさんが指差した場所には穴開き網がどっさりと積まさっていた。その逆側には修復済みと思われるのが少なからず重ねられている。相当愉しんでらっしゃる。

 正に時間を忘れるにはうってつけってやつだ。


「お主もやるか? 暇潰しも兼ねて多めに寄越してもらったわい」


 やるぅ。

 色々あって、広場にはまだ戻りたくないし。


「よしきた。ほれ」


 網を分けてもらい、一個一個丁寧に塞いでいく。これが地味なようで中々に楽しく、没頭してしまうのも頷ける。


 にしてもオボロさん。割と人間好きだよね。ひつまぶしにわざわざ人里に来るくらいだし、よっぽど男さんの影響が大きいんだね。学者と挑戦者は嫌いなのに。


「あいつら身体調べさせろ力試しさせろってうっせーもん。つーかなんじゃひつまぶしって、カッツォ節の親戚?」


 僕の母国にある、鰻って言う魚を焼いて細切れにしたのをご飯に乗っけた料理だよ。昔じいちゃんが旅行先で御馳走してくれたんだけど、途中からお茶漬けにするとこれがまた美味しいの。あ、母国って現世の方ね。


「ほう。お主の世界には珍しい料理があるのだな。次元を渡れるなら食してみたかったわい」


 オボロさんは平行世界往来できない理由でもあるの? 棲み処に空き巣が入るとか?


「惜しいなお主。その昔、数日の留守から帰ってみれば、踊り好きモンスターがライブ会場にしやがってたことがあってのう。故に、あまり棲み処を空けたくないんじゃ」


 割と良い線いってたよ。

 じゃあ、今度調べてきて、こっちで再現できないか試してみるよ。


「やったね、ありがとうよ。長命じゃと料理くらいしか新鮮な楽しみがないからの」


 他に楽しめるものとかないの? 漫画本とか小説とか。


「本か。魔法知識は粗方覚えとるし今更読んでもなと思っとったがなるほど……作り話なら人類が滅びぬ限り半永久的に新作が出るし、良い暇潰しになりそうじゃの」


 真理だけど物騒。

 そういえば、そもそもの話、何目的で村に来たの? さっきも暇潰しで漁網直してるって言ってたし、誰かと会う約束でもしてるの?


「その通りなんじゃが、全員テキトーじゃから一向に現れる気配がせんのだ。あいつとあやつとあの者はともかく、待っとる身にもなってほしいものじゃ……ん?」


 どしたのオボロさん? 急に後ろの空見上げたりして。


「……竹太郎。ちょっと儂の近くに寄りんさい。もう少し……もっとじゃ……はいよし」


 そう言ってオボロさんは僕を、僕の肩と彼の腕がくっつきそうなくらいまで寄せると、パチン──と指を鳴らし、「では作業に戻れ」と何食わぬ顔で修繕に再開したのだった。


 結局なんだったのだろう?


 けれど、何を隠そうあのオボロさんだ。生物を超越した存在たる彼には、僕ら人には綺麗でしかない空に何か異変を感じ取ったのかもしれない。それを示すように──、


「今日こそ隙ありジジトゥイーん……‼」


 瞬間移動と見紛う出鱈目な速度で空から襲来してきた〝ナニカ〟がオボロさんに触れたと思った瞬間、弾かれるように海の方へ横滑っていって、賑やかな水飛沫をあげたのだった。


 オボロさん、貴方一体何したの?


「霞壁じゃ」


 なんだいそれ? 防御魔法的なやつ?


「霞とは、元を辿れば宙に浮いとる小さな塵や煙粒じゃからの。それらに魔力を与えてちょっとした空気壁を作ってやったわい。見えないバリアってやつじゃ」


 滑って海にすっ飛んでったのは?


「今言うた二つに回転を加えてやった。動いとる馬車の車輪に指くっ付けると持ってかれるじゃろ? あれみたいなもんじゃ」


 というか、だったら僕を傍に寄せなくても無事だったんじゃない?


「保険じゃよ保険。襲来ってきた余波で吹っ飛びかねんからのう。その証拠にほれ」


 オボロさんが指差した先を見ると、葉っぱと漁師さん等が「ビゲゲゲゲ……」と振動しながら壁に押しつけられていた。余波だけであれなら近く居た僕は、護ってもらえてなかったらお星さまになってただろう。


 とにもかくにも、網が無事で良かった。仕事道具まで吹っ飛んでたらマッチョッチョが黙ってないだろうからね。

 オボロさん、助けてくれてありがとう。


「礼には及ばん。あの馬鹿の巻き添えになぞ哀れ過ぎるからな」


 その馬鹿さん? とやら中々浮いてこないよ。溺れちゃったのかな。


「立たんくてええわい竹太郎。わざわざ大人を呼びに行かなくたって、呼べば上がってくるから」


 そう僕を制したオボロさんが、おもむろに海に近付いて「おーい馬鹿ー」と水面下に声を投げると、


「──……ボッシャァァァアア‼‼‼‼‼‼」


 馬鹿さんは勢い良く水面から顔を出して、「ぼぇぇぇええ……‼」と口に入った海水を滝のように吐き出したのだった。きちゃない。


「どぅわぁれがきちゃない馬鹿だってガキンチョォ‼」


 あ、聞こえてた。

 一部僕に飛び火させつつ、ズボンを履きながら港に上がってきた馬鹿さんは刺々しい赤髪に大きな赤い釣り目と、褐色肌半裸野郎だった。その筋肉質な上半身は鱗で任侠の入墨っぽく覆われている。

 それと、頭には両側面に二本角と、更には尻尾が生えていた。尻尾の見た目はトカゲとか両生類のそれで、荒々しく枝分かれしている角はリコちゃんたちのような大理石的なものではなくオボロさんみたく自然物に近い感じ。

 そして何より、泣かす気満々のカウンターバリアに、先程からつらつらと発している悪口の数々は余程気心知れた仲でないと遠慮するもの。これらから導き出される結論は素人目でも明白だった。


「ふむ、確かに海水塗れクソ馬鹿ドラゴンは言い過ぎたの。だったら〝馬鹿龍〟はどうじゃ。馬+火龍で──ほぅれ、火龍要素が入ったぞ。良かったな」


 ほらやっぱり。龍は龍でもオボロさん同様、異世界の曜日を司る七龍が一角〝火龍〟だった。嬉しいね。

 しかし、角と鱗と尻尾以外はほぼ兄ちゃんな馬鹿さんは「ひっとつも嬉しかねぇわ!」と反発して地団駄を踏む。


「つーか海に落とすこたぁないだろ⁉ この前なんか渦潮だったぞ‼」


 えげつねぇ。


「場所問わず仕掛けてくるからじゃねぇか。戒め三割、嫌がらせ八割四分ってとこじゃ」

「100%超えた! 聞き間違えじゃなきゃ110%到達した!」

「十一割じゃなくて十一割四分です~。うぃ~~」

「ヴェぇェェえぇええええええ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」


 馬鹿さんは遂に語彙力を失い、怒りのままに向かってきた。

 がしかし、オボロさんが指一本動かした途端、凄まじい突風が巻き起こり、直撃した馬鹿さんを再び海に落とした。

 だが、馬鹿さんだって柔じゃない。先程はしばらく沈んでいたけど、今回は瞬で水面に顔を出したと思えばもの凄い速度のバタフライで再上陸を試みている。


「あーあー。まーた猪突猛進になっとるわい。飛べばええ話なのに、キレると短絡的になるのはあいつの悪い癖じゃ」


 だったら止めてあげなよ。馬鹿さん、おちょくられ過ぎて言語を失ってるよ。


「あれが怒りに支配された末路じゃ。感情に囚われれば理性が利かぬから気をつけろよ」


 原因→オボロさん。


「分かったよしょうがねぇなぁ。後始末は好きくないんじゃがのぉ」


 他人事みたいに言うけど、自分で蒔いた種だわよ。


「突然の女性口調どうしたのよ」


 嫌味を和らげるのにオネエになったのよ。


「お気遣いありがとうなのよ」


 そう返してオボロさんは海に向き直ると、両手首を合わせて脇腹のところに構える。すると程なくして両手に発生した大気が渦を巻き始め、時間とともに大きくなっていく。〝かめ●め波〟ポーズはどの世界でも共通なんだなぁ。


 あ。

 なんて感心していると、遥か後方から迫ってくる気配を感じた僕は振り返り──、直ぐさまオボロさんに声を投げた。


 オボロさん、オボロさん。決めるならさっさと決めた方が良いよ。


「あたぼうよ。一発で決めちゃる」


 それもそうだけどじゃなくて。出来るならもう少し早く溜めた方が良いと思うよ。


「え~。でも折角ならそれっぽくポーズ取った方がらしくね?」


 分からなくはないけどさでも──あ、無理。


「あ、おい、何処行くんじゃ竹太郎──あ」

「ヴィェェエェェェエエぇえぇぇええ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼ ──ん?」


 僕が逃げ、オボロさんが振り返り、馬鹿さんが迫りくる存在に気付いたそのとき。



「仕事中に遊ぶなァァァァァァァァァアアアアア‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」



 漁師を取り仕切るマッチョッチョの怒号が、二人の龍を海の彼方に吹き飛ばしたのだった。

クソジジイとブチギレニキ。


明日も9時投稿です。

どうぞよろしくお願いします。

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