第82話:帰省よ【現世Part】
前回のあらすじ!
マンドラゴラ キャッキャッ
夏休み初日、朝食後の自室──。
改めて確認だよエっちゃん、お財布に切符は入ってるかい?
「バッチシだよー。たっくんは、どー? ハンケチ、持ったー?」
ポケットティッシュ付きの完全武装だよ。
「抜かりねー♪」
ふぅ♪
本日、僕はエっちゃんを連れて帰省する。昨夜しつこいくらいに行った荷物の点検は何度やったって不安なもので、今はその最終チェックを行っていた。
「ねぇ、たっくん。たっくんの地元って、服屋さんあるー?」
じいちゃんに車出してもらわなきゃ、無いね。
「じゃあ、パンツ足りないかもー。念のため足してくるー」
財布をしまった彼女は下着入れを手に一度部屋を出て、また戻ってくると引き続き、旅行道具を入念にチェックする。彼女にとっては初となる保護者ノー同伴旅行だそうなので、能天気な彼女もさすがに緊張しているようだ。
「だって、爺ちゃん婆ちゃん、いないんだよー? 駅中ではぐれても、連絡付かないんだよー?」
そのときは、僕に電話すればいいよ。
「……ホントだー」
エっちゃんはニパッと笑った。やはり彼女は〝ちょいアホ〟が望ましい。
ピピピピピピ……──。
他愛のないやり取りをしているうちにスマホの目覚ましアラームが出発の時間を告げる。外出イベントがあるときはセットする癖をつけているのだが、じゃなければ駅まで全力疾走する羽目になる時間帯まで夢中になっていただろう。
チェックも済んだことだし、行くとしようか。おしゃべりは歩きながらでも出来るし。
「だねー」
アラームを止め、遂に荷物を背負って玄関へと向かうのだが、その前に永治郎さんとエリーさんがくつろいでいる居間に顔を出す。
「おお、出るのかい? 二人なら問題ないだろうが、準備に抜かりはないかい?」
「もう出発ですカ。なんなら送りますし、もう少しゆっくりしてもいいのですヨ?」
やや心配そうな表情を浮かべるエリーさんに、僕らはやんわりと首を横に振る。
お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。歩いていくのは二人で決めたことなので。
「普段歩く景色と、旅行に行くときの景色は、きっと違く見えるものだよー」
「二人がそう言ってるんだエリーさん。ここは信じて送り出してあげようじゃないか」
「……そうですネ。余計なお世話を焼きましタ。お二人とも、楽しいも大騒ぎもひっくるめて満喫してくるのですヨ。お土産話、楽しみに待ってまス」
承りましたー。
「乞うご期待。じゃ、行ってきま~す」
エっちゃんの祖父母への挨拶も程々に、僕らは桐山家を出発した。
隣の愉快な同行者と「レバニラが出歩く夢を見た」なんて間抜けな話をしながら、ふとなんとなく周囲の景色を見渡す。
……なるほど。先程エっちゃんも言っていたが、見慣れた景色の筈なのにいざ離れるとなるとなんとも言えない特別感がある。しばらく離れるからこそ「当分見れないんだな」という心理が心の奥底で働いているのだろうか。
そう思ったわけだけど、エっちゃんはどう思う?
「何のはなし~?」
赫々鹿々。
説明すると、「確かにそうかもー」と合点がいった様子で彼女は顎を擦った。
「わたしも小学校の修学旅行で、県外行ってたのねー。3泊4日。日付だけ見ると一週間も経ってないのに、帰ってきたときは、随分懐かしく感じたよー」
そんなもんなの?
「そんなもんだよー。たっくんは、覚えないのー?」
訊かれたタイミングで赤信号に引っかかったので、記憶を遡ってみる。
言われてみれば、異世界に飛んで、一週間ぶりにじいちゃんたちと会ったとき、豪い久しぶりに感じたなぁ。
「比較にしちゃいけね~」
それもそうだ。
今は当たり前になりつつあるので最近は忘れがちだが、僕は事故で生死の境を彷徨い、身体が回復するまでの間を異世界で仮生活していた。本来ならば身体が回復した時点で異世界とはおさらばだったのだが、異世界の住人との別れを惜しんだ結果、神さまの計らいで、今では入眠をスイッチに現世と異世界を行き来できるようになっている。
そして、何の因果か、隣に立っている少女も、同じ経験をしていたり。
「だったらわたしは、一ヶ月ぶりにこっち戻ってきたとき、懐かしいより、異世界での出来事は全部夢だったんじゃないかって、最初は思ったなー。けど、お父さんお母さんのお葬式して初めて、帰ってきたんだな、夢じゃなかったんだなって、自覚したー」
あ……──。と口を押さえるが、もう遅い。
同じ境遇なようでエっちゃんには、僕あとは一つ、大きな違いがある。僕は自分一人で異世界に行ったのに対し、彼女は親御さん諸共事故に遭い、彼女一人だけが異世界転移したのだ。でなければ、親子揃って転移していても不思議ではない。
したらば何故、親御さんは助からず、彼女だけが転移を許されたのか。それは年齢にあると踏んでいる。
ある小説に、とある兄妹が事故に遭いながらも、土地神様の計らいで身体が回復するまでの間を過去の世界で過ごすという話がある。しかし過去に遡ったのは妹のみで、成人済みだったお兄さんの方はそのまま帰らぬ人となってしまったのだ。その設定が現実にも当てはまるならば、〝未成年〟のエっちゃんだけが助かり、〝大人〟だった彼女の親御さんが先逝いてしまったのにも合点がいく。
まぁ、結局は、幾ら考察を重ねたところで、神さまに訊いてみないことには知りようがないのだが。今度会ったら訊いてみよう。いつになるかはさておいて。
ともかく、彼女には辛いことを思い出させてしまった。ごめんね。
「いいよー。もう3年前になるしー。それより青だよー」
そう言って、エっちゃんは青信号を一足速く渡っていった。
気にするなと言ってくれたが、僕はちゃんと謝れたのだろうか。自分の謝罪に一抹の不安を抱きながら、群れる赫鹿の間を縫って彼女の背中を追いかける。
◇ ◇ ◇
新幹線には無事間に合った。
不慣れな駅内を「○○駅行き階段はどこですか?」「あっちだよ」と駅員さんに教わりながらどうにか進み、目的のホームに辿り着く。
「うへー。やっぱ人、多いねー。ベンチなんか、全部埋まってるや」
これは席の争奪戦になりそうだ。早いところ並んでおこう。ほら、あの乗り込み誘導線のやつ。
「そだねー。空席、あると良いねー」
僕らが乗るのは自由席車両。指定席車両と違い、確実に腰を落ち着けられる保証は無いものの、指定席だとかなり出費が嵩むので自由席券を選んだのだ(当然エっちゃんと相談した上でである)。
しかし、長期休暇始めとはいえ、まさかこれ程ごった返すとは。身なりからして同じ帰省者だろうか。こうなるなら無理にでも指定席券を買っておくべきだったと。
まぁ、いっか。
後悔したって今更どうにもなりはしないのだ。こうなったらいつになったら座れるかエっちゃんと予想し合って愉しもうではないか。
「たっくん。折角だし、座れるかどうか予想しなーい? わたしは直ぐ座れるでー」
ほらね。彼女もノリノリだ。
なら僕は、次の駅からで。
「負けたらポテチ3枚ねー。ところで、たっくんはどうやって、こっち来たのー?」
賭けがしょぺぇなぁ。新幹線の指定席だよ。
「バスとか、考えなかったのー?」
じいちゃんが嫌がったの。時間通りに来るか分かんない心持ちで待つのがどうも苦手らしくて、そこへ上京したときに間違えて教えられた駅内のバス乗り場から本当の方まで大慌てで走る羽目になったのが決定打になったって。
「それはトラウマー」
だからだろうね。いくらお金かけてもいいから来れるとこまでは新幹線使えって電話越しに念を押されたよ。
「その新幹線は、どこまで使えるのー?」
集落までのバスが出る、県内中心部の駅までだよ。
「じゃあ、バスに乗るまでの間は、新幹線、楽しもうねー」
レッツゴー。
僕らは風を切って現れた新幹線に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
その後、席はなんやかんや直ぐに見つかり、ポテチを摘まみながら地元県中心部駅へ到着したわけだが。
さて、エっちゃん。これから僕らは今から乗るバスに3時間揺られることとなります。
「真に~?」
尚、運行は一日往復一本のみで、乗り遅れたら一日待つことになるよ。
「手厳し~」
というわけで、今から走るよ。僕らが乗るのは帰りの便だ。
「もう間もなくかよー」
一本目は集落を9時発、二本目は駅から13時発だからね。
「後何分で出発なのー?」
改札を出た時点で残り15分です。
「短け~」
なので急がないとアポなしホテルを探す羽目になっちゃう。
「それはそれで」
受け入れないでー。
「けどさ、たっくん。バス乗り場までの階段、アッチっぽいけど、どこ行くのー?」
その前に駅内コンビニでご飯買っていくよ。道中一回しか止まらないからね。
「ラーメンいくらかなー?」
スメルテロでも起こす気かい? バスの中が豚骨の匂いで充満しちゃうよ。
「わたしは味噌派だよー」
やかましいよ。
「しょうがないなぁ。焼きそばパンで我慢してあげるよ」
僕の駄々で妥協してあげた雰囲気出さないでよ。
「レジのお姉さーん。一口コンビニ唐揚げも頂戴なー」
聞いてないよ。
いつの間にか攻守交代していた気もするが、時間的に言及している暇はない。僕も素早くネギトロおにぎりと〝へい! お茶〟を手に取ってレジに並んだ後に、急ぎトイレを済ませてからバス停へと駆け込んだ。
初めての帰省ってドキドキするよね。
明日も13時投稿です。




