第81話:マンドラゴラよ【異世界Part】
前回のあらすじ!
三者面談。
三者面談から数日後──。
「云云かんぬんぺよぺーよ……──。最後に理事長先生からの言葉です」
「夏休み補導されないよう楽しめよ! 終業式終わり‼」
◇ ◇ ◇
夏休みを迎え、初の異世界。
現世が夏休みになろうと、異世界生活はお構いなしにやってくる。
いつものように出荷用の野菜を採りに、農家のおばあちゃんとニンズン畑に赴くと、見慣れないニンズンがそこにあった。
随分目立つニンズンだった。他のニンズンよりも一回り大きく、橙色も一際濃い。
余りにも立派なものだから、思わず引っこ抜くと──、
手足が生えていた。
またセクスィーニンズンだ。形状が歪なものは商品にならないので、向かいに住んでいる馬さんの餌となる。
とにもかくにも、おばあちゃんも掘り当ててないか確認だ。最低限土を払うべく裏返してみると──、
なんと、ニンズンには顔がついていて──、僕と目が合うなりニンズンは、凄まじい声量で悲鳴をあげたのだ。
「……キャァァァアア──ズボッ」
僕はそいつを、地面に突き刺す要領で、埋め直した。
少し間を置いて、もう一度引っこ抜く。
「キャァァ──ズボッ」
再度埋め直し、芽生えた愉悦心に従い、リズムに乗って何度と引っこ抜いては埋め直すを繰り返す。声の途切れ方も相まって、これが中々愉快だなぁ。
「キャッ! キャッ! キャッ! キャキャッキャッキャッキャッキャッ! キャッ! キャッ! キャッキャキャッ!」
おばあちゃん、変なのがいるよ。
飽きたところで農業の師匠・農家のキエさんを呼びつけ、一瞬だけ「キャッ──!」と引っこ抜いてまた戻してみせると、おばあちゃんは「ほぉ」と珍しいものを見た表情を作った。
「これはマンドラゴラだね」
マンドラゴラ。
左様じゃ、とおばあちゃんは続ける。
「叫ばれれば最悪生命を落とすが、それさえ凌げば如何様な万能薬となる植物でな。偶に風に乗って種が運ばれてくるんだよ」
万能薬か。
薬になるなら健康体の僕が持っていたって仕方がない。持ち腐れるくらいなら必要としている人にくれてしまおう。
ならば誰に譲ろう? 村人の顔を思い浮かべては消して──を繰り返しているうちに、一人の老人の顔が輪郭を帯びて鮮明に残る。
そうだ、村長にあげよう。腰痛持ちだし、きっと喜ぶよ。
「チッチッチ。甘いねタケタロウ。どうせだったら売ってきな。マンドラゴラは市場に出回らない分貴重なんだ。ゴゼルなら喜んで買うはずだよ。というか向こうから売ってくれって言い出すよ」
それだけ貴重なんだね。
農家は気候に左右されやすく、収入が著しく落ち込むことも珍しくない職業だ。故に臨時収入は願ってもない出来事と言える。
けれどさ、おばあちゃん。理屈は分かったけど、だとしたら昼市で売る野菜と無償であげちゃう野菜の違いって何なの?
「なんとなくさ」
そっかぁ。
じゃあ、行ってくるね。
「なるはやで行くんだよ。マンドラゴラでも鮮度が命だ。と、その前に──、」
おばあちゃんはのらりと家に戻り、くらりと戻ってくると、スパパン──と鋭くした爪でマンドラゴラの埋まっている地面をくり抜き、持ってきたガラス瓶に詰めた。
マンドラゴラは、顔が見えるくらいの薄い土を纏って詰められていた。
「これで一々引っこ抜かんでもええじゃろう」
おばあちゃん、あったま良い~。
今度こそ、行ってきます。
◇ ◇ ◇
村長宅。
早速マンドラゴラを見せると、村長は嬉々として良い値で買ってくれた。
「いやぁ、久々に良い買い物したわい。これを丸薬にして呑むと腰が落ち着くんじゃ。早速ノイルちゃんに加工してもらおうかの」
ノイルさん──って、薬師のオババさん? 僕はお世話になったことないからうろ覚えだけど確か孫娘のお姉さんが店頭に立ってなかったっけ?
「マンドラゴラは禁忌素材での。ノイルちゃんしか加工出来んのよ」
憲兵さん。違法薬物です。
「違う違う。もう数十年前になるけど、希少過ぎて数少ない採取場所独占するバカたれが出てきて戦争になりかけての。故に争いの火種になるから流通禁忌素材なんじゃ」
結果として市場には基本出回らないし、当時を知ってるノイルさんしか加工出来ないわけだ。
「しょうゆうこと。つーわけで薬屋まで付き添ってくんない? キエちゃんには儂からテレパシーで伝えとくから」
おばあちゃんが良いなら。
「なら訊いてみるね。……あ、もしもしキエちゃん? ゴゼルゴゼル。今から薬屋行くんだけどタケタロウ付き添いに借りて良い? ……うん。ありがとさん。ほんじゃね。……そんじゃ、しくよろ」
ということで、僕はマンドラゴラをお届けがてら、腰に爆弾を抱えて出かける村長のお供をすることとなったわけだが──、
◇ ◇ ◇
「あら、ノイルちゃん留守なの?」
中央広場南西にある薬屋で店番をしていた孫娘のチドルさんに訊いてみれば、ちょうどいま出て行ったばかりだと言う。
「そうなんすよ~。今朝の婆ちゃん、お気にの椅子が座り心地悪いって、キゾロさんに直してもらうってついさっき出てっちゃったんすよ~」
入れ違いになっちゃったんだね。
「あいつ手先器用だからな。仕方ない。追いかけるとするか。キゾロの家だったな?」
「出かけたばかりだし今なら追い付ける筈っすよ。ところでタケタローくんの持ってる瓶の調合素材、こっちで預かっときます?」
「いや、いい。ノイルちゃん案件じゃ。合流したら直接渡す」
「あ、な~るほど。ほんじゃ、また後で~」
ということで、マンドラゴラの危険性を会話の節々で感じ取りながら、道具屋目指して薬屋を後にしたわけだが──、
◇ ◇ ◇
キゾロさんのもとを訪ねてみるも、ノイルさんは既に立ち去った後だった。
「ノイルちゃん? ちょうどさっき大工んとこ行ったぜぃ。椅子直すならオイラよりも適任だろうって薦めたんだ。ところでゴゼル、この車椅子、試運転してくんねぇか? 頭に念じた方向に自動で動くってやつなんだけどよ、これが上手くいけば両手に荷物持ってても移動できるってあれちょいと車椅子がオイラ乗せたまま勝手に何処行くのォォォォォオオオーー!!!!?」
車椅子はキゾロさんを乗せたまま、港がある南通りへと爆走していったのだった。
また海に落っこちて泳いでくるパターンだな。今度は大工さんが居を構える北通りへ向かったわけだが──、
◇ ◇ ◇
着いた頃には、またもノイルさんとすれ違ってしまっていた。
「おうよ。ついさっきまで椅子を直してたんだがな、会計済ますなりキエのばあさん家遊びに行くって出かけてったぞ」
「めっちゃ歩くじゃんノイルちゃん。腰が痛くて悠々と歩けん儂への当てつけか?」
僻みやめなよ村長さん。さっきからすれ違いまくってるのは確かだけど、遊びに行ったなら早々帰らないはずだよ。
「ノイルのばあさんも気まぐれだからな。でもまぁ、これに懲りずに追いかけてやんな。あの人もチドルに店頭継がせてから暇そうだからよ。ドハハハハ」
ということで、久々に聞いた〝ワン●風笑い声〟に見送られながら、なんだかんだで帰路に着いたわけだが──、
◇ ◇ ◇
ノイルさんは、キエのおばあちゃんと畑で世間話に興じていた。
吞気に椅子に腰かけているノイルさんに、村長が声を飛ばす。
「おぅい、ノイルちゃん!」
「んー? ……おお、ゴゼルかい。ひぃこら言ってどうしたんじゃ」
「ひぃもどうもないよ。マンドラゴラで丸薬作ってほしくて探してたんだよ。腰の痛み和らげるのに腰に負担かける羽目になるってどんな拷問だよ」
「知らんよそんなん」
ごもっとも。
「お帰り、タケタロウや」
あ、おばあちゃんただいま。
「ちょうどいま、ゴゼルへマンドラゴラを売りにあんたを行かせた、と話していての。ノイルが「なら儂のところへ来るな」と牧場の方から帰ろうとしていたところじゃった。すれ違わんくて良かったの」
本当に間一髪だったね。
僕が働く畑には文字通り二通りの道がある。僕と村長が歩いてきた北通りルートと、ノイルさんが帰り道に選択した牧場方面から歩いていく北西ルートだ。おばあちゃんとおしゃべりしていた位置的にも北西ルートの方が近いので、後一歩遅ければ再度追いかけることとなっていたし、村長の腰もきっと昇天していた。
「おぅい、タケタロウ」
──ところへ村長から声をかけられる。
「作ってもらうことになったから、もう少し付き合ってくんね? 今から三人でワープするから万が一のフォロー役で」
大丈夫なの村長さん? ワープってジャンプする分腰にくるんでしょ?
「距離と人数的にギリ大丈夫な範囲だ。つーわけでキエちゃん。愛弟子もう少し借りてくぜ」
「じゃあ儂も連れて行きな。そろそろ昼市じゃ」
「腰の為なら安いもんだ。ほれ並んで並んで。行くぞ。つぇーい!」
僕らは村長に合わせて同じポーズでジャンプした。
◇ ◇ ◇
「ぱもっと……‼」
中央広場に嫡子た瞬間、村長が●ケモンの名を呼びながら杖にしがみついた。
急いで肩を貸そうとするも、「大丈夫じゃ」と村長は言いながら、ゆっくりと時間をかけて上体を起こし、杖をつき直したのだった。
「いやはや、何とか持ち堪えたが、今日はちと調子悪いのう。先日のように王都へ遊びに行くのは当分無理じゃな」
村長ワープは、飛距離と移動重量が多いほどより高くジャンプする必要がある。その特性を踏まえると四人+椅子+マンドラゴラ瓶+野菜を乗せた荷台は流石に負荷が強すぎたようで、今日の調子でひとふた山先の王都へワープしたら確実に壊す。
本人もそれはよく理解しているようで、
「あー、ダメじゃ。薬出来たらさっさと帰って今日は大人しくするとしよう」
と、ため息を吐いたときである。
「あー。村長さんと、たっくんさんと、ノエルおばあちゃんだー」
買い物カゴを持ったリコちゃんがとことこ寄ってきた。遅れて「おー……」とコウくんも現れる。
リコちゃんコウくんこんにちは。これから買い物かい?
「そうなのー」
彼女が返答しつつ買い物カゴから取り出したメモの切れ端には、異世界のホウレン草〝ホウェン草〟が書かれていた。
「今日は栄養満点のシチュー、お母さんと作るのー」
そう言って彼女は「頑張るのー」とホウェン草をカゴにしまうと、コウくんと一緒に踊り出したのだった。
リコちゃんは二ヶ月前、弟くんが産まれてお姉さんになった。以来赤子の世話に追われるお母さんのリィネさんの家事代行を積極的に努めているのだが、故に表で遊ぶ姿を見かけることはめっきり少なくなった。こうした買い物代行で会うには会うが、やはり寂しいものがある。
なので僕は、
そっかぁ。
美味しくできると良いね。
「作るー」
「おーい、たっくーん」
あ、エっちゃんだ。
リコちゃんとの対話に区切りがついたところに名を呼んできた東通りに目を向けると、同居人にして異世界転移の先輩・エっちゃんが大きな籠を背負って歩いてきていた。
彼女は〝キノキョ〟を主体に山菜の収穫を生業としている。前までは狩りもしていたが、ミノタウロス騒動が落ち着き、偵察に専念していたユイねぇさんが狩人に復帰してからは辞めたと言っても過言ではない。
おかえりエっちゃん。キノキョはたくさん採れたかい?
「今日はそれなりに採れたよー。ほれ」
と、彼女が下ろした背負いカゴには、キノキョがたくさん敷き詰められていた。
わぁすごい。こんだけあるなら急いで陳列しないとね。野菜並べたら手伝うよ。
「ありがとー。ところでこれなにー?」
ズボッ。
えっ?
なんとエっちゃんは、事前確認もへったくれもなく、マンドラゴラを抜いてしまった。
「キャッ?」
これにはマンドラゴラも予想だにしてなかったそうで、引っこ抜かれてから3秒間もエっちゃんと見つめ合っていたのだが、
自身が日の下に晒されたと理解するや否や、大気を劈く絶叫を上げたのだ。
「キャアアアアアア──!」
「うるせぇぇぇぇえぇえええ‼‼‼‼‼‼」
結果、アラールのマッチョッチョの怒声に悲鳴は掻き消され、僕ら共々吹き飛ばされて、地面を転げ回ったとさ。
あ。
漸く回転が止まり、なんとなく首を動かした折に視界の隅に見つけたマンドラゴラは、自尊心を打ち砕かれた表情で絶命していた。
首の位置を戻し、満天の青空を見上げながら、あることに気付く。
……あぁ、そうか。
一瞬でもマンドラゴラの声を聞いて死ななかったのは、マッチョッチョで慣れてたからなんだね。
2ヶ月ぶりの再開です。
今日から最終話まで毎日投稿しますのでよろしくお願いします。




