第80話:三者面談よ【〃】
前回のあらすじ!
桐山家で勉強会。
三者面談当日──。
図書室で時間を潰してから教室を目指していると、ちょうど昇降口からじいちゃんが出てきたところに居合わせた。
「おう竹太郎、入学式以来だな。永利ちゃんと元気してたか?」
バッチグー。
四か月ぶりに斜め55度傾いて元気を表現してみせれば、じいちゃんはへらへら笑う。
「んふふはは。相変わらず体幹ぶっ壊れてんな。とりま、さっさと教室に行くか。ちと時間ギリギリになっちまったい」
スマホを開くと時刻は面談開始五分前。歩きながら訊くところ、新幹線改札口が混み合ってて且つタクシーが中々捕まらなかったらしい。
「あら木下くん。今から三者面談?」
教室前に差し掛かったところで志桜里さんとお母さんらしき女性に会う。日程の合う生徒を優先としているので、出席番号順の面談ではないのだ。
あ、志桜里さん。今終わったの? お母さんこんにちは。木下竹太郎です。
「こんにちは。志桜里の母です。娘がお世話になっております」
「寧ろ私が世話してる方なんだけど」
違いない。
「ところで……──、すいません木下くんのおじいさん? でしょうか。何処かでお会いしたことあります?」
「入学式の体育館でね?」
「……それもそうですね。ごめんなさい。失礼しました」
お母さんはぺこりと一礼して、志桜里さんを連れて去っていった。
なんだったんだろうね? と話しながら教室に入ると、今度は遥ねーちゃんと並んで座る薫先生が「えっ」と何か衝撃を受けて、じいちゃんが「どしたい?」と心配する。
「ああ、いえ……──、どうぞお座りください」
薫先生は気を取り直して着席を促すが、やっぱり何か気になるようで──、
「……あの、すいません。ちょっといいですか?」
「んー? なんだい先生?」
じいちゃんの返事に、薫先生は意を決した様子で頓珍漢な質問をした。
「もしかして貴方、先々代内閣総理大臣・木下竹雄殿ではありませんか?」
えー?
じいちゃんが、元内閣総理大臣?
真に~?
「あら、分かる?」
真だった。
「分かりますよ! いやはや、まさかこうしてお礼を言える機会が訪れようとは……! 実は私一浪してまして、大学に落ちた以上、下の兄弟に受験費回したいと再受験を諦めかけていたのですが、木下殿の制度のお陰で翌年無事合格できたんですよ! その節は本当にお世話になりました……!」
「ああ、〝受験支援制度〟ね。そりゃあ、誰しも再受験できる程金銭的余裕があるとは限らんし、一度ポシャったら泣き寝入り、なんて先の長い若者には自尊心へのダメージデカいだろうからなぁ」
「あと、その制度に含まれていた『予備校への学費・再受験費は政府全額負担とする』。あれも本当に助かりました……! なんでも、それを実現するために予算案で凄まじい舌戦を繰り広げたとか……!」
「オレぁ駄弁って言い包めることが取り柄だからなぁ。最終的にオレの年収3割削りで納得させたったわ。へっへっへ」
「自腹だったんですか事実上の?」
「生涯使い切れねぇ分持ってたって仕方ねぇだろう。この子が路頭に迷わん分があればそれで十分だ」
得意気にふんぞり返ってじいちゃんは、僕の頭に手を置いた。
じいちゃんって、凄い人だったんだね。
「なんだ木下くん。おじいさんの現役時代を知らなかったんです?」
だって、見たことないんだもの。ね、遥ねーちゃん。
「木下さんが引退したときだと……竹太郎たちは二歳そこらですね」
「あぁ、なら当然ですね」
それに──、
「それに?」
みんなにとっては総理大臣でも、僕にとってはじいちゃん以外の何者でもないもの。
「このスタンスが本当にありがたいんだわ」
じいちゃんは再び、僕の頭に手を置いた。
「主任、主任。そろそろ……」
「あぁ。いい加減始めないとですね。すいません長話してしまって。成績の話に入らせてもらいます」
「おう。よろしく頼んます」
じいちゃんが頭を下げるとともに、三者面談が始まった。
◇ ◇ ◇
終わった。
「おぅい、竹雄」
ありがとうございました。と教室を後にし、じいちゃんと談笑しながら廊下を歩いていると、昇降口隣の自販機スペースからエっちゃんと、彼女の祖父・永治郎さんが手を振っていた。
「あら永治郎じゃない。麦茶なんか飲んでどったの?」
「いやなに。面談が終わったら出先でエリーさんを拾って外食しようって計画しててね、君もどうだいって話さ。どうせ今日はうちで泊まるんだ」
「お、いいね。つーかそうなら事前に教えててくれよ。電話とかでさ」
「それは無理な相談だ。今エリーさんに電話して決めたんだもの」
「この野郎」
「おや……? そこの御二方の御姿──」
と、祖父二人のしょうもない寸劇を、エっちゃんと〝いっせっのーせ〟で遊びながら眺めていると、茶髪の大柄和服オジサンがじいちゃんをじっと見ながら寄ってきた。
その後ろには、ひな鳥のようについて歩く茶之助くんの姿。
ということは、大柄和服オジサンは茶之助くんのお父さんだ。
「やはり木下殿に桐山殿だ。いやはやお久しぶりですな」
「あ、その顔……新田くんじゃない。12年ぶりだね。元気してた?」
「おかげさまで。12年前の首脳会談にお茶会にご指名頂いてから、会談の度に機会を恵んでいただけるようになりまして」
「新田くんの点てるお茶が一番美味いし飲み易いからな。竹雄の時代以降も呼ばれてるのは新田くんの努力の賜物だよ」
「ありがとうございます桐山殿。そう言っていただけて恐縮です」
じいちゃんたちとオジサンが懐かしき再会に会話を弾ませていると、茶之助くんはこちらを一瞥してきて、スススっと距離を詰めて話しかけてきた。
「なぁ木下、おまえのじいちゃん何者なん? 首脳会談なんて言ってっけど」
11年前の内閣総理大臣らしいよ。すごいね。
「おま、他人事だけど超大物じゃん! うわ、総理とか初めて見た!」
「あらキミ新田くんの息子くん? サインいる?」
「荷物になるので結構です」
「少しは悩めよ」
「茶葉丸のお父さんは、何をしてる人なのー?」
「躊躇なく割り込んできたな。先祖代々続く茶道家だよ。言ってなかったっけ?」
「どっかで聞いた気がするー」
何話だったかなぁ?
「木下はなんの話?」
理事長の髭が今日もダンブルってたなぁって話。
「絶対言ってない」
「儂の髭がダンブルだって?」
「うわぁい」
茶之助くんが飛び退く。噂をすればなんとやら。丸刈りダンブル●アこと理事長本人が彼の後ろからこんにちは。
「ダンブルとは最高の誉め言葉だぜ少年二人。なにせハリ●タ見て真似し始めた髭だからな」
直接作品名言うのはやめなよ理事長。訴えられるよ。
「そっすよ理事長。伏字が伏字の意味を成してないっすよ」
「突然梯子外すじゃんこの生徒二人」
「おう竜彦。相変わらずの電球みたいな丸刈りだな」
じいちゃんが割って入ってくる。理事長の下の名前竜彦なんだね。
「電球じゃなくて太陽って言え竹雄! 安っぽいんだよ!」
「なんだてめぇ? 白熱電球を実用普及させるに改良したトーマス・エジソンが安いってのか、ああん?」
「そこまで言ってねぇよ! チクショウああ言えばとんだ角度から言い負かしてくる‼」
仕方ないよ理事長。じいちゃんは現役時、保守派の与党を言い包めたっていうもん。
「おお木下くん、竹雄の現役知ってたんか。〝就学革命〟のことだろ? ニュース見たとき、やりやがった! ってゲラゲラ笑ったもんよ!」
「ところで仕事はいいのかい竜彦? 仮にも理事長だろう」
「そうですよ亜如殿。サボったとなると大の大人が恥さらしですよ」
「まぁまぁ永治郎に一佐ちゃん、仕事は区切り付けてきてるし、折角だし写真撮ろうや。はい、ギャルピース☆」
「ピース☆」
しれっと茶之助くんのお父さんの名を明かす理事長のシャッター宣言に、じいちゃんたちはノリノリでギャルピースを決める。
三匹のジジイと一匹のオジサンがギャルピースで自撮り棒を駆使する姿は割と気持ち悪くて笑った。
「いたいた。木下さ~ん」
するとそこへ、今度は遥ねーちゃんが早歩きで現れた。
高く掲げられた右手には、定期入れが握られていた。
「椅子の下に落ちてたんですよ。いやー間に合って良かった」
「あらありがとね遥ちゃん。帰りの切符、当日券で買い直すとこだったわ」
「切符くらい買い直しなよ元内閣総理大臣。経済回しな」
「オレは庶民派なんだよ永治郎。新幹線の切符って高いんだぞ」
「そんなことより木下さん」
「そんなことで済む値段じゃないんよ遥ちゃん。なんだい?」
「ずっと思ってたんですけど、出会った頃と髭が大分伸びたけど、なんか理由とかあんですか? 全然切ってる様子ないから、なんか気になって」
「そういや竹雄、現役のときはずっと剃ってたもんな。何か心変わりでも?」
「確かに……お会いする以前のテレビでも、常に剃っていましたな?」
「その髭、儂の髪に寄越せ──ぎゃあデコピン‼」
痛みに悶絶する理事長先生を差し置いて、訊かれたじいちゃんは遠い目をして答えた。
「ダン●ルドアに憧れたのよ」
だがしかし、じいちゃんの髭はバチンコストレートだった。
──ひげもじゃ、じゃないね。
──さようなら。憧れのサンタクロース。
──やーい理想に見限られたおとこー。うわてめっ髭バサミやめろって‼
81話から最終話まで毎日投稿するべく更新を無期限停止とさせていただいます。それまでお待ちいただけたら幸いです。
それでは、せーっの
脳 み そ 溶 け ろ




