第79話:テス勉よ②【〃】
前回のあらすじ!
テスト期間迫る。
「ただい、わぁ」
エっちゃんが玄関の取っ手口に手を掛けようとしたそのとき、一手速く向こう側から戸が開けられた。
玄関の内側には、エっちゃんのお爺ちゃん・永治郎さんが立っていた。
「わー。爺ちゃんだー」
「おやお帰り。驚かせてすまんかったな。エリーさん、永利たちが返ってきたよ」
永治郎さん、どっか出かけるの? 車の鍵持って。
「ちょっとスーパーにね。トイレットペーパーを買い忘れたそうなんだ」
それは死活問題。
「ところで、後ろの子はご友人かな? 初めまして、私は桐山永治郎と申します。孫がお世話になってます」
「……あ、えと、初めまして。大谷志桜里です。本日は勉強場所のご提供、ありがとうございます」
「若者たちの将来に役立つなら易いものさ。それじゃ、私はこれで。今日のトイレットペーパーは特売なんだ」
「あ、すいません。最後に一ついいですか?」
「どうぞ」
「私たち、何処かでお会いしたことあります?」
「? いや? 今日が初対面の筈だと思うよ。会ったとすれば、トイレットペーパーを持ってスーパーのレジに並んでたとかじゃないかい?」
「トイレットペーパー推し激しいな。すいません、妙なこと訊いてしまって」
「構わないよ。では今度こそ、私はここで」
永治郎が手を振りながら自宅向かいの駐車場に消えてった頃合いを見て、エっちゃんが志桜里さんに顔を近付ける。
「しおりん、急にどしたのー? ナンパ?」
「誰が枯れ専よ。いや、なんか聞いたことある名前だったのよ。永治郎さんだっけ? 何処で聞いたっけなぁ」
不思議なこともあるもんだね。
とにかく、ナンパでもなんでも早く勉強しよう。時間が勿体ないよ。
「私に既婚者趣味はないっての」
「婆ちゃん、ただいまー」
「聞きなさいよ」
志桜里さんの反論を後ろから浴びつつ玄関を潜ると、ちょうどエリーさんがお茶菓子を持って廊下に出てきたところだった。
「おかえりなさイ、エイリにタケタロウくん。それと初めましテ。ワタシはエリーと言いまス。以後お見知りおきヲ」
「大谷志桜里です。突然の勉強会を許可してくださり、ありがとうございます」
「これはこれはご丁寧ニ。おやつを摘まみながら心ゆくまで励んでくださイ。エイリをよろしくお願いしまス」
「全力を尽くさせていただきます」
「あぁ、それと──」
「それと?」
「永治郎さんの心は、もうワタシのものですのデ♪」
「誰か助けて」
茶番も程々に僕たちエっちゃんの部屋に入り、教科書類をちゃぶ台に広げる。
ほんじゃ始めよう。先ずは数学だよね。
「その次は英語に国語ね。社会と理科は最悪暗記でどうにかなるわ」
「じゃあ、わたしはゲームを準備しよう」
なんてほざいてテレビに近付いていくエッちゃんを、志桜里さんに海老反り固めしてもらっている隙に全コントローラーをエリーさんに預けに行くと、「ワタシからも一言言いましょう」と部屋までついてきた。
「エイリ。友達と勉強会を宣言した以上、区切りがつくまでお勉強すべきデス。当然息抜きは必要ですが開幕から遊ぶはおバカさんデス」
「でも婆ちゃん。わたしは……、みんなと勉強するより遊びたいです!」
「断言しやがったわよこの子」
最初からそっちが目的か。
「でしたら、ワタシが見ていましょう」
突拍子のない宣言と共にエリーさんは部屋に居座ると、ちゃぶ台脇に置いていたお茶菓子を乗せたお盆を手元に引き寄せる。
「今から勉強に関係ないことをした人はお菓子を一つずつ没収します。三つ取られたらゲームオーバーです」
「そんな‼」
「おっと巻き込まれてるわね私たち」
とんだとばっちりだ。
「仕方のないことなのでスお二方。前に見た学園ドラマでも、図書室で騒いだ連帯責任に全員ハリセンパーンされ、主犯は完膚なきまで叩きのめされ退場しましタ」
その学園ドラマ、コメディだったりしない?
「創作ならともかく、現実ではアウトですよ?」
「だからお菓子没収にしたんでス。これなら暴力を行わなくて済みまス」
「ならいいか。ほか桐山さん。遊びたいならとっとと終わらせるわよ」
はーい……、と渋々ながら、エっちゃんがやっと勉強道具一式を揃えたのを皮切りにテスト勉強を始める。
が、五分経過した辺りで、彼女は変顔をして遊び出した。自身の顔がエリーさんから見えない席だからってやりたい放題である。
しかし祖母は強かった。
「エイリ、一口羊羹没収でス。変顔で集中欠くのはギルティでス」
なんとエリーさんは、エっちゃんの真後ろに座しているにも関わらず、彼女の悪ふざけを看破してみせたのだ。
「どうしてわかったのー⁉」
「窓にうっすら反射しています」
あ、ホントだ。
「桐山さん。貴女鼻穴大きくしてたの筒抜けだったみたいよ」
「やだー‼」
「だったらちゃんとやりなさいよ。お菓子ゼロは嫌でしょ」
「ぶー!」
不満を漏らしながらも、エっちゃんは素直に勉強を再開する。
けれど、やっぱりふざけたい彼女は、三分と経たずに、何処からともなく綿棒入れとダルマを用意すると、
──スッ。
「アアアアアア‼‼‼‼‼」
容赦なく一口栗まんじゅうを没収したエリーさんに、必死に弁明を図る。
「待って婆ちゃん! この綿棒入れとダルマの行く末次第で没収を撤回してください!」
「ほウ……良いでしょウ。見せてみなさイ」
「ありがとう!」
エっちゃんはいそいそと綿棒入れの中身を一旦全部ちゃぶ台に豪快にぶち撒け、容器に向かい合った穴を二つ開けると、そこに輪ゴムを通し、ダルマの片目に被さるように取り付けて、ちゃぶ台の上に乗せた。
「飛び出した片眼鏡」
エっちゃんのお菓子は全て没収された。
無慈悲に立ち去るエリーさんにただ崩れ落ちて言葉にならない嗚咽をぶち撒ける彼女の姿は実に間抜けだった。
「──……ハァ……」
するとそこへ、呆れを交えたため息をついた志桜里さんが、残された僕と彼女の分のお菓子に近付く。
どうやら、考える事は同じらしい。僕も志桜里さんに続いてお菓子を一つ取り、未だ泣きべそをかいているエっちゃんを起こしにかかる。
「桐山さん」
「んえ?」
涙でぐしゃぐしゃなエっちゃんの前に、僕と志桜里さんはそれぞれお菓子を一つずつ置いた。
「──これ食べたら集中するわよ」
「…………ありあとぉ。でも……」
「でも?」
「わたしが二個貰ったら、二人が一個ずつ食べ損ねちゃうよ? 三個だったのが、二個しか食べれないよ?」
「でも、三人とも二個ずつは食べれるわよ?」
「……ほんとだぁ」
エっちゃんは、にぱっと笑った。
これがホントの三方一両損。
「誰が上手いこと言えと」
志桜里さんのツッコミもそこそこにお菓子を美味しく頂いた僕らは、麦茶をずずっと飲み干して、勉強に戻った。
それからのエっちゃんは、最後まで私語を挟まなかった。
◇ ◇ ◇
そして、テスト結果発表当日──。
今日の結果次第で、予定通り共に帰省できるのかが決まる。
エっちゃん。どうだった……?
おそるおそる訊いてみて、振り返ってきた彼女の顔は──
とても晴れ晴れした笑顔だった。
「ブイッ!」
「となったところでちょっといいかしら?」
「しおりん、どしたのー?」
「どうもこうもよ。桐山さん──、貴女政治家の孫だったの?」
えー?
「どゆことー?」
「実は昨日、桐山永治郎さんって知ってる? ってお母さんに訊いてみれば、私たちが二歳なってるかどうかで任期満了と同時に活動引退した当時の官房長官だって話なのよ。どっかで聞いた名前だったからびっくりしたわ」
「へー。爺ちゃん、政治家だったんかー」
「知らなかったの? 御爺様の仕事」
「だって、物心ついた時には、もう官房長官? じゃなくて、爺ちゃんだったからー」
「なんとなく言いたい事分かるの腹立つわね」
そんな二人のワチャコラを眺めながら、僕はエっちゃんの祖父に想いを馳せる。
いやはや。まさか永治郎さんがそれ程の大物だったとは。当時と今は違うといえど、解散芸がお約束となっている政治界隈で任期満了まで役目を全うしただなんて、とんだ大物が身近に潜んでいたものだ。
と、感銘を受けたところで、僕はある疑問を抱く。
となると、その永治郎さんと知り合いの僕のじいちゃんはいったい何者だろうか?
まぁ、いっか。
誰と仲良しだって、じいちゃんはじいちゃんだ。
さぁ、残すは三者面談だ。
区切り悪いので明日18時も投稿します。嬉しいね。
それでは、せーっの
脳 み そ 溶 け ろ




