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第75話:パムよ【〃】

前回のあらすじ!

イヌスケ、動物病院から逃げる。

 おばあさんとヤサ宅、畳の部屋にて──。

 豊野と名乗ったおばあさんは、僕らに麦茶を振舞ってからパソコンを立ち上げ、携帯を手慣れた手付きでフリック入力する。


 野中さんは卓袱台に出された麦茶をぐいっと呷ると、相変わらずの爆速で携帯を弄る豊野さんに口を聞いた。


「豊野さん。先程、お孫さんの行方不明のパム? とイヌスケが酷使してると言ってましたが、詳しく聞かせてくれませんか?」


 ふむ……、と豊野さんは縁側でヤサとじゃれるイヌスケを一瞥して答える。


「ピムは三ヶ月前、動物病院から逃げ出したそうでね。SNSで呼びかけたりと必死だそうじゃ。そこへ偶然にもビデオ通話やお盆帰省で会っているヤサの前を通りかかったから思わず捕まえたんじゃろう」


 それで首根っこ咥えて拘束していたわけだ。色々と納得がいく。

 訊けば、イヌスケ則ちお孫さんの実家は五駅も離れた隣市にあるそうで、僕らが普段行こうと思わない場所だった。しかも怒弩寿琥(どどすこ)は僕含めて誰一人としてSNSを使っていないから、お孫さんが幾ら情報拡散力のあるSNSを駆使したところでこちらは気付きようがなかったわけだ。


「ほれ。そうこうしてたら孫と連絡が付いたぞ。プムだかイヌスケを連れてきんさい」


 豊野さんはパソコンをビデオ通話状態にして、イヌスケを抱きかかえた野中さんを隣に招く。

 程なくして画面に野中さんと歳が近そうな女の子が映ったと思えば、女の子は耳を劈く声量で愛犬の名を泣き叫んだ。


『パムちゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあああああん‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼』


 羊羹が卓袱台から吹き飛んだ中、豊野さんは顔色一つ変えずに話しかける。


「これ乃子や。ちょいと落ち着きんさい。近所迷惑じゃ」

『だっで、だっで! パムかも知れない子が今おばあちゃんの隣に居るって言うんだもん! 落ち着いてられないもん‼‼‼‼‼』


 乃子と呼ばれた女の子はそれでも大騒ぎ。


「じゃあ落ち着かんくてええから画面見てんさい。ほれ俊生、移りんさい」


 そう言って豊野さんは、パソコンの画面を、凄まじい声量にたじろぐ野中さんとイヌスケに向けた。


「こ……、こんにちは」

『…………』


 お?

 乃子さんは無言のまま微動だにしないが、視線はイヌスケに向いている。一体どうしたというのか?


『……だ』

「? なんて?」

『本物だ』

「うん?」

『本物のパムちゃんだ……‼』


 乃子さんは絞り出すように声を出すと、安堵の表情で滝のような涙を流した。

 どうやら、画面越しでも愛犬と再会できた喜びで、一周回って頭が冷えたらしい。

 そこへ豊野さんは横槍を入れる。


「待ちんさい乃子や。もしかしたらペムと瓜二つの別犬でもおかしくないんだ。先ずはポムの癖とか言い合ってみんさい」

『パムだよおばあちゃん。でも、おばあちゃんの言う通りだ。えーっと……俊生さんもそれでいいですか?』

「あ、野中俊生です。それで構いませんよ」

『では始めますね。それじゃあ……帰宅すれば玄関まで出迎えてくれる』

「やってますね。なら構ってほしいとき、うだうだお腹を見せてくる」

『してます、してます。他には……寝転がってると顔を舐めてくる』

「合ってる。でしたらドッグフードをあり得ない箇所に引っかける!」

『特に頭頂部!』

「そう!」


 二人の照らし合わせはヒートアップしていく。僕と仏くんと豊野さんは疾うについていけておらず、三人でお茶を啜り、羊羹を摘まみ始めたとき、野中さんが「待った!」をかけた。


「段々思ってきたが、特徴にしては弱い感が否めないからよ、もっとこう、こいつ以外ありえねーってやつねぇか? 例えば……特定の場所でのみやることとか」

『あ。でしたら動物病院はどうですか? そこに行くとパム、凄いことになるんですよ』

「ああ、なら一斉に言わねぇか? 内容ハモる自信あるぞ」

『奇遇ながら私もです。ではいきますよ。せーのっ』


「『動物病院を前にすると、世界中の憎悪を集めた顔で野生の力を解放して逃げる』」


 二人はガッツポーズを取った。乃子さんに至っては画面の中で雄叫びを上げている。

 とにかく、これで確定だ。

 イヌスケ()パムだ。


『それじゃあ、早速ですが住所教えてください! 明日にでも迎えに行きますので‼』

「え」


 が、乃子さんがそう言った途端、野中さんは明らかに狼狽したのだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。明日?」

『え、はい。……あ、もしかして都合悪いですか?』

「いや、そうではないけど……えぇ、明日かァ……」


 野中さんは、今までにないくらい狼狽えている。

 ここは助け舟を出した方が良い。


 乃子さん、乃子さん。野中さんには弟さんがいるんだよ。


『弟さん? ……あ』


 乃子さんは何が言いたいのか、それとなく察してくれた。

 仮に野中さんが覚悟できているからって、弟さんも唐突に別れる覚悟が決まっているとは限らないのだ。


 野中さんは気が優れない面持ちで暫し押し黙った後、ようやく口を開いた。


「……すいません、豊野さん」

「なんだい? 俊生くんや」

「ちょっと孫娘さんと二人でやり取りしたいです。別の部屋使わせてくれませんか?」

「ええよ。ついてきんさい」


 パソコン持ってきな、と先行して部屋を去る豊野さんの後を、パソコンのコンセントを回収した野中さんが追いかける。


「すまんお前等、ちょっと待っててくれ」


 曇りガラス戸がたん、と閉められた。



 ◇ ◇ ◇



「終わったぞ」


 部屋を出て行ってから十数分後──、野中さんが戻ってきた。

 彼の纏う只ならぬ雰囲気に、庭でヤサと戯れるトンカツくんを見ていた仏くんが一瞬言葉に詰まらせながら「どうでした?」と尋ねると、表面上は冷静だがどこか重々しい声で野中さんは答えた。


「明後日会うことになった。明日いきなりお別れは俺の家族に酷だろうって」


 そうですか、と返す仏くんから野中さんは視線を外し、今度は豊野さんに頭を下げる。


「豊野さん、今日はありがとうございました。話し合いも終えたことですし、お暇させてもらいます」

「ほうか。帰り道は分かるか? タクシー呼ぶか?」

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ほら、お前等も」


 彼の言葉に尻を叩かれ、遅れて謝辞を述べてから、玄関に向かう。


 ありがとうございました、と豊野宅を去り、しばらく無言で歩く。


 乃子さんとのやり取りを終えてから野中さんは〝心ここに非ず〟だった。故に僕らは妙な気まずさを覚えながら後ろと歩いていて、気づいていないのはイヌスケくらいだ。


 そんな中で、野中さんが「イヌスケ」と足元の子犬の名を呼んだ。

 彼からの呼びかけに、「イヌ?」とイヌスケは応じる。



「お前がどっちを選んでも、俺は尊重するからな」



 そう答えた野中さんの顔は分からなかったけれど、彼の背中は酷く小さく見えた。



 ◇ ◇ ◇



 不思議だな、と夜の布団の中で腕を組む。

 イヌスケの飼い主が見つかった。家に帰る目処もたった。それはとても嬉しいことなのに、どうして心は霧が立ち込めたかのようにモヤモヤしているのだろう。


 こうなったのは、うら悲しそうな雰囲気を纏ってやり取りから戻ってきた野中さんを見てからだった。

 二匹の猫を飼っている彼は率先してイヌスケの面倒を見ていたし、「愛する家族の元へ返してやりたい」と積極的に迷犬ポスターの張り替えだってしていた。


 だというのに、彼は喜ばしいどころか悲しいというのか。


 僕は動物の友達はいるが、家族になったことはない。だから動物と暮らしている野中さんの気持ちを想像するのには限界がある。かといって、他人事でしかない批判報道に当事者面で腹を立てる人のような真似はしたくない。


 では結局、このモヤモヤは何か? その答えにはいくら頭をこねくり回しても辿り着けそうにない。

 堂々巡りになってきたところで腕を解く。これ以上考えると朝に響いてしまう。明日だって早いのだ。


 おかしな話があるものだ、と結論付けて、僕は遊びに来といて寝落ちたエっちゃんの布団をかけ直してから意識を手放し、踊る作物が待ち受ける異世界へ飛んだのだが、それはまた別のお話。

次回は7/8(土)朝7時投稿です。御一読していただけたら幸いです。

それでは、せーっの


脳 み そ 溶 け ろ

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