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第74話:やさいよ【〃】

前回のあらすじ!

イヌスケのドッグランデビュー。

 ドッグランから逃げた帰り道にて──。


「いやはや野中さんとイヌスケさん、衝撃のドッグランデビューでしたね」

「全くだ。しかも爆発で地面が吹っ飛んで、当分閉鎖するんだってんだからな。修繕費はクロサイが受け持つそうだが」


 でも、怪我人も怪我犬も出なくて良かったね。


「暴走族方も暴走から足を洗うそうですよ。バイクも爆発でお釈迦になって懲りたと」

「それがいいよ。ああいうのは痛い目見ないと分かりっこねぇからな」

「イヌッ」

「カツッ」

「トンカツくんもそう思いますか。きみは聡明ですからね」

「それほどでもないヌ」

「喋った今?」

「イヌイヌイヌ」

「気のせいか」


 今日は早く寝るかな、と野中さんは後ろ頭を掻いた。


 じゃあ野中さん、今日はもうこのまま帰る感じ?

 僕は訊くが、しかし「いんや──、」と野中さんは首を横に振る。


「この後もう一件行きたいとこがあんだ。爆発もあったし、疲れたんなら解散するが」


 折角だし付き合うよ。仏くんは?


「構いませんよ。トンカツくんも歩き足りないでしょうし」

「なら話し相手頼むぜ。それと仏、ちょっと耳貸せ」


 野中さんは仏くんを手招きして耳打ちすると、「了解しました」と仏くんは言って、今度はトンカツくんの垂れ耳をぺろんと捲ってこしょこしょこしょ……。

 僕も耳に手を添えて伝言ゲームに備えていたのだが、


「残念ですがトンカツくんで打ち止めです」


 僕とイヌスケには内緒の話かい?


「着いたら分かる」


 早く行くぞ、と野中さんの声に引っ張られ、曲がり角を暫く進んで行くと──あぁ、なるほど。行き先を言い出さなかったのも納得だ。


「さぁイヌスケ。動物病院に入ってもらうぞ……‼」


 立て看板を認めた瞬間イヌスケは、顔面に世界中の怨念を凝縮させて、内なる野生を解放した!



「アワーーン‼‼ ギャウギャウギャウギャウグオォォオオオオオン‼‼‼‼‼‼‼」



「こらっ! イヌスケ、滅ッ‼ おまえの健康の為にも観念ちくしょう力強ェ⁉‼」


 イヌスケは脚に血管を浮かべるほど筋肉を膨張させて、あの……あれ……白い大型犬の如し怪力で野中さんをじりじりと引きずっていく。

 対して、トンカツくんはイヌスケを止めにかかる程に落ち着いている。きっと「動物病院行くけど関係ないからね」とか言われたのだろう。

 だがイヌスケは止まらない。眼前でとうせんぼうするトンカツくんを顔面で押していく勢いだ。


 それはそうと仏くん。白い大型犬と言ったら?


「恐らく〝グレート・ピレニーズ〟かと。にしても〝火事場の馬鹿力〟とは正にこのことですね」


 ねぇ。


「感心してねぇで手伝ってくれ! 拾った当日連れてったときからすげぇ嫌がんだ‼」

「そうなのですか? あの子」


 何も知らない野良犬猫と違って、明らかに一~二度連れてこられてる感じで拒絶してたんだって。だからもともと人と暮らしてたのが確定したの。


「それで里親募集を打ち切って、迷い犬枠に絞ったのですね」


 しょうゆうこと。


「答え合わせは後にしてくれ!」


 かしこまりかしこ。


「具体的にはどうしてほしいです?」

「取り敢えずイヌスケを持ち上げるかリード代わってくれ!」


 ういっとな。


「あ、でも後ろから近付かねぇと──」


「ガブリンチョ‼‼‼‼‼‼」


 あぴょーん‼‼‼‼‼‼


「忠告したが既に手遅れ‼‼‼‼‼‼」

「木下さん、止血ならこちらを。ここは私にお任せください」


 そう言って仏くんはのたうち回る僕の手にハンカチを巻いてくれると、イヌスケの前へ──。回り込まないで何か勝算はあるのだろうか?


「さあイヌスケさん。どうぞお手を拝借──」


「ガッサァ‼‼‼」


「ベラスッ‼‼‼‼‼‼」


 駄目でした。

 仏くんは差し伸べた左手を引っ掻かれてしまったとさ。


「アオォォオオオオオン‼‼‼‼‼‼‼」


 直後──、遂に「ぐあァッ‼」とイヌスケに引き倒された野中さんは思わずリードを持つ手を離してしまい、イヌスケはリードを引きずって逃げ出した! さながら人参を眼前にぶら下げられた馬の如き速度で。


「逃げました!」

「追え! 見失うな!」

「カァァァァァァァアアアアアツッ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」

「木下、電柱の住所表記憶えろ! 帰り道分からなくなるぞ! 入学直後テスト全教科満点と話題だったおまえの記憶力に任せたい!」


 はいほらさっさ~い。

 僕らはトンカツくんを先頭に、イヌスケの追跡を開始した。

 イヌスケは「イヌスケ止まれ! 車に轢かれるぞ!」と叫ぶ野中さんの制止を聴かずどんどん見知らぬ道を進んでいく。僕らだって全力で追いかけているにも拘らず、気を抜けば離してしまいそうな勢いだ。


「カッツ! ガブゥッ‼」

「おおっ‼」


 ここでトンカツくんが漢気を魅せる。イヌスケのリード端を咥えてみせたのだ。


「カァァァァァァァアアアアアツ……‼」

「グギィイ⁉‼‼‼‼」


 トンカツくんは重心を下半身に集中させて停止を試みる。走っているところへ急に後ろへ引っ張られたものだから、これにはイヌスケも耐え切れず速度が落ちる。


「今だ! トンカツくんに掴まれ‼」

「‼ ぺイッ」


 が、いざトンカツくんに跳びついたところで、トンカツくんは何を思ったのか咥えたリードを離してしまい、「なんで⁉」と僕らが地べたに這った隙をついて、イヌスケは瞬く間に目の前の十字路を真っ直ぐ超えていった。


 ──直後、自動車が僕らの前を横切った。

 このままトンカツくんがリードを咥えていたら、ちょうど十字路の真ん中で制止したであろうイヌスケを轢いていたかもしれない速度で。


「あっぶねぇ⁉ ワンチャン轢かれてたぞあれ‼」

「カツ……」

「謝らなくていいですよトンカツくん! 寧ろナイス判断です‼」


 君は一匹の命を救ったよ。でも……。


「だな……」

「ここからは手分けするしかないですね……」


 皆で滝のような冷や汗を流しながら、落ち込むトンカツくんを励ますが、しかし今度こそイヌスケを見失ってしまった。早急に見つけられるだろうか……?


「最悪夜までコースだな……」

「念の為、家に一報入れさせていただきますね」


なんて、一同揃って途方に暮れたときである。


「やさっ」

「イヌッ⁉」


 十字路を真っ直ぐ進んだ一つ目の右曲がり角から──、野太い鳴き声と、イヌスケの鳴き声が鼓膜に轟いた。

 二つの声は案外近い。発信源へと向かう。


 するとそこには、一軒家の門の向こう側から、なんとも『やさっ』とした白い大型犬がのっそりと、イヌスケの首輪を咥えて宙吊りにしていたのだ。


 異世界の双六『四五六』で出会った、食べた野菜が髪型となって再現される『やさいぬ』を『やさいぬ(菜)』とするなら、こちらは『やさいぬ(優)』に違いない。それほどに『やさっ』とした表情の犬だった。


「あ。木下さん、あれグレート・ピレニーズですよ。さっき話してた。私、実際に見るのは初めてです」


 真に~?

 こんなこともあるんですねぇ、なんて思わず始めた吞気な会話に訊く耳持たず「イヌスケッ‼」と野中さんはイヌスケを抱きしめる。


「ばかやろう! もう少しで車に轢かれるとこだったぞ⁉ 無事でよかった……‼」

「イヌゥ……」


 イヌスケも宙吊られている間に理性を取り戻したのだろう。野中さんの本気で心配していた人がするお叱りに、申し訳なさそうに耳をたたんで野中さんの顎まで伝った涙をぺろぺろ舐め取る。

 あの二人はそっとしておくとして、こちらはこちらでお礼を言っておこう。


「グレニーズさん。私たちの友人を止めてくださりありがとうございます。お陰で今生の別れとならずに済みました」


 略し過ぎて最早新種。

 でも、このままはぐれてたらどう転んでもおかしくなかったよ。どうもありがとう。


「やさっ」


 やさいぬはとても大らかな鳴き声で返してくれた。


「さてお前等。お礼は後日に改めるとして帰るとしよう。木下、帰り道はどうだ?」

「了解しました」


 バッチグー。

 野中さんとイヌスケが落ち着いた頃合いで、僕らはやさいぬに一礼する。

 いつかはやさいぬの名前を知りたいものだ。

 そう思いながら頭を上げると、ちょうどやさいぬの家から、おばあさんが出てきたところだった。


「やさー。散歩行くよー」


 ホントに『やさ』だった。


「おやおや? きみたち、見かけないなぁ。何処の子だい?」

「あ、隣町の者です。動物病院に行く途中で迷い込んじゃいまして」

「それは大変だったねぇ。良ければ儂が教え──て、おや? その子……」


 おばあさんは目に留まったイヌスケを徐に指差し、言った。



「行方知れずだという、孫のとこのポムとよく似てるねぇ」



「────え……?」

次回は7/1(土)朝投稿です。御一読よろしくお願いいたします。

それでは、せーっの


脳 み そ 溶 け ろ

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