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第73話:竜巻よ【〃】

前回のあらすじ!

「あそこから煙が上がってるわ!!」

 あ、野中さんとイヌスケだ。

 紫乃さんが小倉さんと再会した翌日の日曜日──。勉学の気分転換に散歩していたところ、同じく散歩している野中さんとイヌスケの後ろ姿を見つけた。


 しゃあっ‼

 僕はこっそり背後まで駆け寄り、野中さんのスキンヘッドすれすれに手刀を滑らせた。


「ふぉうっ‼」


 ──が、野中さんは気合いのかけ声に合わせて左手アッパーで手刀を掴むと、そのまま僕を前面に回して、

 ぐえぇー。

 ヘッドロックしてきたのだった。


 野中さんとイヌスケ、こんにちは。昨日ぶりだね。


「今日も元気だなおまえは。奎吾の野郎、しょうもねぇ遊び覚えさせやがって」


 そりゃあ……学校の廊下で会ったとき、野中さんの後ろに小倉さんが忍び寄って、スキンヘッドすれすれに手刀してたら、ねぇ?


「理由になってねぇんだよ。それはそうと気配消すの上手くなってんな」


 夢の中ならもっと上手く消せるけどね(〝敵意を向けられると姿が消える魔法〟は異世界に限った話であり、当然ながら現世では使えないのだ。テストに出ないよ)。


「今がレベル18/100なら夢の中だと何レべなんだ?」


 3141592653589793238462643──。


「円周率かな?」


 きっとそうさ。

 そうだ野中さん。小倉さんが連絡先貰ったって話聞いた?


「聞いたとも。名取だったか? 火事と勘違いした通報を受けて駆けつけてきた消防士相手に散り散りになった後で、連絡先交換してくれって頼まれたんだってな」


 結局のところ紫乃さん、人に見られてたから恥ずかしくて勇気を出せなかったみたいだね。教えてもらえて良かったね。


「イヌッ!」

「ハッハッハ。イヌスケも上手くいったことを喜んでら」

「イヌゥ……!」


 野中さんに頭を撫でられウットリしているイヌスケの顔を見ているうちに、僕も撫でたい衝動に駆られる。だが頭撫では現在野中さんが独占中だ。

 なので僕は、フリーになっているしっぽに触れてみた。


「シャアッ‼‼‼‼‼」


 瞬間──、普段の愛くるしい姿からは想像もつかない剣幕で威嚇されてしまった。

 どひゃあ。と尻もちを着いたところへ、僕は野中さんから忠告を受けた。


「おいコラ木下。イヌスケは尻尾を無許可で触られるのが嫌いなんだ。気ぃつけろ」


 そうだったのか。ごめんねイヌスケ。


「イヌッ!」


 イヌスケは赦してくれたようだった。良かった良かった。

 ほっと安堵する傍らで、僕はふと思う。


 考えれば僕は、イヌスケについて何も知らない。何処から来たのかも、何が好物で、どこをどう撫でられるのが好きなのかも。


 イヌスケは入学前の河川敷を流れてきた漂流者ならぬ漂流犬。随分遠くから流されてきたのか、街に張ってある迷犬情報ポスターも雨風に晒され痛んでいた。


 ちらり、とイヌスケを見やる。

 足元で野中さんにじゃれつくポメラニアンはとても楽しそうだ。それもこれも、飼主が終ぞ現れなかったので、仮住まいから正式に野中家の一員に迎えられたからだろう。ならば会えるのが休日に限られている僕や小倉さんよりも、家族たる野中さんのほうが遥かに目の前の動物を理解しているのは至極当然だ。


 なれば、自分もその域に達したいと思うのは、人の性だろう。

 野中さん、野中さん。


「なんだいなんだい」


 野中さんとイヌスケって、普段どんな場所をどう散歩してるの? 折角だから同行させてよ。


「俺は構わねぇぞ。イヌスケは良いか?」

「イヌッ」

「良いそうだ」


 わぁい。

 こうして僕は、イヌスケの散歩について行かせてもらえることになった。


 そこへ早速、見慣れた顔が曲がり角からこんにちは。


「おや? そこにおりますは木下さんと野中さんではありませんか」


 お寺育ちのような顔で実は神社の近所住まい、万年センター分けの仏顔・吉岡仏くんだった。


「お。おまえのその仏さん顔、前の朝登校で一緒に走ってたやつだな?」

「その通りですがところがどっこい。私の家はお寺ではなく神社の近所なのです」

「どうでもいいわ」

「カツ」


 お?

 イヌスケよりワントーン低い鳴き声に釣られて視線を下げてみると──、ブルドッグがしわくちゃの顔でこちらを見上げていた。


「ブルドッグのトンカツくんです。これからドッグランに行くんですよ」

「カツ」

「イヌッ」


 トンカツくんは梟よろしく首を45度回して、イヌスケに挨拶する。


「ドッグランか。奇遇だな。俺らも行く予定だったんだ。そっちも〝亜如ラン〟か?」

「ですますおすし」

「案外ボケるな。まぁそれはそうと、此処で会ったのも何かの縁だ。一緒に行くか」

「レッツゴー」


 かくして僕らは〝亜如ラン〟こと〝亜如箆莉野ドッグラン〟へと足を運ぶのだった。



 ◇ ◇ ◇



「シロンッ」

「クロッ」

「ガポスッ」


 郊外に位置する無料ドッグランには既に沢山の犬で賑わっていた。ドッグランは初めてだが、色々な犬種が多種多様な鳴き声で走り回っている。


 ちらりと足元の二匹を見てみると──、イヌスケもトンカツもそわそわしていた。

 訊くと、六月は梅雨の時期も相まって、散歩はすれど休日は家に籠りがちで、思いきり走る機会に恵まれずストレスを溜め込んでいたそうだ。家でも行える遊びでの発散も流石に限界だったとのこと。故に、


「イヌゥッ‼」

「カァァァァァァァアアアアアツッ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」


 リードを外されるなり二匹は、咆哮を上げながら地面を蹴って駆け出したのだ。


 イヌスケは途中で足を滑らせ転ぼうが一秒と経たずに再起し、トンカツくんは急角度のドリフト走行を同じ場所で繰り返して小さなハリケーンを発生させている。他の犬も大体似たような感じ。


 好きなだけ走れ、と許可を得た犬の走力は凄まじいものだなぁ。

 と、一人感心している中、一際存在感を放つドーベルマンが二匹に近寄っていった。

 このままではハリケーンに巻き込まれてしまう。慌てて止めようとすると、仏くんに肩を掴まれた。


「お待ちを木下さん。あちらのポリスくんは大丈夫です」


 でも、ハリケーンだよ?

 仏くんがそう言っている間にも、ポリスくんというらしいドーベルマンはハリケーンに接近していくが、


「ポリスッ」


 ポリスくんは地面を蹴って姿を消すと、次の瞬間にはハリケーンに穴が開き、ハリケーンが消えたと思えば、中からトンカツくんを頭に乗せたポリスくんが現れた。これには他の犬も驚きを隠せず思わず足を止めて注目する。


「カツ……?」


 地面に降ろされたトンカツくんは「何をするのだ?」と言わんばかりに首を捻ってポリスくんの顔を覗き込む。イヌスケにもやっていたが、どうやらあれがトンカツくんのコミュニケーションスタイル(という名の癖)なのだろう。


 そんなトンカツくんに、ポリスくんは犬語で話しかける。


「ポリポリス。ポリスポスポリス」

「カツ? カツカツカッツ、トンカッツ」

「ポスポスポリス。ポリスポリポリポッリポリポリス」

「カツカツトンカツ」

「ポリス」

「カツ」


 双方納得した様子で、二匹はドッグランの中心へと歩いていった。

 両者とも無事で、良かった良かった。

 そこへ「大丈夫だったでしょう」と再び仏くんが肩に手を置いてくる。


「ポリスくんは所謂(いわゆる)〝ボス(けん)〟でして。今見た通り、ハリケーンをも貫く卓越した身体能力と何事にも動じぬ精神力で御家族方から信頼されているのですよ。そして顔が良い」


 結局は顔なのか。


「生物である以上、生き様よりも面の善し悪しが先ず人を惹き付けんだよな。……お、何か始まるぞ」


 身も蓋もない結論を野中さんが出たところで、犬たちがドッグランの中央に集まっていく。当然イヌスケとトンカツくんもその中に混ざっていた。


 そこへ犬たちに中央へ集まるよう呼びかけていたポリスくんが最後に合流し、中心で自前のラジオを起動した瞬間──、全ての犬が後脚でスッと立ち上がり、一斉に踊り出したのだ。


 犬たちはラジオから流れる音楽に合わせ前脚を左右に振り上げ、〝ムーンウォーク〟と〝ゼロ・グラビティ(ぐーっと倒れてから起き上がるあれ)〟、その他諸々の華麗なダンスを次々披露していき、


「ポウッ‼‼‼‼‼」


 衝撃音と共に舞い上がった土煙を背景に、閉幕のポーズを決めたのだった。


 土煙を上げたのは郊外を牛耳る暴走族だった。フェンス前にクロサイが駆け寄ってきた辺り、暴れていたところを撥ね飛ばされたか、皆、目を回していて、


 ボッ──。


 バイクの山から火が上がった瞬間──、僕らは逃げ出したのだった。

バイク以外無事だった。


次回は来週6/24(土)です。よろしくお願いいたします。

それでは、せーっの


脳 み そ 溶 け ろ

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