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第71話:バロメッツよ【異世界Part】

前回のあらすじ!

エっちゃんの誕生日

「バロメッツ収穫だーーーーー‼‼‼‼‼‼‼‼」


 ちゅどーん。がんがらがっしゃーん。

 異世界での昼時──。

 いつものように村の中心広場で行われている昼市での買い物を楽しんでいると、不意に放たれたアラールのマッチョッチョの咆哮が、僕らと商品が入ったコインロッカーを吹き飛ばした。


 しかしマッチョッチョは構わず叫び続ける。


「フロルが収穫手伝ってくれって言っている! 手が空いてる奴は村外れのバロメッツに集合しやがれぇぇぇぇえええ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」


 そう言ってマッチョッチョは「ハァーーー‼」と西通りへ走り去っていったのだった。

 瞬間観測暴風雨が過ぎ去り静寂が戻るや否や、慣れた動きで昼市の修復を始めた頃合いを見計らい、僕はユイねぇさんに声を掛ける。


 ユイねぇさん、バロメッツってなぁに?


「なんだタケタロー。お前、バロメッツは初めてか」


 名前も聞いたことないね。


「そういえば前の収穫時期はまだ村に居なかったな。バロメッツはな──」

 と、ユイねぇさんが説明してくれようとしたところで、グラさんが口を挟んできた。


「ちょいとお待ちをユイねぇさん。どうせなら見てからのお楽しみにしましょうや」


 グラさんの意見に「それもそうか」とユイねぇさんは納得する。


「ということで、真相は自分の眼で確かめてくれ。見たいならばあさんに声掛けてこい」


 うーい。

 というわけでおばあちゃん。バロメッツ? の収穫、参加してきていい?


「んー?」


 倒された椅子を起こしていたおばあちゃんはゆっくり僕に振り向くと、起こした椅子に腰を落ち着け、ふーっと一息吐いてから、言った。


「何事も経験じゃ。畑は私に任せんしゃい」


 おばあちゃん。ありがとう。

 てなわけでユイねぇさん。僕も行くよ。


「そんじゃあ、ついてこい。こっちでーす」


 ユイねぇさんに連れられる形で、マッチョッチョに踏み抜かれた西通りへ入り、普段立ち寄らない馬牧場の更に西の方へと進んで行く。


 移動を始めてどれくらい経っただろう。名も知れぬ草花が地面から姿を消しつつあった辺りで、僕は細身のゆるふわパーマと相まみえた。


「やぁ、皆集まってくれたか」


 出迎えてくれたのはフロルさん。リコちゃん同様頭に角が生えている青年。草むしりに勤しんでいる姿が村の中で目撃されており、農家のおばあちゃんとやっている畑にもちょくちょく雑草を貰いに来ている。タイミングが合えば草むしりを手伝ってくれるからとてもありがたい。

 その彼にユイねぇさんが挨拶を交わす。


「おっすフロル。今回はどれくらい?」

「既に10体は運んだね。今は片付いてるけど、まだまだ増える見込み」

「それならさっさと始めてしまおう。今からじゃ急がないと日が暮れる」

「台車は既に用意してあるよ。場所はいつも通り僕の作業小屋に。それと──」


 二人は自然な流れでつらつらと計画を組んでいく。その様に僕は、二人の間にただの仕事仲間以上の雰囲気をなんとなく感じ取った。


 お二人さん。随分と距離近いけど、付き合い長いの?

 この質問に、ユイねぇさんが振り向いて答えてくれた。


「長いも何も、子どもの頃からの腐れ縁だ。フロルが越してきたのが……何年だ?」

「11年だね。ユイが当時9歳で、僕は12歳だった」


 あら意外。距離間的に、てっきり同い年かと。


「まぁ、年齢差は気にしてなかったからね。僕とユイは当時同じくらいの背丈だったし、僕は僕で地上の生活に慣れるので必死だったから」

「気付いた時には、今さら敬語もな……ってことで、相も変わらずタメ口なわけだ」


 そういうものかなぁ……。

 敬語基上下関係に厳しい日本育ちの性だろうか。当人たちは気にしていないようだが、歳の差でタメ口は傍から聞くとなんとも違和感があった。


「だったら訊くが。私らくらいの夫婦がいたとして、歳の差タメ(ぐち)気になるか?」


 あ。ならないね。

 ユイねぇさんの的確な例えに、歳の差タメ口を気にしていたのが、一気に馬鹿らしくなった。

 言葉ってすごい。


「そういうこった。つーか、私たちのことはいいからさっさと行くぞ。バロメッツの収穫は時間掛かるんだ。フロルはここで待って後発組出迎えとけ」


「よろしくねー」とフロルさんに見送られ、ユイねぇさんに足早についていくと、遂には荒野が見えてきて。



 そこには──、大きな大きなひょうたんの木が成っていた。


 そのひょうたんの一つがぱっくり割れると、中から羊が這い出てきたのだが、よく見たら尻尾がホース状になっていて、ひょうたんと繋がっていた。


「んめぇ〜〜〜」


 羊は一つ鳴くと、地面の草を食べ始めた。しかしひょうたんの木と繋がっているから思うように動けないみたいで、


「ンメェ」


 届く範囲の草を食べ尽くすや否や、羊はパタリと倒れ、眠ってしまった。


 ふふっ……。

 妙な虚しさに失笑しつつ、ユイねぇさんに訊く。

 ユイねぇさん。これがバロメッツかい?


 僕の問いに彼女は「これがバロメッツだ」と答え、続けた。


「フロルがこの村に来たての頃、散策中に見つけてな。普段立ち寄らない場所だから、フロルが見つけるまで生えてるのに気付かなかった」


 地元でも、興味がなければ近付かない場所ってあるもんね。

 ところで……あの羊、食べてすぐ寝たけど、血糖値スパイクでも起こり易かったり?


「触ってみ?」


 ユイねぇさんに促され、点眼で眠る羊の脈に触れてみて、僕は尻もちを着いた。

 なんと羊は、死んでいた。

 血糖スパイク、怖くね?


「だから早食いは良くないんだってそういう話じゃない」


 律儀にノリツッコミしてくれてから、ユイねぇさんは原因を教えてくれる。


「こいつらは尻尾と木が、言うなれば栄養が供給されないへその緒で繋がっちまってるから、届く範囲の雑草を食べ尽くしたら、また生えてくるまで堪えるか餓死を待つかの二択しか残らないんだ。今のように食料無くなったのに気付いてショック死するやつも稀にいる」


 儚いにも程がある。

 話を聞いて、特攻=自殺の爆弾キャラクターに複雑な気持ちを抱いた瞬間を僕は思い出した。この世に生を授かった生き物は皆祝福されるべきなのに、それでは生まれた瞬間から余命宣告を受けたも同然。先が見える生涯をどう楽しめと宣うのか。


「だからこそ、こいつらの生命を無駄にしない為にも私たちが有効活用してやるのさ。そうすりゃこいつらも多少は浮かばれるだろ」

「と、まぁ雑談はこれくらいにとっとと運んじまおう。フロルの言う通り、倍どころの話じゃないぞ」

「んめぇ〜〜〜」


 ユイねぇさんが現場に用意されていたリアカーを一台引いてくる間にも、また新たな生命が芽吹いている。

 彼女の言葉通り、どうせ死ぬ生命なら有効活用させてもらおう。僕は羊に手を合わせ、二人がかりで「せーのっ」と持ち上げる。

 しかしこれが中々に重く、泡立てたかのようなもこもこの羊毛は悪戯に視界を遮ってくる。これをフロルさんは一人で十体も運んだと言っていたのだから尊敬に値する。


「あいつ細い癖に力あるんだよな。バロメッツに携わっているうちに鍛えられたか或いはづわっしゃあ⁉」


 ああん。

 ユイねぇさんが何か言いかけたところで悲鳴と共に前のめりに引っ張られる。彼女が荒野のヒビに踵を引っ掛け背中から倒れたのだ。

 このままではユイねぇさんが羊と僕の下敷きになってしまう。けれど不意を突かれた僕は既に体制がガタガタだ。

 もうだめだ。


「おっと危ない。大丈夫?」


 なんて思っていたところへ間一髪。フロルさんがユイねぇさんの背中に手を添えて、彼女を助けてくれたのだ。

 フロルさんはゆっくりと、ユイねぇさんを起こす。


「おお、ありがと。助かった」

「どういましまして。今回は大柄のが多いから三人で運んだ方が良いよ」

「そうしとくわ」

「おーい、お前等ぁ!」


 そこへグラさん、リンねぇさんを連れた鍛冶屋の巨匠・ゴンゾーさんが、リアカーに複数人の未成年ズを乗せて現れた。


「動けるやつらは粗方連れてきたぜ。アラールが暴れてくれてるうちにとっとと終わらせよう」


 暴れる?

 そういえば、西通りへ先立ったマッチョッチョは何処へ? と聞こうとした時、北の森(広場から見て西北西)から凄まじい方向が響いた。


「そっちへ行くなぁぁぁああ‼‼‼‼‼」


 マッチョッチョのギガントボイスが森から轟くと同時に、森から何かが飛んできて、荒野の地面をバウンドした。


 耳から血を流しながら泡を拭く、如何にも魔物な狼だった。


「アラールさんとリリさんに狼の襲撃を防いでもらってるんだ。バロメッツは楽に狩れる絶好の獲物だからね」


 狼は集団攻撃を得意としているイメージがあるので、広範囲に咆哮を放てるアラールさんは狼からすれば絶対の天敵。リリさんも兵士指南役を務める実力者と聞いているし、何事も適材適所というものだ。リリさんはともかく、一般的な漁師が狼と張り合えている時点で人間離れしている気がしなくもないが。


 まぁ、そこは考えないことにして、エっちゃんを三人目に迎えて羊積みを再開する。


 人手を得たバロメッツ収穫は順調に進む。フロルさん指揮のもと多くはひたすら生まれてくる羊とその死体をリアカーに積み、それをゴンゾーさん等の力持ちが作業小屋へ運ぶ。子どもたちは羊が誤って食べないよう羊毛の欠片を拾い集めていた。

 それでも、何かが起こるのが仕事というもので。


「んめぇ~~~」

 と、また新たに生まれた羊が小さなひょうたんにぶつかると、小たんはぱっくり割れ、中から仔羊がこんにちは。


「んめぇ──めんぇ」

 が、周囲の草が全滅していると確信するや否や、仔羊は生まれて十秒と経たずに地に伏し、へその緒代わりの尻尾がプツンと切れた。こんなタイムアタックあんまりだ。


 子どもたちが悲しそうに仔羊の亡骸をフロルさんに手渡す中、更にそこへ、リアカーを空にして戻ってきたゴンゾーさんが真っ直ぐフロルさんへ報告する。


「おいフロル。作業部屋だけどよ、あまりの数に肉と羊毛を刈り分けるシルルたちの手が追い付かなくなってるぞ」

「あらら、思ったより早いな。前より数多いとは思ってたけど。しょーがない、指揮はユイに任せて僕も加わるか」


「そんなお前等にこれを持ってきたぜ!」


「うわぁキゾロのおっさん! ……なんだそれは?」

「羊毛だけ刈り取って中身はどぅるんって出てくる仕分け装置だ! これで時短になるし腱鞘炎の心配もないぜ‼」

「うわっ気持ち悪」

「どぅるんっとか想像するだけで気持ち悪い」

「何が悲しくてそんなの思い付くの」

「うるせぇ! とにかくやってみようぜ! でやぁ!」


 キゾロさんは散々な言われようを振り払い、バロメッツの死体を機械にぶち込んだ。

 バロメッツはバリバリと羊毛を刈られながら、機械へと吸い込まれていく。


 が、バロメッツが出口から出てくることはなかった。


「……あれ? 中身何処行った?」

「あ、キゾロさん。バロメッツは蹄まで羊毛だから、人の手じゃなきゃ仕分けれないよ」

「ちくしょう‼」


 キゾロさんの善意は無に帰した。

 ところでフロルさん。羊毛は何処に売るの?


「主に城下町だね。高級布団に使われたりと、中々に高く売れるんだ」


 へー。

 なら、羊肉と合わせれば、出荷も困らないね。


「それがそうもいかないんだよ。見た目はラム肉だけど、なんせ味が従来のものとかけ離れてるからね。珍味としてならともかく」


 どんな味なの?


「気になるなら、折角だし御馳走するよ。干し肉が余ってるんだ」


 ではお言葉に甘えて。

 それじゃ、ついてきて。とフロルさんの自宅へ招待してもらう。


「ただいまぁ。シルル〜、ユイが来たぞぉ」


 フロルさんが玄関を開けるなり声を投げると、家の奥の戸口が開け放たれ、出てきた女性が嬉しそうにユイねぇさんへと駆け寄った。


「兄さんおかえりぃ。ユイさんと皆さんもこんにちは! 遊びに来てくれたんですね!」

「おー、シルル。今日も元気だなおまえは」

「今日も元気です! 昨日も元気でした! キャッキャ!」


 シルルさんは喜びを前面に出しながらユイねぇさんと指を絡ませ合う。シルルさんのその様はさながら大型わんこで、ぶんぶん振りたくる尻尾の幻覚が見える見える。


 妹さん、随分懐いてるね。と振れば、フロルさんは「そうなんだよ」と返す。


「シルルはシルルで同性の友達や姉妹に憧れていてね、初めての友達がユイだったんだ。ユイと仲良くなれたと聞いた時は本当に嬉しかったよ」


 そう昔を懐かしむフロルさんは、本当に嬉しそうだった。

 僕もエっちゃんと出会うまで友達と呼べるものはいなかった。遥ねーちゃんはあくまでも姉的存在なので、友達かというとあまりしっくりこない。


 だからこそ、エっちゃんと友達になれたのは本当に嬉しかったので、シルルさんの喜びはよく分かるつもりだ。


「……さ! 昔の話はここまでにして、本題に入ろう。シルル。タケタローくんにバロメッツ肉振舞いたいからフライパン温めといてくれ」

「はーい」


 数分後──。「私たちもこれからだから」とフロルさん・シルルさんに昼食に誘われた僕は、焼いてもらったバロメッツ肉をいただきますと一切れ。


 瞬間、どうして食材として売り物にならないのかを僕は悟った。



 ……うん。カニだね。

ネタ提供・姉。


70話から間を置かずに再開できて良かったです。次の更新日6/10もよろしくお願いいたします。

それでは、せーっの


脳 み そ 溶 け ろ

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