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第70話:祝うよ【異世界Part】

前回のあらすじ!

神さま久しぶり。

「よぉタケ。エイリの誕生日、何かやんのか?」


 異世界、いつもの昼市にて――。

 グラさんと世間話をしていると、不意に彼はそう訊いてきた。

 そういえば6月はエっちゃんの誕生日だった。誕生日の話題は『第5話:見送るよ』以来だったからすっかり忘れていた。

 まだ決めてないけど。グラさんは何をあげるの?


「タンプレウオをやる予定だ。誕生日に食わせると身体が丈夫になるっつう縁起魚でな。昼食ったら仕掛けといた罠を見に行くんだ」


 釣れてたらいいね。


「一応保険も用意してるけどな、祈っててくれや。あ、ユイさんだ」


 振り返ると、ユイねぇさんはジビエ肉を並べ終えたところだった。彼女は毎日何度も山へ潜っては見回りをしていて、時偶に狩ってくるジビエ肉は急がないと直ぐに売れてしまう人気商品だ。


 やぁユイねぇさん。エっちゃんの誕生日の話をしてるんだけど、ユイねぇさんは何か用意してるかい?


「おぉタケタローか。私は木彫り人形をあげようと思うんだ。あいつは究極アウトドア人間だが、小物とか割と好きな方なんだ。究極アウトドア人間だが」


 大事なことなので二度言われました。

 言われてみれば、エっちゃんの部屋には人形やガチャポンフィギュアが結構置かれていた。あれはそういうことだったのか。


 リンねぇさんはどうするの?


「ん……?」

「うわぁリン。いつの間に」

「エイリの誕生日、どうするかだってよ……刃物無償研磨? そういやそんなサービスやってたな。誕生日限定だっけ?」

「ん」


 それは誠にありがたい。切れ味が悪くなっていたところだ。


「わたし、川で見つけた綺麗な石ー。コウくんはー?」

「おー……」


 リコちゃんに話を振られたコウくんは、懐からツルピカ泥だんごを取り出した。正直欲しい。

 小さい頃って、そこら辺の自然物がお宝だったよね。


 ところでグラさん。一ついいかい? エっちゃんの誕生日って、いつだっけ?


「ん?」


 僕、この時期だとは聞いてるけど、具体的な日は知らないの。


 お?

 訊くと、グラさんたち大人組は呆気にとられた顔をしていた。

 リコちゃんたち幼少組すらも、いつもの( ˙∇˙ )( ˙ㅿ˙ )で固まってしまっている。

 一体どうしたというのだろう?


「……なぁタケ。それ、本気で言ってる?」


 真だからこそ訊いてるんだよ。


「いや、タケ……」


 グラさんは奥歯に物が挟まった顔を向けてくると、衝撃の事実を放った。



「エイリの誕生日は今日だぞ……?」



 な、なんだってー。

 エっちゃんの誕生日が、今日だってー。

 真に~?


「真だよ馬鹿野郎!」

「呼ンダ?」


 呼んでないよ。

 馬と鹿の群れには子どもたちと戯れてもらって、会話を再開させる。


「え? タケお前、エイリから誕生日、微塵も訊いてなかったの? ちっとも把握してなかったの? 無知だったの?」


 微塵の〝み〟も把握の〝は〟も無知の〝む〟の字もなかったよ。


 そうかぁ。エっちゃんの誕生日、今日だったのかぁ。

 誕生日プレゼント、何も用意してないよ。困ったもんだすったもんだ。


「なら少しは緊張感出せよ。取り繕ってんのバレバレだぞ」


 ぶぃやぁ~。ばろぶっしゃーーーー。


 どうしよう、グラさん、ユイねぇさん。僕何すれば善いの? 同世代の誕生日初めてだから誕プレ基準さっぱり分けわかめだよ。


「そこばかりは相談乗れねぇよ。俺たち物心つく前から顔馴染みだし」

「一先ず道具屋行ってこい。あそこオーダーメイドで色々作ってくれるから」


 ありがとう、ユイねぇさん。

 今日中に用意できるかは後で考えよう。僕はダメもとで道具屋を目指して駆け出した。



 ◇ ◇ ◇



 駄目でした。


「即落ち!」


 何故なら道具屋のおじさんが、僕が来店する5分前にノミで指をザックリと!


「ひぇぇぇぇえええ‼‼‼‼‼」


 というわけで完治するまでの間休業にするってさ。


「そこは心身の健康第一だわな」

「回復魔法使ってもらうにしても、リィネさんもリオくんの世話で大変だろうしな」


 リィネさんは回復魔法の使い手らしい。それと、リオくんは最近産まれたリコちゃんの弟くんだ。


 回復魔法、他に使える人居ないの?


「居るには居るけど少ねんだ。回復魔法ばかりは努力云々で身に付く代物じゃないんだとさ」


 完全に才能頼りっぽい。

 まぁ、リィネさんについては、今は置いといて。

 村長への一部業務休業届預かってきたから、渡しがてら、誕プレ相談してくるよ。


「おう。気をつけて行けなぁ」

「『どこ藁』の世話になる事故は起こすなよ」


 お気遣いありがとぉ。

 吉原っぽく端折るんじゃない、と云わんばかりにグラさんを優しく撥ねた『どこからともなく現れる藁山』を尻目に僕は村長宅に爪先を向けた。



 ◇ ◇ ◇



 というわけで村長さん。道具屋さん、しばらくモノ作りは出来ないってさ。


「そうかそうか。皆には儂から伝えておこう。わざわざ出向いてくれてありがとうのう。それと窓から声を掛けてくるでない。びっくりして〝バンジャミンブラスト〟打つとこじゃったわい」


 だって、筆を走らせる音が聞こえてきたんだもの。

 でも、驚かせてゴメンね。

 まぁ、窓から出てきてコンニチハ、は蟻穴に詰めといて、今日、エっちゃんの誕生日じゃん。僕プレゼント決めてないんだけど、村長は決めた?


「詰めるかどうか判断するかは儂なんじゃよ。ええけど。エイリへのプレゼントは儂も決めあぐねておってのう。今は煮詰まった脳を絵描きで冷やしとる際中じゃわい」


 村長は器用に絵筆を回し、「いてっ」と足に落っことす。

 その様子を見て、一つの名案が浮かんだ。

 そうだ。似顔絵を描こう。幸い画材は村長が一式揃えている。

 早速交渉だ。


 村長さん、村長さん。画材をちょっくら貸してくれないかい?


「おぉ、ええぞ。何に使うんじゃ?」


 エッちゃんに似顔絵をプレゼントしたいの。そのためにはパレットが必要だから一枚分けて欲しいの。お金は払うから。


「良い心がけじゃな。だが残念。今使っているのが最後の一枚なんじゃ。もう絵の具も乗せとるからあげることもできんわい。スマンのう」


 ダメでした。

 せっかく思いついた妙案が早くもおじゃんになってしまった。似顔絵が叶わないなら広場の人々からインスピレーションを得るしかないか。けど、それじゃあ今日中に用意出来るか怪しくなってしまう。


 困ったな。


「……あ、そうじゃ」


 僕がうんうん悩んでいると。村長がポンと手のひらを叩いた。


「ちょうど町へ画材を買いに行こうと思っとったんじゃが、お主も来るか? 儂が一枚買ってやるぞ。こっちも決めかねてたし、一緒に用意したって方便にもなるしの」


 そりゃあ妙案だ。

 よろしくお願いします。


「利害一致じゃな。そんじゃ、玄関前で待っておれ」


 うーい。

 玄関前に移動し、少し待っていると、旅人風に身支度を整えた村長が出てきた。

 村長、魔導士姿似合うね。


「村外へ出かけるときはいつもこれなんじゃ。昔はこれで世界を巡っていたもんでの、寧ろこれじゃないと落ち着かんわい」


 外出用の服ってやつだね。


「さ、時は止まらんのだし、行くとするかの。ほれ、横に並びんさい。そんで儂と同じポーズで一緒にジャンプするんじゃぞ」


 ? うん、分かった。


「では、いくぞ。ヴェエーイ」


 僕らは威張りんぼのポーズでジャンプした。



 ◇ ◇ ◇



 着地した。


 瞬間――、景色が一変した。

 僕らは見知らぬ町にいた。村と違って建物も人の数も段違いで、上り坂の先には立派な居城が見える。つまり此処は城下町だ。


 だよね。村長さん。


「左様。此処は大陸一発展しとる国での。リリはあの城で剣術指南役を任されておるのじゃよ」


 めっちゃ大物やんけ。

 剣術指南役ってことは、兵士を鍛えられるほど強いってことだもん。


「そういうことじゃ。もしかすればバッタリ仰天するかもしれんの。そら、早う行くとしよう。時間は有限じゃ」


 へーい。



 ◇ ◇ ◇



 画材店はスタンバックス風の子洒落た店だった。

 カラコロッタとドアのベルを鳴らして店内へ入っていく村長の後に続く。

 中は美術用具で犇めいていた。品々を見る限り文具店も兼営しているみたい。


 そんな店のカウンターから出迎えてくれたのは、絵の具塗れのエプロンを着こなした、ダックテールの白髭さんだった。


「おお、いらっしゃいゴゼルくん。久しいね。2龍月以来かい?」

「ちょりっすレノーちゃん。大体そのくらいよ。髭増した?」


 村長さん、此処の常連さんなの? 随分距離近いけど。


「常連も何も、そもそも城下町住まいだったんじゃよ儂」


 わぁお。

 田舎に憧れた都会育ちだったんだね。


「彼、腰痛を患ってから前線を引いてね。旅先で一番心地良かったっていう『シキの村』に越したんだよ」


 僕らが住んでる村、『シキの村』っていうんだね。


「ところで……ゴゼルくん、いつの間にお孫さん増えてたんだい?」

「ちげーよ、ちげーよ。3龍月に新たに村に加わってきた子じゃよ。儂の孫は孫娘ただ一人じゃて」


 村長、お孫さん居たんだね。


「知らないのも無理ないわい。娘が此処から更に遠い国に嫁いだもんじゃから、年一でしか会えんのよ。儂の転移魔法も村から此処までが限界じゃし」


 無理したら腰だって爆散しちゃうしね。

 ……そうか。だから村長の家以外であまり会わないんだ。

 納得。


「そんじゃあ、今回も直送でやっとくね。ぶっちゃけた話、立ってらんないだろう?」

「正直さっさと座りたいわい。つーか座らせて。転移は腰に響くんじゃあ」


 村長は腰を擦りながら、商品の美術室に置いてある椅子に腰掛ける。レノー店長さんが何も言わない辺り、相当辛いみたい。


 ……ん? 待って村長、まさかジャンプ一回でも厳しいの?

 もしかして転移距離も此処までが限度なの、跳べないからなの?


「転位先までの距離が開いてれば開いてるほどジャンプの高さが増すんじゃよ。あーあヘルヘル腰椎ヘル」


 腰痛って思ってる以上に深刻なんだね。


「マジで用心しとうた方がええぞ。一度壊したら二度と全快しないと心得とけ」


 ぼげー。


「で、今日は何を買うんだい?」

「おお、そうじゃそうじゃ。パレットを11枚売ってくれ」

「11枚? 随分キリが悪いね。普段は十枚単位なのに、何か理由でも?」

「この子タケタロウって言うんじゃが、村の女子に誕プレに似顔絵を描きたいんじゃと。ならば儂が協賛者になったるわいってな」

「そう言って、祝の品が決まらなかったとかだろう? 君は差し入れが苦手だから」

「ぶびぃ」


 図星を突かれた村長は首がへし折れてしまったとさ。


「どうだいゴゼル。久々の再会なんだからちょいと話さないか。ちょうど昼休憩だし、良い店見つけたんだ。お連れさんもどうだい?」

「……あー、すまんの。買い物済ませたらさっさと帰る予定なんじゃ。その女子の誕生日が今日だってついさっき知ったそうでの」

「そうか。いや、お連れさんを待たせるのも悪いよな。また今度誘うとするよ」

「おう。そうしてくれ」


 そう言葉を返した村長だったが、何処か名残惜しそうだった。


 …………あ、そうだ。

 村長さん。昼休みの時間、まだあるかい?


「うん? あるにはあるが、どうしたんじゃ?」


 だったら、城下町巡ってきて良い? こんな大都会、もう来ることはないだろうし、インスピレーション収集も兼ねて目に焼き付けておきたいんだ。似顔絵は直ぐ描けるし。


「おお、それは妙案じゃな。お主ならちょちょいのふぇーじゃし、早速行くとしよう」


 あ、折角だから一人で行かせてよ。完全所見で観光を楽しみたいの。此処までの道は頭に入ってるし、そう遠くまで行く気もないからさ。

 と、僕が言うと、村長は僅かに目を見開いた。


「……そうか。それじゃあ儂は此処で待ってるとしよう」


 決まりだね。

 昼ごはんはどっかで買って食べるとするよ。それじゃあ、行ってきます。


「はいよー。気をつけて行くんじゃぞー」

「暗がりには入るんじゃないよ。最近チンピラが集ってるそうだからね」


 御忠告、どうもありがとう。

 タッロコラカとベルを鳴らして店を出る。先ずは噴水広場だ。



 ◇ ◇ ◇



 チンピラ乱闘制圧オスシ♪ 見ていた人たちゃパーリナイ♪


 連行される若者を傍目に僕は、移動屋台のサンドウィッチ片手に観光を満喫していた。


 城下町は大層賑やかだった。都会だけあって活気に溢れていて、子どもたちもウェイウェイかけっこしている。子どもたちが気兼ねなくはしゃげる町は治安が安定している証拠だ。


 それにしてもこのサンドウィッチ、パンと具材もさることながら、ドレッシングだかソースが偉い美味しい。何を使っているのか戻り道にでも訊いてみようそうしよう。


 なんて具合にサンドウィッチを堪能していると――、建物と建物の間の抜け道に何か光るものを見つけた。


 あれは何だろう? 僕はモッチャる口を思わず止めて、ふらりと小道に入り込む。


 ──が、二~三歩進んだところで我に返り、明るみまでマイける。ダックテールさんから暗がりには気をつけろと喚起されたんだった。


 でも……少しくらい、いいよね?


 ダックテールさん、ごめんね。

 心の中で謝りながら、脇道に逸れてそれを拾ってみた。


 手足の生えた金貨だった。


「キンカー」

 手足をわにわに暴れさせる金貨に、思わず手を離してしまう。

 宙に放られた金貨は綺麗な着地を決めると、そのまま路地裏の更に奥へと走り去ったのだった。


 その後ろ姿を見届けていたら──、如何にもヤンチャッピな声を掛けられた。


「おうおう、ガキィ。見かけねぇ顔だなぁ。ここが俺たちの領土って分かってんのか?」


 振り返ると、ゴボウみたいな髪型に髪色、茶色い服で統一された〝チンピラゴボウ〟と呼ぶに相応しい集団が来た道を塞いでいた。


 こんにちは。


「はっ。悠長に挨拶とは随分余裕だな。ビビッて安直な返ししか出来ねぇときたか? なぁお前等」


 チンピラゴボウは後方のチンピラゴボウたちに反応を仰ぎ、ゴボゴボ……と笑った。


 でも、余裕なのは紛れも無い事実。何しろ、僕は〝透明〟になっていないからだ。

 転移直前神さまから授けてもらった僕の魔法は〝自動透明化〟。相対した存在が害をなしてこようとした途端、僕の姿と気配は完全に認識されなくなるものだ。それが発動していないということはつまり、彼らはまだ攻撃する気はないと白状しているのと同義を意味する。だから怯える必要もないわけだ。


 それはそうと、路地裏の〝何か〟を確認次第店に戻るつもりだったのに、肝心の戻り出口は通れなくなっている。このままでは立ち往生だ。オババさんの喚起通りにすれば良かった。

 けれど、〝身から出た錆〟〝後悔先に立たず〟。今はとにかくゴボウヘッドを撒いて表参道に出る方法を考えよう。


 そうとくれば、先ず褒めてみよう。褒められて気を悪くする人間はまず居ないはずだ。

 それじゃあ、作戦開始。

 0.3秒の思考を終えて、作戦行動に移る。


 先ず初めに、チンピラゴボウのゴボウヘッドをジッと見つめる。


「おい、てめぇ、何ガンくれてんだ? コラ」


 よし、喰いついた。

 お兄さんの髪型、イカすね。


「お? なんだおまえ、この髪の良さが分かるクチか?」


 うん。僕、この通りモチャ毛だから、思うように髪型決まらなくて。お兄さんたちの髪が羨ましいや。


「そりゃそうよ。毎朝一時間かけてセットしてるんだからな。これに気付くたぁ、中々見どころあるじゃねぇか」


 一時間も! 僕なら途中で飽きちゃうよ。余程こだわってるんだね。


「へっへっへ。興味あるなら教えてやってもいいぜ?」


 じゃあ今度教えてね。それじゃあ僕はこれで。


「おう。また今度があるわけねぇだろボケ野郎」


 駄目だった。

 第13話の反省を踏まえて会話を増やしてみたけれど、しっかり見抜かれていた。

 煽てて逃げるって、難しいね。


「てめぇ……さては適当に煽ててやがったな。俺たち相手に逃げようたぁいい度胸じゃねぇか」


 まぁまぁ、サンドウィッチ半分あげるから落ち着きなよ。美味しいよ。


「いるか、こんなもん!」


 サンドウィッチは叩き落とされてしまった。あーあ、勿体ない……。


「おら、財布出しな」


 はい?


「財布出せっつってんだよ! 有り金全部で許してやる」


 魔法が発動していないから怖くないけど、これ以上は時間の無駄だ。今後会うことはないんだし、さっさと折れてあげよう。


 僕は財布を掌にひっくり返した。


 13Gだけだった。

 ……ふふっ。


「……! てめっ、ふざけてんじゃねぇぞ!」

 チンピラゴボウは遂に手を振りかざしてきた。



 ──瞬間、チンピラゴボウは腕を取られ、瞬く間に壁に押さえつけられた。



「さっきから見ていたぞ。恐喝罪で逮捕する」


 突如として現れたその人──多分憲兵さんと思われる装飾の人は、チンピラゴボウに手錠を掛けるなり「俺はあの子を保護する」と後方に構えていた部下? に引き渡した。後ろのチンピラゴボウたちも制圧されているけれど、音出てたっけ? まさか無音?


 まぁ、いっか。

 兎にも角にも、これでようやく帰れる。良かった、良かった。


 なんて、悪態付きながら連行されていくチンピラゴボウたちの後ろ姿に、ホッと胸をなでおろしていると──


「おぅい、姿消したボウズ。悪い奴らは捕まえたから出てきて大丈夫だぞぉ」


 しっかり話しかけられた。

 声を掛けられた、ましてや助けてもらった以上無視する訳にもいかない。素直に返事をしておこう。


 こんにちは。


「おぉう。そこに居たか。俺としたことがまったく気付けなかったぜ」


 憲兵さんで合ってるかな? 助けてくれてありがとう。


「どういたしまして。これが俺たちの仕事だからな」


 どうして僕が居るって分かったの?


「急に気配が一人消えたからな。そういう魔法持ちって疑うさ」


 それもそうか。


「ところで、ボウズは見かけない顔だが旅行客か? 親元か宿まで送るよ」


 そこまでは気にしなくていいよ。親じゃないけど、保護者の場所は分かってるし。


「悪いがそうはいかねぇな。またさっきのような奴らに出遭わすかもだし、旅行客にゃ気持ち良く帰ってほしいんだ」


 だったら遠慮なく。画材店までお願いします。


「任せとけ。俺が責任持って送り届けるぜ。と、その前にサンドウィッチでもどうだ? 昼まだなんだ」


 と、言い出した憲兵さんが一瞬一瞥した足元には、金貨に運ばれるサンドウィッチがあった。


 わーい。



 ◇ ◇ ◇



「へぇ、タケタロー。シキの村に住んでるのか」


 路地裏脱出後──。

 今度はツナならぬシナタマゴサンドをゴチになりがてら、自己紹介に興じていると、憲兵のお兄さんは村に関心を示した。


「あそこは善い村だぞ。俺も何度か行ったことがあるんだが、空気は美味いし小麦畑は圧巻だし、何より雰囲気が穏やかだ。老後を過ごすならシキの村を候補にしたいね」


 でしょ〜?

 僕は得意気に胸を張る。住んでいる場所が褒められるのは住人として嬉しいものだ。


「まぁ、あの人の声だけは勘弁してほしいけどな。あれをマトモに喰らっといて平然と立ち上がれる村人方が恐ろしいよ……」


 きっとアラールのマッチョッチョのことだ。『あの声』で直ぐ察せた。


「そう、その人だ。アラールの旦那とは国王陛下の護衛でリリを訪ねた時に居合わせたんだがな、陛下を指さした広場の子どもたちへの注意喚起で隊列ごと吹き飛ばされたんだよ。鎧なんか亀裂走ったぜ」


 流石アラールのマッチョッチョ。大惨劇おじさんの名は昔から健在だったみたい。

 ところで、どうして国王さまはリリさんへ会いに行ったの? 大物なの?


「なんだ、知らねぇのか。大物も何も、あいつこそが世界の勇者だよ」


 あれまぁ。

 城勤めなら相当の実力者なんだろうなとは思っていたけど、まさか勇者さんだったのか。


「そうさ。あいつの成果があって人魔大戦は終わったんだし、ご覧の通り人魔共生に繋がったんだ」


 憲兵さんは両手を広げて行き交う街の人々をアピールする。


 彼が言うように、城下町は村の比じゃない程に人も魔族も犇めき合い、賑やかに過ごしている。今日まで村が全てだった身としては「すげー」の一言に尽きる。


「リリもこれが理想郷なんだって豪語してたぜ。それ以外の言い方はさせないでみせるともな」


 そう言って憲兵さんは美味しそうにサンドウィッチを頬張り、「ぶぇっほぉ!?」と盛大に噎せたとさ。


 リリさん、いつか会いたいな。



 ◇ ◇ ◇



「ヴェエーイ」


 村へ帰還した。


「さァ、タケタロウ。昼休み終了まで後20分じゃ。お主なら問題無かろうが、急げよ」


 村長さん、ありがとう。また明日。

 買ってもらったパレットと貸してもらった画材を小脇に抱えて、僕は村長の家を飛び出した。


 エっちゃんは広場で村人たちと談話していた。


「あー。たっくん、お帰りー」


 ただいま、エっちゃん。

 突然だけど、似顔絵書かせて。


「いいよー。突然どったのー?」


 今日エっちゃん、誕生日じゃん? だから似顔絵でもプレゼントしようかなと思って。ちょっくら時間を貰えるかい?


「あー。そういえば、そうだったねー。ありがとー。何処で描くー?」


 此処でいいよ。構図なら見た傍からアウトプットできるから、自由に動いちゃって。


「イラストレーター泣かせー」


 エっちゃんは村人たちとの交流に戻った。


 昼市の野菜コーナーの隣を陣取り、絵の具をひり出しながら、切り取る瞬間を計る。プレゼントを贈る以上いい加減なタイミングで始めてはいけないのだ。



 そして、遂にその瞬間が来た。



『ナイスタイミングで鎮座している井戸』から水を汲んだところに、グラさんが現れた。


「よぉ、エイリ。誕生日おめでとさん。ほれ、タンプレウオだ」

「すげー。でけぇー。グラにぃ、ありがとー♪」


 そこへ今度はリコちゃんとコウくんがひょっこり顔を出す。


「あー。グランさん、誕生日プレゼントあげてるー。わたしもあげるー」

「わー、石だー。リコリコ、ありがとー。大事にするねー♪」

「おー……」

「コウくんもありがとー♪ うわ、めっちゃ鏡」


 更にとどめのユイねぇさん。


「ほい。誕生日、おめっとさん」


 ユイねぇさんは木彫り人形を渡すなり、さっさと立ち去ってしまった。

 お礼を言いそびれたエっちゃんはまじまじと人形を見つめてから、ボソッと言った。


「……ツンデレ」

「取り消せこの野郎」


 戻ってきた。

 エっちゃんは「きゃー」とさぞ愉しそうに逃げた。


 ……ああ、そうか。

 彼女にとっては、皆と過ごす時間が何よりも代えがたい、かけがえのないプレゼントなのか。


 よし、ここにしよう。


 僕は絵筆を走らせた。



 ◇ ◇ ◇



 後日より──、エっちゃんの部屋には『エっちゃんと皆』が額縁で飾られている。

第三章終わり! 第四章もよろしくお願いします!

それでは、せーっの


脳 み そ 溶 け ろ

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