第69話:ごめんよ【〃】
前回のあらすじ!
集団登校に憧れた時期ってあったよね
「おいっす」
神さまのもとを訪ねると、神さまはブスッとした表情でむくれていた。
どしたの神さま。昨日までマイヤヒノラノラ歌ってたのに。ブスッとしてるとおブスになっちゃうわよ。
和ませようと茶化してみると、「だってさぁ」と神さまは口を開く。
「ワタシ、全然本編出てないじゃん。ここんとこ現世と異世界ばっかりで、ワタシ回、ちっとも出さないじゃん」
呼ばれても大体『ゲーム対戦〜時々吉田くんを添えて〜』だからね。
「それだよ!」
神さまは急に声を大にして、蹲りながらまくしたてる。
「創造神だってワタシを書いといてさ! 大体は下界の子たちで事足りるから出しどころに困ってるじゃないか! 神さまなのにワタシ主軸の話思ったより少ないじゃん! 完全に持て余してんじゃんよぁ‼」
そこのところどうなんだい、創造神さん?
神聖さ漂う真っ白い空間で、神さまの俗世に塗れた私物を吉田くんが手入れする中、上に耳を傾けてみると、創造神と思われる声が返ってきた。
──ごめんて。
「ほらァ‼ びぃぃぃい‼‼‼‼‼」
神さまは蹲る中、更にワンワン涙を噴射した。
でも神さま。神さまって本来、人と交流するのはあんまり好ましくないって言ってなかったっけ? だったら出番少ないに越したことはないんじゃない?
「それとこれとは別だよォ! 神さまは寂しいとワンワン泣いて地上に豪雨もたらすんだぞ‼」
異常気象起こさないでもろて。
それと本編って何の話だい? 神さましか分からない語録もやめてもろて。
「知らないふりするんじゃないよ! ミノタウロス討伐前に海越えてきたときはメタ話メタンコ理解してたくせに!」
人は忘れる生き物だァ。
「裏切り者‼」
そんなことより神さま。お土産情報持ってきたからそれで勘弁してちょ。
「そんなことで終わらせていいのはワタシなんだよ! ……お土産情報ォ?」
お土産情報なの。
最近、新しい音楽との出会いを求めてたでしょ? 昨日、音楽好きのクラスメイトに勧めてもらったバンドがあってね。CDはまた今度貸してもらうんだけど、曲だけ教えてもらっといた。
「ほう。それは良き心掛けだ。神の名において布教を許可する」
よしきた。
僕はスマホを取り出し、動画サイトに公開されているMVを再生して神さまに見せた。
飛ばせない告知動画が終わるまでの間、小話に花を咲かせる。
「あ。〝Full of scratches String duo〟だ。ドラマに起用されて話題になってたバンドでしょ。デビューして一〜二年も経ってないんだっけ?」
去年メジャーデビューだから一年だね。初ライブが待ち遠しいや。
「え? 何、彼らないし彼女らライブ未経験なの?」
ベースとドラムが現役学生らしいんだよ。バンド初曲から照らし合わせると二十歳~二十二歳。だから卒業の目処が立つまで無いっぽい。
「はぇー。やっぱ今の若者は才能に溢れてるね。凄まじいものだわ」
言わんであげなよ。結成から数えれば、なんやかんや三年と下積み生活送ってんだし、何より才能を持ち腐れないよう学業こなしながら努力してきたんだろうからさ。
「おっ。〝才能を腐らせないための研鑽〟とは良いこと言うね。パクっていい?」
いいよ。
「わぁい。あ、告知終わった」
「ワタクシも見てよろしいですか?」
「お~。いいよ~」
ようやく始まったMVを、吉田くんを添えた三人で視聴する。
結論から言うと楽曲は好評だった。神さまは音楽性の変化でラウドロックを好みようになったそうで、ハスキーシャウトボイスに激音演奏が飛び交う〝フルデュオ(バンド略称)〟はドストライクだった模様。吉田くんも大層お気に召したようで僕も嬉しい。静流さんに良い報告が出来そうだ。
「そういや竹太郎。静流さんと言えばさ──」
心の声、聞こえないでー。
「今朝、もんげぇ数で登校してたけど、小倉くんは間に合ったの? 途中までは見守ってたけど仕事で最後だけ知らないんだよね」
小倉さんの道中、見てたんだね。
そう言われてみると、神さまが見たという、小倉さんの道中に興味が湧いてきた。
じゃあさ。神さま視点、僕視点の順で教え合おうよ。順序良く話せば躍動感あるし、テンポも良いよ。
「いいねそれ。なら折角だし、ワタシの記憶と竹太郎の記憶をスクリーンに上映しよう。ちょいと失礼」
そう断って神さまは、僕の頭にズプゥ──! と手を突っ込んできた。痛みこそないが、脳内をまさぐられる感覚が気持ち悪い。
「あったあった」
と、神さまが何かを見つけて手を引っこ抜いたタイミングで、何をしたのかを聞いてみる。
「ちょっと海馬にアクセスして、登校後の記憶をコピーしてた。これがそれさ」
中身はまだ見てないよ。と神さまが開いた掌には、輪郭の無い、握りこぶしくらいの球体がちょこんと乗っていた。
それならそうと言ってよ神さま。ネフェルにピトられたと思ったじゃんか。
というかその言い分だと、これから自分の頭もピトるの?
「まぁ、わざわざ触れずとも記憶くらい用意できるけどね。そのワタシの記憶がこちらになりまうわこらペムるな暴れんな!」
「御二方、準備出来ましたよー」
「はーい」うーい。
吉田くんが用意してくれた映写機に、神さまが互いの記憶をセットするなり、ポテチを広げてスクリーンに向き直った。
◇ ◇ ◇
先ずは神さま視点をご覧ください。
「あ、あの……」
「ん? どうした?」
竹太郎と別れた道中──。口を噤んでいた背中の少女がおずおずと口を開く。言葉を交えるのは、彼女が通う学校までの送迎を正式に請け負ってから初だった。
ひょっとすると、車酔いならぬ背中酔いを催したのかも知れない。おぶって走っている以上振動はダイレクトに伝わっているはずなので十分にあり得る話。それなら少女が一向に口を閉ざしていたのも納得がいく。
「もしかして酔ったか? 速度落とすか?」
「いえ。今のところは平気ですけど、貴方は大丈夫なんですか? 出発してから、全然止まってませんし……」
彼女の言う通り、彼是十数分以上は走り詰めている。曲がり角の右折左折では速度を落としているし横断歩道では止まっていたものの、人一人抱えている負担を踏まえれば気休めにもなっていないだろう。
しかし彼は「平気だ」と即答した。
「普段から筋トレくらいしてるからな。女子一人おぶる程度わけないさ」
それよりも、学校に連絡は取れたか? 彼は走りながらも器用に語りかける。
「ああ、はい。担任の先生が養護教諭さんと校門で待ってるって」
「ならいいんだ。かっ飛ばすぞ!」
小倉は少女をおぶり直し、停車した社会人に少女共々頭を下げながら横断歩道を駆け抜ける。そこからしばらく走ったところで、ようやく校舎が見えてきて、校門前で今か今かと身体を揺らしていた二人の教師に少女を預けたときには。
「ありがとうございます。あの、良ければお名前を……あれ?」
既に小倉は「うおぉぉ間に合えぇぇえ!」と亜如中方面へと走り去っていたのである。
◇ ◇ ◇
小倉さん、かっくい~。
対して、神さまは惜しげな表情でポテチを摘まむ。
「けど、最後まで話聞かずに行っちゃったんだよね。そこは減点かな」
口開く前に行っちゃったなら仕方なくない? 学校あるんだし。恩を着せないためにさっさと去ったんだと僕は思うよ。
「それでも相手からすれば、名前知らないからお礼の機会失って消化不良に終わっちゃうんだよね。現にほら──、」
と、神さまが指差した大画面には、どこかやりきれない表情で運ばれていく少女の姿があった。
そういう見方もあるのかぁ。勉強になるよ。
「何事も覚えておいて損はないよ。さ、後半戦だ」
今のうちに口に突っ込んどきな。神さまに促され、次の映像が始まる前に炭酸飲料のペットボトルをプシュッ──と開ける。
◇ ◇ ◇
次に、竹太郎視点で見てみましょう。
それは教室で、皆と集団駆け込み登校の反省文を書かされていた時だった。
「! おい皆! あれを見ろ‼」
隣の窓際席に座っている大瀬鳴海くんの声に、一同集まり外を覗いてみると──
「うぅぉぉおおおおおお‼‼‼‼‼」
吾楚胡乃中等部少女の送迎に離脱した小倉さんが、校門前の一本道を全力疾走していたのだ!
時刻は8時9分。HR開始とともに、校門が閉まる一分前。
小倉さんは、野中さんの事情説明によって、許される身でありながら、遅刻して迷惑かけるまいとずっと走ってきていたのだ!
「皆! あれ体育祭の小倉リーダーじゃねぇか⁈」
「お前等! 小倉が走ってるぞ!」
隣と上階のクラスからも小倉を見つけた声がする。
というか、全てのクラスが窓から顔を出しているようだった。
キーンコーンカーンコーン……。
遂にHRの予鈴が鳴り、校門が閉まり始める。
それでも走るのを止めない小倉さんの姿に、全クラスが声援を投げた。
「いけぇ小倉ァ! 止まるなァ!」
「まだ間に合うぞ小倉ぁ‼」
「俺たちに勇姿を見せてくれ小倉さぁん‼」
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
小倉さんは校門の僅かな隙間に飛び込み、校庭へ前転着地した。
全生徒が固唾を呑んで見守る中、小倉さんと門番の体育教師の目が合い、時間が止まる。そして──
体育教師はじっと小倉さんを見てから、不意に眼鏡を外すと、拭いて、掛け直して、改めて小倉さんと見合った。
「間に合ってたか小倉! 眼鏡を拭いてて気付かなかった‼」
「しゃぁぁぁぁああああ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
「ワァァァァ嗚呼あああ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
小倉さんの雄たけびに、全生徒は歓声を上げたのだった。
小倉さんがどうなったのか書きたかっただけです。
次回5/20投稿予定の70話で一区切りなので、どうぞよろしくお願い致します。
それでは、せーっの
脳 み そ 溶 け ろ




