第6話:逃げたよ
前回のあらすじ!
鍛冶屋に行く。
……さて、これからどうしよう。
鍛冶屋に一人取り残された僕は、途方に暮れてしまった。
取り敢えず、表に出よう。
僕はリンねぇさんたちに別れを告げて、表の広場に出た。
広場は村の中心にある。中心にあるからか、人もたくさん行き来している。
広場の端っこにある、看板を見る。僕が引っ越してきたことと、僕の似顔絵が描かれている。もちゃもちゃした癖毛とか、「(′∀`)」って顔もしっかり描かれている。絵が上手な人がいるみたい。
村長、仕事速い。
村長の家は、広場から見て、東側にある。村の入口も東にあって、村長の家は入口寄り。ユイねぇさんも東側に住んでおり、彼女の家は広場と村長の家の間あたり。
エっちゃんの家は広場から、ずっと北の通りにある。さっき行った鍛冶屋は、広場からちょっと南東に歩いたところ。あ、それならユイねぇさんの家は北北東か。
なんだか、言葉で覚えようとしていたら、頭がごっちゃになってきた。やっぱり地図は、絵面で覚えるのが手っ取り早いのかも知れない。
まあ、いっか。
エっちゃんの家に戻ってもいいけれど、仕事も探さなきゃならない。何より先ずはこの村の全貌をもう少し把握しておきたい。
よし、村を回ろう。
ともすれば、何処へ行こう。北側と東側はもう行ったし。迷子になるといけないから、闇雲に歩くわけにもいかない。
「カモメ~」
考えていると、南の道にいるカモメが鳴いた。
あ、カモメだ。
…………カモメ……?
なんで、こんなところにいるんだろう?
……お?
すんすん。
漂ってきた匂いを嗅いでみると、潮の香りがした。もしかしたらこの村は、海とも隣接しているかも知れない。
よし。行ってみよう。
僕はカモメがいる方角、南に足を向けた。
◇ ◇ ◇
しばらく歩くと、僕は港に着いた。
辺り一面に、見渡す限りの海が広がっている。横一列に、船が並んでいるのが見える。漁師さんらしき人たちが何かを運んでいる。
海を直接見るのは初めてだった。テレビでは何度か見たことあるが、物心ついた頃から山育ちで、碌に街に出ることも無ければ、海に行くことも無かったため、凄い気分が高揚しているのが自分でも分かる。やっぱりテレビのように、どばーっと網から魚を出したりするのだろうか?
もう少し港に近付いてみる。
てこてこ、こてこて。
漁師さんたちは魚を箱に詰める作業をしていた。僕が見てみたかった網からどばーっと魚を出すやつはもう終わっていたっぽい。
まあ、いっか。
そんな日もあるさ。
それにしても、グラサンをかけている漁師さんがやたらと多い。太陽に目を直射されて「きゃあ眩しい」とならないようにするためだろうか?
だとしたら、曇りの時は外しているのだろうか。
太陽が雲に隠れた途端、一斉にグラサンを外す漁師さんたちの姿を、僕は想像してみた。
…………。
そこまで面白くなかった。
面白くしようと、グラサンを外すなり、一斉にこっちを見る姿を、想像してみた。
…………。
こっち見んな。
「おう、なんだお前は? なに見てんだ、お?」
一人想像を膨らませていると、作業していたうちの一人が、僕に気付いて近付いてきた。
男の人は170センチをちょっと下回るくらい。オールバックもどきの髪の毛は生え際から見事なまでの金色で、こんな感じのヤンキー、漫画にいそうだよね、そんな見た目をしているバチクソカッケェ人だった。
この人も、グラサンだー。
「俺はグランだゴラァ!」
男の人がどかんと声を張りあげた。カモメが〝びばびば〟と羽をバタつかせる。
お兄さん、カモメがびっくりしちゃうよ。
「それなんだけどよ。なんでカモメが頭に乗っかってんだ?」
男の人が、僕の頭に居座っているカモメを見ながら、訊いてくる。
乗ってるから、じゃないかなー。
「だから、なんで乗ってんだよ」
乗ったから、じゃないかなー。
「言い方の問題じゃねえよ」
乗りたくなったから、じゃないかなー。
「やべえ。全然話通じねぇ」
そんな日もあるさ。
「あってたまるか。……ん? つーかお前、見ない顔だな。村長が言ってたっつう新しい住民か?」
そうだよ。
「だったら、うちの仕事、見ていくか? 仕事、探してんだろ?」
お兄さんから見学を勧められる。
ちょうど良いや。村はまだ回ってないけど、仕事を見学できるなら、できるうちにしてしまおう。
「じゅあ、ついてきな。紹介してやる」
そう言って、お兄さんは踵を返した。
とことこ……と、後ろをついていく。
「おーい! 親父ー!」
お兄さんは立ち止まると、作業している人たちに、声を投げた。
「なんだーーーー‼」
そのうちの一人。スキンヘッドの鼻髭で、日焼けした半袖の大巨漢マッチョッチョが、お兄さんに反応して、どっかん、と、声をぶん投げ返してきた。
「見学したいってやつがいるから、連れてきたー!」
「そうかーーーー‼」
マッチョッチョは返事をしながら、どごんどごん――と、やって来た。身に付けているエプロンは、びしょぬれだった。
マッチョッチョもグラサンで、凄い身体が大きい。鍛冶屋のおじさんと、いい勝負。
「誰だお前‼ 見ねぇ顔だな‼」
竹太郎だよ。
「あれか‼ 村長が言ってた、昨日来たやつか‼ 漁をしたことはあるか⁉」
川魚なら、釣ったことあるよ。
「じゃあ保留だな‼ 魚の仕分けはできるか⁉」
やったことないから、分かんないや。
「なら、それも保留だな‼ 力仕事は……厳しそうだな‼ 細いし‼」
そんなことないよ。
僕は作業場を見やる。
作業場にある、魚を詰めた箱は、みんな、同じ大きさ。
そのうちの一つを、ひょっこらせと、持ち上げてみせた。
「持てるのか‼ 力仕事は慣れてるのか⁉」
実家が農家だったの。趣味の範囲でみたいだけど。
「じゃあいいわ‼ おーい、お前ら‼ 昨日村に来たやつが、仕事見てぇんだとよ‼」
マッチョッチョが叫ぶと、あちらこちらに散らばっていた漁師さんたちが、わらわらと集まってきた。
みんな、身体、でっかいなぁ。綺麗な逆三角形だこと。
「あら、船長。こいつが新入りっすか?」
見上げていると、僕を囲っている漁師さんの一人が、マッチョッチョにそう言う。
マッチョッチョ、偉い人なんだね。
「そうだ‼ 偉いぞ‼」
「自分で言うなよ。つーか、お前。俺ら相手によくビビんねぇな」
男の人が言う通り、確かにみんな、強面ばかり。
でも――。
みんな、どう見たって、悪人って感じがしないもの。
「………………」
お……?
なんか、みんな、口を開けて黙っちゃった。
「……だっはっはっはっは‼」
マッチョッチョが突然笑い出した。
同時に、他の漁師さんたちも笑い出す。
なんか、みんな、笑い出した。
あっはっは。
「聴いたか親父! 俺らが見かけ倒しなのバレバレだぞ!」
「だっはっは‼ こいつ、中々肝が据わってるじゃねえか‼ もしくはとんだ鈍感な馬鹿野郎だな‼ だっはっはっはっは‼」
マッチョッチョは、これでもか、というくらい、爆笑している。
「気に入った! 俺はグランだ! よろしくな! タケ!」
お兄さんが自分を指差しながら、二度目の自己紹介をする。
タケって呼び名、しっくりこないなぁ。
「なんだとゴラァーー‼」
まぁ、いっか。
よろしく。グラサンさん。
「だから、グランだっての」
グラサンさん、だめ?
「駄目だな。グラサンかけてる全員、グラサンさんになっちまう」
だめだめ?
「駄目駄目だな」
だめだめだめだめだめだだーめだめだめだめだめめ?
「駄目駄目駄目駄目駄目駄駄ー目駄目駄目駄目駄目目だな。遊んでるだろお前」
うん。
「素直か」
多分。
「そこも素直でいいんだよ」
分かった。
じゃあ、グラさん、で。
「そっちじゃねえよ。…………もう一度言ってみろ」
じゃあ、グラさん、で。
グラさんは腕組みをして、しばらく考えると、口を開いた。
「……まあ、いいか」
妥協してくれた。
「おらぁ‼ 自己紹介終わったところで、再開だー‼ さっさと戻りやがれー‼」
「うぃーす」
「カモメ~」
頭のカモメが鳴いて、地面に降り立った。
そして、箱に詰められた魚を一匹、ひょいと咥えて、飛び立った。
「返せーーーー‼」
漁師さんたちは、マッチョッチョを先頭に、お魚咥えたカモメを追いかけてった。
逃げられた。
マッチョッチョでフォント芸ができないのが心残りです。