第66話:アライよ【〃】
前回のあらすじ!
鳥シリーズ第二弾。
休日終わりの月曜日早朝──。
「おぉ。その後ろ姿は木下くんじゃあるまいか」
校舎玄関脇に常置されている緑ジョウロを携え、校舎伝いに歩いていると、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、綺麗な黒髪をアップヘアーに束ねた長身の女性が足早に追いかけてきているところだった。
秦さん。おはようございます。
「おはよう木下くん。今日もちゃんと来ていて感心感心」
秦さんには負けると思うよ。僕と違って毎日来てるんだし。
「私は好きで来てるんだからいいんだよ。決められた役割とはいえ早朝の登校は厳しいだろうに、それを君はしっかりこなしている。堂々誇りたまえ」
至極恐悦でございまする。
「どこの舎弟だい」
出所した若頭のかもよ。
「園芸部を極道にするんじゃないよ」
即興コントを繰り広げながら、僕らは互いに引っ提げたジョウロの水をちゃぷちゃぷ揺らして校舎裏へと足を運ぶ。
僕らは学校管理の畑を目指していた。野菜に水やりをするためだ。僕が所属する園芸委員会は野菜の世話に当番制を採用しており、今日は僕が当番なのだ。
その園芸部を取りまとめる人物がいま目の前にいる秦佐和子委員長。小学校の課題で家庭菜園をしてから野菜を育てるのに魅了され、シフト外でも自主的に世話していたりする野菜愛の強い人だ。
将来は農業関係に進みそうな切れ長つり目の彼女は気分良く鼻歌を歌っている。
「今日は久々の朝活だ。野菜たちは元気にしているかな?」
ずっと梅雨で活動できなかったもんね。
「全くだよ。水捌け対策はしてきたけど、根腐れしてないか心配だよ」
余程思い入れがあるんだね。野菜園芸始めたの、秦さんの代からだっけ?
「私が入学した当時、花壇の水やりだけだったからね。折角広い畑があるのに、使わず仕舞いは勿体ないだろうって同志を集めて校長に許可を貰いに行ったのが懐かしいよ。そういえば畑と言えば……おや?」
言いながら畑の手前まで差し掛かったところで、彼女は不意に足を止め、自身の手をじっと見つめる。
一体どうしたのだろう。一言訊こうとする前に、彼女は僕に振り返る。
「すまない木下くん。水捌けと言えば、スコップを忘れてきた。私としたことがやってしまったよ」
それはいけない。水捌け対策はしたと彼女は言っていたが、もしも水溜まりが出来ていたら野菜が根腐れを起こしてしまう。そうなっては収穫できない。
「というわけで、私はスコップを取りに戻るよ。木下くんは先に行っててくれたまえ」
そう言って彼女はジョウロを僕に託し、今来た道を引き返していった。
ぽねつん……と道中一人取り残される。
が、待っていたって仕方のない話。両手にジョウロをぶら下げて移動を再開し、少し歩いたところで畑が見えてきたそのときだった。
お?
畑からホリホリ地面を耕す音が耳に届いてきた。
こんな早くから誰だろう?
秦さんは当然違うとして、他にあり得る者がいない。だとすれば──
と、うごうご蠢く形容し難い生物を想起しつつ、最寄りの木から覗いてみると──
「アラ。グマ」
一匹のアライグマが、ニラの世話をしていたのである。
アライグマは傷んだニラの選別をしていた。見た限り相当手慣れている。
つまり、いつの間にか生えていた野生のニラは、アライグマが植えたものだ。
ニラの世話は未経験故断言できないが、農業の知識は心得ているようだ。
……あ、こっち向いた。
「グマ……⁉」
アライグマは僕と目が合うなり、悪戯がバレた子どもよろしく硬直してしまった。
自分もどうするべきか思い浮かばず、釣られて立ち尽くしていたら──
「シャ、シャー‼」
なんと、アライグマは爪を立てて万歳したではないか。
引っ掛かれたらひとたまりもない。うぇっふふーい、と元居た木よりも後ろの木まで退避し、ちらりと顔を出して様子を窺う。
「…………アラ」
暫く目を合わせているうちに敵意が無いと理解してくれたのか、アライグマはそっぽを向いて居心地悪そうに作業を再開させた。
一体何なのだ、あやつは。
「亜如箆莉野中学校のアライグマだ」
わぁい。
よいっす、と知らぬ間に背後に居た秦さんはスコップを軽く掲げて説明してくれる。
「恐らく君は会ったことがなかっただろう? この時間帯ならギリギリ会えるんだ」
そういえば──とエっちゃんが話していた話を思い出す。うちの学校にはアライグマが棲みついていて、何処からともなく持ち込んだ野菜を勝手に育てていると彼女は言っていた。
あのアライグマはいつから畑を耕すようになったのだろうか。
「少なくとも、私たちが畑にする前からだね」
となると、四年以上は居座っていることになる。
特定外来生物に指定されながら、よく今日まで駆除されずに来たものだ。
「実際に校長が自治体に電話したそうなんだけど、駆除業者が駆け付けた頃には行方をくらませてたみたいなんだ。全然見つからないと捜索を打ち切った傍からまた畑を耕すを繰り返すの堂々巡りで、遂に駆除を諦めたそうだよ」
泣き寝入りしちゃったわけだね。
上手く逃げてきた辺り、盗聴でもしてるのかね。
ということは、彼ないし彼女が学校菜園の起源に値するのかい?
「花壇の水やり中にあれ? 何か通ったぞ、と後をつけてみたらあの子らが野菜を埋めているのを見つけてね。それを見て、野菜育てられるんだな、自分もやってみたいって着想を得たわけさ」
動物が立役者なのも、中々に奇妙な話である。
ところで、今『あの子ら』って言ってたけど、それってそういうこと?
「そういうことだよ。そろそろ来る頃だと思うけど……あ、噂してたらちょうど来た」
と、秦さんが言うので、アライグマの付近を注視してみると──、
「アマ」
「ラマ」
「イマ」
「グマ」
と、アライグマが一気に4匹畑仕事に合流したではないか。
アライグマは複数所帯だった。
「それが家族か怪しいんだな実は」
真に〜?
「真に真に。私も最初は2匹のカップルとばかり思ってたところが、急に同じ大きさのアライグマが3匹増えててね。あくまで推測だけど、最初に農業を始めたのは私たちが見つけた朝から居た一匹だけで、他4匹はその一匹に感化されて後から加わったんだと私は思うよ」
ここまで来ると、もはや小規模企業だった。
しかしまぁ、無断使用してまで農業に勤しむなんて、一体何が彼ないし彼女らをそうさせているんだろう。
「きっと、故郷に帰りたいからじゃないかな」
故郷に?
秦さんは故郷に、とオウム返しして続ける。
「アライグマって外来種だろう? またも私の推測になるが、ある日偶然ながら、地球儀を眺めながらお金を数えてる様を目撃しててね。もしかしたら、故郷に帰省する算段に農業を選択したんじゃないかと私は思ってるのさ。学食にも卸してるらしいし」
言われてみれば、食堂搬入口に誰とも知れない無人販売所があった気がする。
でも秦さん。帰るったって、遺伝子汚染云々で帰省は実質不可能じゃないっけ?
「変に詳しいな。そこはまぁ……帰省の果てにどうなるかは彼らの天命次第さ。人生経験も精神も未熟な私たちが国際問題に首を突っ込んだところで心を痛めるしか出来ないからね」
それは彼女の言う通り。クラスの〝シャー芯大散乱事件〟といった小さい身近な問題なら自分たちで解決できるが、大人が何十~何百人が束になっても解決の難しい問題は黙って行く末を見守るしかないのだ。
「なんだい? 〝シャー芯大散乱事件〟なんて目に見えるけど気になる話は?」
気になるなら帰り道にでも。それより今はアライグマさんに注目しよう。
「それもそうだね。……て、おや? 彼らは何処だ?」
えー?
なんと、話が脱線している一瞬で、アライグマたちは忽然と姿を消してしまっていた。
と同時に、畑を囲うレンガのいたるところが取り外されていた。
見ると、水溜まりが出来ていたと思われる箇所のレンガが退かされて水抜きされていた。懸念事項が杞憂に終わったのは素直にありがたい。
更に目線を動かすと、校舎窓下のコンクリ床に、小さな棒が落ちていた。
アライグマが居なくなったのをきちんと確認してから手に取ってみると──
〝美味そう棒・バンヌラベルベット味〟だった。
もしかして、威嚇したお詫びに置いていったのだろうか? だとしたら少し悪いことをしてしまった気分だ。
次に会うことがあれば、仲良くなれたらいいな。
彼らが引っ越すか、〝市〟に見つかってしまうそのときまで。
と、天を仰いでいたら──
「アラ……」
お?
泣き声がした方へ顔を向けると、最初に出会ったアライグマが、ちら……ちら……と、校舎の角からこちらの様子を窺っていた。
アライグマは僕と目が合うと、少し逡巡した末に決心した様で近付いてきて、一本の長い棒を僕の前に掲げた。
とても立派なゴボウだった。
どうやら、〝美味そう棒〟を置いていくだけでは気が済まなかったようで、面と向かい合って仲直りしたいみたい。
なので僕は、ちょうどポケットに紛れていた236円を、ゴボウと引き換えにアライグマの手に乗せた。
アライグマはお金を貰えると思ってなかったのか、何度もお金と僕の顔を交互に見たが、やがて誠意が伝わったのか、ぺこりと頭を下げて、走り去っていった。
その後、学食のおじさんに引き取ってもらったゴボウは、ゴボウのかき揚げとして、生徒に美味しく頂かれましたとさ。
帰国したい外来種だっていると思うんだ
次回は4/29です。ご一読よろしくお願いします。
それでは、せーっの
脳 み そ 溶 け ろ




