第63話:戻すよ【〃】
前回のあらすじ!
「入れ替わってるぅ~⁉」
「おぶぇぇぇええ」
情けない悲鳴と共に、蹴り飛ばしたキゾロさんが地面に倒れ伏す。
それを動物たちが見守る。奴が再び起き上がらないかと固唾を吞んで見守る。
「あっ‼」
馬が咆える。キゾロさんの右腕が地面をググッと押したのだ。
が、右腕は地面を滑ると終ぞ彼は立ち上がることなく力尽きた。頭部を一蹴したのが幸いしたのだろう。
入れ換わりの元凶は、今遂に倒されたのだった。
「おや、タケタロウかい?」
あ、おばあちゃん。羊さんになってたんだね。
「いやはやビックリしたわい。ヨシさんと生命の終幕について話していたら急に眩しくなったと思えば、この羊と入れ替わってたんだよ」
それにしては皆と元気に追い掛け回してたね。キゾロさん、苦しそうに呼吸してるよ。
「長いこと追い回してたからね。たまたま牧場の子と入れ換わった者同士集まってたら、ちょうどあの阿呆が逃げ込んできたわけよ。あやつの仕業と気付くまで時間は掛からなかったわい」
〝飛んで火に入る夏の虫〟だったんだね。
「ほう。こんなとき〝マンドラゴラ引き抜く馬鹿〟なんて言葉はあるが、タケタロウの地元はそう言うんだね」
多分同じようなもんだよ。
「おーい、皆の衆~」
あ、村長。
女性の声に振り返ると、ユイねぇさん㏌村長がスキップしながら柵を跳び越えてきた。満喫してるね。
「おす、身体はユイ、心はゴゼル。アラール馬を止めてきたので助太刀に入りたかった」
「ほう。ゴゼルかい。お主はユイと入れ換わっちまったんだね」
「そうなんじゃよ。お陰で云十年ぶりに動き回れてな、若い頃を思い出せたわい」
「年を取ると思うように動けなくなるからね。お主の場合は腰を患っとるのもあるからのう。しかしそれならユイは苦労してるんじゃないかい?」
「そう思い、入れ換わってちょいとはしゃいでから家に戻ったら、腰が痛ぇと大人しく座っとったわい。直後に広場でらんちき騒ぎなもんじゃから自由にお菓子摘まんでなと留守番させとる」
はしゃぐ前に帰りなよ。
「はしゃぐのは後でもよかろう。ところでらんちき騒ぎとはなんじゃ」
赫々鹿々。
「なんと、そんなことがあったのかい。いきなり身体が換わって動物たちも苦労しとるじゃろう。早いところ戻って元居た場所へ返してやろう」
「そうじゃな。そうと決まればキゾロをとっとと拘束──」
と、村長が踵を返すと、キゾロさんが居た場所には入れ換わりステッキと紙が残されていた。
まさかと顔を上げると、当人はいつの間にか起き上がって柵めがけて駆け出していた。なんと彼は倒れたふりをして逃げ出す機会を窺っていたのだ。
「ぬかったなゴゼルゥ! 使い方のメモはステッキと一緒に置いといたから、しばらくトンズラさせてもらうぜぃ‼」
「貴様ァクソガキィ‼‼‼‼‼」
「昔を思えばお互い様よゥ! あばよォゴゼルゥんべェェェェ⁉‼‼‼‼」
軽やかに柵を跳び越えようとしたキゾロさんが空中にぶつかり、地面に墜落した。
「キゾロが落ちた⁉」
「よく分からんが今のうちだ! 抑え込め‼」
「痛ででで! 背中踏まないでくれ背骨折れる‼」
捕縛に乗り出す動物たちと、次々彼らに乗っかられるキゾロさんを傍目に、何事かと赫鹿の背を借りて柵の上に手を伸ばすと見えない何かに阻まれてしまった。牧場と外の境目に見えない壁が生成されている。
その柵の入口横には、じっと立っているオボロさん。
「万が一に備え、魔力壁で囲っといた」
流石オボロさん。長生きだけあって用意周到。
「これが〝年の功〟というやつよ」
「おや。その龍頭……もしやあんたがタツさんかい? お噂はかねがね」
おばあちゃん、知ってるの?
「前にゴゼルの家を訪ねた時、出て行くのを見かけたんじゃ。龍の知り合いがいるとは聞いていたからね」
「キエちゃん、世間話は後にしよう。赫鹿よ、こやつを運んでくれんか? 引き摺ってくのは流石にメンド……忍びないんじゃ」
「かまへんよ嬢ちゃん」
「ありがとうよ」と村長は拘束したキゾロさんを赫鹿に乗せる。縛られ過ぎて芋虫状態になってしまっている。
赫鹿さん。僕も乗せてもらっていいかい? 歩幅差が大きくて置いてかれちゃいそう。
「ええで」
どうもありがとう。
赫鹿の背中に乗せてもらって、僕らは広場を後にした。
ところで村長。どうして僕ら動物と喋れてるわけ?
「翻訳魔法使ったった」
なるへそー。
◇ ◇ ◇
「このお馬鹿‼」
「ぶぉっへぇぇぇ」
広場への帰還一発。リコちゃんからドロップキックを貰ったキゾロさんは、けちょんけちょんにされた身体で地面を転がり跳ねたとさ。
中に入っているのは多分ステラさん。キゾロさんの一人娘さんで、「村長居なけりゃ彼女を頼れ」と格言が生まれる程に村人からも厚く慕われている肝っ玉母ちゃんだ。序でに言えば、アラールのマッチョッチョ、鍛冶屋のゴンゾーさんとは幼馴染みだそう。
それにしても……幼女が老人を蹴り飛ばす様は傍からすれば中々に強烈な光景だ。
「リ、リコちゃん⁉ 急になに……あ! 中身ステラだな⁈」
「その通りさ! いい歳こいてまたくだらない騒ぎ起こして! 迷惑かけるもんくらいなら作るなって前にも言ったじゃないか!」
「いいじゃねぇかよぉ作るくらい! 思い付いたら即製作しねぇとオイラ死んじまうんだからよう!」
「全部が全部作るなって言ってんじゃあないよ! 活かし方をしっかり考えろと言ってんだ‼ ほら、さっさと皆を戻しな! さもなくばアラールを呼ぶよ!」
「ひぃっ⁉ そ、それだけは勘弁してくれェ‼」
まぁまぁリコちゃん……じゃなくてステラさん。キゾロさんも怯えてるし、アラールのマッチョッチョは勘弁してあげなよ。流石に酷だよ。
「俺を恐怖の象徴にしてんじゃねェェェエエゲェホゲホ⁉‼‼‼‼」
マッチョッチョが入っていると思われる漁師さんが激しく咳き込む。
「余所の喉で叫んでんじゃないよアラール! 誰しもがあんたみたいな鋼鉄じみた喉を持ってるわけじゃないんだ! タケタロー。お前さんはアラールはやりすぎと言うが、そうでもしないとうちの父ちゃんは一ヶ月も懲りないのさ。お前さんが来る前だって、騒ぎ起こして一龍週間経たないで広場感電騒動起こしたんだよ」
やっぱデストロイで。
「味方が消えた⁉」
「シバきたいのは山々だがそれは後だ。先ずは全員戻すから入れ換わった奴と並びな!」
うーい。
「では儂は儂と入れ換わったユイと連れてくるとしよう。その間はステラ、お前さんに任せるぞい」
村長がユイねぇさんを迎えに立ち去るのを皮切りに、村人と村人同士が、村人と動物同士が立ち並んで列を成す。多種多様な生き物が一堂に会している様は見ていて圧巻の一言だ。
「キゾロのじいさん! 俺と部下とウマ公で頼まぁ!」
「え~⁉ 複数で入れ換わったの~⁉ だる~‼」
「元はと言えばあんたの所為だろがァァァアアぼえっほえほ⁉‼‼‼‼」
「ヒッヒィィィイイン‼‼‼‼‼」
「ウマァァァァアアア‼‼‼‼‼」
盛大に吐血した漁師㏌マッチョッチョを余所に、キゾロさんはマッチョッチョ㏌ウマとウマ㏌漁師に袋叩きにされたとさ。
「注意されたばっかだろがい。あ、ウサギだ」
「⁉ え〜〜⁉‼‼‼‼」
そこに並ぼうとしていたリンねぇさんの言葉に村人たちは驚きの声をあげる。〝鍛冶屋の多分跡継ぎ娘〟として日々鉄を打つ彼女は職人故か口数が極度に少なく、一言返事以外で声を発するのは実に『第5話:見送るよ』以来だ。
周囲が困惑している中、彼女は構わず僕を抱き上げて喋り倒す。おっぱいの圧が凄い。
……あ。リンねぇさん、ギザ歯だったんだ。
「おうウサ公。お前は誰と入れ替わっちまったんだ? エイリか、コウか? それともタケか? もしくはアフノさん……は留守だったな。昨日交易に出かけてたわ」
あ、これグラさんだ。口調が彼特有のヤンキーだし、何より僕を『タケ』と端折るのはこの村では彼くらいなものなのだ。
グラさん、グラさん。僕だよ、竹太郎だよ。
「暴れんな暴れんな。この人混みの中地面に居たら踏まれちまうぞ」
身振り手振り伝えてみるがグラさん疑惑は気付かない。そりゃそうだ。動物同士じゃないんだもの。
まぁ、いっか。地面を歩くより楽だしね。
「アニョ」
お?
独り静かに楽観していたら動物の鳴き声がしたので、グラさん疑惑と振り返ってみると、アニョペリ鳥が隣に立っていた。
「⁉ アニョペリ鳥だァーーーー‼‼‼‼‼」
「アニョペリ鳥が出たぞォーーーー‼‼‼‼‼」
「シャケェェェエエ‼‼‼‼‼」
村人は口々に悲鳴をあげて逃げ惑う。だってアニョペリ鳥だもの。
「アニョ! アニョアニョ!」
しかしアニョペリ鳥は追ってこない。それどころか、何か懸命に伝えようとしている気さえする。
「アニョアニョ! アニョアニョアニョ‼」
アニョペリ鳥、何か訴えてるよ。僕を抱きかかえる腕をペチペチ叩き、グラさん疑惑に鳥と向き合うよう促すと、彼? は催促を受けてくれた。
「なんだアイツ? 鳴くばかりでちっとも動かねぇし、よく見たら目がラリってねぇぞ」
「それは彼女もまた、被害者だからさ」
「うぉお⁉‼‼」
グラさん? が慄き飛び退く。いつの間にかエッちゃんが並走していたからだ。しかも開眼状態とまぁ珍しい。
「エ、エイリ! いきなり話しかけてくんじゃねぇよ⁉ つーかそんな目してたんだなお前‼」
「私はエイリじゃあない!」
「は?」
「私は入れ換わり騒動に巻き込まれたアニョペリ鳥! この身体の持ち主の魂は今、私の身体に宿っているのだ‼」
「えェ⁉ じゃあ、アイツ……エイリだっつぅのか⁉‼‼」
「アニョ! アニョアニョ! アニョペリノ‼」
「さっきからそう言ってるじゃんこの見かけ倒し! と言っている」
「なんだとコノヤロウ! つーか動物の言葉なんざ分かるわけねぇだろ‼」
「それはそうだが、解らない以前に君たちは聞く耳持たず逃げたじゃないか。私だってそのウサギと同じ野生の動物なのに、顔を合わせるなり距離を取られて誠に遺憾である」
「ウルセェよ! S級危険生物をそこらの動物と一緒にすんな‼」
何をもってして危険生物なの?
「風の噂によると私は、なんかこう……その、あれだ…………とにかくヤバいそうだ」
「てめぇが説明すんのかよ!」
「ところで、そのウサギ。先程〝竹太郎〟と自称していたぞ」
「あ、お前タケなの⁉」
アニョペリ鳥、代弁ありがとう。
次いでに頼みたいけれど。リンねぇさんの中身はグラさんかどうか、代わりに聞いてもらっていいかい?
「構わんよ。リンねぇさんとやら、君の身体に今居るのはグラさんかと聞いているぞ」
「なんだ、気づいてたのか。その通り、リンと入れ替わっちまったのよ。リンはリンで俺の身体に入ってるぜ。ほれ──って⁉」
そのリンねぇさん㏌グラさんは、決心した顔でグラさんのパンツをめくっていた。
「こらリン、やめなさい! 嫁入り前に見るものじゃありません‼」
「ほう。彼女は婚約者がいる身なのかい」
「拡大解釈‼」
「アニョニョアニョニョ。アニョペリノ」
「目に焼き付かせた以上、責任取りなよ。と言っている」
「押しかけ女房されろと⁉」
「なにィ! グランとリンが結婚するってい⁉」
「誤解をバラ撒くな全ての元凶!」
「教会は何時でも歓迎しますよ」
「シスターも悪ノリしないでください‼」
「おーおーおー‼」
「万歳じゃないんだよゴンゾーのおやっさ……コウかおまえ⁉」
「ウシィィィィイイイ‼‼‼‼‼」
「うわァァァアア! おやっさんの気配がする牛が走ってきたよォォァアア‼」
──が、牛は頭突く一歩手前で急ブレーキをかけると、グラさん㏌リンねぇさんと、リンねぇさん㏌グラさんを交互に見始めたのだ
「悩んでる! リンの身体に入った俺をシバくか、リンが入った俺の身体をシバくべきか迷ってる‼」
「だったら戻ってからシバけば良いではないか」
「ウシィィィィイイイ‼‼‼‼‼」
「余計な入れ知恵するなアニョペリ鳥ォォォオオ‼‼‼‼‼」
もうてんやわんやだった。
「ところで竹太郎少年」
なんだい? エっちゃん㏌アニョペリ鳥。
「君の身体は何処なんだい?」
村にはいろんな動物がいるね。
次回は明日18時(前後あり)になります。ご一読よろしくお願いします。
それでは、せーっの
脳 み そ 溶 け ろ




