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第61話:梅雨だよ【現世Part】

前回のあらすじ!

アフノさんの弟、来る。

 しとしと、しんしん、オキシトシン。

 現世は絶賛梅雨だった。

 梅雨は嫌いだ。ジメジメしているし、服は濡れるし、洗濯物は干せないし、ザリガニのバラバラ死体が排水溝周りに散乱するし、何より髪の毛が爆発四散のジャスタウェイしてしまっているのだ。ただでさえ天然パーマに苦労しているのに勘弁してほしい。


 梅雨さんや

 自重してくれ

 全くもう

       木下竹太郎


 一句唱えてみるが空の住人はシャワーを止めない。風呂を楽しむのは結構だが下界の迷惑も考えてほしいものである。全くもって嘆かわしい。


 ──だって一週間浴びてなかったし。


 開き直らないでー。


「わたしは雨、好きだよー」


 教室の窓辺から空に文句を垂れていると、エッちゃんが対局の意見を述べてきた。


「雨が降ると、土の匂いが運ばれてきて、好きー」


 それは分からんでもない。

 あれ? でもエッちゃん、濡れるの嫌がってなかった?


「それとこれは別ー」


 そりゃそうだ。

 好き好んで洗濯物を増やしたくないもんね。


 他の人はどうだろうか。隣にふらりと現れた仏くんに話を振ってみる。


「私もでぇっ嫌ぇです。折角梳かした髪先が湿気で跳ねてしまうんですもの。木下さんもその点苦労してそうですね」


 酷いときはゴルゴンの蛇になってビックバン超新星だよ。お互い大変だね。


「梅雨には自重してほしいものですね。福多さんは如何です?」

「横幅が広い分、横殴りの雨を受けまくりさ。全く嫌になっちゃうのさ」


 志桜里さんはどうだい?


「木下くん、吉岡くんに同じよ。この時期だけでもバッサリ切ろうか毎年悩むわ。あ、悩むと言えば、この時期は特に悩まされるやつがいるわね」


 志桜里さんが親指を向けた先には、机に突っ伏す茶之助くんが居た。


「あいつ、低気圧頭痛持ちで、雨の度にああなの。普段のテンションも下の下の下ってとこね」


 気候に体調が振り回されるなんて、難儀な体質があるものだ。

 茶之助くんは登校してからずっとあの状態だ。もしかしたら頭痛で起き上がるどころじゃないのかも知れない。


「あ、木下くん。今のあいつに近付かない方が……あーあ、行っちゃった」


 志桜里さんが何か言っている間に彼の席へ赴き、肩を揺らす。


 茶之助くん、茶之助くん。大丈夫かい? 辛いなら保健室に行った方が──


「嗚゛呼゛……?」


 わぁい。

 殺意百パーセントの目つきで睨まれてしまった。


 ハッと我に返った様子で茶之助くんが謝ってくる。


「ん……? あ、ああ。ゴメン木下。どしたん?」


 茶之助くん、さっきから具合悪そうだよ。教室よりも保健室で休んだ方が良いよ。


「ああ……まぁ、そうね。机じゃ限界あるし、うん。そうするわ」


 送ってくよ。足元フラフラだし。段差だって危ないよ。


「おお。じゃあ頼むわ。正直キツイもん……」


 というわけで、エっちゃん。HRまでに戻らなかったら、説明よろしく。


「任されよー。いってらっしゃーい」


 彼女に見送られながら、茶之助くんに寄り添う形で僕は教室を出た。



 ◇ ◇ ◇



 失礼しまおぎゃあ。

 保健室の中は、低気圧ゾンビで蠢いていた。

 皆が皆、虚ろな目でぐったりしている。この世の苦悩を一室に集中させた、正に地獄絵図だった。


 その中には、見知った顔もあった。


「おや、木下くんに新田くん……。君たちも偏頭痛持ちかい……」


 巴さん。教室来るの遅いと思ったら、こっちに居たんだね。


「ああ……薬は飲んできたんだが、どうにも耐えられなくてね。木下くんはまだマシな方なのかい?」


 僕は茶之助くんを運んできたんだよ。ここ来る途中で朦朧になっちゃってね。


「それは大変だったろう……。ほら、私の隣に……」


 お言葉に甘えて、茶之助くんを巴さんの隣に腰掛けさせる。


 保健の先生はどうしたの? 見当たらないけど。


「今追加の薬を取りに行ってくれてるよ。今迄に類を見ない連日降雨らしくで、全国的に頭痛薬の供給が追い付いてないそうだ」


 テレビでも言ってたね。そんな感じの報道。例年の三倍は降るとか。


「病院も猫の手も借りたい患者数と言ってたね……」


「すいませぇん、ちょいと薬をわぁ多いぃ……」


 彼女がそう言う間にも、新患が新たに増える。

 そろそろお暇するよ。これからもっと混みそうだし。他の利用者の邪魔になっちゃう。


「あぁ、今のうちに戻った方が良いよ。それと、一時間目までに戻らなかったらノート写させてくれるかい?」


 幾らでも。茶之助くんも遠慮なく写してね。

 茶之助くんは力なく手を挙げて、くたりと下げた。


 ではお大事に。出て行こうとしたら、ちょうど廊下側からガドンとドアが開いた。

 養護教諭の屋久きなこ先生だった。


「頭痛薬、お待ちどおさまァ!」


「「「うぁぁぁあああ!!!!!!!!!!」」」


 ここぞとばかりに生徒たちが入口になだれ込んだ。


「順番順番! 薬は逃げないから! そこのえーと……ライダーキックくんは大丈夫⁈」


 僕は無問題です。クラスメートを送りに来ただけなので。


「なら水汲み手伝ってちょうだい! 担任には私から言っておくから!」


 かしこまりかしこ〜。と、先生に指さされた紙コップの封を開ける。まさか自分が猫になるとは思いもよらなかったなぁ。


「はい皆! 今から配るから来た人順に並んで! 一時の我慢が最速よ!」


 きなこ先生の呼びかけに生徒たちは一斉に列を成す。何事も〝急がば回れ〟だね。

 薬を受け取った生徒たちにお水を地道に順番に配給していく。最初は先の見えない数だったが、ようやく終わりが見えてきた。


 なんて甘く見ていた時期が僕にもありました。


「屋久センセー‼」


 きなこ先生と安堵し合っていると、何時ぞやの体育教師・大那権兵衛(だいな・ごんべえ)先生が声を大にドアに立ち塞がる形で現れて、室内の人々は窓際まで吹き飛ばされてしまった。


「小声で入ってきてっていつも言ってるでしょ大那先生! どういった御用で⁈」

「緊急事態だ! 生徒を窓から避難させてくれ!」

「皆! 渡り廊下までなるべく壁際を歩いてね! それで何があったんですか!」

「百聞は一見に如かずだ! ネットニュースを見てくれ!」


 はい、先生。僕のスマホで見なよ。


「あら、ありがとう。んーと……天気頭痛者が暴徒化⁉」

「患者数が薬の供給を遥かに上回ってるんだ! さっきまで校門に居たんだが、今にも遅れて登校してきた生徒たちが押し寄ぐぁぁぁああアア‼‼‼‼‼」


 言葉途中でドアが蹴破られると、権兵衛先生は下敷きになってしまった。


 ──次の瞬間、理性の吹っ飛んだ形相の生徒が雪崩れ込んできた!


「「「ヴァァァァぁぁぁぁああアアアアアア‼‼‼‼‼」」」

 生徒たちはゾンビのように薬に群がり、死肉を貪るハイエナの如き勢いで服用する。我先にの姿勢はいただけないが、見る限り一人一粒を徹底しているし、ちゃんとお水と一緒に飲んで偉い。


「何をぼんやりしてるのライダーキックくん! 速く避難しなさい!」


 うーい。


 ──ガッシャァァァアアン!


 窓を乗り超えるきなこ先生に続こうとすると、後ろから金属音が鳴り響いた。

 何事かと振り返ってみれば、薬品等を乗せる銀カートが倒れていた。その拍子に宙を舞ったのだろう蓋の開いた薬瓶は中身をバラ撒きながら僕の方へと飛んできて──


 ずめっちょ──。と、頭に突き刺さったのだった。


「「「寄越せェェェェェぇぇェエエエエエエ‼‼‼‼‼」」」


 わーい。

 僕は中庭へ飛び出した。


「「「薬ィィィィィぃぃぃイイイいいイ‼‼‼‼‼」」」


 生徒たちはなりふり構わず追いかけてくる。暴力的な数と圧で獲物に迫りくるその様は宛ら映画●イオハザードⅣの水没エリアを抜けた先に襲来したゾンビ集団だ。


 ──ピンポンパンポ~ン♪


 おん?

 校内放送のチャイムが鳴った。


「緊急放送です! 只今、天気頭痛持ちの生徒が暴徒化しております。廊下に居る人は最寄りの教室へ避難してください! 繰り返します! 天気頭痛持ちの……」


 やばたにえんまる~。

 教室に逃げ込もうにも、運悪く走っているのは生徒教室棟。直ぐ後ろを頭痛ゾンビが追いかけてきている以上今逃げ込んでは避難者たちを巻き込んでしまう。先ずは彼らを撒いてからだ。


 いや待てよ? そもそもの原因は今僕の毛髪に突き刺さっている頭痛薬にある。迫りくる頭痛ゾンビに思わず飛び出してしまったが、撒くも何も、頭痛薬を渡してしまえば万事解決じゃあないか。


 が、幾ら引っ張ってみても頭痛薬は抜けない。湿気にやられた毛髪と完全に絡まってしまっている。なんてこったわーいわい。


 まぁ、梅雨だからね。

 とにもかくにも、これで打開策は瓦解してしまった。はてさて一体どうしたものか。


 ──ザバラバラバラ……。


 んあ?


 不意に背後から聞き慣れない音が響いた。

 何の音かと振り返ってみると──、どうしてか錠剤が駆け抜けた後に散らばっていた。それを先頭の頭痛ゾンビが一粒拾っては蛇口場へと外れていく。


 もしかしてと頭の便に再び触れると──、ああ、やっぱり。さっきは気にしなかったが、開口部分が頭に突き刺さっている。中身が毛髪を伝って落ちているのだ。


 ならば中身が落ちきるまで走ればいいのだ。幸い体力には自信がある。光がまた見えてきた。



 ◇ ◇ ◇



 一方、一年三組──。


「たっくん、遅いねー」

「そうねー」

「連絡も、来ないねー」

「来ないのねー」


「新田くんは加藤さんと別の教室に避難してるらしいのさ。木下くんの名前が出てこなかったからきっとどっかではぐれたのさ」

「まぁ、彼なら大丈夫でしょう。木下さんですし」

「吉岡くん、あなた妙に木下くん評価してるわよね」

「大体のことは大体どうにかなる雰囲気放ってますし」

「ふっちー、分かってる〜」

「恐れ崇めよ奉れ」

「やだー」

「えー?」


「あ、木下が廊下走ってる」

「マジで〜? どれどれ〜……ホントだ〜」

「なら急いでドアの鍵を……おや、素通りしてしまいました」

「壁窓越しにダブルピースしてるわね。〝見ってる~?〟しちゃってまぁ」

「というかさっきから地響きしません?」


「「「グズリィィィぃぃィィィィイイいいイイイ‼‼‼‼‼」」」


「追われてますね」

「冷静に分析してる場合じゃないのさ……あれ? 木下くんの頭、何か刺さってるのさ」

「薬瓶ですね。パッケージ的に」

「ちょっと待って? 彼、頭に刺さった頭痛薬目当てに追われてるの?」

「なんなら薬が髪の毛伝って落ちてって、床に錠剤カーペットを描いてるのさ」


「ふひゃひゃひゃひゃ」


「吞気に見てないで助ける手立て考えましょうよ。桐山さんも笑ってないで。そもそも彼、どうして薬瓶引っこ抜かないの?」

「中々にパワーワードですね。薬瓶引っこ抜くって」

「四ノ山先生ェ‼」

「あの子の髪の毛、何でも引っ掛かっちゃうんだよ。特に雨の日」


「ウハハハハハハおえっ‼」


「でも大丈夫そうですよ。ゾンビ方が軌跡に群がっては一粒拾って離脱しています」

「汚ったね」

「三秒ルールですよ三秒ルール」

「適用させちゃ駄目でしょ。床に落ちてて更には髪の毛に絡んでたんだし」

「どうせ唾液と絡めば全部汚ねぇんですよ」

「うっわ身も蓋もない。恋愛キスへの夢もない」

「それはそれで」

(ちが)えるんかい」


「ただいま~」

「帰ってくるし」

「たっくん、お帰り~」

「ラストスパートだったのさ?」

「先回りしてた権兵衛先生がハイパーボイスでドゥゴンスポしてくれたよ」

「なんて?」

「凄ぉい」

「分かるの?」

「HR始めるよー」


 現世は梅雨の時期でも平和であった。

「天気頭痛って怖いね」


次回は4/8(土)18時です。ご一読いただければ幸いです。

それでは、せーのっ。


脳 み そ 溶 け ろ

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