第60話:帰るよ【異世界Part】
前回のあらすじ!
体育祭打ち上げ。
「お前らぁぁぁあああ!!!!!」
どっかん。ずってん。ごろんごろん。
異世界にて──。
日々のルーティンたる昼市の商品陳列をしていると、雄叫びを上げて現れたアラールのマッチョッチョの咆哮に、広場にいた全員が吹き飛ばされた。
コウくん・リコちゃんの盾になったリンねぇさんの盾になった鍛冶屋のおっちゃん基ゴンゾーさんがブチ切れながら叫び返す。
「急に叫ぶんじゃねえよアラール! チビたちが怪我すっだろうが!!」
「すまん!」
マッチョッチョは砂ぼこりを巻き上げながら謝る。素直に謝られた以上おっちゃんも「うぐ……」と口を閉ざさざるを得ない。
「アフノを見てねぇか!? 尋ね人が来航してんだ!」
「来航だぁ? 定期船の予定なんざあったか?」
「私物船だ! 金持ちだぞ‼」
「言うな言うな。下世話だ下世話だ。大体、その尋ね人は今どこに居るんだよ?」
「あそこの家の影だ!」
と、マッチョッチョの指差す先を見やれば──20代半ばと思われる青年が恐れ慄いた表情で広場を覗き込んでいた。
「どうしたお前さん⁈ 出てこいやァァァアア!」
「やめろバカ」
「痛ってぇ! 何すんだァァァ‼‼‼‼⁉」
「テメェのハイパーボイスに警戒してんだよ! 俺が相手すっから引っ込んでろ!」
「なら俺は漁の片付けに戻らァ! ハァァァアアア‼‼‼‼‼」
マッチョッチョは大きな足音を鳴らしながら広場を走り去っていった。
するとマッチョッチョが立っていた場所に、リンちゃんとコウくんのチミチミコンビが、ぺっぺこ、ぺっぺこ駆け寄って、しゃがみ込んだのだ。
「おー……」
「30……いくつだろ〜? ユイさーん、足のサイズ分かる〜?」
「うわえっぐ」
なんと、マッチョッチョが居た箇所が足跡の形で陥没していたのだ。つい先週も勢い余って地面を踏み割ったばかりだ。
また村長が修復に駆り出されるよ、やーれやれ。
「まーたアイツは余計なもんを……それはさておき、兄ちゃん、待たせたな。出てきて良いぞ!」
「あ、はい」
青年は嵐が鎮まった広場へ躍り出てきた。
細身で長身の男性だった。ユイねぇさんより高く、アフノさんよりもちょっと低い。貴族とかお金持ちさんが愛用しそうな小洒落た服で身を包んでいるが、袖から覗かせる腕は確かに鍛えられている人のもの。あと、下睫毛がバチンバチン。
ただ、何故だろうか?
僕は彼と会ったことないのに、彼の顔を知っている。
一体誰と重ねているのだろう? 僕は既視感の正体を突き止めるべく、記憶の奥底をこじ開けた。
先ず元々村に住んでいた鍛冶屋のおっちゃんたち原住民は違う。知っているなら誰かしらが「○○のとこでねぁ」と疾うに言い出している筈。
だとすると原住民組は違う。後から移り住んできだ外部の村民の知り合いだ。けれど僕はもちろんエっちゃんは村外どころか平行世界から来た人間、村外との交流はないに等しい。
それじゃあ一体誰の?
いや待てよ? 家を飛び出したって言っていたのが一人居たぞ。確かその人は……。
──あ。
「ところでお前さん、どっかで見たことある下睫毛してんな? 誰だったかなぁ……」
「おや? もしや僕のこと存じていないのですか?」
「存ずるも何も、この村は初めてだろ。……初めてだよな?」
「初めてですね。……あぁ、そっか。喋ってないのか……」
「どうした?」
「あぁ、すいません。こちらの話です」
「まぁいいや。それより、アフノに用があると言っていたが、あいつの何なんだ?」
「申し遅れました。私はレグルス=イルヴェール。アフノとは──」
あぁ、レグルスさんか。
「え?」
「なんだタケタロウ。この兄ちゃん知ってんのか?」
うん。アフノさんと個人的に仲良しの商人さんだよ。この前、港で会った。
「そういや船に乗ったことあったな。アラールが間違って乗せちまってな」
「蒸し返すんじゃねェェェェエエエ‼‼‼‼‼」
と、港から発せられた一声が、雲を貫いた。
マッチョッチョ、地獄耳なんだね。
「怖ァ」
「あの、君? 港で会ったって一体……?」
憶えてないのも無理ないよ。僕とは一瞬目が合った程度だもん。
それよりもほら。アフノさんに会いに来たんでしょ。案内するから一緒に行こう。
というわけで、農家のキエさん。ちょいと早いけど昼休憩入るね。
「気をつけて連れてっておやり」
ほんじゃあ、レッツラ・ゴ~。
「え、えぇ~……?」
状況を受け入れられていないレグルスさんを見て見ぬふりして、僕は彼の手を引いて広場を後にした。
そして、北通りを歩き出して広場の喧騒が遠くなったところで、レグルスさんが口を開いた。
「ね、ねぇ君? さっきから何がしたいんだい? 知り合いのふり? をしたり、急に案内役を買って出たり」
頃合いとしてはちょうどいい。周囲に自分たち以外居ないのを確認してから、然りとした説明をする。
ゴメンね、レグルスさん。無理矢理連れ出しちゃって。これには深い訳があるんだ。
「訳? 訳…………あぁ、そうか。君は気付いているんだね」
うん。そう。
多分だけど貴方のお兄さん、兄弟が居ること、誰にも教えてないよ。
◇ ◇ ◇
暫く歩いて、アフノさん宅が見えてきた。
アフノさんは縁側でロッキングチェアを揺らしながら読書をしていた。日向ぼっこをしながら詰んでいた本を読むのが休日の日課だそうで、前に訪れたときも同じことをしていた。
「うわ、本当に居た……!」
レグルスさんは幽霊でも目にした顔で息を狭める。実際に会うまでは半信半疑だったみたい。
お兄さん見るの、何年ぶりなんだい?
「十年ぶりだね。正直、会えるかどうかは博打だった」
明らかにアポ無しだもんね。
ところで、行かないの? アフノさん、欠伸かいてるよ。
「いやぁ……お恥ずかしながらどう話しかければいいか考えてないんだ。来るまで時間あったのに、全然纏まらなかった」
切り出し方工夫しなきゃいけないの? 兄弟なのに。
「十年も会ってないと難しくなっちゃうんだ。」
だったら僕に任せて。
レグルスさんを一旦木陰に隠して、枝を一本拾って単身アフノさん宅を訪ねる。
アフノさん。アフノさん。こんにちは。
「あらタローくん、いらっしゃい。今日もいい天気ね」
こんな日は外で日光浴したくなるよね。というかタローくん呼び、久しいね。
「前は距離感忘れちゃってたのよね。ほら、わたし仕事上家空けがちだし。それにその人ならではの呼び方があるってなんか素敵じゃない? あ、イマイチならやめるわよ」
僕は好きだよ。タローくん呼びも、エッちゃんのたっくん呼びも。それはそうと、この枝見てよ。
「随分真っ直ぐな枝ね。人工物と思っちゃった」
さっきそこで拾ったの。こういう綺麗に伸びてるのって、思わず拾っちゃうよね。
「その気持ち分かるわ。わたしもコレクションしてた時期があったもの」
その数、実に?
「45億」
ふふはははは。
「エダギー」
お?
枝木から鳴き声がしたと思っているうちに、枝木はうにょうにょ器用に手から抜けると、地面に綺麗な着地を決めて、這い去っていった。
なんと、僕が掴んでいたのは〝エダツムリ〟の枝そっくりな貝殻だった。
──というわけで、
「どういうわけで?」
アフノさんに訪ねに来た人を連れてきたよ。
「わたしに来客? どちら様かし、ら……」
アフノさんは目を皿にして、右手の本を落としてしまった。
「──レグル……?」
「や、あ……兄さん、久しぶり……」
「──……っ」
アフノさんは口を一文字に結ぶと、本を拾って、僕らに背を向けた。
「兄さん──」
「帰りなさい」
「──っ⁉」
「どうやって突き止めたか知らないけれど、今ならまだお父様にバレずに済むわ。家の船で来たなら日没までに港に着ける筈よ」
「違うんだ。兄さ──!」
「レグル!」
「ひっ──‼」
「わたしはもう、貴方と喋って良い間柄じゃないの。貴方まで毒したくない。分かってちょうだい……」
そう言い捨てて、アフノさんは家のドアを開けた。
けれど、その背中は彼のものとは思えぬほど小さく見えて、且つ酷く苦しそうだった。
アフノさん、家族のこと、村の人には話してないの?
「……っ」
アフノさんは不自然に身体を強張らせると、踵を返さないまま言葉を返してきた。
「────村長には喋ってる。他の人には〝師匠に拾ってもらった未就労者〟で通しているわ……」
どうして隠したりしているの?
「もう家族でいられないからよ」
アフノさんは一拍置いて、言葉を紡ぐ。
「前に話したように、わたしは家族に迷惑ばかりかけてきた。自分でも吐き捨てたくなる所業の数々、何処からでも漏れたりすれば、間違いなく家の風評に響く。それだけはあってはならないの」
それはご家族さんに言われたの?
「………………」
アフノさんは暫し押し黙った後、かぶりを振る。
そっかぁ。
一度怖くなると、ずっと怖くなるよう考えちゃうもんね。
でもさ。相手を思うのなら、どうして弟さんが来たのかくらいは聞いてあげようよ。今のところレグルスさん、わざわざ嫌味言いに来る人には見えないよ。
「う……」
「兄さん」
と、ここでレグルスさんが僕とアフノさんの間に躍り出る。
「僕は兄さんを非難する気は元よりないし、ましてや父上の命で来た訳じゃない。それだけは理解ってくれないか……! お願いします!」
レグルスさんは兄の背中に向けて、頭を下げた。
「────はぁ……」
アフノさんはため息を吐くと、ゆっくりと、でも確かに振り返ってくれた。
「ごめんなさいタローくん。連れてきてもらっといてだけど、席を外してちょうだい」
分かったよ。どうぞごゆっくり
二人にさよなら三角を作って、僕はアフノ宅を後にした。
◇ ◇ ◇
アフノ宅・客間──。
「どうぞ」
「いただきます。ズズッ──あ、美味しいねこのミルクティー」
「ヴィルヴィエで貰った茶葉よ。お得意さんが勧めてくれた飲み方なの」
「この村の真反対じゃないか。そこまで交易してるんだね」
「師匠の名があってこそよ。私が挑戦したいことは何でもやらせてくれたし、交易範囲の拡大も積極的に協力してくれた」
「のびのびとやらせてくれる先生だったんだね。家では自粛激しかったから嬉しかったでしょ」
「稽古に励めと色々禁止にされたものね。不貞腐れた私と違って、聞き分け良く稽古に打ち込める貴方が羨ましくて妬ましかった」
「僕は諦めてただけだよ。兄さんが好きで書いてた小説を破り捨てられたのを見てから、同じ目に遭うのが怖くて自ら趣味から距離を置いたんだ。僕としては寧ろ、交易で道を切り開いた兄さんが眩しくて辛いくらいだ」
「お互い無いものねだりってわけね。狭い視野は商人の大敵だわ」
「騎士としても致命傷だ。死角が多ければそれだけ命に関わるから」
二人は苦笑する。
「それで──今日はどんな用事で来たの?」
「……父上が危篤になった」
「父上が? 冗談でしょ?」
「信じられないのも無理ないよ。部隊を編成してやっと相手取れる魔狼の群れを一人で撃退するような人だ」
「一体何があったの?」
「前に行われた貴族の交流会で、交易貴族さんたちから兄さんの話をされたんだって。兄さんのおかげで交易先が増えた、停滞していた利益が上がったって活躍を絶賛されたみたいでさ。帰ってきてからというもの、親として何一つ才を活かしてやれなかったのでは? と気に病んで先日遂に体調を崩しちゃったんだ」
「罪悪感で身体を壊す? 書く暇あったら稽古しろと小説を破ったあの人が?」
「でも紛れのない事実で、日に日に衰弱していくばかりだ。そこでだけど、兄さんには父上に会ってほしい」
「私があの人に……? 冗談でしょ?」
「無茶振りは重々承知だ。でも父上が弱っているのは兄さんへの罪悪感を募らせた結果だ。兄さんが荒れたのも家を出たのも父上の自業自得といえばそれまでだけど、兄さんと会えない限り父上は二度と立ち直れない、もう兄さんしか救える人は居ない。頼む、この通りだ!」
レグルスは言って、座ったまま頭を下げた。
「────無理よ」
「なっ──⁉」
「今更会いに行けるわけないじゃない……! ずっと迷惑かけといて、わたしの大切を否定しといて──そうよ、怖いのよ。罪悪感・怒り以前に、わたしは現在の自分を否定されるのが怖い。未だに〝交易より騎士継げ〟と言われるんじゃないかと恐れてる!」
「兄さん!」
「──っ‼」
「そのときは父上に見切りをつけて、僕も家を出るよ。代々受け継がれてきた家は大事だけど、僕らの人生を搾取していい筈がない。僕らは疾うに成人してるんだし、自分の道を自分で決める権利だってある! それに──」
「……それに?」
「偶然ながら、僕の昔の夢は〝商人〟だったんだ」
「──そうなの?」
「言ってなかったからね」
「この場凌ぎではなく?」
「うん」
「…………そういや貴方、世界地図とか良く眺めてたわね」
「なら世界を巡れる商人だなと」
「マジか……」
「だから兄さんには強く憧れてる。なんなら兄さんのもとで勉強したいくらいさ」
「あらあら。交易も楽じゃないのよ? コミュニケーション力あっての交易だし、航海中モンスターや海賊にもちょくちょく襲われたりするし」
「海戦なら幾らでも使えばいいよ。訓練も実戦も何度だってやってるし。ほら、見てよこの剣豆」
「潰れまくってるわね。やだ、どうしましょ。護衛としては断る理由ないわ。最近一人寿退社したし、一時の我慢でワンチャンスカウトできるなら帰るのもアリね」
「決まりだね。家がどうなっても一旦は安泰だ」
「……ふふっ。まんまと食わされちゃったわ」
「それじゃあ行くとしようか。〝善は素早く〟だ」
「ちょっと待って。先に用足してくるわ」
「分かったー」
二人は席を立った。
◇ ◇ ◇
数分後、広場にて──。
「おうアフノ、荷物纏めて何処か行くのか?」
「ちょいと実家に顔出してくるわ。あ、紹介するわ。この子はレグルス、わたしの弟よ」
「あん? 竹太郎の話じゃ、交易仲間じゃなかったか?」
あれねゴンゾーさん、よくよく思い出したら隣のリーゼントおじさんだった。
「憶え違いが酷い!」
「まぁまぁ、思い出せただけ良しとしましょう。それじゃ、行ってくるわね」
行ってらっしゃーい。
「阿保に会って吹き飛ばされんなよー?」
「誰が阿保だァァァァアアアア‼‼‼‼‼」
わぁ。足音が近付いてくるよ。
「速く逃げろ! 巻き込まれるぞ‼」
「余計な騒ぎ起こさないでよ! レグルス、迂回して船行くわよ‼」
「何が起こってるの⁈ ねぇ何が起こってるの⁉」
「生物兵器が来ると思いなさい‼」
「そんな漁師僕知らない‼」
「生物兵器じゃねェェェェェエエエエ‼‼‼‼‼」
二人は間一髪逃げ延びた。
◇ ◇ ◇
後日──。
アフノさんは一人帰ってきたものの、とてもすっきりした表情をしていた。
「ところで広場荒れてない?」
「アラールさんが暴れた跡さ」
ここを区切りに、またストック製作期間に入らせていただきます。再開は未定ですが、なるべく早く帰ってこれるよう精進します。
それでは、せーのっ
脳 み そ 溶 け ろ




