第5話:見送るよ
前回のあらすじ!
超食べた。
てくてく、てくてく、ててくてく。
朝食を食べ終えた僕とエっちゃんは、鍛冶屋を目指して歩いていた。
朝起きた時は「わあ」ってなった。何せお腹に重みを感じて見てみたら、お腹に彼女が頭を乗せて寝ていたのだから。
狩人の朝は早い。狩人は仕事柄、朝方に出てくる動物に合わせて早起きすることが多く、日の出前に家を出ることも珍しくないという(彼女直伝・ユイねぇさんから聞いたらしい狩人のすゝめより抜粋)。
だけど、それと彼女が僕のお腹で寝ていたこと、どう関係あるのだろう?
そんな疑問を解決するために少しこちょこちょって白状させると、なんとエっちゃん、僕におはようドッキリを仕掛けるために、今日は狩りの予定でもないのにわざわざ早起きして部屋に忍び込んだのだそうだ。けれど、悪戯を思いついたのは昨日の夜で、もともと早起きする予定じゃなかったから、僕のところに来た時点で睡魔に負けて、お腹にスヤァと顔を埋めたそうだ。
そして、現在に至る。
僕は彼女をちらりと見た。
「だから、悪かったってばよー。お仕置きも受けたんだから、いいじゃんよー」
エっちゃんがぶーたれる。ノリと勢いと愛情で拳を押しつけたった彼女のおでこはまだほんのりと赤い。
まだ何も言ってないよ。
「だってさー。わたしにとっては、初めての同居人だもーん。前の住人のおじいちゃん、わたしが来た時にはもう死んじゃってたから、誰かと暮らすのは実質、初めてだもーん。からかってみたくなるじゃーん。ねえ?」
開き直っちゃった。
まあ、いいけど。
でも、エっちゃんの気持ちは分からなくもないな。僕もお父さんとお母さん、いないし。
「あ、そうなの?」
うん。僕が二歳の頃、事故で死んじゃったって。それからは、じいちゃんとばあちゃん家で暮らしてた。よく、昼寝してるじいちゃんの顔に、紙箱とかタオルとかリンゴとか、色々置いてみたりしてた。
「なるほど。そういう悪戯があるのか」
いやーん。
悪戯のレパートリー、増やしちゃった。
まあ、いっか。エっちゃんが楽しいのなら。
……カーン、カーン。
お?
歩いていると、既視感だか既聴感? のある音が聞こえてきた。
「おー。もう、叩いてら」
鍛冶屋って、朝早くから、とんてんかんてん、してるの?
「やってるよー。皆が起きてる頃には、親父さんが、とんとかとんとか、始めてるよー」
そうなのかー。
早起きすればした分、長く一日を過ごせるからね。
ところで、リンねぇさんって、どんな人なの?
「えっとねー。背ぇ小っちゃい人だよー。わたしと同じ……いや、それ以下だったかな? どうなのかな?」
知らんがな。
取り敢えず僕の身長は148センチで、エっちゃんが……150センチ前後? くらいだから、リンねぇさんは145センチ前後なのだろう。
「それと、わたしたちより年上だよー。今年で16なるよー」
じゃあ、15歳だね。
ユイねぇさんと同じ呼び方だから、てっきり二十歳なのだと思っていた。
……いや、年近いって、エっちゃん昨日、言ってたな。
年といえば。僕、エっちゃんの年齢、知らないや。「わたしたち」って言ってるけど、もしかしたら、年下なのかも?
エっちゃん。今何歳なの?
「6月で13だよー」
じゃあ、同い年だね。僕も今年の冬で、13なるから。
「リンねぇはねー。すっごい可愛いよー。ぎゅーってわたしが抱きつくと、ほんわりって顔して、すっごい可愛いよー」
エっちゃん、あったかいんだね。
「可愛い」とかそういうのは、僕には未だよく分からない。でも、テレビではよく「イケメン」とか「美少女/美女」って言ってるけど、そう思うかどうかは人それぞれだというのは、なんとなく程度だけど分かる。鬼ごっこは楽しいけれど、みんながみんな好きだとは限んないって感じ。
「その例え、微妙だよー」
心、読まないでー。
「だって、聞こえるんだものー」
聞こえないでー。
「そんで、なんといっても、おっぱい、すっごい大きいよー。サラシ巻いてるみたいなんだけど、それでもユイねぇより、あるんじゃないかなー?」
僕はユイねぇさんの胸がどれくらいだったか、思い出してみた。
…………。
よく思い出せなかった。ずっと顔見て、話してたし。
まあ、いっか。
というか、胸が大きいからって、なんか違うのだろうか? 胸は胸であって身体の一部。それ以外の何物でもない筈だ。
まあ、いっか。
「着いたよー」
きっと分かる日が来るさ――と結論付けて、前を見ると、僕はでっかい家の前まで来ていた。
でっかい二階建ての家だった。エっちゃん家も二階があるけれど、それ以上に大きい。周りの家よりも一回り以上大きい。屋根からはでっかい煙突がこんにちはしていて、表は出店みたいな、出窓だけがある感じのお店になっている。
「おーい! おっちゃーん! やってる~~⁉」
エっちゃんが出窓に近付いて叫ぶと、出窓がガラリ、と開いた。
中から顔を出したのは、大きな大きな「THE・巨漢」って感じのおっちゃんだった。全貌は把握できないけれど、二メートルは確実に超えている。もんの凄いマッチョで、腕周りだけでも僕の腰回りくらいありそう。
あと、髭凄い。
「おー! エイリじゃねえか! 相変わらず朝っぱらから元気だな!」
元気な人だなー。
「おはよ、おっちゃん。ナイフのメンテ終わったんじゃないかなーって、来てみたー」
「おう、終わってるぞ終わってるぞ。買ったばかりの新品同然の出来だぜ!」
「ありがとー、おっちゃん。ほい、お金」
エっちゃんがポケットから硬貨を取り出しておっちゃんの分厚い手に乗っける。異世界でもお金は丸いみたい。
「はい、丁度頂いたぜ! ん? おいエイリ。後ろのやつ、誰だ?」
「たっくんだよー。昨日の夕方、引っ越してきてー。ナイフ受け取りがてら、リンねぇに会わせよーって」
「おー、そうか。そういや村長も住民が増えるとか言ってたな。リンのやつぁ、裏の作業場にいる。つーか、ナイフ作業場に置きっぱだから俺も行くわ‼ ちょっと待ってろ‼」
そう言って、おっちゃんは奥に引っ込むと、表に出てきた。
おっちゃんの後ろを歩きながら、僕は訊きたいことがあって、訊いてみることにした。
おじさん、おじさん。
「なんだ、ぼうず? つーか、お前、なんて言うんだ?」
竹太郎だよ。
金槌振るってれば、やっぱり筋肉付くの?
「合ってるっちゃあ合ってるが、ちょっと違うな。鍛冶屋は根気と体力が必須だからよ、身体づくりが欠かせねぇんだわ。あくまでも、鍛えといて損はねぇ程度の認識だがな」
なるほどなー。
ライブのために、身体づくりしてるバンドマンみたいなものか。
もう一つ、いい?
「いいぞー」
なんで、お店と作業場別々なの? 一緒にしちゃえば、作業場から直接、商品渡せると思うけど?
「暑いんだよ。ずっと火ぃ焚いてっから。熱気も尋常じゃないからよ、作業場の手前ギリギリならともかく、慣れねえやつは、あっという間に汗だくになると思うぜ。下手すりゃ熱気で体調崩すか、その場でぶっ倒れちまう」
そっか。そうだよね。
「あー、でも。冬になると、これ見よがしにガキたちが温まりに群がってくるな‼ 普段は入ってこねえくせに、現金なやつらだ‼ がっはっは‼」
「あっはっはっは」
常習犯なんだね、エっちゃん。
「何‼ なんで分かった⁉」
不自然に笑いだしたんだもん。
あと、聞き返さなきゃ、バレなかったと思うよ。
「しまったーーーー‼」
愉しいなあ。エっちゃんは。
「がっはっは‼ 策士だなぁ、ぼうず‼ ほら、着いたぞ‼」
僕たちは裏の作業場に着いた。
中に入ると、テレビで見たことある光景が広がっていた。
作業場は熱気に包まれていた。おじさんの言った通り、部外者が安易に入ったら、暑さでうきゅーってなってしまいそう。まだ九時? をちょっと過ぎたくらいなのに、いたるところで多くの人が黙々と作業していて、色んなところから金槌を叩く音が響いている。炉と思われる構造物の中では火が轟々と燃えていて、指を入れたら火傷じゃ済まなそう。
その炉の近くに、濃い紅葉色のボブカットにタオルを巻いた女の子が座っていた。
「おーい、リン! まだ作業初めてないなら、こいつらの相手してやってくれー! 俺ぁ頼まれたもん、持ってくるからよー!」
おじさんは、作業場の端っこまで届きそうな声を張りあげる。あまりの大きさに作業場中の空気がびりびりと震える。
作業場の人たちは、声に合わせて咄嗟に耳を塞ぐ。おじさんの声が大きいのは慣れっこみたい。
女の子がこっちを見る。
女の子は立ち上がると、金槌を持ったまま、とてとてと、僕たちがいる作業場手前まで早足でやって来る。
おじさんは女の子に近付くと、ちょっと声をかけて、作業場の奥に引っ込んでいった。
女の子が僕たちの前に立つ。
じーっ。
……なるほどなぁ。えっちゃんの言った通り、かなりの低身長だ。遠目からでは分からなかったけど、もしかしたら、145センチ、無いかも知れない。
「リンねぇ、汗かいてんじゃん。ほい、ハンケチ」
エっちゃんが、短ズボンだかショートパンツだかのポケットからハンカチを取り出して、それをリンねぇさんに渡す。
リンねぇさんがハンカチを受け取り、顔を拭く。
そして彼女は、ハンカチを濡れてない方に折り直すと、自分のズボンのポケットにごそごそと入れた。
「待って待って。持ってかなくていいから。そのまま返してくれていいから」
エっちゃんが咄嗟にリンねぇさんの、ハンカチを握った小っちゃいお手手を捕まえる。ハンカチ、洗おうとしたのかな?
ふるふる。
リンねぇさんは首を横に振った。
「いいっていいって。どーせ洗うんだし」
やっぱり、洗おうとしたんだなー。
ふるふるふる。
リンねぇさんは、また首を、さっきより、一回多く、横に振る。
にしても、ホントに無口なんだなー。
「リンねぇ~……」
エっちゃんがぼやいた、その時だった。
ふるふるふるふるふるふるふるふる。
ぶーん。
ふふふふふふふふふふるる。
リンねぇさんの首振りが、高速を超えた。あまりの速さに残像が生まれ、一瞬どっちに首を振ってるのか分からなくなる。
リンねぇさん。首、飛んでっちゃうよ?
風に乗って、旅に出ちゃうよ?
「……分かったよ。明日、取りに行くよ」
エっちゃんは遂に根負けした。
るるるるるるるるる。
ぴたっ。
るーるるるるるるーるるるるーるるる。
またもや首を横に振るリンねぇさんは、遂に音速を超えた。音速は言い過ぎかもだが、あまりの速さに、一瞬、止まって見えた。
「なんでやねん」
リンねぇさんの謎の不承知に、エっちゃんがリンねぇさんの頭を押さえて抗議する。
ぴたっ。
リンねぇさんは、今度こそ、首を振るのを止めて、口を開いた。
「……私が――」
「うわあ、しゃべった」
エっちゃんが驚く。驚きっぷりからして、かなり珍しいらしい。
「勝手に洗うと言ってるから。エイリがわざわざここまで来る必要は無い。だから、私が明日、持っていく」
エっちゃんが黙り込む。
「……リンねぇ。一度決めたら、全然譲んないからねー……。分かったよー。明日、家で待ってる」
「ん」
リンねぇさんは、フンスフンスと、ドヤ顔を決めた。
あ、可愛い。
僕は、可愛いがなんなのか、ちょっとだけ分かった気がした。
「……?」
リンねぇさんは僕に気づくと、エっちゃんに顔を向けながら、僕を指差した。
「たっくんだよー。昨日、引っ越してきたのー」
エっちゃんが僕の代わりに、説明してくれる。
こんにちは。たっくんです。
「ん」
リンねぇさんが右手を挙げる。
どもー。と、僕も手を挙げる。
「……ん」
リンねぇさんは更に手を近付けて、ゆらゆらと揺らす。
違った。ハイタッチを求めてるみたい。
僕はぺちんと、自分の手をリンねぇさんの手に重ねた。
「ん」
リンねぇさんは満足気。正解だったらしい。
良かった、良かった。
「おー。待たせたなー」
丁度その時、おっちゃんが戻ってきた。
「ほれ、エイリ。頼まれた品だ」
おっちゃんが、右手に持っていたナイフを手渡す。
エっちゃんはナイフを受け取ると、しゅらっと、革製の柄からナイフを抜いた。刃先がきらりと光る。
彼女はしばらく眺めていると、ナイフを持ったまま工房を出るや、近くの茂みにあった枝木を拾う。
「たっくん、持ってて」
エっちゃんはそう言って、僕に枝木を投げ渡してきた。
僕は枝木の端っこと端っこを持って、横向きにして、構えた。
「ほい」
エっちゃんは軽い掛け声と共に、軽くナイフを振った。
しゅっ。
しゅぱっ。
枝木は、ぱきっと、折れる音を発することなく、綺麗に切れた。
「……うん! 切れ味抜群! ありがと、おっちゃん‼」
「がっはっは! お安い御用だ! 切れ味が悪くなったら、また来いや! そん時ゃまた研いでやるからよ! がっはっは!」
おっちゃんは腰に手を当てて、声高らかに笑った。
良かったね。エっちゃん。
「おーい、エイリ~~」
ナイフが柄に収まると、ちょうどその時、向こうからエっちゃんを呼ぶ声がした。
見てみると、たくさんの薪木を背負った、鍛冶屋のおっちゃんのゴリマッチョとは違う、細マッチョなおじさんがこっちを目指して歩いてきていた。
「おー、薪割りのおっちゃん。どったのー?」
「農家のばあさんがー。野菜運ぶのー、手伝ってほしいってよー」
「あらー。また急だねぇ」
「ばあさんも年だし、一人で育ててんだー。何も言わず、行ってやりなー」
「ほーい。……てわけで、ごめん! たっくん! ちょっと行ってくる!」
エっちゃんはごめんねと両手を合わせながら言うと、言葉を返す間もなく、ぴゅーっと走っていってしまった。
僕は手を振って、その後ろ姿を見送った。
いってらっしゃーい。
竹太郎「ところで、後頭部の寝癖凄ぇよ」
エイリ「早く言って?」