第57話:喝よ【〃】
前回のあらすじ!
新派閥。
「たっくん、婆ちゃん起きたよー」
いつもの朝六時──。
自室でエっちゃんが持ち込んできたモッチャレに勤しんでいたら、エリーさんの部屋から「ピピピピピピ……」と目覚まし音が鳴った。
僕の部屋はちょうどエリーさんの部屋の真上に位置している。従って、エリーさんが何時部屋に入ってくるのか、何時に起きるのかが音や気配で大体判るのだ。
故に、エリーさんが部屋に居る際は物音を最小限に留める必要がある。エリーさんは気にしないと言ってくれてはいるが、僕が気にするので、現にモッチャレも消音で遊び倒している。
「もう部屋、出たっぽいよー」
床に耳を当てて澄ましてみる。
あらホント。廊下を歩く音が聞こえるわ。
「それなら、わたしらも行こー」
そうしよーう。
僕らはゲームを落とし、廊下へ飛び出した。
一階へ下りると、カチャカチャ……と台所から音がした。
顔を出すと、エリーさんは手早く身支度を済まして、朝食の準備を始めていた。
「婆ちゃん、おはよー」
エっちゃんが声を掛ける。率先して声を掛ける彼女の性分はとてもありがたい。
エリーさんが包丁の手を止めて、振り返る。
「あら、おはよう二人とも。今日も早起きネ」
「うーい。今日は何作るのー?」
「焼鮭と大根の味噌汁、だし巻き卵にはすりおろし大根を添えようと思うワ」
「じゃあ、わたし、鮭焼くー。たっくん、大根すりおろしてー」
ウ、ラジャー。
エっちゃんの指示に従い、早速余りの大根を頂戴する。
「二人とも、毎朝ありがとウ。いつも助かるワ」
僕とエっちゃんは早起きを活かし、朝食づくりを手伝うのが毎朝の日課となっていた。異世界での早朝農業生活がこのような形で活かせるようになるとは、異世界生活様々である。
「朝くらい、どうってことないよー」
寧ろ、朝早くからお疲れ様です。
「そう言ってもらえると、早起きの甲斐があるワ。はい、大根行きますヨ」
きゃー。と静止している間に、大根がぽちゃぽちゃ鍋に移される。
「ピギャー。漸ク土カラ出レタノニブギェェェェエエ」
銀杏切りされた大根はエっちゃんのアテレコを添えて、断末魔を上げながら釜茹でにされたとさ。
「こら永利。後味の悪いアテレコをしないノ。竹太郎くん。おろしは右の引き出しよ」
うぃーす。と返事し、おろし器を取り出す。
――が、大根を構えると、エッちゃんが性懲りもなくアテレコしてきた。
「ヤダー。ヤメテー。ワタシノ夢ハおでんノダイコギャァァァアア」
問答無用ですりおろしてだし巻き玉子に添えてやったとさ。
「それにしても、爺ちゃん、起きないねー」
鮭が良い具合に焼けてお皿に敷かれた頃――、エっちゃんが永治郎さんの部屋の方を見てふとぼやいた。
エっちゃんの祖父――永治郎さんは良く寝る人だった。というより寝穢い人だった。その熟睡度ときたら、こうして調理音で合唱していても音沙汰ないどころか、前に僕とエっちゃんが二階で大音立てた時も泥のように眠っていた程だ。
その件の御爺様は、未だ部屋から出てくる気配を見せない。
「そう言わないであげテ。あの人は今まで寝れない人だったかラ」
寝れない?
「詳しくは〝寝る間も惜しんで〟働いてた反動が、退職してから来たんですヨ。元々は朝弱かったみたいですシ。だから老後くらいはゆっくり寝させてあげたいんでス」
あれまぁ。
うちのじいちゃんと全く一緒だとは、世間も狭いもんだねぇ。
「たっくんのおじいちゃん、寝坊助さんなのー?」
遅起きではないけれど、昼寝したら最後、数時間は下らなインコだよ。
そうだ。もしかしてエリーさん、じいちゃんの現役時代知ってたりします? 永治郎同様付き合い長いみたいだし。
「さぁ、どうでしょうネー。そこは竹太郎くんから訊いた方が、貴方の御爺様も喜んで答えてくれると思いますヨー」
エリーさんは「ウフフのフ」と微笑んで、調理に戻っていった。何かはぐらかされた気がするが、まぁいいだろう。
「あー。じいちゃん、起きたー」
十分後――、僕らは起床した永治郎さんを台所に迎えて、朝食を頂いた。
今日は遂に体育祭本番だ。
◇ ◇ ◇
――が、登校して事件は起こった。
「加藤が休む⁉」
「そうなんだよ~。登校しようとした時に御家族が具合を悪くしてしまったそうでね。他の御家族はもう家を出ちゃってたから、自分が病院へ送るしかなかったんだって」
遥ねーちゃんからのお知らせに、クラスがざわつきだす。巴さんはその卓越した身体能力から多くの競技に参加予定だったのだ。
「まぁ、このまま戸惑ってたって仕方ありません。幸い加藤さん以外は全員出席ですし、代役を決めるとしましょう」
「でも、加藤が居ないんじゃ、誰が穴埋めするんだ?」
「だからって、今から来てもらうわけにもいかないし……」
「そもそも病院じゃ連絡取れないっしょ」
薫先生が取りまとめるが、クラスは戸惑いを隠せない。この様子じゃ学級崩壊待ったなしだ。
――が、皆が頭を抱えている中、学級委員長・戸田弘人くん只一人は落ち着いていた。
弘人くんは深く息を吸って胸を張ると、一声咆えた。
「喝ッ‼」
廊下にも響き渡りそうな咆哮に、クラスの喧騒は一瞬にして静まり返る。
「皆、一旦落ち着こう」
弘人くんは壇上に移動すると、改めてクラスに語りかけた。
「僕らが困っていたって起こった事態は覆しようがありません。それに、今一番不安なのは誰だと思いますか?」
間違いなく巴さんだ。他の人たちもそれを再認識できたのか、静聴を貫く。
「こうして話している間にも、加藤さんは不安で苛まれている筈です。なら僕たちは、彼女が後ろめたく戻ってこなくていいように、種目参加者を再編成して結果を残すだけです。違いますか?」
クラスに再び、シン……と静寂が訪れた。
その中で、手を挙げた者が居た。
「……はい」
「なんだい? 新田」
「加藤が入ってた種目ってなんだっけ?」
「……! 先生、参加名簿貸してください。板書します」
「よしきた」
それから一年三組は、校庭集合寸前まで話し合いを行った。
次回、体育祭。
次話は1/14AM9:00に投稿します。御一読いただけたら幸いです。
それでは、せーのっ
脳 み そ 溶 け ろ




