第56話:割れたよ【〃】
前回のあらすじ!
体力測定
あくる日の河川敷。
いつもの怒弩寿琥と、ヤンバルクイナ操りし飛空船のキャトルミューティレーション機能を活用させてもらって、イヌスケの360度撮影会を実施していると、ヤンス川上さんが泡を喰いながら土手を滑り落ちてきた。
「リ、リーダー!」
「なんだ、ヤンス川上ィ! 尻と背中と服は大丈夫かァ⁈」
「お気遣いありがとうございます! 華鳥風月がおいでなすりましたぁ!」
「な、なんだってー⁉‼‼‼‼」
「怒弩寿琥ォ!」
お決まりの形で驚愕してみせると、彼女たちは現れた。
華鳥風月とやらは女子だけで構成された不良グループだった。中学生となり間もないが、見知らぬ顔ばかりな辺り、他校生なのは確かだ。
だが何故だろう。怒弩寿琥と同じ気配がプンプンする。
先頭に立っていたリーダーさんと思しき女子がズイと前に出る。
「此処で会ったが百年目! てめぇらに引導を渡してやるわァ‼」
「誰だお前ェェェエエ‼‼‼‼‼」
「エェェェエエ⁉‼‼‼‼」
華鳥風月はベタなズッコケをかましてしまった。
駄目だよ、小倉さん。初対面ならどちらさま? だよ。
「それもそうだな! おい、あんたら! 何処の学校のどちらさま⁈」
「返しの問題じゃねぇよ! なんで知らないんだよ⁈ 不良集団なら名前くらい聞いたことあるだろ⁈」
「俺たち怒弩寿琥の敵は弟妹を加虐るクソガキども! 不良と抗争するために結成したんじゃねぇ!」
小倉さんは清々しいほどハッキリ宣言した。
小倉さん率いる怒弩寿琥は大人の裁けぬ加虐者を成敗すべく結成されたアンチ加虐者グループ。元々は実績に基づき、名前だけを広げて加虐を抑制する気だったそうだが、姿が見えないからと調子を取り戻した加虐者を今度こそ鎮圧すべく不良グループとして表舞台に現れた人々だ。
「だいたい、会ったこともない俺たちに何の用だ! ……初めましてだよな⁈」
「初邂逅だよ! 用も何も、てめぇらを潰すために来たんだ!」
「そうか! 俺たち何かしたか⁈」
「したも何も、存在そのものが悪なんだよ! 怒弩寿琥がうろついてちゃ、うちの学友たちが安心して出歩けねぇんだ‼」
「それなら7月まで待ってくれ! 一学期終了とともに解散予定だ!」
「おぼぇぇ……‼」
まさかの即レスに、華鳥風月リーダーは血反吐った……様に見えた。
あまりの瞬殺芸に華鳥風月面々は、私が仇を! とばかりに苦情を上げまくる。
「だ、だったら、自販機に張り付いて山程煙草買ってたの、前見たぞ⁉」
「自販機……あぁ、お菓子自販機のことか。小3以来のソーダ・シガレットだったからついはしゃいじまったよ」
「買い占めたのは良くなかったな」
「うぎぃ……じゃ、じゃあ、先週バイク屋でバイク直してもらってたのはなんだ⁈」
「あれは兄貴のだ。修理に行くっつうから、ダチと駄弁りについてったに過ぎねぇよ」
「な、なら! 半月程前、大勢で女児二人取り囲んでたのは⁈ こればかりは言い逃れできねぇだろ!」
「ダチの末の双子妹主催のかくれんぼだな」
「どうせならワイワイやろうと連絡したら、思いの外集まったんだよな」
「ひぃん……そ、それなら、それなら! そこの副リーダーの厳つさはなんて説明すんだよ⁈ マスクで余計怖さ倍増だ‼」
「とうとう身形にケチ付けだしたぞ、あのリーダー」
まぁまぁ、きっとネタ切れが近いんだよ。
それでは、野中さん。回答のほどよろしくお願いいたします。
「──鼻炎持ちなんだよ」
「因縁理由尽きちゃった‼‼‼‼‼」
ついに華鳥風月が切った啖呵は閉ざされてしまった。なんてこったパンナコッタ。
「それと、マスクに問題あるなら、あんたのメンバーにも飛び火だからな?」
野中さんの言葉に眺めてみると……あ、ホントだ。マスク女子がちらほら見える。
「リ、リーダー……? 私、怖いんですか……?」
「ち、違う! 断じて違う! お前のは人見知りを防ぐためだと知ってるから!」
華鳥風月の一人は、リーダーさんのブーメランを真に受けて泣いちゃった。
「メンバー巻き込んでどうするよ」
「結局何が言いたいんだ、あいつら?」
「小倉さん。あいつらは放っといて、写真撮影再開しましょ。イヌスケが舞ってる」
怒弩寿琥は付き合っていられなくなり、暇つぶしにヤンバルクイナと踊るイヌスケに再び集い出した。
すると、華鳥風月のリーダーさんは「ち、畜生……!」と悔しげに喚いた。
「だから嫌なんだよ、お前等は! 男子はいつだってそうだ! 好き勝手しといて興味ないからと平然と蔑ろにするその姿勢が私らは大嫌いなんだ‼ なのに一つとして悪事働いてないから他の不良グループよろしく託けて潰しようがねぇし!」
「白状したぞ、あいつ」
「何されたかは知らんが、巻き込みリプはやめろよ」
怒弩寿琥的にはとんだとばっちりだが、リーダーさんは尚構わず続ける。
「うるせぇよ! 私らや妹たちがその身勝手にどれだけ振り回されたと思ってんだ! こちとら、てめぇら男子にスカート捲りだの何だので大恥かかせられて、高い金払ってもらって女子校に通ってんだぞ!」
「そんなことされたのか! 同じ男として真にすいませんでした!」
「「「すいませんでしたァ‼」」」
怒弩寿琥は全責任を負うかの如く土下座した。第三者目線だと言い掛かり甚だしい事この上ないのに。
「そっちが土下座することじゃないだろ⁈」
と、華鳥風月リーダーさんも言うが、それでも小倉さん始め怒弩寿琥は頭を上げない。このリーダーだからこそ皆は付いてきたのだとよく分かる光景だった。
「とにかく、内容がほぼ被ってるお前らが居ると此方の面子が立たないんだよ!!」
「事情は分かったが、そうは問屋が卸さねぇんだ! こっちだって弟妹護る為にもまだ終わるわけにゃいかねんじゃあ!!」
「そもそもよぅ! こちとら解散時期は決めてるんだ! 此方のケジメには口出ししないでほしい!」
「というか俺たちに近づいても大丈夫なのかよ?! その言い分じゃメンバーにも男性恐怖症の居るんじゃねぇか?!」
「お気遣いありがとう! 加虐者共は私がぶちのめしといたし、未克服のは連れてきてない!」
「それならいいんだ! だがそれでも譲れねぇ立場ってもんが有るんじゃあ!!」
「だったら強行するしかねぇな! お前たち、戦争だァ!!」
「シャァーーーー‼‼‼‼‼」
「こんな不毛な戦争直ぐ終わらせたらァ! 行くぞォ!!」
「オォォーーーー‼‼‼‼‼」
両グループは咆え、悲しみしか生み出せない戦争を始めてしまった。
そのとき、隣で静観を決め込んでいた小さな生命が飛び出し、今にも激突せんとした双方の間に割って吠えた。
イヌスケだった。
「イヌッ!」
「い、イヌスケッ!?」
「きゃあ、イヌゥ!?」
「きゃあ?」
小倉さんが唖然としている間にも、華鳥風月リーダーさんは「ひぃぃ」と意外過ぎる悲鳴を上げて後退る。
「イヌッ! イヌッ!!」
「嫌ぁぁあ! 吠えないでぇえ!!」
「お、おい怒弩寿琥! そのワンちゃん引っ込めてくれ! うちのリーダーは幼少期手酷く追いかけ回されてからワンちゃんが大の苦手なんだ!!」
副隊長と思われる金髪ロングポニーだかサイドテール黒マスク女子の必死の訴えに、流石の小倉さんもたじたじに了承する。
「お、おう。おぅい、イヌスケ。こっち戻ってきな。その人怖いんだってさ、な?」
イヌスケは返事代わりに「ワンッ」と吠えて自陣に戻ったが、まだ何か言いたげだ。
「イヌッ。イヌッ」
「な、なんだ? 今度はどうした?」
「イヌゥ……」
「うーん、唸られてもなぁ……」
小倉さん、小倉さん。きっとイヌスケは争ってほしくないんだよ。
「何?」
行動の意図が読み取れない怒弩寿琥と、声帯の違いに困り果ててしまったイヌスケに代わり、僕は翻訳を試みた。
多分だけどイヌスケは、喧嘩の類が嫌いなんだよ。だから怒弩寿琥と華鳥風月さんが殴り会う前にお邪魔蟲したんだよ。
「イヌッ!」
意図を読み取れたのか、イヌスケはご満悦の表情だ。良かった。良かった。
「そうだったんか。嫌な気分にさせてゴメンな」
「ゴメンねワンちゃん。うちら華鳥風月もカッとなってたこと、リーダーに代わって謝らせてくれ。怒弩寿琥も悪かった。今日は帰るとするよ」
「おう。今度は落ち着いて話そうや」
そうイヌスケの顔を立てて、一旦停戦を築いタイミングで、僕は両者を呼び止める。
まぁまぁ待ちなよ、双方さん。そうは言っても、ボルテージは上がったままなんじゃないかい?
「う……」
小倉さんが正鵠を射られた表情で言い淀む。その一方も──、
「……正直、消化不良感は否めない」
だよね。そんな気はしてたよ。
だから、ここからは僕が用意したもので決着をつけてくれないかい?
「決着ゥ?」
それがこちらとなります。
と、後ろを振り返れば、『何処からともなく土台』がいつの間にか鎮座していた。
「なんだアレは?」
『何処からともなく土台』だよ。
「土台なのはわかるよ。いつから用意してたんだい? あの土台」
用意したんじゃなくて、向こうから戦いの場を嗅ぎつけて来たんだよ。だから『何処からともなく土台』なんだよ。
「なぁ、この質問止めねぇか? 疲れてきた」
「同感だね」
二人は埒が明かない堂々巡りと悟り、一旦口を閉ざした。
話を戻すとね。あれで腕相撲でもしてスッキリしときなよ。土台だって気合十分だし。そんで残りは明日の体育祭で発散させなよ。
ここでようやく落ち着きを取り戻したリーダーさんが会話に復帰する。
「あんたらの体育祭、日曜なのかい?」
「土曜日は明日に備えて休んどけだとさ。そんで月曜は振替休日ふぅっ」
「いいな亜如中。うちの学校、土曜実施なもんで、実質6日通学だ」
「だったら亜如高受験すれば……すまん。忘れてくれ」
「だからあんたが謝ることじゃないだろ。華鳥風月が落ち着いたら考えとくよ」
お二方。世間話もよろしいが、どうするか決めてくれるかい? 土台も待ちくたびれてるよ。
「早うしてや」
「土台が待ってて堪るかよ……だそうだが。華鳥風月、お前らはどうする?」
「……いいね。やってやろうじゃないか。メンバーに恥ずかしい姿見せといてこのまま帰るなんて、それこそ華鳥風月の名折れだよ!」
「よく言った! それでこそ好敵手ってもんよ! 木下、審判頼む!」
任せときぃ。
ヤンバルクイナに土台を運んでもらい、両者リーダーに肘をつかせる。舞台は整った。
さぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。腕相撲の始まりだよ。
こちら怒弩寿琥からは小倉さんが参戦だ。華々しく初戦を飾ることができるのか?
相対するは、華鳥風月リーダーの……、リーダーの……。
「華島風香だよ」
相対するは、華鳥風月リーダーの華島風香さんだ。初めまして小倉さんの牙城を見事崩すことができるのか見ものです。審判・実況は私、木下竹太郎が、解説は魚人の大沼さんでお送り致します。
「あ、大沼さん、お久しぶりです」
「なんか呼ばれたので来てみたぞ。双方思う存分力を振るいたまえ」
「ツッコまねぇぞ私は」
それ以前に、ツッコむ暇はなさそうだよ。
「木下の言う通りだ」
小倉さんが闘志を燃やしてやる気満々だ。
「体育祭を控えてる以上、前日から躓くわけにゃいかねぇ。ここで勝って景気づけにしてやるよ!」
「! ……なら私も、あんたが跳ねっ返りで暴れられるよう、打ちのめしてやろうじゃないか‼」
WHOOOOOOOOOOOO──‼
観客のテンションが最高潮に達した。始めるにはまたとない機会だろう。
「そうこなくっちゃなぁ! 木下、いつでもいいぞ!」
それじゃあ始めると致しましょう。スリーカウント!
「2!」
「1!」
始め!
一世一代の腕相撲が始まった!
「お前等、喧嘩するなァァァァァアアアア‼‼‼‼‼」
──瞬間、懐かしきボブが怒号鳴らして現れて、全てが吹き飛んだ。
しかし、怒弩寿琥と華鳥風月が将棋倒しになったり、壁画と化したり、川に落っこちたり、大沼さんが助けに飛び込んだり、ヤンバルクイナがイヌスケをキャトって間一髪避難したその中で、ただ一人、小倉さんが耐え抜いてみせたのだ。
そして、額に青筋を浮かべて、言い返したのである。
「大声で乱入してくんじゃねぇよ! 皆が怪我しちまうだろうがァ‼」
「すまん‼」
「謝るくらいなら自重しろやァ! それと喧嘩じゃねぇわァ‼」
「お前等がそのつもりでなくても、傍からそう見えちまったら、そうなるんじゃアァァァアア‼‼‼‼‼」
まぁまぁ、ボブさん。第三者目線印象が多くを占めちゃうのは是非もないけど、話を聴いておくれよ。小倉さんたちは腕相撲をしていたんだよ。
「腕相撲だぁ?」
正しくは〝しようとしてた〟んだよ。大抗争一歩手前だったところを、腕相撲で良しとしようって流れになってたんだよ。そしたらボブさんが来たんだよ。
「つまり俺は、平和的譲歩をおじゃんにしちまったのか⁉」
ぶっちゃけ、そう。
「限りなく、そう」
「間違いなく、そう」
ボブは未成年ズから集中砲火を喰らう。
「じゃあ、俺が代役を担おうじゃねぇか!」
どうしてそうなる。
ここで、落水していた学生たちを救助し終えた大沼さんが、ボブを止めに入る。
「まぁ待てボブよ。子ども同士の取り決めに大人が首を突っ込むのは野暮であるぞ」
「だが大沼さん! 彼らの平和的勝負の邪魔をしちまった以上、俺は大人として責任を取らなければいかんのです! というわけで始めるぞ、てめぇら! 何人でも掛かってきやがれェェェエエ‼‼‼‼‼」
「「「なら遠慮なく」」」
と、なんと小倉さんと華島さんは結託して、二人してボブが構えた右手を掴んだではありませんか。
「てめぇら、卑怯だぞ‼」
「あんたと一対一したところで結果が見えてんだよ。それで納得する方が無茶だろ」
「それもそうだ!」
「素直かよ」
「というか卑怯以前に私らの戦いに水を差したのはそっちだろ? ならこっちの要望を通したって構わないだろ? 責任取るんだろ?」
カーン……!
華島さんのその言葉が、ボブの心のゴングを打ち鳴らした! ……気がした。
「ならやってやらァ! 二人まとめて掛かってきやがれェェェエエ‼‼‼‼‼」
周囲が「わっ!」と歓声を上げた。
それでは始めるとしましょう。見合って見合って、はっけよーい……残った!
「ハァァァァァァァァァァアアアアーーーーー‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
小倉さんと華島さんは轟音とともに瞬殺されてしまった。
怒弩寿琥と華鳥風月は風圧にまた吹き飛ばされた。
ボブの怪力の振動は『何処からともなく土台』を貫き、地面を割った。
そして、地割れは日本の裏側まで届き──、
──地球は真っ二つに割れてしまったとさ。
翌日元に戻った。




