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第49話:懐いよ【〃】

前回のあらすじ!

雨に降られた。

「おかえりなさ二人とモ。雨に降られるなんて災難だったわネー」


 帰宅すると、エリーさんがタオルを持って出迎えてくれた。

 ありがとうございます、と、タオルを受け取り、湿気の激しい髪をわしわし鳴らす。


「婆ちゃん、ただいマラカスー。タオル、ありがとー」

「中までびしょ濡れですネ。風邪引く前に、シャワー浴びてきなさイ。着替えはわたしが持っていくワ」

「そうするー。たっくん、ひとっ風呂、浴びに行こー」


 そうだね。エっちゃん。


「Wait」


 エっちゃんに同意して、共にお風呂場へ直行しようとすると、流暢な英語で「待った」を掛けられた。


「どしたの? 婆ちゃん」

「あなたたち……もしや一緒にお風呂へ入ろうとしてませン?」

「それがどうか、したのー?」


「No‼‼‼‼‼」


 エリーさんは物凄い剣幕で僕らを一喝した。

 ――が、直ぐに「ごめんなさイ。取り乱したワ」と平静に戻ると、続けた。


「いいですかあなたたチ。未成年の男女が、ましてや学生の男女が一緒にお風呂に入ってはいけませン」

「なんでー?」

「なんデ……?」


エリーさんは早速言葉を詰まらせた。

予想外の返答だったらしい。


「そ、それは……家族でない関係で一緒に入浴は良くないことなのでス」

「同じ屋根の下で暮らしてるんだから、家族だよー?」

「うぐ……と、とにかく、未成年の男女が裸を見せ合うのは教育上不適切なんですヨ」

「どしてー?」

「どしテ……⁉ え、と……裸で見合うと、欲情しちゃうというか……なんというカ……」

「なんで欲情、するのー?」

「ひぃぃン……永治郎さん、助けてェ……」


 エリーさんは弱々しく床にくずおれてしまった。辛いね。


まぁまぁ、エっちゃん。質問返しはそこまでにしときな。

 こんなに止めようとするんだから、きっと想像も付かない良からぬことが起きちゃうんだよ。アルパカがやって来るとか。


「そっかー。じゃあ、たっくん。わたしからシャワー浴びていーい?」


 どうぞ、ごゆっくりー。

 エっちゃんは靴を脱ぎ捨てると、ついでに靴下も手に持って、「きーん」とお風呂場へ直行していった。


エリーさんはどっと疲れが押し寄せたのかしわくちゃになっていった。どんマイケル。



 ◇ ◇ ◇



 夕飯までは、彼女の部屋で過ごすこととなった。

 親しき中にも礼儀あり。お邪魔します、と一声挟んでから、彼女の部屋に入る。


 彼女の部屋にはゲーム機が新旧ズラリと揃っている。というのも、彼女のお父さんが超ゲーム好きだったそうで、父の〝好き〟を辿ろうと遺品から見つけて起動してみた結果、すっかりハマってしまったそうだ。血は争えないとはこのことか。


ただ、今はゲームを嗜む気になれない。シャワーを浴びて思考がクリアになったばかりで頭を使う動作をしたくないのだ。彼女も同じなのか珍しくコントローラーを取らない。


ならば無音ごっこでもするかと、思っていると――、

 本棚が目に入った。確か漫画が多く並べられていた筈だ。


 そうだ。夕飯時まで漫画を読もう。脳みそ溶かして読めるギャグコメディがあるなら尚嬉しい。


 エっちゃん、何か読んでいいかい?


「いいよー。好きなの、選んでー」


 彼女の許可を貰い、しげしげと本棚を眺める。

 本棚は漫画を主軸に無造作に並べられた小学校教科書で埋め尽くされていた。


 おや……?

 その中に、幼稚園のと、小学校の卒業アルバムが混ざっていた。


 手に取ってみると、「あー」と、エっちゃんが声を上げて指差してきた。

 その指をベボキ、と折って、訊いてみる。どうしたんだい?


「アルバム、そこにあったんだー。すっかり、忘れてたー」

 と、彼女は生優しく折られた指を手のひらに隠しながら、そう言った。


 なんと、エっちゃん。六年生活の集大成たる卒業アルバムを失せ物としていたのだ。

 発行されて一ヶ月しか経ってなかろうに、なんて哀しい思い出だ。


 失せ物を憐れんでいると、彼女は自身の頭をトントン叩いた。


「皆との時間は、全部、ここに入ってるからー」


 それなら平気か。と、アルバムを開くと、「きゃー」と彼女は気の抜けた悲鳴をあげた。


「いやん、えっち。あん、いけずぅ」


 えー?

 好きなの読んでいいって、言ったじゃーん。


「言ってみたかった、だけー」


 ならいいか。


「ところで、〝いけず〟って、何だろうねー」


 知るかよ。

 分かってて使ったんじゃないの?


「どっかで小耳に挟んだだけー。何だと思うー?」


 そりゃあ、〝生け簀〟の親戚辺りじゃない?


「じゃあ、〝ず〟だから、ズワイガニが、棲んでるかもねー」


 いいや。もしかしたら〝ずんだもち〟かも知れないよ。


「ずんだもちが、水に棲んでるのー?」


 しばらくすれば、どぅろんどぅろんに溶けちゃうの。


「生け簀が汚れちゃうねー」


 それを綺麗にしようとプランクトンが食べて、ミドリムシになるの。


「あのミドリ、ずんだもちだったんだねー」


 それを小魚が食べて、肉食の虫が食べて、鳥さんが食べるの。


「食物連鎖だねー」


 食べたら地面にプリってして、そこに生えてきた豆の木をアライグマが育てるの。


「どっちも逞しいねー」


 ある程度育ったら市場に卸して、それを和菓子職人さんとかが買い取って、ずんだもちにするの。


「伏線回収だねー」


 出来上がったずんだもちは、自分はマリモだと誤解して、海を目指すの。


「似てるもんねー」


 そんで最後は海と間違えて、生け簀に入って溶けて、以下エンドレスなの。


「バットエンドループだねー」


 こうして飛行機代を稼げたアライグマは野生化した全国の同志を引き連れて祖国に帰りましたとさ。


「トゥルーエンドだったー」


 以上、『農家アライグマ~外来種と蔑まれるのでどうにか祖国に帰ろうと思います~』でした。


「ライトノベルみたいだねー」


 第九惑星アソペソ星にて上映予定なの。


「知らない星だねー」


 最新型ロケットで片道12800000メートルです。


「地球の直径だねー」


 地球外最新テクノロジーのおかげで、往来2時間です。


「日帰りできちゃうねー」


 料金は往来7800万円です。


「富裕層狙いだねー」


 それが最新宇宙資源の恩恵により、今ならなんと18000円。


「大出血サービスだねー」


 2500年8月27日上映です。


「そもそも生きてないねー」


 だから人間は、努力と運次第で叶えられそうな夢は叶えようと懸命に生きるの。


「人生は海ー」


 そんな日々を、人々はアルバムをめくりながら懐かしむの。


「色褪せないようにした思い出だねー」


 だから僕もアルバムを読むの。


「わたしも、読むのー」

 と、加わってきた彼女共々、彼女の小学生時代を読み返していく。


「あー。セっちゃんと、しーちゃんだー」


 健やかな褐色の指先が一枚の写真を指し示した。三人仲良くピースサインしている。


 ……おや?

 何か違和感を抱いて、じぃっと写真を見つめるうちに、その正体に気付く。


「わー。よく見たら、髪長いセっちゃんと、髪短いしーちゃんだー」


そう。僕の知っているセっちゃんはウルフショートカットで、しーちゃんは背中に届くロングヘアーなのだが、写真の二人は真逆の髪型だったのだ。

 一体どんな化学変化があったというのか。隣の少女に訊いてみる。


「セっちゃん昔、頭ごっつんこ、しちゃったのー」


あれまぁ。

セっちゃんは過去、頭部を打撲しちゃったことがあるらしい。


「大出血の大怪我で、何針か縫うために、髪切ったのー。そんで、しーちゃんはというと、セっちゃんの怪我がちゃんと治りきるようにって願掛けに、髪切るの、我慢したのー」


 なんて素晴らしい友情だろう。散髪を我慢したということは、相当なストレスだったに違いない。


「――で、それぞれ髪型固定しているうちに、そのまま、気に入っちゃったのー」


 へー。

 お互いにストレスを超越したらしい。


「セっちゃんも最初、首がスースーするーって、嫌がってたー」


 首筋って、妙に風を感じるからね。


 人生どう趣向が代わるか分からないなぁ、と感心しながら読み進めていく。

 あ、と更にエっちゃんの姿を見つける。食事中の光景だった。


「修学旅行の朝ご飯のときのだねー。懐かしいー」


 写真に写った彼女はちょうど箸を口に突っ込んでいた。うっすら寝惚け眼でほっぺたにお米粒を引っ付けている。


 ……あれ?

 エっちゃんって、お風呂のとき以外、目ぇ開かないんじゃなかったっけ?


 ――ヒュペッ。


 疑問を抱いたそのとき、彼女の旧友セっちゃんこと――横山星羅さんから『エリン』が届いた。

そういや、エっちゃんのスマホ云々の流れで交換し合ってたっけ。


『そういえば木下くん』

『ふと思い出したんだけどさ』

『永利の開眼条件、お風呂以外にもあったわ』

『寝起きにワンチャン開いてんの』

『一回ぽっきりだったかすっかり忘れてたわ』


 タイムリーな答え合わせだった。


「だからかー」

 と、肩に顎を乗せて画面を覗き込んできたエっちゃんが、何か腑に落ちた様子で続ける。


「クラスの皆、珍しそうに覗き込んできてたの、目、開いてたからなんだねー。特に男子」


エっちゃん、お風呂以外は基本開かないからね。

 にしても、どうして男子に偏ったのだろう? お風呂なら見れるのに。


「お風呂、男女別だったー」


 じゃあ、無理か。

 エリーさんといい、どうして男女別を徹底しているのかと思ったが、つまり社会がそう決めているのだろう。エっちゃんが人を指差した際、おチビちゃんが見て真似しないよう隠蔽しているのと同じ原理かもしれない。


「ねぇ、たっくん。たっくんは、アルバム、あるー?」


 なんの脈絡もなく彼女が訊いてくる。


 家にあるよ。

 気になるなら見せようか? 今度の夏休みに一時帰省する予定だし。


「やったぁ。じゃあ、何かお土産、買わないとねー。早速婆ちゃんに、一緒に行くって、言ってくるねー」


 エっちゃんは言うなり立ち上がると、すぺー、と部屋を立ち去った。

 女子の部屋にぽつねん……と独り取り残される。


 帰省がてら持ってこようかって意味だったんだけどなぁ。

 まぁ、いっか。


 彼女がいない間にも、パラパラ続きをめくっていると――、終盤に見慣れないページを見つけた。

 そこに書かれていた文章を一部抜粋する。


『永利ちゃんと過ごした二年間楽しかったでな』

『また会えるか分からないけど、お互い覚えてたらよろしくね』

『貴公が我らを勝利に導いたクラス対抗リレーを某は忘れない』


 この文章の羅列、テレビで見たことがある。〝寄せ書き〟なるメッセージの集大成だ。実際に目にするのは初めてだ。


 僕が卒業した小学校、生徒はおろか教師を含めても五人に満たない。だから寄せ書きをしてもらうなんて発想を抱くわけもなく、白紙のページを見つけたときに至っては、印刷ミスかな? とさえ思っていた。


 そうか……あのページはこれのためのものだったのか。

 何のためのページか、訊いておけばよかったな……。


 と、少し後悔していると、エっちゃんが戻ってきた。


「おたまじゃくしー。……どったの、たっくん? 心なしか、眉毛が下がってるよー」


 顔に出てるー?


「出てる、出てるー。何があったか、言ってみそ。楽になるかもよー?」


 ありがとう。エっちゃん。

 僕の卒業アルバム。寄せ書きしてもらい損ねたなって、今気付いたの。


「あららー。だったら、貰いに行けば、いいじゃない。今からでも、遅くはないよー」


 そっかぁ。


 夏休みに帰るのだから、そのときに持って会いに行けばいいんだ。

 エっちゃん、あったまいい~。


 ………………。


「更に、どったのー?」


 ……僕、たくさん書いてもらえるような人間になれるかな。


 僕はガラでもない一抹の不安をポツリ……と呟いた。


 エっちゃんは確固たる人間関係を築いてきたからこその〝寄せ書き〟を多く貰っている。対して僕は同世代との交流が今までに無かった故に勝手が分からない。


「つまりー?」


 ………………怖いのだ。

 中学校——初の同世代交流という人生未踏の領域が。


「大丈夫だよー」

 と、エっちゃんは言った。


「だって、たっくん。中学校で、もう友達、出来てるでしょー。その人たち、たっくんを嫌がることあったー?」


 言われてみればそうだ。

 小倉さんも野中さんたち怒弩寿琥の皆も、時生くんも仏くんも志桜里さんも茶之助くんたち同クラスも、ユイねぇさんに村長にグラさんにリンねぇさんにリコちゃんにコウくんを始めとした異世界の人々も、誰一人として蔑ろにしないでくれている。



 そしてもちろん、エっちゃんだって――。



 ……溜飲が下がっていくのを感じた。


「すっきり、したー?」


 うん。ありがとう。

 少し先の未来に一抹の期待を抱き直しながら、僕は卒業アルバムをしまった。


 そういや、エっちゃん。幼少期のアルバムは無いの?


「あるよー。爺ちゃんと婆ちゃんが持ってるよー。見たいのー?」


「ああーん」と両腕を抱く様には触れないでおいて、読みたいよ、と返す。

 エっちゃんも僕の読むんなら、僕も読みたいな。


「じゃあ、見せ合いっこねー。取ってくるー」


 待って。僕も行くよ。

 エリーさんなら、祖母目線で色々と解説してくれるかもだし。


「うーい」と適当に返してくる彼女についていき、エリーさんのもとを訪ねる。


「婆ちゃーん。アルバム見ーせーてー」

「アルバムですカー。お好きにどうゾー」

「わーい。……はい、たっくん」


 わぁい。


 エっちゃんが肩に顎を設置してきたのを皮切りに、アルバムを開くと――、

早速、ベイビーエっちゃんの写真が目に飛び込んできた。


あらぁ♪

ベイビーエっちゃんはとてもまん丸で、ほっぺたなんかぷくっと膨らんでいる。シュッとしている現在の彼女は彼女でスタイリッシュイケメンだが、丸い彼女も大変愛らしい。


「懐かしいですネー。分娩室の前で、恐る恐る待ってましたヨー」


 分娩室ってなんですか?


「赤ちゃんをお迎えする場所ですヨー。仕事から直行してきた永治郎さんと喜びを分かち合いましたものでス♪」


 ということは、僕が気配を感じたのは、分娩室の人たちだったのか。

 ようやく解けた数え年13年の謎に満足しながらまたページをめくると――、


 ぴやぁ♪

 開眼状態のベイビーエっちゃんが写っていた。彼女の目はベイビーのときから同心円状だった。


「同心円状って、何だっけー?」


 丸模様が重なりまくってる樹の切り株みたいなやつだよ。


「なるへそー」

「懐かしいですネー。全然開かないものですから、眼科に相談すべきか、真剣に話し合いましター」


 エっちゃん、貴女。失明を疑われてたわよ。


「わたしは悪くねー」


 そうだね。


 その後も幼稚園っちゃん、駆け回り過ぎて絆創膏塗れっちゃん、小学校入学っちゃんと、彼女の成長記録を読み解いていき、やがては彼女の開眼写真が何枚あるのかにシフトしたところで、僕はふとある可能性を空想する。

 僕にもいつか、ベイビーの顔を拝む日が訪れるのだろうか?

 見ようにも見えない未来に想いを馳せながら、僕は二人と開眼っちゃん探しに白熱した。



 ◇ ◇ ◇



 その翌日に〝Xデー〟が(おとな)うだなんて、一体誰が予想しただろうか。

「開眼写真は卒アル合わせて3枚でした」

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