第4話:やばいよ
前回のあらすじ!
移住決定。
ユイねぇさんと別れた頃には、もう日が沈みかけていた。
この世界に灯りの概念はあるのだろうか? 蝋燭とかランプはあるのだろうか? もし無いのなら、みんな真っ暗な状態で寝るまでの時間を過ごすことになる。夕飯も、真っ暗な中で食べることになる。いや、もしかしたら「夜が来る=寝る」で、夕飯なんて、無いのかも?
僕はエっちゃんに訊いてみた。
ここって、灯りとかどうしてるの?
「昼の間は消してるよー。蝋燭がもったいないから、夜以外は使ってないよー」
あるっぽい。
夜中に蝋燭が切れたら、どうするの?
「そしたら後は月明かりで過ごすよー。で、次の日、道具屋に買いに行くよー。急にどしたのー?」
意識して使ってなかったから、異世界ではどうなのかなって。
「あー。当たり前のように使ってると分かんないこともあるからねー。あっちとこっちの文化、違うみたいだしー」
当たり前かー。
日本にいた時は当たり前のように電気を使っていたが、電気の無い時代の人は、蝋燭や月明かりが当たり前だったと思い知らされる。
電気って、凄かったんだなー。
しみじみ。
……カーン、カーン。
お?
歩いていると、金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。
何の音だろう?
「あー、鍛冶屋、まだやってんのかー」
鍛冶屋あるの?
「おー、あるよー。包丁とか鍋とか武器とか、色んなの作ってんよー。私もナイフ、偶にメンテしてもらってるよー」
何に使ったりするの?
「いっぱいあるよー。イノシシとかの獲物を解体したりとかー。獣道歩くのに邪魔な枝を切ったりとかしてるよー」
ナイフは汎用性、高いからねー。
「そうだねー。あ、そーだ。明日、丁度良いから鍛冶屋行こう。預けてたナイフのメンテ終わるだろうし、リンねぇっつー、年近い人いんの」
へー。
じゃあ、明日はそこで。
「おーう。……はい。というわけで、着きましたっと」
エっちゃんが足を止める。
気付けば僕らは、北の一軒家の前まで来ていた。
屋敷ほどでっかくはないけど、かなり大きな一軒家だった。一人暮らしだと、絶対持て余しちゃいそうな感じ。
ここがエっちゃんの家かー。
「ただいまー。誰もいないけど、ただいまー」
エっちゃんが独り言を呟きながら、家の戸を開ける。
お父さんとお母さん、あんまり帰ってこないの?
「いんや。いないの。わたしも流れ着いた身だし」
エっちゃんはあっけらかんと答える。
一人暮らしは、言葉の通りの意味だった。
悪いこと訊いちゃった。ごめんね。
「いいよいいよー。寧ろ、今訊いてくれてありがとねー。後々になってくると、説明するのも隠すのも、面倒だからー」
エっちゃんはまた、あっけらかんと答える。
強いなあ。エっちゃん。
「強いのは、ユイねぇのお陰だよー。ユイねぇが狩りの仕方、仕込んでくれなかったら、わたし路頭に迷ってたか、死んでたよー」
そうだったのかー。
いい人に巡り合えたね。
「そうだねー。はーい。では改めまして、一名様ごあんなーい」
エっちゃんはそう言って、のこのこ――と家に入っていった。
僕も彼女に続いて、のへのへ――と家にお邪魔する。
「たっくんも、そこは〝のこ〟りなよー」
オノマトペ、聞こえないでー。
ざっと家の中を見渡してみる。
中は一風変わった作りになっていた。見た感じ、玄関から入ったところは居間の筈なのに、玄関隣にかまどと調理器具一式が置かれてある。なんというか、居間と台所の境目をすっぱり無くして一色単にしているところが如何にもファンタジーって感じの構造だった。
ファンタジー、すげえ。
エっちゃんは土足のまま中を歩いている。今思えば、公共施設的な感じだと受け取って意識してなかったけど、村長さんの家でも靴を脱いでなかった。日本みたいに、靴を脱ぐ文化はないみたい。
ファンタジー、すげえ。
…………。
これは関係無いか。アメリカも、靴脱がないみたいだし。そうなると、ファンタジーというより、異国に越して来たと捉えるのが妥当かも知れない。
「こっちだよー」
エっちゃんが奥に見えるドアのうち、右側のドアを開けて入っていく。
中にはベッドにタンスだかクローゼットだかに、椅子と机があった。きっと彼女が来る前に住んでいた人の部屋だろう。
「ここ、前まで住んでたおじいちゃんの部屋だったんだけど、家具は捨てられてないからさー。お古で良かったら好きに使っていいよー」
おじいさんだった。
「何か必要なのあったら、わたしに言ってー。家にいる時は、そこの部屋か、二階にいるからー」
エっちゃんは居間を指差すと、次に、居間の壁にかけられた梯子を指差した。
うん。ありがとう。
「……さて! 部屋も決まったことだし、引っ越し祝いだ‼ 肉焼こう‼ 肉‼ じゃんじゃん焼いて、じゃんじゃん食べよう‼」
そこまでしなくていいよー。部屋使わしてくれるだけで、十分だよー。
「いーのいーの‼ たくさんあるから気にしないで‼ つーか日ぃ経ちすぎて明日辺りで腐りそうなんです御協力くださいお願いします」
エっちゃんの顔は笑っていたが、身に纏う雰囲気は笑っていなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夕飯はジビエ肉のバーベキューとスープだった。じゃんじゃん焼いて、じゃんじゃん食べた。どでかい鍋でありったけの野菜と一緒に煮込んで、スープにして食べた。パンに合わせたりして、たくさん食べた。ユイねぇさんも呼びだして、とにかく食べた。やっべえくらい食べた。
エっちゃんは活発そうな見た目にそぐわず意外と小食だった。普段ならパン一個で十分次のご飯までお腹が持つそうだ。その分、燃費が良く食費も浮くらしいが、逆を言うと、一度にたくさんのご馳走が手に入っても、その日のうちに食べきれず、最悪やむなく土に還す羽目になることもあるそうだ。
そして、その期限切れギリギリのジビエ肉の量はというと――。
ざっと見、一人当たり、四人前くらいはあった。
何故そんなにあるかというと、イノシシを一頭狩っている途中で三頭のイノシシに乱入されてしまい、身の安全のために狩らざるを得なかったそうだ。殺した動物を放置するのは狩人の精神に反するだか殺した生命に申し訳ないとかで、全部村へ持ち帰り村人たちに配ったそうだが、それでもかなり余ったらしい。
その結果、今に至る。
僕たちはじゃんじゃか食べた。肉になったイノシシの為にもたくさん食べた。とにかく食べた。通常なら翌朝に持ち越すだろう量の肉をもんげー食べた。この調子だと、明日の朝は碌に入らないだろう。
ごちそうさまでした。
食後はまともに動けなかった。