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第48話:宿るよ【〃】

前回のあらすじ!

公園に来た。

「降られたねー」

 と、エっちゃんはケラケラ能天気な表情で、スカートをぎゅうっ……と絞る。


 空飛ぶアメノコが生み出した雨雲に降られた僕と彼女は、雨除けにもなるすべり台下のドームに避難していた。

 アメノコは踊ることで体内に雨雲を生成し、それを放出して天気を雨天に変えることで得られる飛行能力を主な帰宅手段としている。僕らはそれに巻き込まれてしまったわけだ。

 でも、アメノコが来ているなんて知らなかったんだから、仕方ないよねぇ。


 ところで、エっちゃん。どうして服を脱いでるの?

 と、僕が気付いた頃には制服を脱ぎ丁寧に畳んでいた彼女の指は既にワイシャツの第3ボタンに到達していた。


「濡れたから、絞るんだよー。絞んなきゃ、風邪引くよー」


 その理屈は分かるけど、僕に言ってから脱ぎなよ。入口に立ってるからさ。

 雨だけど外なんだから、誰が何処から見ててもおかしくないよ。


「そんじゃあ、絞りたいから、覗き見ガードマン、お願ーい」


 任されよ。

 正式な依頼のもと、彼女の尊厳を守るガードマンとなって、己の身体で出入口を塞ぐ。


 ぷつ……ぷつ……。しゅる……。

 エっちゃんからボタンを外し、ワイシャツを脱ぐ音が背中越しに聞こえてくる。ドームなんて閉所空間にいるものだから余計に響く。


 ぎゅぅぅううっ。びっしょあびっしょあ……。

 だから絞られたワイシャツの水分だってこれでもかと反響する。外だって負けじと雨音を鳴らしているのに鮮明に聴こえるのだから不思議なものだ。


 こういうの〝カクテルパーティ効果〟って言うんだっけ。

 ……いや。〝カクテルパーティー効果〟だったっけ?

 まぁ、いっか。

 一般人なのだから変に拘らなくたって構いやしない。正式名称を巡る血みどろの議論は専門家と〝気にしい〟に担ってもらえばいいのさ。


「たっくん、次、どうぞー」


 脱水を終えた彼女が、入れ替わる形で入口に立ち塞がった。

 その背中をじっと見つめる。


 ……なるほど。人一人立つだけで、意外と外の景色は見えない。自分で塞いでいる間、中で脱いでいる彼女を隠せているものかと不安だったが、これなら安心だ。


「たっくん、終わったー?」


 訊いてくるエっちゃんに着直したと伝え、ガードマンを引退させる。

 互いに脱水を終えて、ようやく一息……と腰を落ち着けたそのときだった。



 ――ぴっちょん。



 きゃあ。

 首筋に水滴が落ちてきた。

 見上げるとなんと、天井のヒビから雨漏りしているではないか。随分と古い公園だとは思っちゃいたが、これでは避難してきた意味が無い。


「いやーん」


 エっちゃんも雨漏りに天手古舞だ。このままでは風邪を引いてしまう。とはいえ、他に雨宿れる場所を知らない以上迂闊に飛び出すのは得策ではない。


 かくなる上は。


 僕は制服を脱いで、雨水を嫌がる彼女に被せた。

 これで大なり小なり雨漏りから守れるだろう。体温低下も防げて一石二鳥だ。


「…………えいっ」

 が、ひとり満足していたら、制服の半身を被せられた。


「たっくんが風邪引いたら、意味無いよ」

 エっちゃんは真剣な表情で、開眼してまで、はっきりとそう言った。


 ……それもそうだね。

 エっちゃんが僕を優先したとして、風邪を引かれたら、僕、申し訳なくなっちゃうもの。


 教えてくれて、どうもありがとう。


「どういたしましてー」


 頭を下げると、エっちゃんは、いつものほんにゃり顔に戻って、そう言った。

 彼女の優しさにあやかり、僕も制服を屋根代わりとする。防水性最高。


 さぁぁぁ……。雨音が小さく木霊する。

 外の様子を伺うが、雨空は未だ立ち去る気配を見せない。アメノコは相当の距離を移動しているようだ。


 エリーさんはどうしているだろう。放課後なのに孫娘と居候が返ってこないとなると、心配しているに違いない。

 かと言って、傘を持っていない以上、びしょ濡れ覚悟で走る気にはなれない。実際問題エっちゃんが濡れるなり服を絞ったのだから、濡れるのを相当嫌がっている筈だ。

 だがしかし、車で迎えを頼もうにも、永治郎さんが午後に車で出かける用事があると朝言っていたから帰ってきているか分からない。完全に詰んでいた。あーややこやや。


 ……いや、待てよ。

 僕らはスマホを持っているではないか。迎えは期待できそうにないとしても、雨で立ち往生していると伝えるだけでも全然安心感が違う。


 ならば早速――、と鞄を漁ろうとしたところで、エっちゃんがポツリと呟いた。


「……なんか、思い出すなー……」


 何をだい?


「お父さんと、お母さんのこと」


 …………。

 姿勢を戻して、静聴の構えを取る。


「遊びに行った大きな公園で、ゲリラ雨に降られちゃってねー。随分と激しかったから、お父さんが車を取りに行ってる間、お母さんと小屋で雨宿りしてたー」


「雨宿りの度、思い出すのー……」と、話を締め括ったエっちゃんの顔はとても寂しそうだった。


 ……ああ、そうか。

 エっちゃんには、お父さんとお母さんとの思い出があるんだ。


 僕のお父さんとお母さんは記憶が曖昧な二歳のときに亡くなったけど。エっちゃんには、両親との日々が鮮明に残っているんだ。

 憶えてないから哀しみ様がない僕と違い、鮮明に憶えているからこそ、先逝かれたときは、さぞかし辛かっただろうな。


「お……?」

 気付けば僕は、エっちゃんの頭を撫でていた。


「どしたのー?」


 不思議がる彼女の濡れた頭を〝ほにほに〟撫でる。とにかく撫でる。

 何故かは分からないけれど。そうしなければいけない気がした。


 しばらくそうしていると――、「わたしもー」と、彼女は僕の頭を撫で返してきた。

 多分、〝そういう遊び〟だと思っている。


 まぁ、いっか。

 これが僕のエゴなのは重々承知だけれど。彼女の寂しさが紛れるのなら、幾らでも頭を撫でようではないか。

 僕は彼女が飽きるまで〝ほに〟ることにした。


 〝レッツ・ほにほに〟。


 折角なので、〝ほに〟りながら彼女の髪質を分析してみる。

 エっちゃんの金色の髪の毛は滑らかで柔らかい。雨濡れ効果で若干ペタペタしているが、それが無ければサラサラしていただろう。

 対して——、


「たっくんの髪、モチャモチャしてるねー。櫛通すの、大変そー」


 でしょ〜?

 ばあちゃんの櫛を使ったことあるんだけど、髪に居座っちゃったもの。


「癖毛過ぎて、引っかかるんだねー。天パってやつだー」


 そうなの。

 髪洗うときなんか、決まって指に絡まるから、毎日何本か抜けちゃうの。

 だから、エっちゃんみたいなストレートヘアーが、ちょっち羨ましかったりするの。


「これはこれで、いじりどころ無くて、面白味無いよー?」


 面白味って?


「髪型のことー」と言って、彼女は続ける。


「短髪なのもあって、髪で遊べないんだよー。ちょっと端っこ結わうくらーい」


 髪型のバリエーションが少ないと言いたいようだ。


 となると、おさげロングの志桜里さんは羨ましいの部類かい?

 おさげに出来るくらいのロングヘアーなんだから、色々と試せそうだし。


「そうなるねー。羨ましい限りでー……」


 エっちゃんは伸ばそうと思わないの? 似合いそうだけど。


「やってみたことあったけど。手入れめんどっちーが、勝っちゃったー……」


 あれまぁ。

 エっちゃんって、洒落っ気よりも遊びっ気ってイメージだもんね。


「セっちゃんとしーちゃんにも、言われたー。ファッションも、あんましだしー。将来はまた、違うかもだけどー」


 今は興味無くても、大人になってから目覚めるかも知れないからね。


「お手入れの手間も、楽しんでる、かもねー」


 そうかもねー。


 ……お手入れかぁ。

 僕も絡まるのは嫌だからな。いっそのことバッサリ切っちゃおうかしら。


「坊主にでも、するのー?」


 なんて極端な。


 でも、手入れなら、一番楽だろうね。

 時生くんにでも訊いてみようか。彼坊主頭だし。


「俗にいう〝おにぎり〟頭って、やつだねー。どんな手触り、なんだろうねー」


 それも気になるねぇ。

 今度触らせてもらえるか、ダメもとで交渉してみよう。


「交渉しよう、そうしよーう♪」


 そうしましょー♪


「ところで、たっくん。スマホの電源、入ってるー?」


 入ってるよ。

 突然どうしたんだい?


「おばーちゃんに、雨宿りしてるって、伝えて、ちょうだーい。わたし、電源入れてないからー」


 そういえば、連絡を取ろうとして、エっちゃんの思い出話に発展したんだった。おかげですっかり忘れていた。

 なので僕は――。


 エっちゃん、頭良いー。

 それはそうと、電源は常時付けておいた方が良いよ。咄嗟の連絡の為にも。


「今後はそうするー。……あ。たっくん、外ー」


 外? ……あ。


 言われて外を見てみると、すっかり雨は上がっていた。

 思い出と〝ほにほに〟と髪型に興じている間に、アメノコは立ち去ったようだ。

 もう降ってくる心配はないだろうと安堵しながらスマホ画面を付けると、


 げ……。


「どうしたのー? ……げ」


 画面を覗き込んできた彼女も「げ」と言った。


 なんと、時刻は帰宅予定時間を大幅に過ぎているではないか。

 急ぎ連絡を入れておいて、彼女に催促を掛ける。早く帰宅しなければ。


「じゃあ、家まで競争だ。レッツラ、ゴ~」


 言うや否や、彼女は待ったなしに走り出した。


 待ってよ、エっちゃん。

 僕らは雨上がりの夕暮れの下を駆け抜けた。

公園「青春だねぇ」

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