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第46話:決めるよ【現世Part】

前回のあらすじ!

竹太郎が継いだ。

「あれー? たっくん、もう起きてるー」


 翌朝――、現世。

 寝ぼけ眼で着替えを済ましたところに、エっちゃんが自室を訪ねてきた。

 手にはダルマと綿棒の蓋。あれで寝起きドッキリを企画していたようだ。


 おはよう、エっちゃん。企画が頓挫して残念だったね。


「ぶー。なんでもう、起きてるのさー。前まではまだ、寝ていたのにー」


 それは今まで以上に早起きに慣れるためさ。


「……あー。もしかして、畑を継いだからー? あれ? 継ぐんだっけー?」


 畑を継ぐために、正式に跡継ぎ修行を始めるんだよ。


 僕はつい昨日異世界にて――、農家のおばあちゃんに跡継ぎ宣言をして、村長に弟子としての研修期間を設けてもらったのだ。

 そのため、今まで以上に朝に強くなろうと、起床時間を1時間早めることにしたのだ。現世なら目覚まし時計だってあるし。


「じゃあ、このダルマさんに、誓おうよー。畑継いだら、片目塗れるようにー」


 いいねー。


 僕は差し出されたダルマの片目を、彼女が隠し持っていたマジックペンで塗り潰した。

 きっとこれで悪戯書きでも計画していたのだろう。しかも油性ペンときたものだから、本当に紙一重だった。


「消すの大変だから、する気はなかったけど、め~ん……て臭いで、起こそうとしたー」


 駄目だよ、エっちゃん。あの臭いはシンナーだから、一本だけならともかく、中毒性はあるそうだから悪戯には止めときなよ。


 しかし彼女は「そうなんかー」と他人事のように聞き流し、時間を巻き戻して話の腰をぽっきり折ってくる。


「それにしても、そっかー。わたしも同じこと、したなー」


 同じって……何処の部分のこと?


「研修期間と、早起きの、ところー」


 へー。

 エっちゃんも、おばあちゃんから山菜採りの仕事を継いだ身だもんね。


「うん。だからわたしも、5時起きになったー。慣れるまで、時計沢山、用意したー」


 それで朝早いんだね。

 にしても……まだやれることがない時間帯に起きても暇だね。

 ご飯も炊かさっていないだろうし、はてさて何して過ごそうか。


「だったら、散歩なり、体操なり、してみればー?」


 いいねぇ。

 早速スマホ検索して体操動画を再生する。テレビはまだ放送していないだろうし何より早朝は響く。


「その前に、カーテン開けよー。暗ーい」


 彼女は僕の横を通って、僕のお布団を踏んづけて、遮断されていた朝日を解放する。

 そうして〝手と腕の運動〟に合流してきた彼女をよく見ると、下を履いていなかった。


 エっちゃん。下履きなよ。すっぽんぽんは、お腹痛くなるよ。


「ちゃんと履いてるよー。ほれ」

 ぺろん、と捲られたダボダボシャツの下からは、確かにパンツがおはようしていた。


 でも、パンツ一丁は寒いよ。春とはいえ、まだまだ肌寒い朝だし。


「わたし、寝るとき、パンイチ派ー」


 と、言われてこれまでを思い返してみる。

 言われてみれば、引っ越してきてから毎朝欠かさず悪戯を仕掛けてくる彼女がズボンを履いて現れたことは一度たりとて無かった気がする。


「パンイチは楽だよー。蒸れないし、開放感あるし、夏はその分涼しいし、毛布に触れる面積が増えて、冷た気持ちいいよー」


 でもさ、エっちゃん。寝ている最中にトイレがイヤーンしちゃったら、ズボンを隔てない分、お布団にダイレクトマーケティングしちゃわないかい?


「………………」


 訊いた途端、彼女は真顔になって、滅多に開かぬ瞼をかっ開いて僕を見てきた。

 僕は直感する。何か地雷踏んだ!


「…………えいっ」


 ぎゃぁぁぁああ。

 予感的中。何が悪かったか訊くより早く、エっちゃんは体操に釣られて立ち足を変えたバランスが不安定な瞬間を狙って脇腹を突っついてきた!


「えっ?」

 なので僕は、彼女を巻き込んでお布団にズッコケてやった。


「ぎゃぁぁぁああ」

 悲鳴とズッコケ音は下の階によく響き、後でしっかり怒られた。



 ◇ ◇ ◇



「では、委員会決めをしようと思います。四ノ山先生よろしく」


 数時間後――。学校にて。

 一年三組は、1限目を利用として委員会選定を行っていた。


「はいよー」と教壇を託された四ノ山遥ねーちゃん先生が軽快にチョークを鳴らし、黒板に〝学級委員長〟と書き記した。


「では先ずは王道の学級委員長から決めようと思いまーす。やってみたい人挙手!」



 しーん……。



 遥ねーちゃんが催促するが、誰も名乗りを挙げなかったとさ。

 学級委員長とはクラスを一丸にまとめるクラスの長だ。リーダーだ。その分責任も重大で、余程の自信が無い限り、好き好んでやる人はそうそう居ない役割だ。かという僕も、あまり皆を牽引していく人間ではない。僕のような輩は屋台骨の脇っちょからさり気なく会話を脱線させてほくそ笑むくらいがちょうどいいのさ。


「たっくん、どちくしょー」


 エっちゃん、心の声、聞こえないでー。


 とまぁ、僕の独白は置いておくとして、左後方をちらりと見やる。

 物憂げな顔で黒板を見つめる大谷志桜里さんは小学校時代を学級委員長として過ごしたと聞く。なんならクラスの自己紹介でもそうだったと言っていた。

 なのに立候補しないということは、何か別にやってみたい委員会があるのだろうか?


「……誰もいないなら、ジャンケントーナメントで決めさせてもらうよー?」


 遥ねーちゃんの言葉に、皆が「うげぇ」と顔を濁した。


 ナイスだ、ねーちゃん。

 ジャンケンは個人的にはありだと思う。これで推薦なんてしたものならば、皆が皆して志桜里さんに「経験者だし」「かつおだし」と一票入れていただろう。対してジャンケンならば数の暴力で断れない雰囲気だって回避できる。

 とはいえ、志桜里さんがジャンケン激雑魚ナメクジだったら、なり得る可能性は十分にあるわけだが。あれ? これって平等?


 本当に公平なのか判別つかなくなってきたところで、クラスから異議が申し立てられた。


「せんせー。ジャンケンだとオレが圧倒的有利だと思いまーす」


 チャラ之介こと――、新田茶之助だった。

 茶之助くんの発言に志桜里さんの眉間に皺が寄る。図星のようだ。


「ジャンケンは各々癖が少なからず存在するじゃないすか。オレ、一部のクラスメイトが同小だったんで、そいつらの癖分かっちゃってるんすよ。そいつらと当たったらほぼ確で俺が勝っちゃうし、ほぼ確でそいつらが負けちまいますよ」


「…………‼‼‼‼‼」


 骨の髄まで把握されているのが悔しいのか、志桜里さんは泣きっ面に膨れっ面だ。

 彼の異議に同小だったと思しき面々が「あぁ……」なんて反応を示した。志桜里さんが激弱ナメ虫なのは小学校時代から周知の事実のようだ。



「というわけで、俺は学力順優遇制度を設けてほしいと思います!」



 ちょっとよくわかんないことを言い出した。

 無駄にコンパクトにまとめようと漢字で統一した新用語を産み出した。


「おだまり!」と思考をどついてきた茶之助くんは説明を始める。


「学力順優遇制度とは! 先日行われたテスト結果を基に総合点の高かった者から自由に委員会を選択できる制度です。これを導入することによって、推薦という名の断りにくいシワ寄せだって回避できるし何より! 次こそはやってみたかった・無難な委員会を勝ち取ってやると学習意欲の向上も期待できます‼」


「おぉ~~……!」


 しょうもないカッコつけと思っていた割に、まともな意見だった。クラスメイトからも教師陣からも好印象。雰囲気的に可決される流れだ。


 と、思いきや


「おや? ですが新田さん。それですと、貴方があんぽんたんだったならまだしも、成績優秀なのですから、貴方が圧倒的に有利になりませんか?」


 と、吉岡仏くんが制度の致命的な欠陥を指摘した。


「…………」と茶之助くんは言葉の意味を咀嚼する。

「…………」とクラスメイトたちは言葉の意味を咀嚼する、

「…………」と教師陣は言葉の意味を咀嚼する。そして――、


「あ……‼」


 茶之助くんは、自分が提案してはいけない制度だと自覚したのであった。


「一気に瓦解しちまったな新田」

「でも出し抜く気は無かったんだよね新田」

「純粋に不平等性を減らしたかったんだよな新田」

「下心なく全員で高め合いたかったんだよね新田」

「そんなお前が俺たちは好きだぞ新田」

「ところで後頭部の寝癖凄いよ新田」


「やだ! ありがとう!」

 と、慌てて手櫛を加える彼の後頭部は、実際朝から重力に逆らっていた。


「というわけで先生! この提案撤回させてください!」


「えー?」と、しかし、当の遥ねーちゃんは不満げだ。


「だったらどうするってんだよー。ジャンケンも無理だってんなら、くじにするよー?」

「それだーーーー‼」


 遥ねーちゃんの打開案に、クラス中が歓喜の声を上げる。

 歓声に合わせて、黙視を決め込んでいた薫先生が何か取り出した。


「こうなると思い用意しておいた、1本だけババの入ったくじ箱がこちらとなります」

「先生……!」

「正直眠いです……」

「センセェーーーー‼‼‼‼‼」


 薫先生の株はうなぎ登りだ。


「それじゃあこうしよう! 成績順に引こうじゃあないか! それなら白紙が多い分回避しやすいと成績向上を目指す指針になるし、好き勝手に委員会を選べることもない!」

「ねーちゃん先生ありがとーーーー‼‼‼‼‼」

「わたしは新田くんのねーちゃんではない! ドン!」

「此処でくらい呼ばせてくれよぉ‼」


「……あいつ、姉弟いないからな」

 と、志桜里さんがボソッと呟いだ。どうやら茶之助くんは一人っ子らしい。


「それじゃあ、始めようかぁ! 竹太郎、前へ‼」


 うーい。と勢い任せハイテンションの遥ねーちゃんに促され、


「俺でよければ」

「兄さん……!」


 なんて茶番をしている五人兄弟長兄・戸多弘人くんと茶之助くんを横目にくじを引いた。



『違うよ』



 と書いてあった。


 思わず薫先生に見せると、

「深夜テンションですね」と言われた。


 ふふっ……。


「何笑ってんの……?」と志桜里さんが訝し気な目で席を横切り、くじを引いた。


 その瞬間、「あれ……?」と何かに気付いた茶之助くんの小さな独り言が聞こえた。


「あいつ、年始のくじ運最悪だったような……?」


 そう呟いた直後――、

 ゴトンッ! と教壇から音がした。

 志桜里さんが膝から崩れ落ちた音だった。

 彼女の手元からチラリと覗かせる紙切れには『キミに決』と書かれていた。


 あーあ……。

 学級委員長は志桜里さんで決まりだ。


「……………………はぁ……」


 絶望の末に、非情な現実を受け入れたのだろう。彼女は大きくため息を吐くと、半端にめくられた紙切れをしっかりと開いた。そこには、



『キミに決め……やっぱ止めた』



 そう書かれていた。

 志桜里さんは待ったなしで紙切れを引き千切った。そして――、



「黙って空白にしろやぁぁぁぁあああ‼‼‼‼‼」



 薫先生に掴みかかった!


「志桜里がキレた!」

「止めろぉぉ!」

「深夜テンションやったんやぁ……」

「ビェェェェェエエエエ‼‼‼‼‼」


 学級委員長決めは阿鼻叫喚となってしまった。

 そんな中――、僕は事前に配布された委員会名簿の中に興味深い名前を見つけた。


 ねーちゃん、ねーちゃん。


「なんだい竹太郎! 手短に話して! 大谷さん落ち着い……落ち着けぇ!」


 学級委員長回避したらやりたい委員会あるんだけど。予約良いかしら?


「クラスの皆に聴いて!」


 というわけなんだけど皆。僕……に立候補してもよろしくて?


「俺は構わんよ」

「私も大丈夫だよー」

「おいらも問題ないでやんす犯人はヤス」


 全員快く譲ってくれた。

 やったね。



 ◇ ◇ ◇



 数分後――、手代木小福さんの長女パワーで志桜里さんを泣き止ました末に再開された学級委員長決めは、弘人くんがババを引いたことで閉幕されたとさ。



 ◇ ◇ ◇



 委員会選定が終わった。

 行間休みを利用して各々が駄弁り始めたところで、僕も志桜里さんに声を掛けた。


 志桜里さん。無難に図書委員に落ち着いて良かったね。


「ええ、本当に……」と彼女は疲弊した顔で応じる。


「私が手ぇ挙げるなり、なんか譲られた気もするし……、それ以前に喚き散らしたりして皆に悪いことしちゃったわ。時間作って謝っとかないと……」


 確かに、彼女が挙手するや否や、皆志桜里さん優先に身を引いていた。


 別にいいと思うけどなぁ。

 ねぇ、皆の衆。と訊けば「気にしてないよ~」と教室に居たクラスメイト全員が答えた。


「寧ろ、先入観というかイメージ? を払拭できたよ」

「大谷さん、ちょっとお堅いというか、怖い印象があったというか」

「でも、さっきのぶちギレギャン泣きで、ちゃんと人間臭いところあるんだなって今では安心さえしてるのさ」

「そうだとしても、私の気が済まないのよ。ああもう、我ながら面倒くさい性格」


 真面目だなぁ。

 それだけ真面目なら向いてそうなのにね、学級委員長。飽きたの?


「飽きた以前に、そもそもやりたくないわよ。私、人を率いる質じゃないし。やってたと言っても、じゃんけんで負けたからだし」


 じゃあ、どうして学級委員長経験者皆の前で語ったの?


 訊くと彼女は「え?」と意外そうな顔で僕を見た。


「自己PRなんだから、実績とかあげるもんじゃないの?」


 彼女の言葉に、思わず上体を反らしてしまった。


 ま、真面目だ〜。

 志桜里さん、生真面目過ぎて、世渡り下手なタイプだ〜。

 親御さんの旧姓が〝めじま〟でもおかしくない程真面目だ~。


「しれっとお母さんの旧姓言い当てないでくれる?」


 まさかのジャックポットだった。〝目島〟だったそうだ。


「それはそうと、やっぱりそうなのね……真面目過ぎるのね……」


 彼女は言って、頭を抱えて机に突っ伏してしまった。


「やっぱり嫌々でやってたか。学級委員長」


 振り返ると、茶之助くんがこちらに来ていた。

 どういうことだい?


「こいつ、将来見据えすぎて融通利かないんだよ。お茶目な返しもできないし、真面目の印象ばっかつくもんだから、先生に生徒会長薦められたことだってあるぜ」

「あのときは肝を冷やしたわ……」


 前に出たがらない性分で生徒会長は地獄当然だろう。

 ひぇ~。


「分かってるのよ、私が馬鹿真面目だってのは……! だから誰か立候補しないかなって祈ってたんだし、果てにはあんたに助け舟だって出されるんだし。もう嫌この性格……」


 まぁまぁ志桜里さん。そんなに思い詰めることはないよ。さっきの〝ギャンビエ騒動〟でクラスメイトたちも大なり小なり志桜里さんの人間性を理解してくれただろうし。


「そうですよ」


 今度は吉岡仏くんがやって来た。


「自分が嫌と言っても、まだ12~13歳。平均寿命の4分の1も生きていないのですから、簡単に直せるほど私たちは人生経験を積んではいません。今すぐにまではいかなくても、一年以内に改善できれば儲けもんくらいに考えといた方が気軽で楽ですよ」

「妙に深いこと言うわよね吉岡くん」

「流石仏の顔でお寺生まれじゃない神社の近所の家の子」

「いつも思うけど何その紹介文?」

「私は好きですよ」

「ならいいけど……」

「ところでよ――、新田、手ぇ挙げるの異様に速かったよな。狙ってたん?」


 うん。その場の直感で挙手したの。委員会決めるの初めてだったからなれて良かったよ。


「そっか。良かったな」


 良かったねぇ。



 ◇ ◇ ◇



 以来、毎朝花壇と学校菜園に水やりをするのが、園芸委員会になった僕の日課だ。

竹太郎「こんなニラあったっけ?」

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