第45話:継ぐよ【〃】
前回のあらすじ!
初めての乗馬。
ぱっから、ぱっから――と、白馬とブラウンは自由気ままに走る。
「きゃー」とはしゃぐ、背に乗せたおチビちゃんズが快適に楽しめるよう、絶妙な速度でのびのびと馬牧場を駆ける。
おチビちゃんズは貴重な乗馬体験を楽しんでいる。馬さん二頭は「微調整はお手のものだぜ」と得意気な顔で走っている。
どちらも、とっても、楽しそう。
「だったら、たっくんも、もっかい、乗ってくればー?」
もう十分ですー。
再乗馬を勧めてくるエっちゃんに、僕はやんわりと断りを入れる。
「なんでー?」
これでもかと馬にまたがり駆けまわったからさ。おかげで、お尻が爆散寸前だよ。
そう。僕は恐らく今回の試乗会で、一番馬に乗っていた。
というのも、僕がブラウンに乗っているところ、飛来した花粉に目を潰されパニックに陥った白馬に驚き、僕を乗せたまま逃げ回ってしまったのだ。
結果、折角だからと馬椅子を外して直乗りしてみていた僕のお尻は大惨事と化したとさ。
僕の言い訳にエっちゃんは、「それもそうだねー」とすんなり納得してくれた。彼女が単純で良かった。
「というかそもそも、どうして直接乗ったんだ」
と、手持ち無沙汰になっていたユイねぇさんが訊いてくる。
野生を感じ取ろうとしたの。
「野生を?」
野生なの。
馬さんの産まれたままの姿を肌で感じてみようと思ったの。
「飼いならされた馬だし、服着てるじゃないか」
そこは言い回しと例えなの。
「すまん」
いいよ、いいよ。言葉の綾が通じないなんて誰にだってあるさ。
今まではなかったけど、ユイねぇさんって、実は言葉通りに受け取っちゃう派?
「……割とそうだな。頭が固いって、よく村長らに窘められるよ」
「頑固あたまー」
「んだとこのやろう」
「きゃー」
久々なエっちゃんのからかいに、ユイねぇさんは姉のようにお仕置きを執行する。二人のやり取りは歳の差姉妹みたいで微笑ましい。
そんな彼女らをちょっと羨ましく眺めていると、男児が僕に寄ってきて、言ったのだ。
「かみのけ、モチャモチャー」
なんだとー。
「きゃー」
これでもかと〝たかい・たかい〟をしてやった。
「さてと……儂もそろそろ行くとするかね」
ありがとう。と感謝を述べて、親御さんのもとへ送り返していると。
休憩がてら馬さんのお披露目試走会を眺めていた農家のおばあちゃんは「よっこらせ」と腰を上げた。
どうやら帰ってしまうらしい。
牧場はまだ、馬さんの試走会を終えていない。
「夕市に出したい野菜がまだあるんじゃ。十分休んだし、もう一仕事してくるよ」
そう言って、おばあちゃんは牧場の入口目指して独り歩いていく。
おばあちゃんが管理している野菜畑はとにかく広い。村一つを賄う野菜を一手に育てているだけあって、すごく広い。よく倒れずに毎日働いていられるなと不思議に思うくらい広い。あれを一人でやるのは相当の労力が必要な筈だ。
気付けば僕は、おばあちゃんの後をついていっていた。
おばあちゃん、僕も手伝うよ。
「おや、いいのかい? 仕事は大丈夫かい?」
うん。今日は午前上がりだし、午後は村長への報告だけだから。
それに、二人でやった方が早く終わるかもよ。
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかね。ついてきらっしゃい」
うん。ありがとう。
というわけで、エっちゃん。おばあちゃんのところに行ってくるね。
「行ってらっしゃーい。頑張ってねー」
牧場主さん。素晴らしいお披露目をどうもありがとう。
「またいつでも遊びに来てねー」
子どもたち。落馬しないように気を付けて遊んでもらってね。
「はーい」
馬さんたち。これからの活躍を期待してるからね。
「ウママー♪」
「楽しみに待っときな♪」
しゃべったぁ。
◇ ◇ ◇
「では先ず、この列のを採ってもらおうかね」
十分後――。農家宅。
作業道具を装備した僕は、早速野菜畑に足を踏み入れた。
最初に頼まれたのはキャベス。ずらりと並んだキャベスの列が片手じゃ足りないくらい為されていて壮観だ。
実家で培った趣味農家の経験を活かし、ざっくざっくと収穫する。
キャベスは栄養たっぷりでとても重い。腰かごに三~四個入れただけですぐ括りつけたロープが腰に食い込み、すごく痛い。
痛みが柔いうちにさっさと台車に移しておく。
ところで……キャベスとレタツ、重い方が美味しいのはどっちだろうか? キャベツとレタスと同じなら、キャベスは重い方が美味しいことになるが、それは冬キャベツの話であって、春キャベツは軽い方が良いと聞く。それは異世界でも適用されるのだろうか?
「おや。このキャベス、ちょっと重いね。これは家で食べようかね」
あれこれ考えていると、台車に移動していたおばあちゃんが、僕が入れた重キャベスを手に持つなり、売り物にならないと判断していた。
どうやら、異世界でも基準は同じらしい。
「タケタロウや。よく動いてくれているが、疲れないかい? 足は痛まんかい?」
おばあちゃんが心配してくれる。
大丈夫……と言いたいところだが、素直に言った方がお互いの為だろう。
僕は正直に打ち明けた。
もう少し手際良くできないかなぁ、とは思うよ。
「ならいいやり方を教えてやろう。よく見ときんさい」
おばあちゃんは脇に僕を退けると、両腕を捲り、ビキビキと血管を浮かべた。
そして――、自身の爪を鋭利に尖らせると、すぱん、とキャベスの茎根っこを断ったのだ。
それを中腰で早歩きながら、すっぱん、すっぱん――、一列終わりまで繰り返した。
片手で暴れ馬さんを止めてみせたおばあちゃんの力の片鱗を見た。
「やってみんさい」
僕は爪にぐっと力を込めた。
プルプルと振動を送ってみる……。
血液を集中させるイメージでバイブレーションしてみる…………。
うんともすんともいわなかった。
そりゃそうだよねぇ。
先ずは肉体改造しないとねぇ。
「それもそうじゃの。では、センス次第ですぐに覚えられるのを見せようかね」
おばあちゃんは言って包丁を取り出し、包丁が良く見える位置に僕を移動させた。
「ふんっ」
おばあちゃんがアンダースローの要領で包丁を振ってみせると、一列のキャベスは一瞬にして茎根っこから切り離され、ゴロゴロと落っこちた。
おばあちゃん、すげー。
「前までは、こんな転がったりしなかったのにねぇ」
しかも、弱体化してこの威力だった。
だとすると、今までのキャベスは茎根っこからグッバイしたことに気付かず、そのまま鎮座していたのだろうか。
「ほれ。やってみんさい」
あれこれ想像を膨らませていると、おばあちゃんは僕に包丁を手渡してきた。今の人間離れした技を再現できるとお思いか?
まぁ、やるけど。
僕は言われるがまま茎めがけて、包丁を振った。
何も起こらなかった。
そりゃそうだ。
「手首のスナップがなってないね。この角度でやってごらん?」
まさかの微調整を受けた。
もう一度振ってみる。
キャベスは動かない。
「もっと腰から、回転するように動かしてみんさい」
回る勢いで、振ってみる。
それでもキャベスは動きません。葉っぱが揺らぎすらしない。
「腕も殴る気で振るんじゃ! キェェェエエ‼‼‼‼‼」
ちょいやぁぁぁああ。
……しゅぺっ。
あっ、できた。
ほんの僅かだけど、確かに真空刃が発生して、キャベスを一玉、触れることなく茎から切り離せた。
僕はおばあちゃんを見た。
「上出来じゃ」と褒めてくれた。
「それだけのセンスがあれば、何処へ勤めても食べていけるだろうよ。さぁ、後は儂がやっておくでのう、今日は帰りんさい。手伝っとくれてありがとうのぅ」
畑を見渡し直す。
おばあちゃんはそう言うが、まだ半分以上も残っている。
おばあちゃん、独りで大丈夫なの?
一緒にやってくれる人は居ないの?
「全部儂でやっとるのう。夫は先逝き、娘も村を出て一山超えた国の者に嫁いだからのう。独りでやるのは慣れておるし、儂の代だけでもなんとかやってみせるよ。たまに手伝っとくれるだけも、十分助かっとるしのう」
そんな寂しいこと言わないでよ。
おばあちゃんの言葉を聞いて、僕の中に衝動めいた何かが芽生えた。それは飲み込んではいけない衝動だった。
だから僕は、それを言葉にするべきだと思った。
この衝動的直感を僕は信じる。
「おばあちゃん。僕、おばあちゃんの農業継ぐよ」
おばあちゃんは細い目をぱちくりと見開いて、と訊いてきた。
「いいのかい? 別に無理して継がなくたって、いいんだよ?」
「同情して継ぐわけじゃないよ。元々興味はあったし、こんなに広大な、村の皆の食卓を支えてる畑、潰しちゃ駄目だよ。何より――、」
一度肺の空気を入れ直して、改めて決意の続きを口に出す。
「おばあちゃんの努力を絶やすなんてこと、僕はしたくないよ」
「……なら、儂が口を挟むべきじゃあないね」
おばあちゃんは地べた構わず手足を着いて、深々と頭を下げた。
「儂が教えられることは全部教えよう。この畑をよろしくお願いします」
「承りました」
膝を着いて僕は誓った。
◇ ◇ ◇
それからというもの。
夕市に商品を並び終えるや否や真っ先に村長宅を訪ねた僕とおばあちゃんは、正式な手続きのもと、引継ぎを完了させた。
キャベス「エもぉい」




