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第44話:馬だよ【〃】

前回のあらすじ!

リンねぇさん、伸びる。

 異世界のとある昼――。

 午前業務を終えた僕とエっちゃんは、自宅でお昼休憩を摂っていた。

 今は昼食を済ませて、お腹休めにだらけているところだ。

 おかげですっかり二人揃って、身体が溶けてしまっていた。

 会話だって、春のぽかぽか日和も相まって、黄身のない卵となっていた。

 まぁ、春だから仕方ないよね。


 春だねぇ。


「春だねぇー」


 テーブルに頬をくっつけたエっちゃんが、ほんにゃりと答える。


 生命が新たに芽吹き、新たにデビューを飾る時期だねぇ。


「新しい門出のときだねぇー」


 こんな日は、外の街路樹並木の下をのんびり歩きたいねぇ。


「歩きたいねぇー」


 あ、でも花粉とか飛んでそうだ。この季節になると地元の近所の爺様が毎日「杉山買い取って切り倒したろかわれぇ……はっくしょおらぁ!」とぶちギレながらくしゃみで盆栽を粉砕していたのを良く憶えてる。


「流石に街路樹に杉は、選んでないと思うよー。選んでたら、町の人たちが花粉ゾンビになっちゃうよー」


 それもそうだ。

 なんなら、「杉を持ってきたのは誰じゃあ‼‼‼‼‼」と春季限定ぶちギレおじさんになって市役所に襲撃(かちこ)んじゃうよ。


「そんなことよりたっくん。デビューといえば、馬屋さんところの馬が、また二体、乗馬デビューするんだってー」


 それはめでたいねぇ。

 いつ晴れ舞台を飾るんだい?


「ちょうど今日だよー。乗馬体験も出来るってー。わたしたち、ちょうど仕事休憩中だし、折角だから、観に行こうよー」


 いいねー。

 行こう、行こう。


 そうと決まったら行動だ。このまま居たってぼんやりしているだけだし、また面倒臭くならないうちに善を急ごう。

 さっきまでの蕩け切った身体は何処へやら。原型を取り戻して僕らは外へ出た。



 ◇ ◇ ◇



 馬牧場は村の西通りの外れ、東西地点にあった。

 多くの馬が放牧されているのが遠目からでも分かった。

 皆自由気ままに歩いたり、駆けまわったり、なんなら昼寝しているのだっている。亡き父が所有していたというビデオに出ていた〝昼寝大好き牛角猫型ロボット〟を思い出す。

 馬牧場の向かい側には農家のおばあちゃん家がある。

 なんでも、馬牧場と農家のおばあちゃんは提携業者を結んでいるそうで、形がイマイチなニンズンを餌に提供する見返りに、エっちゃんが居ない日に馬車を借りて昼市に野菜を持っていっているそうだ。


 ……ふふっ。


 そんなこんなで、入口に着いた。


「ウマー」


 入口脇をうろついていた一頭の馬が、僕らに近付いてきた。案内してくれるらしい。

 僕らは馬さんのご厚意に甘えることにした。


「ウマー」


 馬は「こっちでーす」とでも言いように、僕らを歩幅に合わせて先導してくれる。


「この馬さん、手慣れてるねー」


 そうだねぇ。

 なんて会話をしているうちに、人だかり見えてきた。あそこがお披露目会場のようだ。

 馬さん、どうもありがとう。


「ウマー」


 馬さんは「イイってことよ」って顔で、来た道を引き返していった。


「おや? 二人ともいらっしゃい。キミらも馬を見に来たのかい?」


 馬さんに手を振っていると、牧場主さんが寄ってきた。


「見に来たよー。門出を祝いに来たよー」

「どうもありがとう。あの子たちも喜ぶよ。さぁ、こっちだ」


 牧場主さんの後をついていき、集っていた保護者ズとおチビちゃんズに合流する。

 その中に、ユイねぇさんとリグレイさんのナイスガイを見つけた。


「あー。リグレイさんが、西門以外にいるー」


 エっちゃんが物珍しそうに指を差した。

 それを僕はおチビちゃんズが見ていないうちに、べきり、と折っておく。

 ユイねぇさんは乗馬経験がありそうな見た目と職種だから分かる。けれど、普段西門の門番をしているナイスガイが来ているのは珍しかった。


「今日はユイとリグレイさんに手伝いに来てもらったんだ」

「偶然にも休みでな。素振りしていたところに声を掛けられたんだよ」


 へー。


「では早速、お披露目といこうか。おーい!」


 牧場主さんの呼びかけに、馬小屋で待機していたお子さんが二頭の馬さんを連れてきた。

 草原の似合うブラウンと、王子様顔負けの白馬だった。


 二頭とも、綺麗だねぇ。


「ウマー」

「ウママー」


 二頭は元気いっぱいに頭をぶんぶん振りたくる。


「それじゃあ、乗ってみたいひとー? はーい!」

「はーい」

「ちゃーん」


 おチビちゃんズが我先にと挙手する中、僕も控えめに手を挙げておく。


「たっくんは、乗ったこと、ないのー?」


 ないんだなぁ、これが。

 なんて会話をしていたら、牧場主さんは耳聡く反応してきた。


「タケタロウくん、乗馬したことないのかい? だったら是非乗ってみなよ」


 えー?

 おチビちゃんズからじゃなくていいの?


「乗ってみそ」

「乗ってみそ」


 子どもたちは優しかった。

 僕は皆のお言葉に甘えることにした。

 折角なので、馬椅子を外して直乗りしてみる。


「動くぞー」


 パッカラ、パッカラ……。ブラウンは軽快な音を立ててのんびり歩く。

 それにしても、馬さんのお尻はなんと固いことか。えらいゴツゴツしていて、馬さんが歩き揺れるたびにお尻に響く。まるで凸状に凝り固まったド畜生クッションに座っている気分だ。


「そこは石、じゃないのー?」


 それもそうだ。

 お尻に継続ダメージを追っている僕に構わず、牧場主さんは周囲に声を投げる。


「他に乗ってみたいのは居るかー?」

「はーい」とリコちゃんたちおチビちゃんズがこぞって挙手をした。


「興味津々で感心感心。順番なー」


 牧場主さんが指名した、一番手前に立っていた坊やが前に出た。



 その時、春の花粉が白馬の鼻に飛来した!



「ウマァァァァァアアアア‼⁉‼⁉‼‼‼‼‼‼」

「ぎゃー」


 白馬は暴れ馬と化し、おチビちゃんズは蜘蛛の子散らして逃げ出した。

 白馬は闇雲に駆けまわる。方向感覚を失っているようだ。


「マズいな。痒みで目が潰れてしまってる。少年、今のうちに下りなさい」


 うん。分かった。

 リグレイのナイスガイの言うことに従い、下馬ろうとすると――、


「ウマァァァァァアアアア‼‼‼‼‼」


 白馬は僕と僕が乗っているブラウンに突っ込んできた。


「ウマーン‼」


 ぎゃー。

 ブラウンはびっくらこいて、僕の下馬を待たずに走り出してしまった。

 これはいけない。早いところナイスガイに下ろしてもらおう。


「少年、何処だ! 魔法を解除しなさい! 少年!」


 ――が、しかし。ナイスガイは僕とブラウンを見失っていた。


 ……ああ、そうか。

 久しぶりだから忘れていたけれど。僕が異世界転移間際に授かった魔法は『敵対者から存在を感知されない』だ。それが〝敵対者〟認定された白馬の悪意なき突進で発動条件を満たし、今しがた乗っているブラウンごと雲隠れしてしまったのだ。

 解除条件も〝敵対者の攻撃意識解消・僕自身が誰かに触れる〟ときた。つまり、白馬が落ち着きを取り戻さない限り魔法は解除されない。12時の魔法は解けない。

 更に僕は馬さんの止め方を知らない。完全に詰んでいた。

 ナイスガイが付いていても、止め方を聞いておくべきだったな。

 反省。


「フッ!」


 白馬が近くを駆けたタイミングで、ユイねぇさんが飛び乗った。


「ハイヨッ! ハイヨッ! ハイヨッ!」

「ウマ……⁉」


 ユイねぇさんの宥めが効いたのか花粉が取れてきたのか、白馬は速度を落とし始めた。

 頑張れユイねぇさん。そして白馬。


「がんばえ~」


 おチビちゃんズも僕に倣って彼女と白馬を応援する。

 白馬が段々と落ち着きを取り戻してきた。もう一息だ。



 そこへ花粉が「はい、じゃんじゃん」と無慈悲の〝おかわり〟を追加した!



「ウマァァァァァアアアア‼⁉‼⁉‼」


 白馬はまた暴れ出してしまった。

 花粉再来は、予想外だよね。

 だが、そうも言っていられない。状況は振出しに戻ってしまった。

 白馬はますます暴れて手が付けられなくなっていく。ユイねぇさんもこれ以上は乗っていたら危険だ。


「ウマァァァァァアアアア‼‼‼‼‼」


 痒みで目を開けない白馬が入口向かって駆け出した。


「マズい! 村に出てしまうぞ‼」


 保護者ズとおチビちゃんズの避難誘導を終えた牧場主さんと、ナイスガイが僕の捜索を一旦中止して白馬を止めるべく追いかける。

 すると、そこへ――、


「コウシンや。歪なニンズンが採れたから持ってきたぞい」


 なんと、農家のおばあちゃんがセクシーなニンズンを持って入口に現れたではないか。

 これはマズい。白馬は入口一直線。このままだとぶつかってしまう。


「キエさん、危ない!」

「ん? ……おや、我を忘れてるのかい?」


 おばあちゃんはようやく事態を把握するが既に手遅れ。ユイねぇさんはおばあちゃんが現れるなり無理やりブレーキを掛けているが間に合わない。

 白馬はおばあちゃんに激突してしまった。


 ――が、おばあちゃんが宙を舞うことはなかった。

 それどころか――、


「おやおや。花粉に目をやられちまったのかい。怖かったねぇ。今拭くからねぇ」


 おばあちゃんは白馬の口を優しく掴み、制止させたではありませんか。

 しかも、片手で。

 ユイねぇさんのブレーキが功を奏していたとしても、とんでもない怪力だった。


「……はい、拭き終わったよ。眼を開けてごらん」

「……ウマッ。ウマッ。ウママー」

「大丈夫そうだね。よく我慢できたねぇ。ご褒美にニンズンをあげようねぇ」

「ウマー♪ ……バキゴリムシャア‼」


 白馬は嬉しそうにニンズンに齧り付き、美味しそうに食べたとさ。

 良かった。良かった。

 と、安堵していると、下馬したユイねぇさんが牧場主さんとナイスガイに話しかけた。


「お二方、タケタローは⁉」

「あ……‼」


 そうである。

 二人が白馬を止めに走った間にも、僕を乗せたブラウンは慌てふためいていた。

 もう一度言うが、僕は止め方を知らない。


 だーれーかー。止ーめーてー。

「…………うぷっ……」

「ウマッ⁉」

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