第40話:タツさんだよ【〃】
前回のあらすじ!
神さまの側近・吉田くんとモッチャる。
とある日の異世界、正午。
いつものように仕事研修を終えた僕は歌を歌いつつ北通りの帰路に差し掛かっていた。
終わった。終わった。仕事が終わった。
仕事は慣れると覚えたことを実感できて楽しい。でもまた新しい知識を仕入れてそれを活かせるともっと楽しい。更に仕事で定時を迎えたら解放感で嬉しくなる。正に〝最高にハイ〟ってやつだ。
だからそんな時は和やかな気分になって、吞気極まりなく歌を歌うのさ。
寄ってらっしゃい見てらっしゃい、阿佐ヶ谷育ちのレトリバァ♪ 一日二時間は見てる、い~も~けん~ぴ~~♪
しかし、〝いつものように〟とは、どうも寂しいものだった。
仕事は色んな刺激を与えてくれるし、知識の更新に終わりがないからやりがいがある。だが、異世界での日々はそれの繰り返しで、わがままな話、どうも同じ展開続きみたいで面白味が少なくなりつつあるのを実感していた。
だからそう、例えば誰かの秘密を思わぬ形で知ってしまうような何かが欲しかった。
まぁ、明日になればこんなちゃっちい悩みも忘れてまたのんびりと働くだろうが。
それはそれとして、近いうちに本格的に仕事を決めたいとは思っている。村長は「気が済むまで試行錯誤」とは言ってくれているが、いい加減流浪を止めて根を張りたい。
そろそろ農家のおばあちゃんに後継を立候補しようかしら。そう思案を巡らしながら、ふと南東の空を見上げたときだった。
タツさんが山から生えていた。
というよりも、山から生えてくるように飛行していた。
タツさんは異世界転移から七日目に出会った、ミノタウロスをやっつけてくれた功労者ならぬ功労〝龍〟だった。村長の名前も知っている仲で、更にはユイねぇさん曰く「村長のボドゲ仲間」だそうだ。
そのタツさんは――、飛行するなり逆Vの字に折れ曲がって、下降していた。角度的に村の西門……具体的には西門近くの森を目指しているようだった。
一体タツさん何をしようとしているのか興味が湧いた僕は愉快な刺激を求め、早速足を運ぶ。目指すは下降地点だ。
◇ ◇ ◇
現場に到着した。
辺りを見回し、居ないと見切りをつけて茂みに入る。尻尾が見えなくなるギリギリまで軌跡を追っていた限り、ここら辺に着陸したはずだ。
しかし見つからない。中々に見つからない。森の中で生物一匹探すのにここまで発見に至らないとなると何か見落としがあるのでは? とさえ思えてくる。
と思ったところで、ふとある疑問が生じた。
…………なんで見つけられないんだろう?
タツさんは龍なだけあって凄まじい巨体だ。とぐろを巻かなければ山頂の広場からはみ出てしまいかねない長体だ。それなのに木々の先っちょから身体がはみ出していないのもそもそも木々がバッキリ逝っていないのは不可思議極まりない。
そこから立てられる仮説は一つ。
タツさんは巨体を隠せない場所でも、場所を荒らさずに身体を隠し通せる魔法もしくは体質を持っているということだ。
それでも、先ずあの巨体が着地できる広々とした空間が必要不可欠だ。それを踏まえて龍ではなく場所に標準を定め直す。
目星を立てたところで捜索再開だ。広場といったらあそこら辺の木々が空いているのを登山中に見たことがある。
んだばそこへ行こう。早速広場を目指して森の中を駆けた。
いた。
見事予想が的中し、僕は遂にタツさん〝らしき人物〟を見つけた。
龍が良い具合に人の姿を形作った、老龍頭の〝半人半龍〟が立っていた。
「うむ……? おぉ、誰かと思えばいつぞやの少年ではないか」
龍人は僕の姿を認めると、聞き馴染みのある声で懐かしそうに目を細めた。
やっぱりタツさんだった。
「久しいな少年。ミノタウロス騒動以来か」
うん。ミノタウロスをやっつけて一ヶ月弱——話数だと『第20話:放るよ』ぶりだね。
「ちょっと何言ってるか分からん。分かる形で返しとくれ」
まぁまぁ、そんなことはさておき、此処に降り立って何をするの?
「さておきは儂の台詞なんじゃよ。まぁ、ええわい。今日は定期交流に来たんじゃ」
定期交流?
もしかして、ボドゲ仲間ってやつ?
「知っとったなら話が早いわい。ゴゼルの案でな、年四回程の頻度で各地の旧友とゴゼルの家に集って世間話を肴にボドゲを嗜む会があるんじゃ」
村長の家に集まるのは確定事項なの?
「お決まりじゃな。儂が世界各国を飛び交ったりなんかしていたら、それこそしっちゃかめっちゃか大騒ぎじゃ」
それもそうか。
それにしてもタツさん、人化の術が使えたんだね。僕全然知らなかったよ。
「そりゃあ、やって見せたこともなければ喋っとらんからな。お主とて読心術は持ち合わせておらんだろうしの」
タツさんは出来るの? 読心術。
「出来るともさ。長命故、覚える時間はたっぷりあるわい」
じゃあ、僕が喋ってないことも分かるの?
「おうともさ。例えばお主、この世界の住人ではない『迷訪者』じゃないか?」
ぎ、ぎくー。
どうしてそう思うの? 後ろめたいことはしていないながらも返答を促す。
「前に宇宙から放り投げたとき、お主の中から別の意思を感じたのじゃよ。魔法は生まれたときから適性が決まっておるが、お主のは訳が違う、別の存在が介入したかのような力の気配をな。それにお主の宇宙に出た際の感想も、こちらの地上人が知っているかと言えば怪しい言葉が至る所にちりばめられておった。専門家ほどではないが、わしも伊達に長生きはしとらんからのう」
全てお見通しの考察だった。
「やはりそうか。あぁスッキリした」
それはそうと、『迷訪者』って何?
「何も知らんで会話を続けたのか」
うん。
言葉のニュアンスで察したから流したよ。話の流れも切りたくなかったし。
でも、タツさんさえ良ければ『迷訪者』の意味教えてほしいな。意味合いを曖昧なままにしておくのもモヤモヤするし。
「よかろう」とタツさんは顎を撫でた。
「迷訪者とは『迷い訪れた者』。その名の通り、この世界とは異なる次元から迷い込んできた者を指し示す、なんの捻りもない名称じゃ」
その言葉があるということは、自分以外にも存在したのだろうか。
「居るには居ったぞ。寿命でもう死んどるがな」
どんな人だったの?
「知識に富んだ男だった。あやつは登山を趣味としていてな、世情に疎い……というより興味を持っとらんかった儂とばったり会ってからはよく地上の話を土産に来おったわい」
タツさんは懐かしむように空を見上げた。
「儂は月日と共にそれを楽しみにするようになった。粗方の魔法も覚えてしもうてからは長寿を持て余して食うか寝るか散空するかしかなかった龍生の良き退屈しのぎとなった。極偶の菓子土産もちょいと期待しとったわい」
嗜好品好きはその時からなんだね。
「左様じゃ。……だがしかし——奴はある日からパタリと来なくなったんじゃ」
おや……?
なんか雲行きが怪しくなってきたぞ?
「不思議に思うた儂は鳥の目を借り、そやつの家を見下ろしてみたんじゃ。そしたら——そやつの葬儀が行われておった。老衰じゃった」
目元は陽射しで隠れていたが、切ない表情なのは分かった。
「儂はすっかり忘れておった。龍と人とでは寿命に天地の差があることを。あの時ばかりは住所を聞いとかなければなんぞ要らぬことを考えてしもうた。あやつを通じて得た悪くなかった日々と、それを失った虚しさを天秤にかけてしまったんじゃよ……」
あらまぁ……。
それは、無念だったねぇ……。
「色々思うたわい……。もう少し駄弁ってみても良かったなとか、儂以外にも遺せたものはあっただろうかとか」
何を遺してもらえたの?
「人付き合いもしてみるものだという〝思考〟じゃ。それから人付き合いを重視するようになったのぅ。手合わせを求めてくる者があまりに多いものだからまたダルくなっとったがな。ゴゼルたちボドゲ仲間はともかく」
ふぅん。……そうだタツさん。思うところと言えば、タツさんに訊きたい事あったんだ。
「なんじゃ? 言うてみい」
タツさんって、〝七龍日〟のモデルだよね。
「………………」
お……?
訊いた途端、タツさんはぴくり、と左眼を僅かに見開き、すん……と沈黙してしまった。これは最早正解と公認しているも同然だ。
返答を待っていると「……根拠は?」タツさんは質問を質問で返してきた。
タツさんが棲んでる山の頂上、今更だけど、他のどの山よりも高かったから。
何処よりも空に近い分日光浴に最適だろうし、絶好のお月見ポイントでしょ?
だから、ここからは憶測だけど『日当たりを好んで』日中堂々散空していたという日龍、もしくは『月光浴を嗜もうと』月の日に現れた月龍じゃないかな、って思ったの。
「……まぁ、減るもんじゃないな」とタツさんは僕と目を合わせ、アンサーをくれた。
「その通り。お主が予想したように『龍日』が一頭——〝月龍の朧〟とは儂のことよ」
オボロかぁ。
風流があって、僕は好きだよ。
……あれ? だったら、なんで〝タツさん〟と呼ばれてるの? 〝オボロさん〟の方がかっこよいのに。
「そうなんじゃ」と彼は文句を垂れる。
「ゴゼルのやつめ、初めて相まみえたあの日、儂を見た目まんまに『タツさん』と名付けおったんじゃ。儂も名乗り損ねたのは否定できんが、蔑称に至らんから直す気にもなれん」
結果、もうええわい閉店ガラガラ。になっちゃったと。
「全く、さっさと呼び直させるべきだった。折角の貰い名も台無しじゃわい」
タツさんの本名、名付けてもらったんだ。
もしかして、礼の男さんから?
「うむ。儂と出会う前、儂が散空しているところを偶然見たことがあったそうでの。当時朧月夜だったことに因んだとさ」
これでもかと与えられたんだね。その男さんから。
「本当にな。これだけでも七龍として表舞台に出た甲斐があったわい」
その『龍日』って、七龍七日連続観測は意図的だったりしたの? 最終的に龍日の形で成された、自分たちによる新概念の定着を狙ったとか、自分たちの存在を誇示するためだとか?
「全くの偶然じゃよ。例の男にも訊かれたんじゃが、龍の皆としてそんなことあるんだな、人間の連想力ってすげぇなって吞気に笑ったわい」
学者には絶対教えられない真相だった。
◇ ◇ ◇
そして、件の男さんの影響で縁を結んだ村長の家にて――、
「よっしゃぁ5じゃァァア! ゴゼル逃げるでないぞ⁉ ぶっ殺したる‼‼‼‼‼」
「嫌じゃぁぁぁああ死にとうなぁぁあい‼ 儂は逃げるぞタツさぁぁぁん‼‼‼‼‼」
「あと1! あと1で上りじゃ! って待つんじゃフィリオ‼ 後生じゃぁぁあ‼」
「そして私は上がる」
「「「貴様ぁぁぁぁあああ‼‼‼‼‼」」」
村長と既に集まっていた二人の老婆と〝曜日の概念を人類が生み出すキッカケを与えた七龍の一頭〟の老齢四人で行われた『第三十二次スドー大戦』は苛烈を極めたとさ。
…………『スドー=ルドー』。
……ふふっ。
やっぱルドー。ルドーだよな。




