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第38話:ヤンバるよ【〃】

前回のあらすじ!

市内を歩き直したよ。

「イッヌ!」


 わぁ。

 一時後――、怒弩寿琥がちらほら屯っているのが見える河川敷に下りるや否や、小さな生命が僕に駆け寄ってきた。


 怒弩寿琥と初めて会った日に、彼らと一緒に助けた犬だった。


 犬は「うだうだうだ……」と自ら腹を見せて転げ回る。随分と人懐こい。


「わぁ。犬だー」

「おうイヌスケ。今日も元気で良いなおまえは」


 エっちゃんは小倉さんとイヌスケを撫でくり回す。イヌスケはとっても幸せそう。


 因みに〝イヌスケ〟というのは、世田谷育ちのRadioを二度回収した後に、考えなしに付けた仮名だ。「ネーミング権をくれ」と大不評だったがいつの間にか定着していた。


 愛でていると、僕らに気づいたスキンヘッド野中俊生が寄ってきた。


「よう奎吾と木下……と見ない顔だな。新入生か?」

「初めましてー。桐山永利でーす。たっくんと、同じクラスですー」

「野中俊生です。新入生テストお疲れさん。しかし、奎吾。やっぱりここに来たか」

「おう。イヌスケの調子はどうだ? 人懐っこいが、仮住まいは慣れたか?」

「うちのが可愛がってくれてるよ。ところで、候補者見つかったか? 俺らは全然だ」

「こっちもだ。思い切って、先生達にも呼び掛けてみっか」

「だな。生徒だけに呼び込むのも限界だしな」


 聞けば、イヌスケは野中さんの家に居候しているそうだ。といってもあくまで〝一時的に預かっている〟のであって、既に二匹の猫が暮らしている以上、三匹目を迎える余裕はないのだそう。


「この犬、里親さん、探してるのー?」

 と、エっちゃんが二人の会話に割って入る。


「じゃあ、わたしも小学校の友達に聞くよー。家族になりたい人、いるかもー」

「おお、そりゃあ、ありがてぇ。俺たちだけじゃあ、ちと厳しかったんだ」

「なら早速イヌスケの特徴教えるよ。こいつは首輪こそ無いがとにかく人好きなんだ」

「イヌッ!」


 エっちゃんは、早くも怒弩寿琥と馴染める兆しを見せていた。良かった、良かった。


 ところで、また誰か流されてるよ。

 僕が指差す先には、どでかいタマネギみたいなボールに乗っかった鳥が流されていた。


「大沼さぁぁぁぁあああん‼‼‼‼‼」



 ◇ ◇ ◇



 助けられたのはアメノコだった。


 振り返り、怒弩寿琥の顔色を窺ってみると、皆アメノコを見るのは初なのか、蛇花火を初めてやった時のような顔で絶句していた。


「お主たち……」

「あっ、はい」と怒弩寿琥は我に返り、アメノコの声掛けに応える。


「気付いてくれてありがとうの。おかげさまで海まで流されずに済んだわい。お主も……大沼と申すか。引き上げてくれてありがとうの」


優愛・宇得琉華夢(ユア・ウェルカム)」と小倉さんの救護要請に応じてくれた、ナマズ顔の半魚人大沼さんはグッと親指を立てて川底へと消えた。


「そうじゃ。お礼と言ってはなんだが…………ツチノコ食うか?」

「ツチノコ……‼」


 怒弩寿琥が最小限の驚愕を見せたツチノコとは日本における未確認生物。エッセイ小説の出版レベルを上げたと言い伝えられる漫画家も幼少期にそれっぽいのを見たと云われる蛇の名前だ。


 対し怒弩寿琥は――、


「結構です」

 と、丸焼き姿で登場した伝説の生物への衝撃を一周した末、冷静に断ったとさ。


「そか」

 アメノコは頭頂部に位置する口にツチノコを入れて、ナマナマと食べた。


 その食事姿に、怒弩寿琥は好奇心から、よせばいいのに覗き込んでしまった。


「きゃぁぁぁぁあああ‼‼‼‼‼」

 怒弩寿琥は逃げ出した。


 ああ、見てしまったのか。アメノコのあの口の中を……。

 合掌。


「これ。食事中の口元を覗き込んできた上に、悲鳴をあげるとは、無礼極まらんぞ」

「それはすいませんでした」

「よろしい」


 ところでアメノコさん。さっきから左腕で挟んでいるのは何だい?


「おぉ、こいつか?」と、アメノコは小脇に抱えている鳥を見せてくれた。


「ヤンバルクイナじゃ」


 ヤンバルクイナだった。


「ヤンバー」


 ヤンバルクイナはヤンバー、と鳴いた。

 途端、小倉さんが顔面蒼白で携帯を取り出し、110番通報したではないか。


「おまわりさーん‼‼‼‼‼ 密入された鳥が脱走したとか連絡来てたりしませんかー⁉‼⁉‼⁉‼」

「電話するでないお主たち。こやつは自ら此方へ来たのじゃ」

「ヤンバー」

「いやいやいや! 来たとかじゃなくそいつ天然記念物だから‼」


 小倉さんの言う通り、ヤンバルクイナは沖縄の固有種であり天然記念物。果てには種の保存法に則り国内希少野生動植物種、マングースなどによる被害から環境省レッドリスト指定の種絶滅危惧種となっている鳥だ。しかも地上での生活を好んでいるうちに突然変異で飛行能力をほぼ失っているものだから、それが県外に来ているとなると第三者に連れてこられた以外に他ならない。


 ……だとすると「自ら来た」発言はなんなのだろうか?


「まぁ落ち着きなさいお前たち。順を追って先ずはこやつとどうして出会ったかを話そうじゃあないか。来訪方法はその後じゃ」


 疑問に思っていたら、ちょうどアメノコが説明を始めようとしてくれている。


「小倉さん。ここはまず、大人しく聴いた方が、良いと思うよー」

「…………分かったよ……」

「では始めよう。先ず儂は今日、川の上流でのんびり自然の空気に和んでいたのじゃよ」

「いいなぁ。市内住まいだから、たまには自然に囲まれたくなるよ」


 だったら、僕の地元がお勧めだよ。蛍も見れるし。限界集落で、宿は多分ないけど。


「詰んでる!」


 僕らのショートコントに構わずアメノコは続ける。


「そこで、空からヤンバルクイナが川に落っこちてきたんじゃ」

「空から落ちてきたぁ?」

「どうやって飛んでたっていうんだ?」

「なので助けようと急ぎ雨を降らせて飛び込んだのだが、急ぎやった分踊り足りんかったのじゃろう。ヤンバルクイナを拾い浮遊した傍から雨が止み、そのまま流されてしまったのじゃ。更には一時的な雨の所為で川の勢いが増しておったから、お前たちのところまで流されてきたというわけじゃよ」


 目の前で溺れているのに悠長に踊ってられないもんね。


「でも急いだ結果やらかしちゃあ世話ねぇぞ」

「全くその通りじゃ。『急がば回れ』が身に染みたわい」

「ところで、あんた、さっきから何弄ってんだ?」


 小倉さんは、アメノコがドライバーを回している物に視線を向けた。


「飛空船じゃ」


 なんと、辛うじて鳥一匹乗れそうな、ドローン位の大きさの、天板にスポッと乗っかるタイプの円盤型飛行船だった。


「地元沖縄に落ちてるところを見つけたそうでな。試しに電源を入れれば起動したので、憧れの県外旅行に出かけたのだが、途中で墜落してしもうたそうだ。そろそろ直りそうではあるが、もうちっと待っておれ」

「ヤンバー」

「ほんじょあ、その間にこいつの身体見ておくか。どっか怪我してるかもしんねぇし」


 うーい。

 小倉さんに倣い、皆がヤンバルクイナの診察を始める。間もなく健康体と分かるや否や、ヤンバルクイナは怒弩寿琥と一匹を加えてサッカーを始めた。


 和気あいあいと楽しんでいるうちに、アメノコは遂に、飛空船の修理を完了させた。


「おぅい。飛空船が直ったぞぅ」

「お。ヤンバルクイナ。帰る目処立ったってよ」


「ヤンバー」

 ヤンバルクイナは、早速修理が完了した円盤型飛行船に飛び乗った。


「ヤンバー」

 ヤンバルクイナは嘴で器用にスイッチを押すと、円盤型飛行船はフワフワと宙に浮いた。



 とうとうお別れの時がきた。



「達者でなー」

「操縦ミスらずに帰れよー」

「沖縄でも元気でなー」

「死亡要因トップクラスの事故には気をつけてなー」


「ヤンバー」

 円盤は「シュゴォォォオオ……」と音を立て、夕日に向かって飛び去った。



「センキュー、エブリワン!」



「喋れるのかよ!!!!!」

 皆のツッコミは夕闇に食べられ、やがて響かなくなった。



 ◇ ◇ ◇



 一ヶ月後――。


「ヤンバー」

「お主たちを気に入り、これからも遊びに来るそうだ」

「嬉しいけど帰れ!!!!!」

「まぁ、イヌスケが嬉しそうだしいっか」

「イヌッ!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄い個性的な文章で、ただそれが不気味なほどにマッチしています。 びっくりしました、文章に追いつくストーリー、淡々とした狂気が正常に動く世界。面白いと感じるけれど、単純な面白さではなく興味?…
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