第36話:覇よ【〃】
前回のあらすじ!
入学式とレクリエーション
「はーい、皆さん。着席してください。備品も片付けてくださーい」
クラスに帰還後――時生くんを皆で崇め奉っていると、先ほどの30~40代男性教諭が教室に入ってきた。
即席神具を片して各々席に戻っているうちに30(略)は黒板に名前を書き連ねていく。
皆が席に着き終えた頃にはもう書き終えていて、そこには〝花本薫〟と書かれてあった。
「今日から主担任となります花本薫と申します。教師になって早くも十五年となりますが新入生担任はいつになっても緊張するものです。が、緊張しているのは皆さんも同様だと思いますので、お互いに高め合っていけるよう一年間よろしくお願いします」
薫先生がペコリとお辞儀するとともに、拍手喝采が湧いた。
23歳で就職したとすれば37~38歳。予想的中だ。
「それと——」
と、花本先生は廊下に手を向ける。
「今クラスでは新任教師が副担任として働くことになります。皆さん同様に、先月大学を卒業した〝新中学生〟ならぬ〝新社会人〟です」
「おお~」とクラスが歓喜する。
「皆さんとは一番歳の近い教師となるわけですから新卒仲間として仲良くしてあげてね。というわけで四ノ山遥先生です。どうぞ」
おや……?
凄く馴染みのある名前だが、もしかして――
と、まさかの可能性を広げていると、近年めっきり会わなくなっていた見知った顔が「おはようございま~す」と教室に入ってきた。
地元の姉貴分――四ノ山遥だった。
あ、ねーちゃん。
「ん? あら?」
思わず口に出た姉呼びに、思わず反応した遥ねーちゃんも僕に気がついた。
「そこにいるのは竹太郎じゃないか。ここの生徒になったんだね。久しぶり〜」
ねーちゃん、ねーちゃん。
「はーい、遥ねーちゃんですよ~。一旦落ち着いてね~……聞き分け良っ」
「なんだ四ノ山先生。きみ、弟くんが新入生だったのかい?」
「まぁ、そんな感じです~。というわけで少々脱線しましたが新任教師の四ノ山遥です~。教師デビューしたてですが年齢的に最も身近な教師として成長していけたらなと思います。よろしくどうぞお願いいたしま~す」
クラスから拍手喝采が起こった。
ここで主担任の花本先生が手を鳴らして話を区切らせる。
「はい、四ノ山先生ありがとうございました。というわけで早速、出席を取りますので、出席番号を呼ばれた生徒は番号と自分の名前、それと好きな食べ物など自己PRを言ってください。では一番からお願いします」
「1番・阿根峰花音です。名字が姉っぽいですが三人兄弟の末っ子です」
「そんなこともあるよね」
「2番・井東淑美です。西宮小学校出身です」
「真逆~」
「3番・海野涼々希です。どちらも名字とはよく言われたものです」
「ちょっとだけ思った、ごめんご」
「4番・大瀬鳴海です。大柄を活かせる運動部が気になってます」
「体験入部お楽しみにね〜」
「5番・大谷志桜里です。小学校での学級委員長の経験を活かしていけたらと思います」
「では委員長を任せ……ちゃんと意見を集めろ? あ、はい」
「6番・大森雅義です。食は細い方ですので改善していけたらなと思います」
「頑張って~」
「7番・加藤巴です。コーヒーはブラック派です」
「大人の味」
「8番・吉川善信です。おとといの雨天日に誕プレ傘が壊れたのは今でも泣きたいです」
「強く生きて~」
「9番・木下竹太郎です。同世代との学校生活は初めてです」
「早く馴染めると良いね」
「10番・桐山永利です。なので仲良くしたいです」
「二人でやってね〜」
「11番・久木寿です。釘打ちなら負けません」
「日曜大工に便利そう」
「12番・芥子洸希です。カラシくんと呼ばれてました」
「辛いね〜」
「13番・佐賀美桃奈です。親が佐賀県民ではなく長崎県民だったのは衝撃的でした」
「隣県」
「14番・杉田心です。連想しそうですが男児子役とは一切関係ありません」
「先手打たれた~」
「15番・瀬乃大弥です。長座体前屈満点・股関節180度余裕です」
「バレエでも習ってた?」
「16番・曽我部音頭です。場を盛り上げたいときは是非ご指名を」
「体育祭では頼りにするね~」
「17番・田辺秦子です。〝たはた〟となりますが農家ではありません」
「あれよ」
「18番・手代木小福です。5人兄弟長子です」
「大家族~」
「19番・戸多弘人です。手代木さんとまさかの被りです」
「天文学的確率」
「20番・新田茶之助です。朝から弄られましたが俺ってそんなにチャラく見えますか?」
「うん」
「21番・野住英世です。どうせなら一葉が良かったです」
「市役所に言ってください」
「22番・樋口千代です。ちょっと申し訳ない気持ちになってます」
「樋口さんは悪くないよ~」
「23番・福井朱火です。名付けた後で漫画家みたいだと親が言ってました」
「あ、やっぱり?」
「24番・福多時生です。岩手旅行時のわんこそば最高記録は130杯です」
「わたしの倍だ~」
「25番・保科静流です。兄がテンション高いので平穏が欲しいです」
「図書館に行こう。話はそれからだ」
「26番・實下蒼華です。あの日小馬鹿にしてきたあいつらをぶちのめす許可をください」
「あとでわたしに吐き出しな~」
「27番・屋和場祈里です。大納言アイスは硬くて幼少期苦労しました」
「気持ち分かる~」
「28番・吉岡仏です。大納言アイスは鈍器になりますのでご注意ください」
「試したの?」
「29番・竜胆蓬子です。かめ●め波を出せると信じていた時期がありました」
「先生にもありました」
「30番・和藤一です。最近洋画にハマりつつあります」
「わたし『デス・フィール』好き~」
三十人に亘る自己紹介が終わった。
そして、花本先生は開口一番にこう言い放ったのだ。
「好物を挙げるやつが一人もいねぇ!」
◇ ◇ ◇
「ところで――、」と仏くんが挙手して質問する。
「先程木下くんからお姉さん呼びされておりましたが、苗字が違うってことは……年齢的に学生結婚?」
誤解して当然の仏くんの質問に「きゃ〜」と周囲が色めき立つ。
「違うよ〜」
「どへー」
皆ズッコケた。
「先生と竹太郎は同郷なんだけど、近い世代が他に居なくて、自然とつるむようになってからは姉弟同然に遊んでいたのさ〜」
「どんな遊び、してたんですかー?」
「王道なとこだと泥団子作りだね。ちょうど興味持つ年齢だったし」
そんな時代あったなぁ。今となっては懐かしい限りだ。
「他には何やってたんすか?」
「竹太郎が小学校上がってからはわたしん家で漫画とかゲームとかバンドCD流してた〜。あと無限かくれんぼ」
「無限かくれんぼ」
「家の敷地内だと隠れられる場所が限られてたから36回が限界だったな〜」
「寧ろよく続きましたね36回も」
志桜里さんは違うの?
「1〜2回で満足してたわ」
「高校生でよく耐えてたよわたし……。あ、それと竹太郎。ねーちゃん呼びはこの教室内だけにしてね。他のクラスが聞くとまた一から説明する羽目になるし、色々とややこしくなるから〜」
うん、分かった。
なんでかは知らんけど、ややこしくなるのなら、きっと良くないことなのだろう。
「体育館で言ってた、『優遇は差別の始まり』ってやつー?」
「物騒ながらそういうことさ〜。世の中にはそこから「あいつら、姉弟だせー」「テスト問題、こっそり教えてもらってるらしいぜー」「ワイルドだろー?」と、謂れのない噂が広まったりするもんだからね〜。まぁ、竹太郎は問題ないだろうけど」
「ない……?」
「近いうちに分かるさ~」
「そういや先生、さっき未婚だと宣言したもんじゃないッスか」
「……言ってたね〜」
と、ねーちゃんが返答したとき、茶之助は在り来りながら思い切った質問を投げた。
「……彼氏はいるんすか……?」
「募集中だよ〜」
「ぴゃ〜」
「応募は二十歳以上の社会人からだよ〜」
「ずけー」
生徒は無慈悲に谷底へ落とされた。スタートラインにすら立たせてもらえなかった。
「未成年とは大人の立場的にはもちろん、法律上アウトなんだよ〜。私、捕まりたくないよ〜。めんご〜」
「じゃあ、創作物でたまに現れる、教師×生徒とは……?」
「現実では即逮捕〜。社会人なるまで諦めろ〜。元生徒の時点で怪しいけど〜」
「こけー」
クラスは鶏と化した。
「というわけで、恋愛無しで仲良くしてやってください。それと早速ですが、来週初めにテストを行います」
え~⁉ とクラスが脈絡のない薫先生の公表に不満を垂れる。今日は金曜日だから来週初めと言うと猶予は二日しかない。
「戸惑うのも無理はありません。先生も当時びっくりしました。中学に上がると手始めに小学生時の学力を図る方針でテストを行うんです。科目は国語・算数・理科・社会・英語の全部で五科目。とりあえず4~6年生分を振り返れば大丈夫だと思いますので頑張ってください。……中指を立てるな泣くぞ」
それでもクラスは中指を立てるのを止めなかったとさ。
◇ ◇ ◇
こうして、クラスの戸惑いは消えぬまま、放課後を迎えた。
とはいえ、いつまでも苦言を呈していても仕方がない。テストとは日頃から勉学に勤しんでいるか――日頃から知識の習得に関心を抱いているかの確認行事だ。皆が常日頃から学習意欲に富んでいるならする必要がない行事だが、それを億劫に思ってしまう人が一定数いるからテストは無くならないのだ。
かという僕も、ここ一ヶ月は異世界転移やら通院やら引っ越しとやら、イベントに振り回されて勉学を疎かにしてしまっていたから振り返るには丁度良い。テストを控えといて何故テストが存在するのか考えてること自体ナンセンスというものだし、一旦勉学に集中しようではないか。
そうと決まれば勉強だ。萎えているエっちゃんを引きずって、僕は教室を後にした。
◇ ◇ ◇
テスト当日――。
教室に入ると、先んじて登校していたクラスメイトはこぞって教科書を読んでいた。
全員知識の一つたりとて漏らしたくない雰囲気だ。話しかけては邪魔になりそうだ。
僕は掛ける言葉を挨拶だけに留め、朝から死んでいるエっちゃんを席に座らせた。
◇ ◇ ◇
そして、本番を迎えた。
これはアレの基礎問題。ここはアソコの応用だ。
カリカリカリ……回答は滞りなく進む。
◇ ◇ ◇
更に数日が過ぎた頃、テスト用紙が返ってきた。
「皆さん、三日とない突然のテスト、誠にお疲れ様でした」
「全くだよ先生」
「必死こいて教科書探したよ先生」
「押し入れひっくり返して見つからなかったときはヒヤッとしたよ先生」
「直前まで見ていたところに限ってうろ覚えだったときは頭抱えたよ先生」
「でも採点大変だったろうからお互い様だね先生」
「そちらもお疲れ様でした先生」
「思わぬ労いの言葉に先生泣きそうです。というか泣きます……ぐすん」
泣かないでー。とクラス中から励ましの言葉が飛び交う。
「励ましありがとう。いい加減切り替えます。……切り替えました。それじゃテスト返却していきますが、そちらはユーモア溢れる四ノ山先生にやってもらいます」
バトン代わりのテスト用紙を受け取ったねーちゃんが教壇に立つ。
「あと、クラスの模範になってもらいたいのでクラス上位3名に限り平均点と総合点数を公開させてもらうのでそこんとこよろしく〜。それではいってみよう!」
テスト返却が始まった。
皆の反応はまちまちだった。ちょい高得点に明るい表情の人。逆に低くて落ち込む人。やけくそ解答が当たったっぽい人。点数よりも間違いを探し、席に戻るなり教科書を開く人と様々だった。
そして、五人目にして一人目のクラス上位者が出た。
「大谷志桜里さん平均96点! 合計492点! 満点教科3つ!」
「おぉ〜〜〜〜〜!」
志桜里さんはクラス中から羨望の眼差しを向けられた。
志桜里さん、凄いや。
しかし、とうの本人は何処となく不満げな表情だった。
「…………あぁ、やっぱりここか……」
どうやら、どうしても解けなかった問題があるらしい。
「あぁ木下くん。ここの問題がどうしても思い出せなくてね……」
と、見せてきた答案用紙は算数だった。
それなら『川谷版・六年生』168ページの応用だよ。
「何処から出てきたのよそのペー…………」
志桜里さんは言葉途中で大きく目を見開くと、大急ぎで鞄を漁り出し、復習用に持ってきていたのだろう『川谷版・六年生』168ページを開いた。
「…………マジだわ……」
志桜里さんも『川谷版』だったんだね。復習直ぐ出来るね。
「…………じゃあ、この問題は?」
『大江版・五年生』58ページの一言メモだね。発行先によって内容も違うから仕方ないね。ほれ、僕の読みなよ。
「…………どうしてそんな事細かく覚えてるの?」
「それをこれから証明しよう」
と、そこへ志桜里さん以降の返却を終えたねーちゃんが僕の答案用紙五枚を掲げて割り込んできた。
教室中が固唾を呑んで見守る中――、答案用紙が一斉に公開された!
「木下竹太郎、全問正解全教科満点‼‼‼‼‼」
「でぇぇぇぇえええ⁉‼‼‼‼」
ねーちゃんの開示にクラス中が驚愕した。
わぁい。
満点取れて良かった、良かった。嬉しいね。
「ぜ、全教科満点だなんて! 木下くん、貴方何者なの⁈」
木下竹太郎だよ。
「先生ぇ!」
「彼、全国共通小学生テスト・トップ10常連。1位経験有り」
「だぎゃぁぁぁぁあああ⁉‼‼‼‼」
衝撃の事実にクラスは爆発しながら、同時にこうも思った。
――覇者が此処にいた。
ちなみにクラス3位は算数満点の平均92点・合計487点の茶之助くんで、順位開示されるなり「お前かよ」とクラスになんか泣かされましたとさ。
「俺の扱い酷くない⁈」




