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第35話:踊るよ【現世Part】

前回のあらすじ!

神さまの〝成り方〟について

「どーん」


 おぐれぼしゃあ。


 朝――。未だ目覚まし時計が響かない頃。

 スイヨスイヨと寝ていたら、エっちゃんにのしかかられて噴き出した。


 昨夜は寝付きが悪かったところを神さまの粋な計らいのおかげで軽やかに起きられたというのに、そこへエっちゃんがのしかかってきたものだから目覚めは特に何ともなかった。


 そんな僕の心境を露知らず、彼女は構わずお腹の上でゆさゆさ揺れる。


「たっくん、おはよー。ほらほら、起きてー。今日は入学式だよー」


 おはよう、エっちゃん。起きるから退いてほしいな。じゃなきゃ起きれないよ。


「ごめんごー」と彼女は僕のお膝元に移動し、僕が上体を起こす余白を確保する。


 エっちゃんは既に制服姿だった。濃色の紺色をベースにした上着と膝小僧丈のスカートで、女子特有のその、あれだ……リボンだかブローチだかをつけている。襟から覗かせる白シャツが彼女の褐色肌を良く映えさせる。


 それにしても、朝からハイテンションで暴れられて果たして制服は無事だろうか。


「それよりも言うこと、あるくなーい?」


 心の声を聞かれてしまったが、今それを言うのは野暮ってものだ。


 似合ってるよ。制服姿。


「ありがとー。今日は入学式だよー」


 エっちゃんは嬉しいような照れくさいような表情で頬を赤らめながら、同じことを二度言う。それほどまでに楽しみにしていたのだろう。


 ところで――今何時だろう。


 ……あれまぁ。

 なんということでしょう。目覚ましを確認してみると早朝5時。まだ誰も起きていない時間帯ではないか。


 エっちゃん、いくらなんでもはしゃぎ過ぎだよ。制服も皺になっちゃうし、もう少し後に着替えても十分間に合うよ。


「だってー。たっくんに、制服姿、朝一で見せたかったんだもーん」


 だからわざわざ早起きしてまで部屋に突入してきたのか。


 彼女の祖父母たる永治郎さんとエリーさんは試着段階で既に制服姿を拝んでいるだろうが、入学前と入学式当日とでは感じ方に格別の違いがあるはずだ。だというのに、彼女は祖父母をすっ飛ばして、僕を〝当日に初めて制服姿を魅せる人〟に選んでくれたのか。


 そう考えると、ある意味僕は眼福者なのかもしれない。


 ありがたや、ありがたや。


「そんじゃあ、たっくんの番だよー」


 え?


 両手を合わせていると、エっちゃんは言葉足らずにそう言った。

 今の台詞には端折った言葉がある気がする。彼女は肝心な部分を削る節がある。


 エっちゃん。大事なところが抜けてるよ。それじゃ分かんないよ。


「……ホントだー。言い直すねー。そんじゃあ、〝次は〟たっくんの〝制服姿を見せる〟番だよー」


 任されよ。

 エっちゃんが制服姿を見せてくれたのだから、僕も制服姿でお返しするのが筋ってものだ。一方的なのはこの際置いておく。


 彼女に退いてもらい、ハンガーにかけておいた制服に袖を通す。


 男子制服は女子のと違い、黒色を基調とした学ラン。女子制服と違い派手さこそないが〝シンプル・イズ・ベスト〟というやつで中々に乙なものだった。


 どうだい? エっちゃん。


 魅せてみせると、彼女はしばし押し黙り、やがて小さく口を開いた。


「…………ぽっ」


 満足していただけたらしい。


 良かった、良かった。


 ……さて、彼女の制服欲を満たせたところで、何をしよう。


 もうひと眠りしようにも、制服を巡ってわちゃついているうちに頭は醒めてしまった。かといって、4人分の朝食を作れるほど僕は料理に長けてはいない。


「それなら、婆ちゃんが起きるまで、待ってたらいいよー」


 なるほど。

 それなら朝食作りに協力できるし、何時に起きて何時に始めるかも把握できる。


「それまで、わたしの部屋で、モッチャレよー」


 おれの『たぬすけ』の剛腕が火を噴くぜぇ。


「『たぬすけ』、火技、持ってたっけー?」


 言葉の綾だよ。

 それじゃ、制服一旦脱ぐから、先戻っててね。


「うーい」と彼女が出て行き、制服に手を掛けたところで僕は気付いたのだ。


 あれ……?

 僕が着替えたとき、エっちゃん、後ろ向いてたっけ?


 まあ、いっか。



 ◇ ◇ ◇



 数時間後――、桐山宅を共に出立した僕ら木下家とエっちゃんら桐山家は進学先――、『私立・亜如箆莉野(アニョペリノ)中学校』へと辿り着いた。


 瞬間、わぁ。と気分が高まった。


 凄いよ、エっちゃん。同世代がうじゃうじゃいる。30~50代の大人がわらわらいる。こんなに幅広い世代が集っている光景、僕見たことないや。


「たっくん、田舎出身って、言ってたもんねー」

「俺らん住んでるところ、若くて50~60代だからなぁ」

「ちなみに、最大はー?」

「180歳の常世さんだったな」

「ギネス、ぶっちぎりー。申請、しないのー?」

「だるいんだと」


 何処の世界線でも一定数、「だるいんじゃ」な爺様と婆様は居るらしい。


「ほれ永治郎、写真撮ってやるから並びな」

「おや良いのかい? 私から撮ってやっても良いのだぞ」

「いやいやいや」

「いやいやいやいや」


「爺ちゃーん。やるなら、早くしてー。後、支えるー」


 エっちゃんが抗議する間にも、素知らぬふりしてシャッターポイントを待ち望む一家は益々増えていく。


「おぉ、そうだね。なら竹雄。いつものようにアレで決着をつけようか」

「よしきた。ではいくぞ」


 祖父二人はただならぬオーラを纏い〝どちらが先に写真を撮ってやるか〟対戦を始めた。


「さいしょはグー! ジャンケン――」

「エリーさん・永利ちゃん。撮りますよー。はい、チー――」


「待って登紀子さぁぁぁああん⁉」


 永治郎さん決死の合流も虚しく、並び直すまで写真の永治郎さんは残像と化した。



 ◇ ◇ ◇



 人混みの中を暫く歩き「此処だー」とエっちゃんが見つけた一年三組の教室に入ると、そこには、30人前後は下らない男女が犇めき合っていた。


 僕は高揚した。


 凄いや、凄いや。男子がたくさんいる。女子がたくさんいる。こんなに同世代が集まる様、おいら初めて見たよ。


「たっくん、はしゃいでるねー」


 一人称、バグっちゃうー。


 と、そこで廊下側の席に学生鞄を置いた人が僕を見ていることに気がついた。


 〝食べるの大好き〟と挨拶してきそうな、おにぎり頭のふくよかな男子だった。

 それと、彼も僕とエっちゃん同様、ほのぼのとした顔をしていた。


 僕は挨拶しようと右を向き、彼と目を合わせた。


 瞬間、僕は彼に親近感を抱いた。何故か仲良くなれそうだと直感が告げていた。きっと彼も同じように思ったのだろう。



 僕と彼は距離を詰めるなり、肩を組み合ったのだった。



 僕、木下竹太郎。初めてのクラスメイト、どうぞよろしく。


「僕は福多時生。主食はお米派さ。よろしく」


 やはり食べ物関連ときたか。僕の勘も中々に冴えているようだ。


「と、君は考えているだろうさ」


 内なる思考、読まないでー。

 キミがその気なら、時生くんの能ある鷹の爪の如き強みを読み解いてみようじゃないか。


「例えば?」


 …………50m走、割と速い。


「……踊ろっか♪」


 僕らは音楽フェスにおけるインディアンとなった。


 う~う~う~……。い~い~い~……。


 と、合いの手を口ずさんでいると、エっちゃんが間に割って入って肩を組んできた。

 どうやらまた寂しい思いをさせてしまったらしい。反省。


 なので僕らは、謝ることはせず、彼女が加わってきたことを自然に受け入れたのだった。


 と、そこへ新たなクラスメイトが福多くんと肩を組む形で介入してきた。


 お寺の近所に住んでいそうな万年拝み顔の、真ん中分けボブカットをちょい超えた再び男子だった。


「私の家は神社の近所だ」


 惜しかった。

 まぁ、いっか。


 お~お~お~……。え~え~え~……。


「何してるの吉岡君……?」

 と、そこへ更に肩を組んではこなかった、えっちゃん以来となる女子が呆れ眼で現れた。


 漫画に出てくる、如何にも委員長をしていそうな、括り型おさげの勤勉系女子だった。


「おや、卒業式ぶりですね大谷委員長。貴女もこのクラスでしたか」


 的中してしまった。


「委員長は小学校までの話でしょ。どの委員会になるかはこれから決めること……って、貴方もう馴染んだの? 早くない?」

「そんな運命的な出会いだってありますよ」


 ところで、吉岡くん? は下の名前なんていうの?


「自己紹介してなかったじゃないの」

「距離を詰めるにはその場の勢いとノリとフェス等におけるライブのノリ方講座を嗜んでいるかが重要なのですよ。あ、私、吉岡(ふつ)と申します」


 仏蘭西(フランス)の読み方だ。


「よくご存知で。貴方とは仲良くなれそうだ」


 あ~あ~あ~……。か~か~か~……。


「うげぁぁぁぁあああ」

 インディアンは四散してしまった。


 やっぱりコーラスは『ア行』と〝ラ〟等に留めとくべきだった。


「なんだよ。フェス終わっちまったのか? オレもやりたかったのに……」


 と、身をもって知ったところへ明らかにスタンバックス族そうなチャラ男がやって来た。


「抹茶ラテ飲みに行ったことあるけど、中坊で嗜むには値段キッチいよ、あそこ」


 カフェ系店舗はお高めという噂は本当らしい。


「あ、オレ新田茶之助ね。仲良くやろーぜ!」


 茶之助はにかっ! と快活な笑顔で握手を求めてくる。


 よろしく。新田茶之助。


「フルネームやめてくんない⁉ 距離感じる!」

「じゃあ〝新田くん〟でー」

「まだ距離開いてるな……」

「なら〝サノくん〟はどうだい?」

「イイねそれ! もっとちょうだいそういうの!」

「では〝助さん〟は如何でしょうか」

「この紋所が――別人じゃん最早⁉」


 仏くん、紋所を突きつけるのは大体〝格さん〟だから〝助さん〟はちょい違うよ。


「へー、よく知ってんな……って話逸らさないで⁉」

「もう〝之〟でよくない?」

「湯●婆顔負けの端折り方‼」


 とんでもない方向へ捻じ曲げた委員長に茶之助くんは猛抗議だ。


 まぁまぁ委員長、それはあんまりだから〝チャラ之助〟で落ち着きましょうや。


「一気に投げやりになってる⁉」

「チャラいのは間違いないんだから別にいいでしょ」

「うわぁぁぁああん! 幼馴染が冷たいよぉぉぉおお‼‼‼‼‼」


 委員長と茶之助くん、幼馴染なんだね。


「家が隣同士で家族ぐるみの付き合いなのよ。ホント、家と外ではどうしてこうも違うのかしら。大方予想は付くけど……ところで貴方、さっきからのほほん糸目だけど、いつもその顔なの?」


 委員長が意味深なことを訊いてくる。


 うん? そうだけど?

 ところで、委員長、名前なんだっけ?


「大谷志桜里よ。あと委員長じゃないってば」


 よろしく。志桜里さん。


「こちらこそ。……で、話を戻すけど、貴方、常に糸目なの? 目は見開けないの?」


 その気になれば開眼できるよ。


「だったらちゃんと開けるようにしときなさい。そんなぽんやりとしていたら寝ていると間違われるし、大事なことを見逃しちゃうわよ。この際だから口も閉じなさい。桐山さんと福多くんも」


 分かった。やってみるよ。

 僕は言われるがまま、二人に先んじて目を見開き、口を閉じた。



 ――瞬間、大谷志桜里とクラスメイトたちは木下竹太郎に深淵を見た。



 彼の目は底見えない〝黒〟を宿していた。その目はありとあらゆる闇をましてや悪意をも飲み込んでしまいそうで、見入ってしまえば最後人間性を失い、嘗ての自分には二度と戻れないと思わせるには十分な狂気を孕んでいた。


 それに単なる一般人でしかない委員長が真正面から向き合って耐えられるかといったら無理難題が過ぎた。


 大谷志桜里は彼から目を逸らしてしまった。



 ――それが更なる深淵を引き寄せるとも知らずに。



 木下竹太郎が表情を変えずに染谷志桜里の顔を覗き込んだのだ。きっと心配してのことだろう。だが今はその優しさが仇となり、彼女の視界に入る度にまた逸らされてしまう。それを繰り返しているうちに竹太郎は段々と愉しくなってゆらゆらと揺れる。


 更にそこへ、桐山永利までもが彼と同じ表情となって加わった。


 彼女の目は同心円状となっている。それが彼女の思考の予測性を歪めており、更に真顔となることで不安と畏怖の念を強める。彼女も彼女で得体の知れない狂気を纏っていた。


 そんな彼と彼女が揺れ動くものだから、大谷志桜里は泣いちゃった。


 二人は悪い遊びを覚えた。


「はーい、皆さん。体育館に誘導しますので一旦席に着い……どうしたのそこ?」

 と、そこへ男性教諭が現れた。


 僕が真顔になったら泣いちゃったんです。


「なら先ず真顔を止めてみなさい。話はそれからだ」


 それもそうだ。

 僕はえっちゃん共々いつもの表情に戻り、ようやく落ち着いた志桜里さんの背を撫でた。


 志桜里さん、怖がらせちゃってごめんね。


「ウン……コッチコソ、無理ニヤラセテゴメンナサイ……ぐすん……」


 ……前言撤回。

 宥め終えるまで、まだまだ時間が掛かりそうだった。



 ◇ ◇ ◇



 そして、とうとう入学式を迎えた。


 が、校長先生の話は堅苦しくて途中で聞き飽きてしまったし、作者もどういったものか憶えていないので、いい加減に省略させていただく。


「かくかくしかじか、お茶の子さいさい、えっふんおぶおぶ、ア ニョ ペ リ ノ――続きまして、理事長先生の御登壇です」


 校長が引いたところで理事長が壇上に登る。

 垂れ糸目でつるっぱげで髭がもっはりとした、その、あれだ……丸刈りのダン●ルドアみたいなおじいさんだった。


 理事長は「うぇーうぉー」とマイクチェックをして、元気良く挨拶をかましてきた。


「ちょりっすぅぅぅぅ‼」


 ちょりっすぅ。


「ちょりっすぅ!」「ちょりっす……?」「……?」


 あれ?


 二・三年生からはともかく、一年生からはお決まりの返しが少なかった。


 もしかして、〝ジェネレーションギャップ〟ってやつ?


 これには理事長はおろか、教師陣・来賓者・保護者席の老齢者たちも「嘘だろ……?」と衝撃の事実に震撼されられていた。


 ならば何故僕は数少ない〝知っている側〟にいたのだろう?


 ……ああ、そっか。

 じいちゃんが『深夜だぞ‼ さっさと寝ろよ‼』の円盤を所持していたからだ。


「……ちょっと返事してくれた一年生、手ぇ挙げて」


 おん? と僕含め、一クラスに3~4人程度の新入生が言われるがまま挙手をする。


「後で理事長室に来なさい。百円あげる」


 嬉しかったんだなぁ。


「賄賂止めろー」「優遇は差別の始まりー」


「…………やっぱなし! ごめん‼」


 ぶぅぅぅぅううう。


「どうどう、どうどう。ところで——、」と校長先生はブーイングを宥め、新しく話題を切り替える。


「最初から挫いてしまったが私もね、この学校の理事長であるからには皆と仲良く出来たらなと思っておる。そこで、昨日全校生徒で行えるレクリエーションを考えてきました。題して——、」


「へ〜」と興味を示す生徒たちと、「えっ?」と明らかに初耳の反応を見せた教師陣に、理事長はマイクを手持ちに切り替えて登壇机手前に移動すると、奇抜なポーズで宣言した。


「ドキドキ!? 戦慄のだるまさんがころんだーーーーッ‼‼‼‼‼」


「エェェェェ(´д`)ェェェェエ」と困惑の声が体育館中に木霊した。


「ルールは存知の通りっ! 『だるまさんがころんだ』を目安に儂へ近付き、振り返ったところを視界内で動いた者はアァウトになる‼」


 随分とテンションが高いものである。生徒と教師陣は置いてけぼりだ。


 そのとき、「おぅい理事長」と保護者席から声が投げられた。


 じいちゃんだった。


「褒美はないのかぁ?」


「うぇ?」


「レクリエーションとはいえ走る羽目になるのは、運動を好まん子からすれば面倒極まりないぞぉ」


 正論極まれりだった。


「…………じゃあ、優勝した生徒のクラスには、好きな学食一品ずつ奢っちゃる‼‼‼‼」


「「゜+。:.゜おぉ(*゜O゜ *)ぉぉ゜.:。+゜〜〜‼‼‼‼‼」」


 生徒たちの士気が高まった。ここの学校は私立ながらも中学校では珍しい弁当・学食制で、特に学食は名のある星持ちシェフが「子どもの笑顔って良いよね」と引退後の余興に食堂で腕を奮っていると教室で持ち切りだったのもあるだろう、目先の豪華賞品に釣られ、在校生・新入生は口を揃えてやる気を出し始める。人間って単純。


「それならまだやり甲斐あるよね」

「人間、先が見えないと尻込みするもんだからな」

「目標があってこそのやる気でござるよ」

「おい忍者いるぞ探せ!!」


「さぁ、やる気が満ち溢れたところで校庭に集合じゃ! 後ろの在校生から移動せい! あ、保護者の皆様方はこちらのスクリーンでご覧下さい」


 壇上の天井のところから超巨大スクリーンが下りてくる。購入から設置・メンテナンスまでかなりの大金を要したのが目に見える、随分と手の込んだ大掛かりな仕掛けだ。


「儂の給料から差引く羽目になったぁ……ひぃん……」


 馬鹿である。

 計画性のない金銭の使用が危険だとよく分かる『こんな大人になるな』であった。



 ◇ ◇ ◇



 移動中――、昇降口前にて。


「ん? 竹太郎か?」


 お……?


 靴を履き替えて出たところで聞き覚えのある声に釣られて左を見ると――、


「やっぱり竹太郎だ」


 河川敷の番長・小倉圭吾さんが手を振っていた。


 小倉さん、亜如箆莉野中学校(ここ)の生徒だったんだね。


「そっちこそ此処の新入生だったんだな。名実共に先輩後輩になるとは思ってなかったわ。へっへっへ」


 うぃーっひっひっひ。

 なんて二人ほくそ笑んでいると、遠くから小倉さんを示すひそひそ話が聞こえてきた。


「おい、見ろよ。小倉奎吾だ」

「マジかよ……小倉奎吾って、あの『怒弩寿琥(どどすこ)の小倉奎吾』か?」

「あぁ。『裏で加虐(いじめ)働きゃ怒弩寿琥襲来(かちこ)む』の怒弩寿琥・小倉奎吾だ」

「何処からともなく加虐(いじめ)の証拠を掴んでは数多の加虐者(いじめっこ)を覆しようのない摘発の恐怖から大人しくせざるを得ない生活に追い込んできた怒弩寿琥の小倉奎吾だ」

被虐者(いじめられっこ)の希望、怒弩寿琥・小倉奎吾だ!」

「怖いのは見た目だけの怒弩寿琥の小倉奎吾だ‼」


「誰が見てくれだけじゃコラァァァアア‼‼‼‼‼ 誰じゃぁぁぁああ‼‼‼‼‼」


「わーい」


 小倉さんが叫んだ頃には時既に遅く、口々に小倉さんについて語っていた新入生は姿をくらませていた。


 小倉さんの怒弩寿琥どどすこ、活動内容初めて知った。


「おう、そういや言ってなかったな。意外だったか?」


 全然不良らしくない、不良気取りの不良グループだとばかり思ってたよ。


「貴様ぁぁぁぁあああ‼‼‼‼‼ ……あ、誰だかお迎えが来たぞ」


 後ろを振り返ると、エっちゃんが「おーい」と現れた。


「たっくん、お待たせ、速く行こー……あれ、グラさんだー」

「誰だグラさんって?」

「わたしとたっくん、共通の知り合いですー。何故此処に? ってくらいそっくりだから、思わず呼んじゃいましたー。あ、わたし、桐山永利でーす」

「3年の小倉奎吾です。具体的にはどれだけ似てるんだ? そのグラ? っつーやつと」

「悪そうな見た目のわりに、全然悪人の気配がしないところー」


「てめぇもかぁぁぁぁあああ‼‼‼‼‼ って、おい、また迎えが来たぞ」


 エっちゃんの後ろを覗いてみると、志桜里さんが足早に僕らを呼んでいた。


「木下くん、桐山さん、立ち往生してると迷惑……ってなんて人と仲良さげなの⁉」


 ――が、小倉さんの姿を認めるなり彼女は驚愕した。


「ダメじゃないこんな怖そうな人と話したら! 良くない話を持ち込まれるわよ⁉」

「ほらこれが普通の反応ですよ! 2人とももっと警戒心を持ちなさい!」

「あれ⁉ 意外と良識ある人⁉」


「警戒については概ね3年さんの言う通りだよ木下くんと桐山さん」

「増えた! ……わぁぁぁああどんどん増えてくるぅぅぅうう‼」


「でもこの人からは邪悪を感じないですよ委員長」

「おまえは見かけで判断し過ぎなんだよ志桜里」

「もっとお気楽ゆるふわに生きても良いのよ委員長」

「なんなら脳みそ溶かしちゃえよ委員長」

「おい物騒なのがいるぞ⁉ 良識で洗脳し直しとけ!」


 洗脳も割と物騒だと思うよ。


「それもそうだな! えーと、それじゃあ…………良識で更生させときなさい!」

「わぁ、委員長ちゃんの髪留め綺麗」

「話の腰を折るなぁぁぁぁあああ‼‼‼‼‼ ボケれぇぇぇぇえええ‼‼‼‼‼」


 ツッコんでる暇あるならさっさとクラスに合流した方が良いと思うよ小倉さん。


「誰の所為だぁぁぁああ‼‼‼‼‼ ……俺か」


 責任転嫁は良くないよ小倉さん。


「でもちゃんと気付けたね小倉さん」

「自分を客観視するのは大人でも難しいからね小倉さん」

「自分の非を認められる人間に私もなりたいものです小倉さん」


「なら先輩という先を行くものとして導こう! 自分のクラスに戻りなさい‼‼‼‼‼」


「うわーい」

 僕らはクラスに合流した。



 ◇ ◇ ◇



「遂に来たな……!」


 そして、全校生徒が集った校庭——向かいのサッカーゴールには一足後に出た筈だった理事長の姿があった。


 理事長、脚速くねー?


「理事長だけが知る〝理事長ルート〟があるんじゃー」


 拡声器使ってまで、心の疑問、聞こえないでー。


「他に質問はないか? なら長ったらしい前置きは野暮! さっさと始めるとしよう! 〝だるまさんがころんだ〟開始じゃぁぁぁああ‼‼‼‼‼」

「おぉぉぉぉおおお‼‼‼‼‼」


 戦いのゴングが叫び響いた。


 とは言っても、〝だるまさんがころんだ〟は〝だるまさんが(略)〟でしかないので、特に変わり映えもせず進行していった。このまま行けば順当に勝利を収められそうだ。


 と、思ったところで衝撃の事実が発覚した。


『終了まであと~~分……』


 ちょっと待て。制限時間があるやんけ。


 生徒たちから「横暴だー」「大人の立場の悪用だー」「ハゲー」と苦情が巻き起こる。それどころか、体育館の方からも「時間の説明あったか?」「なかったわよね……?」と保護者方の空気が淀み出している気配がする。


「儂は小遣い制なんじゃぁぁぁぁぁああああ!!!!」


 セコいや。


「あと〝ハゲー〟呼ばわりされたから1分猶予短縮じゃぁぁぁああ!」

「器が小せぇ!」と全生徒が叫んだ。


「勝てばええんじゃ勝てば! だーる(略)んだ! はい、そことそこの23人確保‼」

「チックショォォォオオ‼‼‼‼‼」


 器の小ささに焦りを募らせた生徒たちが無茶な特攻を仕掛けては尽く返り討ちに遭う。このままでは大敗だ。


 と、そこへ「竹太郎!」と大衆の声に紛れて小倉さんが声を掛けてくる。


「このままじゃ皆お陀仏だ。確実に殺れる所まで共同戦線張っぞ! 構わねぇなお前等‼」


「おぉぉぉおお‼‼‼‼‼」

 煽られた三年生エリア全員が活気良く賛同する。


 相談なく独断で決められた同盟にもかかわらず受け入れられている辺り、確かな人望があるからこそ成せる業なのだろう。


「というわけだ一・二年生! 理事長を倒すためにも、どうか力を貸してくれ‼‼‼‼‼」


 そう言って、小倉さんはなんと、下級生に向かって頭を下げた。


「何してんだよ小倉くん⁉」

「リーダーが簡単に頭を下げんなよ小倉くん‼」

「うるせぇぇえ! 人に頼むときは誠意を見せるべきだろがぁぁぁああ‼‼‼‼‼」


 目標の為に頭を下げられるなんて、どこまで出来た人間なんだろう。僕の中で彼の株が際限なく上がり続ける。


 その言葉が一・二年生の共闘精神に火を付けた!


「やったるやおらぁぁぁぁあああ‼‼‼‼‼」


 皆心にヤンキーを飼っていた。


 ならば僕も心のヤンキーを解放するのが筋ってものだ。


 …………。

 ぃいやっはぁぁぁああ。


「おっしゃ! そうと決まれば早速決行だ! 長距離通学者はついてこい!」


 そう宣言して校庭を去った小倉さんたちを暫く待っていると――、


「うぉぉぉぉぉおおおお!!!!」


 なんと、小倉さん率いる三年生連合が自転車でカチコミを始めたではありませんか。


「おいお主ら! 乗用車は卑怯じゃろ!!」

「そっちが独断でルール追加したんだから、こっちが言われる筋合いはねぇぇぇええ!!」

「くそォ! こちらからやり始めた手前、ケチの入れようがない!!」


「禁止出来ないっぽいぞ」「ワイらも続けー」と他学年の自転車通学者もここぞとばかりに自転車を取りに行く。


「オレたちの勝ちだぁぁぁぁぁああああ!!!!」


 ところがどっこい。距離詰めに拘るあまりスピードの出し過ぎでブレーキが間に合わず止まりきれないわ間に合っても今度は足を着くのが間に合わないわで尽くアウトになってしまい特攻野郎は小倉さんしか残らなかったとさ。


 自転車、厳しそうだね。


「楽するもんじゃないなぁ……」


 自転車特攻が通用しないと解り、周囲もいよいよ暗がり惑いだす。


 と、そこで、小倉さんが「…………あー……」と何か後ろめたいことを閃いた顔をした。


「おい、竹太郎。ちょっと耳貸せ」


 えー?


 聴力を集中させるとともに、小倉さんからとある案を提示された。


 それは『勝利か敗北か』の博打ながらも中々に的を射た有効打で、僕としては——


 ありっちゃありだった。


「やっぱりそれしかないと思うんだ。たが、もちろんおまえに身体を張ってもらう以上、竹太郎主体で決めてくれ」


 やろう。


「よしきた! ミスったらしっかり全責任取らせてもらう! 覚悟決めろ!!」


 決めたよ。


「ならやるぞ!」

 僕らは二人、一心同体の覚悟を決めて、標的を見定めた。


「話し合いがすんだようじゃな。だが少年時代に『だるまさんがころんだ』149連勝を樹立してみせたこの儂を倒せると思うなよ! 150連勝を賭けた誇りと小遣いの為にも負けてられんわい!」


 小遣いは自業自得だよ。


「そこは流せ! これで終いじゃ! だーるー……!」

「いくぞ竹太郎! あとでメシ奢ったらぁぁぁぁあああ!!!!」


 おっしゃこ(い)――


 と言い終わる前に足を掴まれ持ち上げられた僕は慌てて口を閉じて、時間切れ寸前までジャイアントスイングを決められた。


 そして「んー……!」と理事長が発した瞬間、僕は理事長めがけてぶん投げられた!


 その姿を見たクラスメイトは後にこう語る。


 ――隕石ってこんな感じなのかなぁ。

 ――ねぇ〜。


「だっ! って、そんなのありぃぃぃいい⁉‼‼‼‼」

「止まりようないから合法じゃぁぁぁぁぁああああ‼‼‼‼‼」


 小倉さんの『ブランコにブレーキは無いから急に前を横切られでもしたらどうしたって止まれるわけないしぶつかったら相手の方が重傷なのは百も承知だけど大前提として怪我したのは相手の周囲不注意によるものであって全責任をこちらに求めるのは流石に理不尽じゃね? 理論』と共に、爪先から落ちる形で僕の身体は落下を始めた。


 瞬間、僕は生徒たちの希望と化したのだと悟った。かの一方的に有利なルールを追加する横暴権化を撃破せんとする象徴と成ったのだ。


 ならばそれに応えるのがヒーローというものだ。


 僕は宙を舞うがまま、体勢を変えた。


「! おい皆、あれを見ろ!」

「あぁ、あれは――!」


「ライダーキックだぁぁぁああ‼‼‼‼‼」


 僕はライダーキックばりの姿勢で校長に墜落した。


 土煙が舞った。


「やったか!?」

「焦るな! 土煙が収まるまで待つんだ!」

「晴れてきたぞ!」

「あっ……!」


 視界が晴れた先で全校生徒が見たものは——!


 理事長の一歩手前で斜め四十度の角度で右足が地面にぶっ刺さった竹太郎でしたとさ。


 そして、流石の竹太郎でも右足だけで立っている状態で重心が右半身に偏っているものだから姿勢を保てるわけもなく——ぽちょっ……と力なく倒れましたとさ。


「……少年、アウト。身体は大事無いか?」


 大丈夫です。向こうも頭から落ちない、足を痛めない角度で投げてくれたので。


「そういう問題じゃないんじゃが。てかなんで無傷で済んどるの?」


 向こうも(略)。


「ならええんじゃ。じゃが違和感あったら直ぐ保健室行くんだぞい。それと危険な作戦を決行した小倉少年もアァウト! 後で反省文提出‼ 少年もじゃぞ」


 うーい。


 全生徒は絶望した。かの傍若無人の理事長を打ち倒せる者はもう現れないのだと。結局自分たちは校長の思いつきに振り回され「勝ってやったぜうぇーい乁( ˙ω˙ 乁) (ง ˙ω˙)ว」と憎たらしい踊りを見せつけられるのだと。


 あの自慢のサンタ髭をアイロンでドストレートにしてやりたいと心に嵐を巻き起こしたそのときだった!


「えっ……?」


 新入生1年3組『福多時生』が理事長の肩に触れたのは。


「しょ、少年お主、いつの間に……?」

「視界内で動いてはいけない。ならば理事長先生が『回れ右』している間に左から攻めて距離を詰めれば良いのさ」


 言われてハッと気づく。理事長は終始決まって『回れ右』で振り返っていた。


 それ即ち、生徒視点で左側で動いている生徒たちを視界に収めるまでに時間差が生じるのは当然の理だった。


「更に、途中から木下くんを始め先輩方がドッタンバッタンド●フ騒ぎして、且つ土煙を上げてくれたお陰もあって、一気に距離を稼げました」


「そ、それじゃったらキミもアァウトじゃないか⁉」


 理事長が最もな異議を唱える。いくら僕らがてんやわんやしていたとはいえ、数十人を瞬時に数えてみせる理事長が一人だけ見逃していたなんて考えづらい。


「でしたら、見えていましたか?」

「はい?」

「舞い上がった土煙の中で、貴方は動く人物を視認できていましたか?」

「あ、いや……その…………砂が入ったら痛いし、目ぇ閉じてました……」

「つまり、『視界内での動きを捉えられていない』からセーフですよね?」

「…………そうなるよね。うん」

「というわけで、僕らの勝ちです」

「あふん」


 校長は膝から崩れ落ちた。


 瞬間、わっ! と歓声が上がった。


 1年3組はもちろん、惜しくも優勝を逃したクラスからもオーディエンスが湧いていた。自分たちが負けたことは関係ない、勝者が現れたことを何よりも喜んでいた。


 だから僕ら1年3組は、ブレイクダンスをしたのだった。


 すると、小倉さんたち上級生が時生くん目指して駆け寄ってきた。


「お前等! 勝利の立役者を胴上げじゃぁぁぁああ‼‼‼‼‼」


「おぉぉぉおお‼‼‼‼‼」


 小倉さんの温度に合わせ、生徒たちは時生くんを天高く担ぎ投げた。


 そのとき、人々は思い出した――。

 福多時生が、中学生にしては中々にふくよかな体型であったことを。

 福多時生が、ふよふよの脂肪はあれど、力士によくある全身筋肉質であることを。

 宙に浮かせたものの、体重が100㎏を超えていたことを!


 胴上げした者々は全治13秒の重傷を負った。

・『深夜だぞ‼ さっさと寝ろよ‼』

「深夜ならみんな寝てるだろうし、録画で昼見るよね」をコンセプトに好き勝手した結果、あまりにも多過ぎる笑いどころにリアタイ勢が爆増し、笑い声が深夜の町中に響き渡る社会現象を引き起こした伝説の作品。今でも復活の声が上がっており、遂に現代芸能人による復刻版が一夜限りの放送を果たした。


これからは学校パートも挟んでいきます。

今後とも『アニョペリノ日和』をよろしくお願いします。

それでは、せーのっ


脳 み そ 溶 け ろ

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