第32話:川よ【現世Part】
前回のあらすじ!
職業体験とリコちゃん家
休日、木下竹太郎は散歩に出ていた。
今日は独りで行動していた。エっちゃんが旧友セっちゃん・しーちゃんの三人と遊びに行ったからだ。
だが彼女たちの親睦を邪魔してはいけない。懐かしき交流に、知り合って間もない人間、ましてや異性が混ざっては和やかな空気に水を指してしまいかねないからだ。旧友が存在しない身なのでこの推測が正しい確証は持てないが。
だから独りでふらふら市内の散策に勤しんでいるわけだが、独りとはすこぶる暇だった。じいちゃんも「次は入学式で会おう」と昨日帰っちゃったし……。
天を仰ぎながら溜め息を吐いていると、ふと大橋の架かっている河川敷が目についた。
そうだ。川を見よう。エっちゃんと一緒なのも落ち着くが、地元にいた時のように自然に心を委ねるのも悪くない。
そうと決まれば、と舗装された階段を下った。
◇ ◇ ◇
そんな彼の姿を、ちょうど死角となる位置から目視した集団がいた。
彼らは『怒弩寿琥』。この一帯を占める30人から構成される不良グループだ。
そんな中でも特に威圧的な存在感を放つ人物がいた。
彼の名は小倉奎吾。二年前に志を共にした構成員とこの『怒弩寿琥』を結成した、畜生も黙らす不良達の頭領だ。
その彼は今、これでもかとガンギマっていた。
自分達の屯場たるこの河川敷の高架下に見ず知らずの少年が現れ、果てには川辺に鎮座したからだ。
しかもなんということか少年はこちらに気づいていないのである。これでは一瞥で外道をも裸足で退散させる『怒弩寿琥』の名折れだ。
構成員の一人——スキンヘッドマスク野中俊生が提言してくる。
「なぁ奎吾、あいつやっちまうか?」
「……そうだな。このまま舐められっぱなしは性じゃあねぇ。今のうちに圧かけとくか」
奎吾が徐に立ち上がるとともに次々と構成員が立ち上がり、たちまち百鬼夜行の如し列を為す。それほどまでに影響力のある男だった。
「よぉ」と向こう岸に渡り、声を掛けると、少年はようやくこちらに気づき、のんびりとした速度でこちらに顔を向けてきた。
「おいおまえ。此処が俺達のテリトリーと知ってて居やがんのか。何者だ?」
屑も震わす眼力で見下ろすと、少年はぼんやりとした表情のまま口を開いた。
「木下竹太郎ですこんにちは。お兄さんは?」
「小倉奎吾ですこんにちは。竹太郎、おまえは此処で何をしているんだ?」
「川を見ているの」
「川ぁ?」
木下は言って、視線を川の方へ戻した。
「川は愉しいよ」
「愉しい?」
「愉しいの」と木下は川を指差して説明を始めた。
「川はいろんなものが流れてくるよ。例えばあれ、桜の花びらが流れてきたり」
「川上に桜並木が連なっているからな」
「枝が流れてきたり」
「何かの拍子に折れちまったんだな」
「空き缶が流れてきたり」
「ゴミの処分はちゃんとしてほしいもんだな。あれは流石に取れねぇな」
そこまで言って、木下は突如靴下まで脱ぎ出すと、川めがけて走り出した。
「たまに動物が流れてきたり」
木下の視線の先には、溺れまいと必死に流木にしがみつくポメラニアンが流されていた。
「おまえら制服結んで俺に括れ‼」
「おうっ‼」
決死の救出作戦が幕を開けた。
◇ ◇ ◇
閉じた。
ポメラニアンは無事に救助され、ぶるぶる犬ドリルをして水気をはらっている。それもこれも、制服から織り成す縄を括った小倉さんが浮き輪代わりになって僕を掴み、一緒に居た人達が引っ張ってくれたおかげだ。
小倉さんと他のお兄さん、ありがとう。……いてっ。
お礼を申し上げると――、ぽかり、と一回殴られた。
「急に川に飛び込むやつがあるか馬鹿野郎。縄作んのが間に合ったから良かったものを、最悪お前まで流されてたぞ」
ど正論極まりなかった。
彼の言う通りこれで死んでしまっていたら元の子もない、神さまに助けてもらえる補償だってどこにもなかった。
僕は一時の感情で死に急いでしまっていた。
危険を冒してごめんなさい。助けたいあまり冷静さに欠けていました。
「わかりゃ良いんだ。だが――、おまえの臆せず助けようとするその勇気は見事だった! 気に入ったぜ! 一丸となった俺たちは今日からダチだ!」
「小せぇなりで見上げた根性だぜ」
「でももう無茶すんなよ」
小倉さんを始め周囲の強面達が口々と褒め称えてくれる。ちょっとこそばゆい。
「よし! そうと決まれば助かった生命とその立役者を称えて乾杯といこうじゃねぇか! おまえら、アレを出せ!」
小倉さんが促すと「おう!」と皆が次々と懐から小さな箱を取り出し、中から白い棒を一本つまみ出した。
「おまえもどうだ?」
小倉さんも同じく取り出したそれを一本差し出してくる。随分とご無沙汰していたのでお言葉に甘えて一本貰う。
「それじゃあ、救われた生命と木下に乾杯!」
「乾杯!」
こうして僕らは小倉さんの音頭に合わせて、その……あれだ…………煙草状のお菓子をポリポリ食べたとさ。
「やっぱこれだなぁ」
小倉さんを始め皆美味しそうに食べる。
どうやら皆甘党みたい。
「つっても麻婆豆腐とか好きだぞ」
「担々麺とかよく注文してるしな」
聞こえないでー。
それはそうと、このソーダ味、どこいっちゃったんだろう……。
「美味かったのに、勿体ねぇよなぁ……」
ところでさ、一つ訊いていい?
「ん?」
小倉さんたち、全然不良じゃないよね。
瞬間、僕を取り巻く空気が凍りつき——、
「なんだどコラァーーーー‼‼‼‼」
小倉さんはブチギレたのでした。
「舐めとんのか木下ぁ!」
「言っていいことと悪いことがあるぞ木下ぁ!」
スキンヘッドマスクさんを始め他の強面も怒り散らす。どうやら逆鱗に触れてしまったみたい。それはそうと、逆鱗ってどんな手触りなんだろうか。
まぁ、いっか。今は小倉さんたちに集中しよう。
「てめぇ、そんなこと言ったらシバ……ぶっちゃうぞぉ!」
「奎吾! 物理で言い包めるのは人としてアウトだ!」
「じゃあなしだ! えーと……説明2時間コースにご招待するぞぉ!」
まぁまぁ、これでも聴いて落ち着きなよ。
「誰の所為だぁ! ……なんだそれは?」
世田谷育ちのRadioだよ。
「世田谷育ちのRadioォ?」
小倉さんは訝しげにRadioを受け取り耳に当てた。僕も耳を澄ます。
『………………ゃ…………がや……たがやせたがやせたがやせたが』
「うわぁぁぁぁぁああああ!!!!」
世田谷育ちのRadioは悲鳴と共に川へ投げ捨てられてしまった。
世田谷育ちのRadio、お気に召さなかった?
「お気に召すどころじゃねぇわ! お前はどんな気持ちでアレを聴いてるの⁉」
聴いていると、愉しい気持ちと狂気がないまぜになってテロリズムを起こすよ。
「お前疲れてんの⁈ 悩み聴くよ⁈」
それはさておき、川に落ちてしまったら探しようがない。また今度買いに行こう。
「弁償はするけど何処で売ってんのあんなん⁈」
此処に来る前に寄った公園でなんか愉しい人が売ってたよ。
「返してきなさい!」
十円でした。
「在庫処分当然価格!」
でも、子どもたちからは一番人気だったよ。
「最近の子どもこわーい‼」
そんな小倉さんも最近の子どもだよ。
「最近の年下こわーい‼‼‼‼‼」
「君たち」
小倉さんが悲鳴をあげ直したところで、明らかに未成年のものではない渋い声がした。
声がした方を見ると――、ナマズのような顔立ちの半魚人が立っていた。
右手には世田谷育ちのRadioが握られていた。
「会話中に失敬。ブリキの類が川に落ちてきたんだが、心当たりはないかね?」
「あ、はい。オレっす」
「気をつけたまえよ。生き物に当たったら最悪死んでしまうし、何より川が汚れてしまうからね」
「すいません。怪音波が聞こえてきたんでつい……」
「怪音波とな?」
「耳に当てればわかるッス」
半魚人さんは懐疑的な面持ちで使い方を教わりながら、世田谷育ちのRadioの電源を入れてみた。
世田谷育ちのRadioはちゃんと起動した。
『………………ゃ…………がや……たがやせたがやせたがやせたが』
投げ捨てられた。
◇ ◇ ◇
――ということがあったんだよ。
「そうかそうか。新しいお友達できて良かったねー」
へっへっへ。僕は得意気に笑った。
夜、時計にして午前4時――。僕は異世界に行く前に久方ぶりに神さまと会談していた。
「でも、突拍子もなく川に飛び込むのは、小倉くんの言う通り感心出来る事じゃないよー。イヌヌを助けるためといえど、同じ生命を二度も救ってやるわけにはいかないんだよー。いくら女神と面識があるからって干渉するのは、ましてや一命を取り留めさせるのも本来ご法度なんだからさー」
それは本当にごめんなさい。きっと心の片隅で確証のない神さまの補償を期待していたんだと思います。
「分かればよろしい」
しかしまぁ、あんなに似た人っているもんなんだね。見た目といい口調といい面倒見の良さといい……まんまグラさんだったよ。
「いるにはいるんじゃない? この世には自分のそっくりさんが3人いるって言うし」
それって世界線が別でも適用されるものなの? その理屈だと他にも現れそうだけど。
「知らね」
神さまでも知らないことはあるらしい。全能ではない真実に僕は安心感を抱いた。
「にしても、こうして喋り合うのも久しぶりだねー。あまりにも間が空いてたものだからお役御免になっちゃったかと思ったよー」
投稿日『2022/4/22・19:00』以来の登場だからね。
「『第23話:起きたよ』以来と言いなさいよ。それとメタい話止めなー?」
そんなこともあるさ。
「あってたまるかよー。漫画小説ラノベ読んでる時にキャラが読者次元に干渉してくると脳が如何せん混乱するんだよー。次元の壁を越えてくるのは『こっち見んな』だけでお腹いっぱいだよー」
『こっち見んな』はどの作品でも笑いが取れるからね。
「あれは後世に語り継ぐべき伝統芸だよ。故に安直に頼っちゃならんだろうけどね」
自身の感性が育たなくなっちゃうしね。使用は程々にという話だ。
ところで、何の話してたっけ。
「従来のルールに則ると、安易に下界人を救ったり駄弁っちゃいかんって話だよー」
そうだった。
だとすると神さま。こうして今、現在進行形で会話してるのも実は禁止事項なの?
そう訊くと、神さまは「これは大丈夫だよー」と言った。
「きみの場合、ワタシの管轄内で助けた以上、最後まできみを見守る義務がある。きみがもう大丈夫だと言うまで、フォローする責任がある。もちろん、きみと同じく私の領域に触れたエっちゃんこと永利くんも例外ではない」
〝ちゃん〟なの? 〝くん〟なの? どっちなの。
「どちらでも良いのさー。別に女の子を〝くん〟呼びしてはいけない法律なんてないよー。そのまた逆で、男の子を〝ちゃん〟呼びしたって世界は巡るのさー」
書いていないことを止めろなんて、本来できることではないからね。
「しょうゆうことさ。……と、そろそろお時間となりそうだ」
神さまの言葉に後方を見やると、白い空間に光が差し込んできていた。朝焼けに下界が白みだした証だった。
「そんじゃあ、区切りも良いところだし、今回はお開きとしよっかー」
そうだね。暇だったら、また来るね。
「いつでもウェルカムだよー。つーか吉田くん以外居ないから来てくれー」
「わたしでは不満ですか神さま?」
「いや違うんだよ吉田くん。私はただ大人数が好きなだ……あ、待ってずいずい前進してこないで圧かけてこないで壁と挟んででででで……あ、ぐちゃ」
吉田くんにゆっくり圧殺されてゆく神さまを傍目に、僕は異世界へ移行した。
◇ ◇ ◇
というわけで、早速グラさんを「グラちゃんさん」と呼んでみた。
「舐めとんのかコラァーーーーーー‼‼‼‼‼」
怒られた。
小倉「今日とんでもないやつと話した気がする」




