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第29話:狭いよ【〃】

前回のあらすじ!

エっちゃんの友達に会ったよ

 かっぽん……。


 ふぃーーーーーー。

 帰宅から数時間後の夜――、僕は桐山家家主が勧めてくれた一番風呂を堪能していた。


「たっくーん。お湯加減、だいじょうぶー?」


 だいじょうぶー。


 曇り戸越しに問いかけてくるエっちゃんに、見えないだろう手を挙げて返すと、彼女は「そかー」と言って、曇り戸から離れていった。


 湯気に当てられた右手を浴槽に沈め、ほう、と息を吐く。


 湯気が立ちのぼる天井を見上げながら、一日を振り返ってみる。


 今日は色んなことがあった。進学地となる新天地にやって来て、居候先となる桐山家を来訪し、その人の孫娘だった桐山永利基エっちゃんと再会し、彼女エスコートの近所散策で彼女の小学生時代の愉快な仲間たちと邂逅した。


 そして、今はこうして湯船に浸かっている。


 今更ながら、異世界の住人とばかり思っていたエっちゃんと現世で再会するなんて一体誰が予想できただろうか。ドラマやアニメにある昔馴染みとの再会と違い、確率としては天文学的。彼女との再会は正に奇跡に等しかった。こうなってくると他の人たちとも再会するのではなかろうか。実は転移者でも、他人の空似でも。


 それにしても……相当疲れがたまっていたのだろう。くつろいでいるうちに気が抜けて眠くなってきた。もういっそのこと、このまま眠ってしまおうか。


 だが、本当に実行してしまうとのぼせてしまうし、後ろには出番を待ち望むものが四人も構えている。後が支えることを思うと、自分ばかりがのんびりするわけにもいかない。何より、追い焚き機能が備わっていない類の浴槽なので、長風呂をしていては湯が冷めてしまう。居候の身で「なんかぬるいな」と思わせるのは忍びない。


 でもやっぱりもう少し入っていたい、と内心うだうだ抜かしていると――


 がらり、と風呂の戸が開く音がした。


 顔を向けるとそこには、一糸纏わぬエっちゃんが立っていた。


 エっちゃんは「うーい」と何食わぬ顔で入ってくると、バスタオルを手すりに掛けて、風呂椅子に腰掛けシャワーを浴び始めた。僕が上がるのを待ちきれなかったみたい。


 正直もの足りないが上がってしまおう。湯船を譲るべく、シャンプーを泡立てる彼女の後ろを通る。


「あれ、もういいのー?」

 ――と、ボディソープも泡立てだす彼女の言葉に呼び止められた。


「まだ、そんなに浸かってないでしょー。ゆっくり浸かりなよー」


 狭いよ?


「でも、わたしも入れば、時間巻ける分、ゆっくり浸かれるよー」


 それもそうか。


 それじゃあ、お言葉に甘えることとしよう。僕は踵を返し、あっという間に身体を洗い終えて髪を結わいだエっちゃんと湯船を分ける。


 押し流される湯の音を聴きながら脱力し、はぁ、と三度目の息を吐く。


 いい湯だなぁ。

 じんわりと身体が温まっていくうちに、あれこれ悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。横に並ぶ彼女も「はへぇ」と肩の荷が下りた顔で身体を沈めている。


 その際に、僕はあることに気づいた。

 なんと、あのエっちゃんが、垂れ糸目をぽんやりとかっ開いているではありませんか。昼に出会った彼女の元同級生二人が言っていた「(略)お風呂入ってる時しか目開けない」は本当だった。


 しかも彼女、目が濃いピンク色の上に、中に幾重もの丸があるではないか。漫画で見たことはあるが実在するとは誰が思うだろうか。


 今思えば、異世界で彼女の開眼姿を拝んだことは一度たりとてなかった。それもきっと僕が安らかなる熟睡をキメているのと彼女が仕事の都合上僕より早起きだからだ。


 とはいえ、別にどうしても見たいかと言われると別にそうでもなかったりする。何より早起きにおいて彼女を上回れる気がしない。


「どしたの?」とエっちゃんが視線に気づく。まじまじと見過ぎてしまった。


 開眼してるとこ、初めて見たなぁと。


「そーなのかー」と彼女はカラカラ笑い、今度は気になることを言う。


「それだったら、たっくんも、目ぇ、すっごい、開いてたよー」


 真にー?


「まことにー」と彼女は肩まで身を沈めると、鼻歌を口ずさみ始めた。


 会話が尻切れトンボだが、これ以上膨らませられる話題でもない。彼女が歌うのならば、こちらも歌ってみせよう。


 トルティ~ヤヤ、トルティヤヤヤ~~♪



 ◇ ◇ ◇



「上がりましたー」

「お上がりましたー」


 竹太郎が一番風呂に赴いてどれくらい経っただろう。一通りの昔話を終えて、三人してバラエティー番組にゲラゲラ笑っていると、少年少女の声がした。


「おーう」と永治郎が目尻を拭いながら返事して、「わたしの部屋行こうぜー」と永利の遠ざかる声を聞きながら、竹雄に入浴を促す。


「竹雄、次入りな。明日も早いだろう」

「おぉ。ありがてぇ話だ。お言葉に甘えるとするかね」


 崩壊していた腹筋を落ち着かせて、「そういやよ――、」と竹雄がふと我に返った様子で語り出す。


「あの子たち、一緒に歩いてなかったか? 脇見だから確証は得られんけど」

「そうだったのか? 背中で返事していたものだから見てなかったよ」

「一緒に歩いてましたヨ。私、見てましタ。どちらもほっこりしてましタ」

「マジで~?」


 エリーの証言が本物ならば、竹太郎と永利は一緒に湯浴みをしたことになる。もう間もなく中学生となる男女の身でそれは羞恥的概念・一般常識が欠落していると受け取らざるを得ない。同世代の異性との交流が限りなくゼロに等しかった竹太郎はともかく、永利は共学の小学校に通っていたのだから尚更だ。


 後で説明すべきだろうか……。懸念を膨らませていると、永治郎が口を開く。


「だったら、上がったところで鉢会って、そのまま入れ替わりで入ったんじゃないか? 永利は烏並みに上がるのが早いんだ」

「というと?」

「あの子は勘が鋭いからな。竹太郎くんが上がりそうなタイミングで脱衣所に向かって、そのまま入れ替わりで入るだろ。で、竹太郎くんがトイレに行っていたとして、その間に永利が風呂から上がってそのまま合流。お上がりましたー」

「お上がりましたー」

「お上がりましたァー」

「……無理があるか、この仮説」

「当たり前だ莫迦野郎」

「私だって信じたくないよ。孫娘が気心知れた親友の孫とはいえ異性と湯を共にしたかも知れないんだぞ。しかも部屋を出て行ったのは永利が後だから彼女から言い寄って風呂に凸ったことになってしまうんだ信じたくねぇよぉひぃぃん」

「……ちょっとそこら辺、あの子らの為にも説明しておく必要があるな」

「あ、だったら私、呼んできますカ?」

「いや、今回は見送りたい。今は永利ちゃんの部屋で遊んでいるらしいし、これから何年と一緒に住む以上、子ども同時の交流を大事にさせたい。竹太郎には同世代の友人が居なかったからな。一番年近かったので今年新社会人だし」

「難しい線引きだなぁ。だが、下手に干渉して限りある交流の邪魔はしたくないしなぁ……」


「それなら、コッソリ覗いてみまス?」


「え?」

「ん?」

「忍者みたく、ドア越しに聴く耳を立ててみるんですヨ。それなら邪魔立てせずに二人の様子を探れますヨ」


 竹雄と永治郎は顔を見合わせた。


「……今はそれが最善だな」

「はぁ……。気が重いなぁ……」


 永治郎が吐いた重い溜め息とともに三人は部屋を出て、程なくして着いた永利の部屋のドアに耳を当てると、孫組の声が鼓膜を鳴らした。


「ヌァァ……」

「ファア……」

「ヘェェエエ……」


「「「…………………………」」」


 三人は聞かなかったことにして、永利部屋前を後にした。

「ぴぃあ……」

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